遠い空と近くの君      by 玉緒様






「嫌だね、俺は王様になんて全然興味ねーもん。」
「どうしてさ。せっかくなんだしお祭りも楽しめるんだよ。」
「もう今日で充分楽しんだだろー。こんな出店や人だかりなんて見慣れちゃってるじゃん。」
「でも俺、王様やお妃様っての見てみたいんだ。そーいう特別な人達を見られることって珍しいことだと思うんだけど・・・」
「俺はガキの頃から何度も見てきてるんだよな。」
「そんなのキルアだけだって!俺は一度も会ったことない!」
「別に会ったところで遠くから見るだけでどってことねえよ。勿論話なんかできねえんだぜ?」
「いいじゃん、見たいんだから!!キルアは勝手だよ、自分が見たことあるからって俺はないんだからね!」
「なんだと、誰が勝手だって!?」
「聞こえてないの?キルア!!」
 四人が再会したのは港に近い貿易都市だった。通りは人で溢れ返り、町の様子も道行く人々の表情にも活気が満ち満ちていた。立ち寄ったレストランの中で話を聞くとどうやら近々ここ一帯を治める施政者が訪れるらしく、そのための盛大な歓迎パーティが町をあげて催されるとのことだった。
「すごいね、俺その王様見てみたい!!その人が来るまでこの町にいようよ。」
 ゴンのこの何気なく口にした言葉がキルアとの諍いの火種となっていたのである。
「ったく、これだからガキだってんだよゴンは!クラピカやレオリオだってそう思うだろー?」
 キルアは呆れた顔をゴンに向けた後テーブルの向かいに座るクラピカ、レオリオに同意を促すように話を振った。クラピカはコーヒーを口にもっていきながら苦笑気味にキルアを見る。
「ゴンの気持ちも考えてやっても良いと思うがな。確かに王に会える機会は少ないし、第一久々に再会した尻から喧嘩することもないだろう。」
「いいんじゃねーのー、見たいってんならもうニ、三日発つのを遅らせても。ここにいてそう退屈ってわけでもないんだ。それに、」
 丁度今やってきたウエイターからオーダーしていたビールと枝豆をおもむろに受け取るレオリオ。
「俺も珍しいもん好きだしな。」
 嬉しそうにビンの栓を抜くレオリオにキルアは溜息をつく。
「要するに、おっさんも王様を見たいってわけね。」
「レオリオ、真昼間から酒乱の介抱をするほど私は寛大な人物ではない。」
 枝豆とビール瓶を冷ややかに見つめるクラピカを無視するレオリオ。
「ふふん、お前の世話にはならねえぜ。」
「根拠のないその自信に満ちた薄ら笑いをやめろ。至極下品だぞ。」
「何おぉ!?人が気持ちよく酒を飲もうとして何が悪い!!」
「あの、二人も久々に会ったんだから仲良く――――」
 ゴンが言い終わらないうちにキルアはガタンと音を立てて席を立つ。三人の視線がそちらに注がれた。キルアは一度ゴンを睨んでそのままレストランを出ていった。
「キルア・・・」
 ゴンは思わず立ち上がりキルアを追おうとしたがキルアの形相はそれを許さない威圧感を持っていた。なす術もなくテーブルの前でそのまま立ちすくむ。
 レオリオは黙々とビールを飲む仕草を繰り返していた。クラピカはキルアをちょっと目で追い、一息つくとまたゆっくりとコーヒーに手をのばす。
「レオリオ、今日の会計はお前だ。」
 クラピカの口からやおら発せられた台詞がもとでレオリオの口からビールが一気に噴き出した。


「・・・何をどうひっくり返せば俺が清算するって算段になるんだよ。」
 レオリオはテーブルの上のオーダー表を引っ掴んでごねた。
「仕方ないだろう。支払い担当が食事途中で逃走したのだ。止めなかったお前にも当然落度がある。」
「・・・お前はよくもまあそこまで、さも自分が無関係なふうな口がきけるな。お前が払う気は一切なしってか、お?」
「昨夜の夕食と今朝の朝食は誰の支払いだったか記憶に新しいだろう?」
 涼しげな顔でクラピカは自分の財布から二枚の領収書を取り出し、目前に覆い被さるように凄んでくるレオリオの鼻柱にそれをこれ見よがしにあててみせた。
「野郎、怒りを煽るような真似しやがって―――」
「ごめんねレオリオ、晩御飯は俺が払うから。」
 今にも掴みかからんばかりのレオリオの顔を申し訳なさそうに見上げるゴン。
「お会計はどうされますか?」
「一緒で―――」
 レジでオーダー表を渡すレオリオの表情がふと変わった。さっきまでの激昂の色が一瞬の内に失せる。
「・・・・あれ、お前・・・もしかしてメルビンか?」
 計算機に目を落としていたレジに立つ男性が名を呼ばれて顔を上げる。レオリオの顔を見て「あ」っと声をあげた。
「お前・・・レオリオ!!」
「やっぱり!!」
「・・・レオリオ、知り合いなの?」
 後ろからついてきていたゴンがレジの前の二人に話しかけた。
「ああゴン、紹介するぜ。俺の故郷の幼馴染だ。」
「よろしく。」
「こんにちは。」
 ゴンが挨拶すると男も軽く頭を下げてにやっと笑いレオリオを指差した。
「こいつ超キレやすいだろ?」
「おい、余計なこと言わなくて良いんだよ!」
 レオリオは男の肩を小突いた。男は大口を開けて笑う。
「レオリオ、また来いよ連れも一緒に。サービスするぜー。」
「ありがとう。」
 ゴンは笑顔でレオリオより少し長身の彼に礼を言うと「先に出てるよ」とレオリオに囁いてレジを後にした。
「じゃ、また来る。お前ずっとここで働いてるのか?」
 レオリオは代金を台の上に置きながら聞く。
「ああ、お前が町を出ていってすぐに俺もあそこを出たんだ。」
「そうか・・・。なあ、積る話もあるし今夜辺り飲み行くか?」



