私の名前は大村清太郎。私が小さかった頃、日本はまだ太平洋戦争の真っ最中で、私と妹の小雪は、吉野の国、盛山という小さな村に畳職人の父と母の4人で暮らしていた。 この時代、村の多くの女性は飛行機の部品の作成、組み立てに駆り出されていた。そして母も例外ではなく、山のふもとにある黍(きび)航空という村の工場で飛行機の部品を作っていた。そして空襲警報が発令され、サイレンが鳴ると、母は私と小雪を連れて山の中腹にある小さな寺に村の住民と共に避難した。そして母はこの寺に来るといつも、羅漢といわれる仏像群を収めた堂に手を合わせ、私や小雪、また父の無事を祈願していた。しかし幼い私と妹にとって、日中でも薄暗いお堂の中に安置されているまるで本物の人のようにさまざまな表情をした羅漢像は、ただ恐ろしく気味の悪いものとしてしか映らなかった。 「清太、小雪。羅漢様はちっとも怖くないのよ。いつも私たちを守ってくださっているの。」 怖がる妹を抱きしめつつ母は笑顔で私に言うのだった。 ある春の日、家に召集令状が届き、父は東京の戦地に赴くことになった。母は父を駅まで送るため、工場での仕事を早めに切り上げ、家路についた。そして仕度を終え、父と共に線路脇の道を歩いているところを不運にも空襲に合い、大勢の人々と共に命を落としてしまった。それを知ったのは、私と小雪が叔母に連れられていつも参拝をしているあの寺に避難し、空襲がおさまって防空壕から出た後だった。 その後、日本は終戦を迎えた。季節は夏になっていた。 私と小雪は親戚に預けられ、育てられた。しかし他の子ども達には親がいて、温かい家庭がある。そのことをふとした時に思い知らされる。両親がいないことで、私達の中には常に孤独や虚無感が満ちていた。生きていく意味を見出せないでいたのだった。 終戦後数年経ち、私と小雪はふと「あの寺」に行ってみようと思った。母は何故あんなにあの寺の羅漢像に惹かれ、私たちの幸せを願っていたのだろうか。羅漢像とは何なのか。 寺は数年経った今も変わることなく、厳かな様子をたたえてそこにたたずんでいた。私たち兄妹が訪ねると、老僧が迎えてくれた。しかし私たちのことを覚えていたかどうか、さだかではなかった。 「羅漢像をみせていただけますか」 「どうぞ。」 夏だというのに堂の中はひんやりしていて、蝉の鳴き声も遠のいた。中には何百体もの像が私たちを上から見据えていた。悲喜交々の顔が像と同じ数だけあった。 「お兄ちゃん、やっぱり怖いよ。」 小雪が私の服の袖をひっぱって外に出ようと言った。背筋がぞくっとなり、私は妹の提案にのった。 はやばやと羅漢堂から出てきた私たちは、その後老僧に勧められ、休憩所に座った。 「何故ここにこられたのですか?」 私たちは一緒に、老僧の淹れてくれた茶を飲んだ。 「私たちは戦争中、母とよくここに避難していました。両親は空襲でなくなりましたが、母がいつもここにある羅漢像に手を合わせていたことを思い出して、一度見にこようと思ったのです。」 老僧はうなずいた。 「羅漢さんをみてどうでしたか?」 「怖かった。」 小雪は私の横で小さく言った。老僧は軽く笑ってそうですか、といった。それから静かに話してくれた。 「ここの羅漢様たちはいろいろな顔の人がいますね。苦しい顔をしている人、嬉しそうに笑っている人、悲しそうな顔をしている人。一人として同じ顔をした人はいない。私たち人間とよく似ていると思いませんか。」 「はい。」 私は老僧の言っている意味がよくわからないままうなずいた。 「しかし、このかたたちは、どんなに苦しくても、どれほど悲しくても、修行を続けておられるのです。そうやって自分を磨いて、少しでも観音様に近づこうと努力されているのです。あなたたちの親は、あなた達にもそうなってほしくて、ここでおまいりをされていたんだと思いますよ。」 「どういうことですか?」 老僧はゆっくりと続けた。 「人はいつか必ず死ぬのです。遅いか早いかの違いがあるだけ。そのことと真正面から向き合って、心を強く持つことを、きっとご両親は望まれています。あなた達が生き残ったことには必ず意味があります。自分を磨き、一人でもたくましく生きていく。悲しいことがあってもそれをのりこえれば必ずいいことがあります。ここの羅漢様は一人一人顔だちが違います。この中に自分の探す顔、求める顔があるといわれているのです。ご両親の顔もどこかにおられるかもしれません。困ったら、ご両親を頼るようにまたお参りにきてください。羅漢様がきっと救ってくださいます。」 私たちは寺を後にした。外に出ると、陽の光がより眩しく感じられた。風が吹き、木々がざわめいている。 「お兄ちゃん、父さんと母さんは死んじゃったけど、きっといつも私たちと一緒にいるんだね。」 小雪は俺の腕を引っ張った。黒く大きな瞳がまっすぐに私を見つめている。 「・・・・・」 「そうだよね。」 「・・・そうだな。だから僕達もめそめそしてないで頑張らないとだめなんだ。」 悲しくても、親は生き返らない。でも、今回この寺に来て、羅漢像を見、親の魂のようなものを今までよりずっと近くに感じられたような気がした。戦争の中、私はずっと神や仏の意思に疑問を持っていた。しかし今ここにいると、私の中の澱んだ何かが浄化されていく感覚を覚えるのだ。 最後にお堂に入った時に、私たちに微笑みかけていた羅漢像は、もしかしたら、母だったのかもしれない。 |
| 方野の感謝の言葉 / 玉緒様が私の誕生日に書いてくださった作品です。うう、ありがとうございます〜。しんみりと心に沁みるお話で、ああ私も自分に恥じないように頑張らないとと思いました。本当に大感謝です。 |