初めて上空から見る街はキラキラと輝いてとてもきれいだと思った。 色とりどりのネオンがあちこちで瞬いて、繁華街ではとりわけ明るく、住宅地ではひっそりと静かにきらめいている。高く上がるにつれてより幻想の色を濃くする街並みに流比子は素直に歓声をあげた。 「きれい――。すごくきれい……」 「だろう?」 満足気に笑ってピーター・パンは空中で一回転してみせた。 彼らは今、まるで羽が生えたように自由に夜空を飛んでいる。ティンカー・ベルの置いていった妖精の粉を頭のてっぺんに少し振りかけただけで空を飛べるようになったのだ。 母と兄が心配しないようにと書き置きをして、ピーター・パンに誘われるままに流比子はここにいた。空の上。住んでいた街をはるかに高く見下ろせる場所。 (こんなにきれいだなんて、知らなかった) 何の変哲もない普通の街。なのに夜に空から見下ろしただけでまったく別の街のように輝いている。 知らなかった、と呟いて、流比子はそのまましばらく黙って遠ざかる街を見つめていた。「見なよルイコ。今夜は月がきれいだよ」 下ばかりを見て少しも顔を上げない流比子にピーター・パンが呼びかけた。流比子は顔を上げる。ピーター・パンの指差す方角に目をやると、大きな月があった。大きく欠けた三日月。 「ほんとだわ……」 本当にきれい、とため息をつく。自分が今まで知らなかった多くのきれいなものたち。空から見る月は地上で見るよりもずっと美しく見える。 「ねえピーター・パン。どれくらい飛んだらネバーランドに着くの」 「どれくらいかな? 時によって違うよ」 ピーター・パンはいい加減なことを言った。 「ちょっと、何よそれ……」 「だってそうだろう? 楽しい時間はすぐに過ぎるし、つまらなければ長いもの。決まった時間なんてどこにもないさ」 肩を揺らして笑いながら空中でごろりと横になる。 空を飛ぶのなど生まれて初めてでバランスをとるのに精一杯な流比子とは違い、ピーター・パンは余裕のあるものだった。頭の下で腕を組み、眠るような格好でいてもちゃんと前に進んでいる。 (いい加減だわ……) 彼についてきたことを早くも流比子は後悔しはじめていた。 そのうちピーター・パンがポケットから例の帽子を取り出して顔の上にのせ、それきり何も喋らなくなってしまったときには心底閉口した。 彼は眠っていたのだ。勝手に自分だけ。 この広い空に二人きりしかいないというのにその内の一人に眠られてしまうと、流比子はひとりぼっちでとり残されたような気持ちになった。 慣れない動きで空をかきながら、何だか泣きたい気分になる。 さっきまであんなに浮かれたいい気持ちだったのが嘘のようだった。ネバーランドに一緒にきてほしいと彼が言ったからついてきたのに、こんなふうに放っておくなんてひどすぎる。 そう考えるとよけいに泣きたくなって唇を噛んだ。前をゆくピーター・パンを睨みつけてみたが何も解決しない。 どうしようもないから流比子は泣きながら空を飛び続けた。時間がたつにつれて瞼が重く眠たくなってきたが、ピーター・パンを見失ってしまうと困るので眠れなかった。 彼女の住んでいた街はもうとっくに眼下を遠く離れてしまった。今ここで彼を見失ったらネバーランドへ行くことも家に帰ることもできなくなってしまう。 三日月に照らされた空をただひたすらに飛ぶ。 眠っているくせに自分より飛ぶのが速いピーター・パンに腹が立つ。必死に追いつこうと頑張れば頑張るだけ差が開いていくような気がして流比子は焦った。 (待って) 力一杯飛んだけれど、ピーター・パンの姿はどんどん先へゆく。 「待ってよ、ピーター・パン!」 呼びかけても眠っている相手からは返事がなかった。そのうちに本当に姿が見えなくなる。 ――ひどい。 流比子の目から涙がぽろぽろとこぼれた。 自分が誘ったくせに。一緒にいこう、と言ったくせに。 だから来たのに。それなのに。 (それなのに……?) ふいに頭の奥で声がして、はっとした。自分は誘われたからついてきたのだろうか。たったそれだけの理由で、家族が心配するのを承知でこの得体の知れない少年と一緒にきたのだろうか。 (ちがう。私、私がネバーランドに行きたかったから――…) 「きゃ!?」 いきなり身体が大きくガクンと傾いて、流比子は悲鳴を上げた。必死に手足をばたばたさせてみたけれど効果がない。身体が急に重力というものを思い出したように重くなり、――落下しはじめる。ゆっくりと。 「―――! だれか助けて!!」 |
| あとがき / 昔に書いた話を読み返していると、いろいろ手直ししたいようなそのまま放っときたいような微妙な気持ちになります。 |