「あれ、ゴンは?」
 しばらくしてやっと店内から出てきたレオリオは周りを見渡してから、外で待っていたクラピカを見つけて駆け寄る。
「キルアを探しに行ったよ。」
 クラピカは目でゴンの消えていった人並みの一方を指した。
「そうか。・・・クラピカ、今日晩飯勝手に食べといてくれ。今からちょっと出掛けることになった。」
「旧友とか?」
「あれ、ゴンから聞いたか?お前らしくなく人の詮索かよ。」
 にやりと笑うレオリオの視線をクラピカはさらりと受け流す。
「なに、お前の悪癖がうつっただけだ。」
「お前も来る?」
「いや、遠慮するよ。私はもう少し町を歩いてみる。ホテルにはもうニ、三日の滞在延長を申請しておくぞ。」
「ああ、サンキュー。」
 友人によろしく、とクラピカは言ってからゴンとは別方向の人並みへと消えていった。
 それを見送るとレオリオはもう一度ゴンが行っただろう方向を見やった。そして彼もまた暫くして店内から私服に着替え終えた旧友と連れ立っていずこへと歩き出した。


 レオリオがキルアを見かけたのは夜も更けた頃、旧友と飲み終わってホテルに帰る途中でのことだった。
 町の中心には大きな時計塔があり、その下には大理石でできた大階段が四方から塔に向かって伸びている。夜中そこはライトアップされ、幻想的なオレンジの光と階段に座って夜空を見上げるいくらかのカップルが辺りの雰囲気を演出していた。
 レオリオは正面の階段の一番上に寝転がっているキルアの側までポケットに手を突っ込みつつ歩いていく。
「よお、ここでシングルは目立つぜ。」
 キルアの顔を覗き込んでレオリオはにやりとした。
「・・・何か用?」
 別段驚いた様子もなく、不機嫌な顔のままキルアは起きあがってレオリオを見上げる。
「ゴンからお前んとこに連絡なかったか?」
「・・・携帯、電源切ってる。」
「やっぱりな。俺んとこに電話あってよ、お前をずっと探してたみたいだぜ。」
 レオリオはキルアの横に「よっこいせ」と足を広げて座った。
「あ、そ。」
「連絡してやらねえのかよ。」
 キルアは関心無さげに空を見上げて息を吐く。
「良いんじゃない?もともと向こうが悪いんだしさ。今はゴンと会う気ない。」
「ほぉ。」
 ポケットに突っ込まれた手から煙草を出してレオリオはそれを吹かした。
「やっぱ、俺あいつとはうまくやってけねー。てんで気ぃ合わない。」
「お前に落度なしか。」
 レオリオは煙草を口から外して煙をキルアのいる方とは反対へと吐き出した。キルアは「何だよ」とレオリオを睨んだ。レオリオは構わず続けた。
「よおキルア、こんなこと言うと変だって思うかもしれねえけどよ、俺はお前とゴンはすげー良いダチ同士だと思う。」
 前を見つめたままのレオリオをキルアは怪訝な表情で見つめる。それをちらりと横目に見てレオリオは口をくいと上向け、息を吐いた。
「昔、俺にもそういうダチがいたんだよ。」
「・・・いた?」
 キルアが足を組みなおす。
「そいつ、もう何年も前に病気で死んでんだけどな。そいつとはほんとにいろんなことをした。」
 レオリオはさっきの煙草をまた口にくわえた。
「俺達はよく車で動いててよ。学校が終われば二人でそれにのって隣の国まで何の計画もなしに遊びに行ったり、二人しか知らない山ん中の湖に行って一晩中とりとめの無いことを話したり、車が途中でガス欠になって夜の農道を延々五時間も車を押したり、ガソリンスタンドの外で店のおっさんとコーヒー飲みながら騒いだり、道端で俺はギター、奴はハーモニカ吹いて人集めたり・・・。ああ、一度無免で車運転してたことがあってよ、運悪く警察につかまって危うく豚箱にぶち込まれそうになったこともあるんだぜ。」
 レオリオはどこか懐かしげに空を見上げる。
「夜、他の仲間と一緒に学校に忍び込んで肝試ししたり、そのまま職員室陣取って爆睡、朝先生等に見つかって随分叱られた事もあった。どんな時でも何をするのもいつもあいつと一緒だった。いつもあいつは俺の横にいた。」
 見上げる夜空には一筋の飛行機雲が映る。ごお、というそれのエンジン音にキルアも上を仰ぎ見た。
「勿論俺とそいつは他人なんだし、意見のぶつかりや考え方の違いなんてしょっちゅうだった。むかつくどころか、本気でキレたことだって一度や二度なんてもんじゃない。けどあいつが死んだ時、俺はこいつと一緒にいるから俺でいられたんだ、って妙に思い知らされた。無くしてから気付くってのは全く後味の悪いもんだよな。」
