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「あなたには影がないの?」 「そうとも、だから飛べるのさ。地上に縫い止められていないから」
空は夕焼けの色に染まっている。 七月の初め、生温い風が時折辺りを吹き過ぎては、青々と茂った木々の葉を揺らしていった。葉ずれの音は、昼間の雨で湿った空気に溶け込んで消える。 公園のブランコに腰かけて、流比子はぼんやりと暮れゆく空を見ていた。 公園には他に誰の姿もない。少し前までは数人の子供たちが大きな声を出して駆け回っていたが、夕食の時間が近づいたのかみんな帰ってしまった。 そろそろ帰らないと、とずっと思いながらも流比子はなかなか立ち上がることができなかった。 今帰っても家には誰もいない。一人きりでとる食事は味気なくてつまらない。 「……帰ろ」 それでもため息をついて立ち上がったときに、ブランコがギィと軋んだ。流比子は膝に抱えていた買物袋を手に持ち、公園の出口に向かって足を踏み出した。 ギッギッギィィィ――― 再びブランコの軋む音。 振り返ると、いつのまにそこにいたのか、一人の少年が立ったままブランコをこいでいた。 ぐんと勢いをつけ、一回転してしまいそうなほど高く高く上がる。 「―――」 引き込まれるように流比子はその少年から目が離せなくなった。 まるで見たことのない少年だった。赤い夕日のせいではっきりとはわからないけれど、緑に近い色の、不思議な形の服を着ている。先ほどまでいた子供たちが着ていたような服とはまったく違っていて、どれかといえば小さな頃に絵本で見た羊飼いの服に一番似ている。 「! ――危ない!」 流比子の目の前で、突然少年の身体が宙に浮いた。思いきり勢いをつけたブランコから手を離し、そのまま前方に飛びだしたのだ。 反射的にぎゅっと目をつぶった。しかし時間がたっても予想していた少年の悲鳴は聞こえてこずに、恐る恐る目を開けると、すぐ目の前に自分を覗き込んでいる少年の顔があった。驚いて流比子は小さく悲鳴を上げる。思わず身体を引いた。しかし下がった分だけ少年が前に出て、すぐ近くから流比子の顔を覗き込んだ。 「な、何……」 「ねえ君、空を飛びたくない?」 少年の澄んだ声ははっきりと耳に届いた。 「え?」 「空を飛びたくない? 自由に、羽が生えたみたいにこの空をさ!」 両手をいっぱいに広げて、大きな声で彼が言う。その顔はひどく楽しげで、こぼれるような満面の笑みを浮かべていた。 「空、を……?」 飛べるわけがない。そんなこと子供でも知っている。流比子は黙って空を見上げた。西の方は夕焼けに染まっている空も、すぐ真上はまだ青く晴れ渡っていた。 「空を飛ばせてあげる。君が望むなら」 少年の言葉にびっくりして視線を下ろすと、彼は何がうれしいのか、相変わらず笑いながら流比子を見つめていた。 「そんなこと……」 「できるよ。何だってできるさ。だけど一つだけ条件があるよ」 人差し指を立てて言い、少年は内緒話をするときのように少しだけ声を低めた。 「君が、ネバーランドに来てくれるならね」 |
| あとがき / オリジナルのようなパロディのような……。けっこう前に書き始めて、途中でいやになって放置して、1年後くらいに思い出したように続きを書いて完結させた話です。全部で140P弱ですか。……また長い。うう、すみません。とりあえず最近UPしていなかったファンタジーっぽい話ということで探したらこれくらいしかありませんでした。つくづく過去の遺産に頼って更新している自分。ちゃんと新しい話を書こう(決意) |