ある夏の日





 窓の外に広がる空は高く、青く澄み渡り、大きな白い雲は風がないせいでほとんど動かずずっと同じ場所に居座っている。外はおそらく焼けるように暑いのだろうと思いながらも、だから外にいなくて良かったとは思わなかった。 外にいるのが好きだからではない。中にいても暑いからだ。
「暑いな……ちくしょ、何でこんなに冷房をケチるんだよ」
「そりゃあれだよ、ここには客が来ねえからさ」
 頭を抱えながら言った斉藤の独り言に、薄ら笑いを浮かべて片山が口を挟んだ。
 斉藤は顔を上げ、わずかに崩れた前髪を片手でかきあげ、片山を見た。
「別に聞いてないです」
「暑いからっていらいらすんなよ。ついでに俺にあたるな」
「あたってないでしょう。独り言を言っても駄目なんですか」
 片山の返事を待たずに斉藤は立ち上がり、窓辺に歩いていくと、眼下の景色を見下ろしてため息をついた。
「こんな暑いのに平気な顔で外を歩く人間の気が知れない……」
「お前ずっと営業やってたんだろうが。だらしねえなあ」
「やるときは、やります。でもだからといって熱を氷と感じられるはずはない。当たり前でしょうが」
 もともと片山に対して態度のよい男ではないが、暑さのために普段よりずっと気難しくなっている斉藤は棘しか感じられない口調で言うと、窓枠に触れてみて、「バカみたいに熱い」と慌てて手を引っ込めた。
 好かれていない自覚がある片山は、しかしそんなことに傷つくような繊細さは持ち合わせておらず、むしろ面白がるように斉藤の後ろ姿を眺めてにやにやした。背が高く姿勢の良いその後ろ姿は片山にとっては十分観賞に値する。一筋縄ではいかない生意気な性格は彼の若さを考えるとまだかわいげがある段階に留まっていて、容姿同様青臭いほどの若さが片山の嗜好に合っている。
 もっともそれを言うと相手は怒り狂って切れるだろうから口にしようとは思わない。
 それよりもこうして時々盗み見ていろいろな想像をしてみるほうがずっといい。たとえば、かっちりとしたスーツの下にある適度に筋肉のついた身体だとか、唇の感触、いつも生意気なことしか言わない口から漏れる声だとか。
 ぞくりとして片山は自分の唇を撫でた。実現したらさぞ楽しいだろうが、実現しなくても考えるだけで楽しい。
 社長がケチだという難点はあるが、実にいい職場だなあと思ったら嬉しくなって思わず口笛を吹いた。
 社長も社員も見ているだけで楽しいいい男。仕事は片山の好きな接客業。
「片山さん、その口笛、暑苦しいですよ」
 振り返って斉藤がいかにも不快だというふうに言った。片山はぴたりと口を噤み、愛想笑いをしたが、斉藤はよけい嫌そうな顔をして首を振ると、「あっちいよ、ちくしょう」と片山に対する苛立ちもこめて毒づいた。暑さに弱い男なのだ。
 そのとき突然扉が開いて社長が姿を見せた。足音にも気づかなかったのは彼の足音が小さいためというより、斉藤は暑さに、片山は自分勝手な妄想に気をとられてしまっていたせいだ。
「暑いです、左迫さん」
 顔を見るなり不満を口にした社員に対し、社長である左迫が口にしたのは「そりゃ夏だから暑いだろ」という甚だ簡単な一言だった。
「夏だからじゃなくて、冷房が効いてないから、暑いんです」
「壊れてるのかな」
「リモコン! リモコンはどこですか!」
「怒鳴るなよ、よけい暑くなるだろうに。ところでお前ら、遊んでないで仕事しな。営業だけじゃなくデスクワークもちゃんとする、人数少ないんだから」
 この部屋の暑さを何とも思わないのか、それとも今までよほど涼しい部屋にいたのか、左迫は汗ひとつかいていない爽やかな顔で笑い、斉藤の肩を叩いた。
「あー、俺も。俺もコミュニケーション」
 左迫は斉藤と違い、自分が片山の趣味にあっていることを十分承知していても嫌な顔をせず、むしろそのことを上手く利用するしたたかな男だ。こういう相手に対しては片山もオープンにほしいものを要求する。軽蔑するように斉藤が片山を見たが、左迫はすぐそばに近寄ってきて、片山の腕を二度、軽く叩いた。斉藤の整髪料の匂いも悪くないが、左迫のつけている香水は季節ごとに変わり、どれもかすかに余韻を残す趣味の良いものばかりだ。
 うんざりとした様子で斉藤が首を振るのが見えたが、片山は左迫の香りの余韻に浸って気にしなかった。
「斉藤。契約一件ごとに温度一度下げてやるぞ」
 左迫の言葉に斉藤が彼を睨みつけた。
「やっぱり左迫さんが温度上げてんじゃないですか!」
「誰が違うと言ったよ。本気で壊れてるとでも思ったのか」
「……! 失敗した! こんな会社!」
 斉藤が腹立ち紛れに片山の机を蹴っ飛ばすと、ガンという小気味よい音がして、机がへこんだ。「お前自分のを蹴れよ」との片山の文句にも耳を貸さず、斉藤は暑さと怒りで真っ赤な顔をして自分の鞄と上着を掴むと、荒々しく扉を閉めて部屋を出て行った。暑さの中営業に出るほうがここにいるよりマシだと思ったようだ。
「愛されてますねぇ、社長。懐かれちゃって」
「まあ、新入社員のころから面倒見たからな」
「社長の会社員姿って、あんまり想像できないな」
「別に、普通。普通のサラリーマン」
 伸びた前髪をつまんで呟くと、左迫はつまらなそうな、それでいてどこか面白がっているような相反する感想を抱かせる表情で片山を見て、肩をすくめてみせた。
 最高に魅力的、と片山は見惚れながらそう思い、つくづく良い職場に巡りあえたと自らの幸運に感謝した。


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あとがき / ストーリー性も季節感もない話で……ごほごほ。このキャラクターを使った不動産屋の話が書きたくて、そのキャラクターをとりあえず確立させようと思って書いてみたのですが、書いたらよけいわからなくなったという……。本編はまだ1ページも書いていないです。それにしてもタイトル付けの安易さが。