友人の家に向かう途中、立ち寄ったスーパーでお盆用の切り花が売られていた。 オレンジ色の、マーガレットに似た花に目を引かれて、少しだけ立ち止まって眺めた。花には詳しくないからその正式な名前はわからないし、値段を見ても高いのか安いのか判断はつきかねるが、「お盆なので値上がりしました」と申し訳なさそうに札が立ってあるところを見ると高いのかもしれない。 手を伸ばしかけて、結局やめにした。花より食べ物を喜ぶような相手にあげても花がかわいそうだし、それにしばらく外を歩いているうちにこの暑さの中、弱ってしまうかもしれない。 どちらにしろ、墓前に供えられるなら暑さには晒されるに違いないのだが。 炎天下の中、十五分ほど歩いて訪れたマンションの部屋の主は私の姿を見ると「ずいぶん日焼けしたなあ」と感心したように言って、同時に肩をすくめた。「俺には真似できないよ。こんな暑い日中に出歩くなんて」 そう言う彼の肌はなるほど夏という季節を感じさせないほど白く、彼の部屋もまた、過度の冷房によって秋、あるいは冬なみの温度に調整されている。 「なんだか季節を忘れそうになるわ」 「呆けるにはちょっと早いんじゃない」 「寒いって言ってんのよ」 「寒い? うそだろ、普通だよ」 伊原は心底驚いた風に言うと、私が両腕を抱いているのを見て理解できないという顔をした。彼は半袖のシャツだけでけろりとした顔をしている。 「絵、描いてたんだ」 少し細めの骨張った指先に、絵の具が少しついているのを見て言った。彼の部屋にはいつも絵の具のにおいがしていて、それはいつ来ても変わらずにそうだから今ではまるで彼のにおいのようになってしまった。 「そう。何か飲む? ビール? ジュース? それともコーヒー?」 「あったかいコーヒーがいいわ、ミルクと絵の具抜きで。くれぐれも」 「まだ根に持ってんの、しつこいなあ」 彼は笑いながら言うと、「ホットコーヒー一つ、かしこまりました」とボーイのように注文をくり返してキッチンへ向かった。 私は手土産に買ってきた小さな水羊羹を二つ取り出して、自分の分を食べながら、伊原の描いている絵のことをちょっと考えた。 同い年の伊原は高校の頃からずっと画家になることを志していた人で、その絵は時折展覧会などで入賞する程度には認められているようだが、いまだにそれで生計を立てられるほどのものにはなっていない。かといって、未来の画家志望として一日の食事にも困る生活を送っているのかと言えばそうでもなく、なかなかに高級なマンション七階の見晴らしのいい、風のよく通る部屋で、一人優雅に絵画三昧の生活を送っている。それは偏に彼の家が裕福だからだ。息子の道楽をとがめもせずに見守ってやれる器の大きさを──放置するだけの諦めを?──持っている。それはとても恵まれたことで、彼にとってはとても幸運なことだ。私はそう思う。 時々、彼の絵が飾られている展覧会に出かけることがある。 たいてい一人で、時には友人とともに行き、意外なほどの人の入りにいつも驚かされながら、順路にしたがってほんの百数十枚程度の絵を一枚一枚、眺めていく。けれど私は、自分が絵そのものよりもそれを見る人の反応を楽しんでいるような気がするときがある。 面白いもので、人によって一見しただけで足早にその前を通り過ぎる絵もあれば、立ち止まって顔を近づけ、しばらく動かずにじっと見つめている絵もある。どれに足を止めるかは本当に人それぞれなのだけれど、私から見ると何てことはなく見える絵に見入っている老婦人もいれば、素直に綺麗な女の人の絵の前で立ち止まっている青年もいる。 若く美しい女性の絵を見るたび、この画家の好みはこうなのか、と曲がった解釈をして私はひとり楽しくなる。風景は単純に美しいが、見て楽しいのは圧倒的に人物画だ。その力強さや、惚けたような表情や、疲れた仕草に何とも言えず引き込まれる。絵の中の人物は何を見て、何を考えるのだろう? そして画家はその人物を描くとき、何を託し、伝えようとしたのだろう? そこへいくと、伊原の絵は、私の興味をあまり引かない風景画ばかりだった。 彼の絵はいつもぼんやりとしている。そして少し物悲しい。 恵まれた暮らしを送り、性格も極めて能天気である彼の絵がどうして悲しく見えるのか私にはわからない。 絵に抱く感想というものは、描く側でなく見る側の心情が色濃く反映されたものであるとしても、悲しい気分の人間が見た絵すべてが悲しく見えるものでもないだろう。