あきらめるという言葉は、才能のない者に許される唯一の慰めだと気がついたのは遅れ馳せながら高校一年生の秋のことだった。 好きで続けていればいつかは何かが劇的に変わるものだと、どうして信じ続けていられたのか、今となってはそちらのほうが不思議で、努力が報われると信じたのか、自分には才能があると信じたのかも、もうわからない。ただ一度気づいてしまったら自分の中の真実は二度と変わらなかった。それは軽い失望と、大きな安堵を与えてくれた。あきらめるという言葉を、初めて本当に知ったように思った。 きっかけは本当のところ、しばらくしてからでないとそれがきっかけだったのだと気づかないほど些細なことで、それは要するに、ある学生対象の展覧会に入選できなかったというだけのことだった。入ったばかりの美術部で、腕試しというより興味半分で部員全員が応募した展覧会。あまりレベルの高くなかった部員たちは皆賞にかすりもせず、瀬川も同じだった。だからがっかりしたというのではなかった。ただそのとき入選した作品も、同じ高校一年生の作品だった。 悔しかったのか羨ましかったのか、ただすごいと思ったのか忘れてしまった。そういった気持ちは忘れてしまって、作者の名前と絵のタイトルだけは頭の中に残った。 「伊原」 ざわめいている教室の中で、聞き覚えのある名前が呼ばれた気がして瀬川は振り返った。 その頃つきあっていた彼女に半ば強引に連れてこられた他校の文化祭で、ふらりと立ち寄った美術部の展示教室は、思いのほか盛況だった。作品を見ても自分たちの高校のお遊びレベルとは明らかに違う質の高さで、それをただで見られるというのは得をしたような気分だった。 振り返っても、どこから声が聞こえたのかわからなかった。 視線を戻し、また展示の絵を眺め始める。 「なんだかすごい真剣。瀬川君って絵とか好きなんだー」 「まあね」 高校一年生のときに気がついて以来、自分が描くことに真剣になるのはやめてしまった。美術部は惰性で続けていたが、ほとんど幽霊部員のようなものなので彼女でさえも知らなかったようだ。 「あ、この絵、きれい」 歩美が歓声を上げる。瀬川はつられて彼女の視線の先を辿り、少しだけ、目を細めた。 真っ青な空に、小さく月が浮かんでいる。下に広がるのは緑と薄紅色が半々に混ざった桜並木。今からほんの一月と半分くらい前の景色。葉桜の新緑。 「伊原。ねえ、進路希望もう提出した? 第一希望どこにした?」 女にしては低めのよく通る声が、今度ははっきりと聞こえた。 瀬川はもう一度振り返った。少ししか離れていない距離からその声は聞こえてくる。背の高い男と女が並んで立っていた。この学校の制服を着ている。 「降谷芸科大学」 背の高い男は迷いなくそう答えた。 降谷芸科大学。 胸がどきんと高鳴った。そこへ行けば、と思った。 そこへ行けば彼と同じキャンパスで四年間、絵を学ぶことができる。すぐ近くで彼のすべての絵を見ることができる。そう思うだけでおかしいくらい胸が震えた。とっくにあきらめて、大学は国立の経済学部を受けるつもりだった。絵はもう、高校だけで止めるのだと一人で決めていた。誰にも言わず、自分だけで決めていた。それなのに。 あきらめさせた男の一言に、情けないくらい動揺した。 その場に立ち尽くして、瀬川は目の前にある一枚の絵を長い間見つめていた。 葉桜の眩しいくらいの新緑。桜の薄紅。澄み渡った空とのコントラスト。 ぼんやりとした三日月が、取り残されたようにキャンバスの隅に浮かんでいた。色彩を忘れたように、淡く、静かに光りながら。昼の月が。 |
| あとがき / これは去年の5月くらいに書きました。6月の話です。今とあまりに季節が違う……。 |