「……………ちっ」 朝一番、舌打ちから始まった一日があっただろうか。 不機嫌極まりない……といった面持ちで目覚めたのは、期待の『セイコセラピスト』希祥である。寝起きは良い方ではないと自覚があるとはいえ、今朝の目覚めは最悪だった。 忌々しげに髪を掻きあげ、大きなため息を漏らす。感情の起伏が激しい方だとは思わないが、怒りとか呆れとか様々な感情が一気に押し寄せてきたためそれをまとめて一つで現すとため息しかないような気がする。 「…………よりによって」 そう呟き、片手で荒々しく髪を掻き毟る。半身を起こしたものの、ベッドから降りるにはまだ気力が戻らないようだ。 「よりによって……」 二度言いなおし、希祥はもう何度目かわからないため息をつく。 「……オレが『船の夢』なんかみるかよ」 らしくなく脱力して、希祥はひっそりと肩を落とした。 希祥にとって一番縁のない夢の現れだ。 ―――『船の夢』 この先のあなたの家族が愛情に満ちたものになるという意味を持っている。だが、そんな兆しはあるはずがないのだ。……すべてを知っている希祥にはそれがわかる。 ならば……なぜ? こんな夢を見たんだろうか。 「――――なるほど、船の夢ですか」 「おい、上月先生よぉ!!!!」 ここはラボの一室。希祥の部屋といっても過言はない。静か……というよりは無機質的な静寂に包まれているはずのこの場所はなぜか賑やかだった。 「はい?」 「はい?……じゃねぇ!!なんであいつまでここにいるんだよ」 不機嫌極まりない……といった希祥の声に上月は目を瞬かせながら顔を向ける。希祥からなんの気もなしに夢の話を聞いていた上月は視線を追う。イライラして希祥が向けた視線の先には、イスにちょこんと座り、のん気にお茶を飲んでいるシェルドンの姿がある。 「人間の感情……というものの新たな解析をしたいと」 「んなもん、わかるわけねぇだろーが」 あっさりと答える上月に希祥は更なる苛立ちを募らせて怒鳴る。上月が暢気にお茶を飲んでいる奴の正体を知っていて言っているのか、希祥には謎だった。シェルドンは人間ではないのだ。だからどんなに理論正論を並べたところで『感情』というものを理解できるはずがないのに。 「努力もしないで決めつけてしまうのもどうかと思いますけど……」 「そうだぞ、希祥。わたしだって……」 「うっせー、お前は黙ってろ」 そうだそうだ……と見た目は17歳の少年の口調で告げる義父をギロリとにらみつけ、希祥は黙らせる。 「希祥さん、落ちついてください」 「落ちつくとか落ちつかねぇとかの問題じゃねぇ!!!……ああ、もう勝手にしろ」 なんだか一人で騒いでいる自分の方がよっぽどおかしいのではないかという錯覚に陥りかけて、希祥はため息をつく。半ば諦め口調で捨て台詞を残すと、バタン……と荒々しく扉を閉めて、希祥は出ていってしまった。 ラボには取り残された二人がぽつんと入り口をみていた。 「…………明るくなったような気がするな」 希祥のものと思われる靴音が遠ざかり、本来のラボの静寂をとりもどした室内でふとシェルドンは零すように呟く。誰のことを言っているのか上月にはすぐに理解でき、引き付けられる様に彼を見た。 「……希祥さんが、ですか?」 「ああ。私に対しては相変わらずだけれども、よくしゃべるようになった」 こう言う話をするときは、彼の正体を知っている上月としても、シェルドンは紛れもない希祥の養父のように感じる。息子の心配ばかりしているやや過保護的な父親のような雰囲気がある。温かさがあるようでその意図を理解できない人間でない生き物。それが『無魔』である。上月が今のことを話したとしてもシェルドンにはそれのどこがどう違うのか理解できないのだろう。 「……その要因を理解できれば、人間の感情という部分をより深く解析できることになると思うのだが……やはり私には実感できないのだ」 もともと感情というものを持たない無魔という存在。与えられることのないものを後天的に理解することは空を飛ぶ鳥が海を泳ぐ魚の気持ちを理解しようとするくらい極めて不可能に近いことだった。それは上月も身を持って知っている。……とそこでふと上月の脳裏に疑問が湧いた。 「……ならば、なぜ私についてくるのですか?」 単なる精神科の医者である私に、と。 上月にはISQ値が低く、まったくといっていいほど備わっていない。つまり、彼らからして見れば「ただの人間」の一人に過ぎないのだ。シェルドンに初めて会った時、人間は損得利益感情でのみ行動する……といわんばかりの態度を見てきた彼にとって、シェルドンが自分に付きまとい利益が生じるとは考えがたい。 シェルドンはその問いにわずかだけ考え込んだ。 「……だって、希祥の理想の父親像は上月先生なんだから」 「なぜわかるのですか?…………視たんですか!?」 「いや、視てはいないよ。…………不思議なことに、そう思うんだ」 なんだか不思議そうに首を傾げるシェルドンの様子に、少しばかりほのぼのとした気分を味わう上月だった。 たしかにシェルドンは無魔だ。だが、希祥を育ててきた養父であることには違いがなく、彼の話をするときは、表面的になのかもしれないけれど、『心配』している親のように上月には感じれたのだ。 「なにニヤニヤしてんだよ、てめーらは」 声がかかったのはドアが開く音がしてすぐのこと。 飽きれたような顔をしてだらしなくドア口に背を預け、室内の二人を交互にみているのは希祥だった。両手に合計三本の缶ジュースを面倒臭そうに握っている。 「希祥さん」 目を瞬かせながら上月は希祥を見た。向けられる表情と手にもった缶ジュース。その組み合わせがあまりにも極端すぎて戸惑ってしまう。不機嫌な上に苛立たしいと顔に書いてある希祥と手にもった三人分の缶ジュース。 「また妙なこと企んでいやがる」 不遜の態度は相変わらず……なのに差し出される缶ジュース。 ああ、コレが希祥さんという人なんだ。上月はそう思い、自然と笑みがこぼれた。クールに見えて実は火のつきやすい情熱家なのだ。温かい缶ジュースが上月にそれを確信させている。始めてあった時もそっけない言い方も全て希祥の性質。人一倍優しい心をもった『人』だと。 「上月先生のようなお父さんになるには……やはりまず泣く事から練習を」 「んなもん練習して覚えるようなもんじゃねぇ!!!!」 シェルドンと希祥のやりとりがまるで絶妙な漫才のようで上月は声を出して笑ってしまった。 (……船の夢) 上月は、希祥がぼやいていた今朝の夢のことを思いだした。 そう……まだまだ問題はいっぱいで、広大な海の真中を途方にくれて航海している小さな船のように、時には荒波に飲まれそうになったり、照りつける光に道を見失いながらも少しずつ進んでいくのかもしれない。 |
| 方野の感謝の言葉 / 『Various Sentences』の刹那様に無茶なリクエストをしていただいたお話です。あああ、本当にありがとうございます〜。やっぱり私この三人大好きです(もちろん妃七ちゃんも)。境遇も性格も違うのにお互いのことを思いやっている関係ってとってもステキですよね。シェルドンパパも早くその仲間入りをしてほしいものです(笑) |