 レオリオは短くなった煙草をダストケースにしまい、新たな一本をポケットから取り出す。
「今日、たまたま俺とそいつの共通のダチに会ったんだ。ほんのさっきまでそいつと飲みながらいろいろ話しててよ、死んだそいつの話も出たってわけ。」
 それからレオリオは「あー」と言って頭をかき、バツの悪そうな顔をした。
「やっぱ飲みすぎたかもな。今日はちょっと語り過ぎだ。すまん。」
 膝に手を置いて頭をぐいっと下げるレオリオを見てキルアは「はは」と笑う。
「ほんと、酔っ払いだな。」
 そう言ってキルアは改めて前に向き直り足をぶらぶらと振った。
「ねえ、その死んだ人おっさんにとってよっぽど特別だったってこと?」
「・・・ああ、」
 レオリオは頭を上げて頷いた。
「お前とゴンみたいにな。」
「え?」
 その言葉にキルアの目が大きく見開かれた。
「お前だってゴンがお前のことをどう思ってるか位わかってんだろ?自分の思う通りになるのがダチなんかじゃない。自分と違う考えを持ってるから仲間じゃないなんてことはないだろ。そんなもんはただの馴れ合いにしか見えねえって。」
 レオリオとキルアは視線を交わすことなく前を見つめつづける。
「ダチの定義なんて俺は知らねえけど、少なくとももし誰かが、こいつは俺にとってとんでもなく大切なダチだ、ってことをこの場で大声で叫んでみろって言うのなら喜んで叫べる自信はある。」
 まじで、と言いたげな顔のキルアにレオリオはにやっと笑って見せる。
「俺の中ではそいつがどれだけ大きい位置を占めていて、俺の中でそいつがどれだけ必要で重要かって所が大切なんだよ。」
「・・・・・・」
「気が合わないことなんでざらにある。」
「・・・それってクラピカの事も入ってるだろ?」
「ああ、あいつは論外。」
 二人の口から笑いが漏れる。
「お前と俺じゃ、また基準も違うだろうけどな。ただ今はゴンに連絡くらい入れてやれってことだ。多分あいつ昼からずっとお前を探してんだぞきっと。」
「おっさんもお節介だよなー」と呟きながらもキルアは小さくニ、三回頷くとジーンズのポケットから携帯電話を出した。そしてはたとレオリオを見上げる。
「なあ、おっさん。」
「お?」
 伸びをして立ちあがったレオリオは横のキルアを見る。
「今度はお互い女連れで来たくねえ?ここで男二人ってのもある意味絶対目立ってるし。」
 顔を見合わせた二人の口から再度笑いが零れた。


「あ、もうすぐ王様の乗った馬車が通るよ!」
「まじでー!おいもっと前に行こうぜゴン!」
「うん行く行く!!」
 二日後の正午過ぎ、町の中心を通る道の両脇は幾千幾万もの人で埋め尽くされた。ゴンとキルアは人だかりの中、レオリオとクラピカは通りから少し離れたガーデンカフェのテーブルに座って人だかりを避けている。
「お前は行かなくていいのか?ここからでは王も王妃もよく見えないと思うが。」
 クラピカが飲みかけの紅茶を置いて本を開く。
「若さには勝てねえってことよ。」
「格好をつけてるつもりだろうが、所詮はただのオヤジだということに早く気付くべきだなレオリオ。」
 肩肘をついてほくそえむレオリオに目もくれずクラピカは本を読みながら言った。
「は、大人ぶってわけのわからん本を読んでる奴に言われる筋合いはねえな。ちょっと身長が伸び悩んでるからといって僻むのはよくないよクラピカ君。」
「ほぉ、毒づくのがうまくなったな。」
 クラピカがぱたんと静かに本を閉じる。
「どこぞの師範には到底及ばんがな。」
 こちらでも新たな「祭り」が始まりつつある昼下がりだった。


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方野の感謝の言葉 / 意見が合わなくて腹が立つこともたくさんあるのに、でもすごく大切、という気持ちはとてもよくわかるなあと思いました。ゴンくんたち4人には、たくさんけんかをしてもいいからいつまでも友達でいてほしいですね。でももっぱら争いのもとを作るのはキルアくん(と次点でクラピカ)のような気がするのはなぜなのでしょうか(笑)。玉緒様、いつもステキな小説をありがとうございます!