5 正月を過ぎ、仕事始めから一週間も経つと新年の定例行事も片付いて、職場に普段どおりの落ち着きが戻ってくる。 一月二月は比較的暇な時期だ。残業なしで帰れる日も多くなり、今までならばそういう日は帰っても家でごろごろするだけだったのが、最近は少し変わった。杉田と一緒に過ごす時間が増えた。 避難場所にする、との言葉どおり、彼は頻繁に和のアパートにやってくるようになった。以前なら飲み屋へ行っていたところを、そうしょっちゅう行くにはやはり懐も苦しいし、和は酒癖が悪いしで、部屋で過ごしたほうがいいと思ったらしい。彼は家に来た日はたいてい夕食も作ってくれる。コンビニ弁当ばかりだという和の言葉に呆れた顔をしていたからそのせいかもしれない。 和ははじめ、杉田が家にやってくるのは彼の言葉どおり家庭生活が上手くいっていないからだろうと思っていたのだが、やがてそれだけではないのかもしれないと思い始めた。ひょっとしたら、和が「一人で家にいるのは寂しい」と漏らした言葉を気にかけているのかもしれない。なぜなら飲みに行った日は必ず家まで送ってくれるし、しばらくそばにいてくれるからだ。酔った日は特に一人でいたくないと、自分でも本気だったのかただ杉田の気をひきたかっただけなのかわからずに言った言葉を彼が気にしているのは間違いなかった。 「長谷川君、ここ座っていい?」 一月も終わりに近づいた日の昼休み、社員食堂で昼食をとっていると植野ゆかりがそう声をかけてきて、和は頷いた。断る理由などあるはずがない。 ゆかりは嬉しそうに笑って隣に座ると、「今日は杉田さんと一緒じゃないんだね」と何気ない様子で言った。意外な言葉に驚いて和は彼女を見た。 「そんないっつも一緒にいるわけじゃないですよ」 「えー、でも最近すごく仲よくない? 一緒にいるとこよく見るよ。長谷川君が入ったばっかりの頃は杉田さん指導係だったから一緒にいるの当たり前だったけど、今でも仲いいのはやっぱり気が合うからでしょ。なんか羨ましい」 「羨ましいって……どういう意味で?」 「えっ、……あ、だって杉田さんかっこいいし、仕事できるし優しいし。アルバイトの子とかもみんないいって言ってるのよ。奥さんいるからあんまり態度には出さないけど」 「ああ」 杉田がモテるのはわかる。たしかに自分が女だったら惚れていたかもしれない。けれどゆかりが彼のことを口にするのを聞くのは正直あまり面白くはなかった。 和がほっとしたことに、ゆかりはすぐに話題を変えた。 「それより、ね、旅行もうすぐだよね。楽しみだね」 一週間後に迫った課の親睦旅行のことだった。和は初めての参加になるが、毎年暇になる今ごろの時期を選んで週末に一泊二日の旅行に出かけているらしい。今年の行き先は博多方面に決まっている。休日まで職場の人間と一緒というのはあまりいただけないというのが本当のところだが、楽しみにしているようなゆかりの前でそんなことは言えなかった。 「一緒に博多ラーメン食べようね」 含みがあるのかないのかわからなかった。大きな目で見上げてくる様子はかわいらしいが、和は彼女に対してそれ以上の感情はない。だから言葉どおりに受け取って「そうですね」と頷くと、昼食も食べ終わっていたので仕事があるからと言ってその場を離れた。 (親睦旅行か) 考えてみれば最近あまり旅行をした覚えがないなと思った。実家へ戻るのは旅行とは言えないし、大学でも卒業旅行などはしなかった。サークルに入っていたときは合宿もかねて近場へ行っていたが、それももう五年以上前のことだ。 駐車場まで来たところで立ち止まり、緩やかな陽射しに照らされるアスファルトに目を落としながら、ふと杉田のことを考えた。最近一番身近にいる人間。実の兄以上に自分のことを気遣ってくれる。そして気がつけば仕事を教えてもらっていたとき以上に彼に頼りきっている。 和は思わず顔をしかめ、吹き付けてきた風で乱れた髪を押さえながら、小さくため息をついて首を振った。このままでいたら駄目なのかもしれない。けれど誰か頼る相手がいるということは心強くて、自分からそれを捨ててしまうことはできそうにない。最近そのことばかり考えているのに、決心はつかないままだった。捨てることも頼り切ることもできないから、杉田といても時々つっけんどんな態度をとってしまって自己嫌悪に陥る。そういうとき彼は少しだけ困ったなという顔をするが、たいてい何もなかったように普通に接してくれる。 (たまには旅行もいいかもしれない) 同じ生活をしていたらくだらないことに悩んでばかりだ。たまには違う場所へ行って気分転換をしたほうがいいのかもしれない。 そう思ったら、少し気分が楽になった。 |
| あとがき / 今は補助金が出なくなったので職場の親睦旅行もなくなりました。けっこう楽しかったのですが残念。 |