そうすると、やはり、彼の絵には人の寂しさを揺り起こす何かがあるのだ。そのことに、私は人知れず憤慨する。 伊原の描いた絵に悲しくなるなんて馬鹿げている、と我に返って自分が恥ずかしくなるのだ。 こうなると、作者を知っているということは絵画を鑑賞する上では甚だよけいなことだと言わざるを得ない。ならば作者を見ずに絵だけ見ればよいのだが、私にとって作者の名前と並んで書かれてある作品タイトルはとても重要なもので、タイトルと絵、二つそろってはじめてその絵を見た気分になるのだった。だから作者の名はいやでも目に入る。 そして伊原茂、と書かれた札を見たとたん、その絵はもう、彼以外の誰の手によるものでもない、彼だけの絵になってしまうのだった。 「コーヒーお待たせ。ミルク抜き、絵の具抜き、砂糖入り」 「サンキュー」 「あ、羊羹俺の? 食ってもいい?」 いいという前から包装を破って食べ始めている。私はコーヒーを一口飲んで、冷えたところで飲むコーヒーはまた格別においしいと思いながら窓の外を眺めた。 青く澄み切った空が見える。外にいれば憎たらしいほどの雲一つない晴天が、冷房の効いた室内から見るとまるで違うもののように美しく見えるのだから人間って勝手だ。いつだって空は、変わらず美しいに違いないのに。 「そういえば聞いた? 恵結婚すんの。昨日招待状来て初めて知ったよ、私」 「ああー、聞いた。会社の同僚とだって」 「いいの?」 「なにが?」 「つき合ってたんじゃないの」 「それいつの話?」面白い冗談を聞いたというように伊原は笑い、残りの羊羹を口に放り込んだ。「とっくに別れてるよ」 「ふーん」 私はいつも知らなかった。 伊原が恵とつき合っていたことも、別れたことも、恵が結婚することも。 「私って場の空気を読めない人間? ひょっとして」 「今頃気づいたのか」 この無関心人間が、と伊原は声を上げてまた笑い、ビールをごくごく飲んで、ぷはーと息をついた。そしてふと真顔になると、身を乗り出してきて言った。 「そうだ、おまえ夏の花っていったら何色思い浮かべる?」 「夏の花? なにそれ。今描いてる絵の話?」 「そうだよ。形とか具体的な名前はいいんだ。色。何色?」 「オレンジ色」 即答したのはここに来る前スーパーで見かけた花の、鮮やかなオレンジが頭に残っていたからだ。 あれが夏の花なのかどうかは知らない。だけど青には映えると思う。雲一つない青空の色に。 「オレンジ色」 伊原はちょっと考えるように唇を引き結んで、指先で耳をかいた。 そう、向日葵とあのオレンジ色の花を並べたら綺麗だろうな、と唐突に私は思った。 夏の色だ。でもきっと伊原はまた、夏とは全然関係ない変なタイトルを付けるんだろうとも思った。 この間行った展覧会に飾られてあった伊原の絵には桜が描かれてあって、川のゆっくりとした流れの中に桜の花びらが舞い落ちていくという春の終わりを感じさせる情景だったが、付けられたタイトルは「夏の風景」だった。 どこが夏なのよとあとで訊くと、伊原はしれっとした顔をして、夏には春が恋しくなるからさ、と答えた。 「オレンジ色か、まあ、いいか」 頷きながら呟いた伊原は、私が一人でにやにやしているのに気がつくと、変な顔をして「夏の暑さに呆けたのかあ……?」と不安げに眉を寄せた。 「あんたほどじゃないわよ」 「何だと、俺のどこが」 「あんたの描く絵、全部ぼんやりして呆けてるもん」 伊原はがーんと声に出して呟いて、「……真の芸術は凡人には理解されない……」と泣く真似をしながら言った。 私は確かに凡人で、伊原の描く絵も、プロの描く絵も、その差なんか全然わかりはしないけれど、それでも彼の描く絵は物悲しく、空は美しく、夏の花はオレンジ色で、この部屋は見晴らしがいいということはわかっている。 立ち上がって窓際へ行き、窓をいっぱいに開けると生暖かい空気と風が吹き込んできて、私はこれ以上はないというほど夏を意識した。夏のにおい。夏の色。夏の空。夏の風。 これが正真正銘の、夏の風景だ。 |
| あとがき / これはごく最近書いたものです。院展を見に行った感想小説とでもいうような話ですね。私は自分に芸術的才能がないだけに、音楽や絵画に対する憧れが強く、何かとそういう系統に強い人を書いてしまう傾向があります。習い事をするならピアノと空手!をぜひおすすめしたいところです(空手は関係ない) |