昼のおと





 俺もう駄目かもしれない、と立川が情けない声と顔で言った。
 ああそうかよと、俺は答えた。
「うおっ、冷てぇ。他にもっと言いようはないのかよ」
「何が駄目なんだ」
「中間テストに決まってるだろ。マジでやばい、まずい、俺今回ほんっとにやべぇ」
 勉強もスポーツもそこそこにこなす男の口からこんな泣き言を聞くのは初めてだった。どこから本気でどこまでふざけているのかわかりにくい男だが、このときばかりは本気で言っているように聞こえた。
「勉強すれば」
 だから俺も真面目に返した。泣き言を言っているひまがあれば単語のひとつも覚えたほうが建設的だと思ったからだ。
「……ないわけ?」
「はん?」
「一緒に勉強しようとかないわけ? こういう場合」
「別にしてもいいけど……」
 でも一人のほうが効率はいいんじゃないかと思った。俺は立川に勉強を教えてやれるほど優秀なわけでもないし。
「じゃあ今日お前の家行くから。ついでに泊まってもいい?」
「………」
 何でそういう話になるのかわからない。返事をしないでいると、立川は俺の表情をうかがうようにしたあとで、むっと眉を寄せた。考え事をするときたいていいつもこの表情になるのに最近気づいた。
「じゃあ俺の家来いよ。そんで泊まってって」
「勉強するのに泊りがけでする必要ないだろ」
「勉強以外のこともしたいから」
 誰が聞いているかわからない教室であっけらかんと立川が言った。この男の考えていることは俺にはよくわからない。
「いいよ」
 そういえば立川の家に行ったことないな。そう言うと、お前俺のことなんてどうでもいいんだもんなと立川が言った。
「お前、俺のことあんまり知らないだろ」
 趣味とか特技とか誕生日とかそういうやつ?
 そうだな、知らないかもしれないな。
 立川はちょっと苦笑いするみたいに笑って、それから急に手を伸ばして俺の頭に触れた。一瞬だけ、触れたか触れないかわからないくらいですぐに離れる。
「まあ、ミステリアスなほうがね、いいかも」
 全部知ったら飽きちゃうからな。
「飽きねぇよ」
 たぶん。
 俺が言うと立川はびっくりしたように目を見開いた。信じられないことを聞いたというふうに。
 俺はこいつのことを本当に何も知らない。けど別に知る必要はなかった。本人がそばにいるのに、それ以上知らないといけないことなんてあるのかどうかわからない。
「何の話してたんだっけ?」
 わからなくなった。立川はバツが悪そうな顔で「テストの話だった」と答えた。
「お前のことばっかり考えて勉強が手につかなくなったっていう話だよ、本当は」


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あとがき / 「夜になく」の続きというか何というか。もう一つだけ続きがあるのでそのうちUP予定です。