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――――― 降りしきる氷雨のように…… ・氷の章 ―――――
by アル
人はどうして、人の『死』や『別れ』が哀しいのだろう。
その人の事を忘れる事ができないからだろうか?
それとも・・・、
その人の事を忘れ去ってしまうからだろうか――――?
少なくとも、
私は前者だと思った―――――。
その日も、嫌になるくらい寒かった。
「・・・・・・」
休み時間。頬杖をついて窓の外を見ると、相変わらず雪が降っている。
「なあ、北川。本気で出るのか?」
「なにがだ」
「舞踏会だよ、北川君」
「当然だ」
「・・・・・」
「・・・・・・・・」
「何だ、その沈黙は・・・」
「・・・やっぱり似合わないな」
「うん」
「・・・・・・・・・・・」
ちらりと前を見ると、名雪と相沢君、北川君の三人が何時ものように漫才モドキの会話をしている。
相沢君がこの学校に来て二週間近く経つ。
――――二週間。
二月まで・・・・・あと、一週間。
「・・・どうした、香里?」
「え――――――――?」
ふと我に返ると、相沢君の顔が目の前にあった。名雪や北川君もその後ろで首を傾げている。
「香里・・・・?」
「顔色悪いぞ」
「別に・・・、何でもないわ・・・」
我ながらとってつけたような言葉だったが、二人は一応納得したのかそれ以上何も言ってこなかった。
ただ、相沢君は何かを探るような、或いは迷うような顔をしていたが。
放課後、部活に寄る気にもならなかったので帰ろうとした所で相沢君に呼び止められた。
その相沢君の顔は、さっきと同じ顔をしていた。
「なあ、香里」
「・・・・」
「―――栞は、お前の妹なんだろ・・・?」
真正面からの言葉だった。
「・・・・・」
私は咄嗟に何も言い返せなかった。
今、口を開いたら、全部話してしまいそうで。
全部話したら、この場で泣いてしまいそうで。
だから―――――、
「・・・私には、妹なんていないわ・・」
暫く経って、そう呟くのがやっとだった。
「・・・何でそう言うのか知らねえけど、このままだと後悔するぞ・・?」
そう淡々と話す相沢君の瞳は、いつもとは違う真摯な、 それでいていつものような真っ直ぐで揺ら
ぎのない眼をしていた。
「―――――言いたくなったら相談にのるぞ」
そう言い残すと、すぐに去って行った。
―――それからどうやって帰ったかはよく憶えていない。気が付いたら家の玄関を上がっていた。
「・・・あ、お姉ちゃん」
何時帰ってきたのか栞が奥から出てくる。そして私があんな態度を取っているにも関わらず、 相変
わらず笑顔を見せてくる。
そんな姿が何故か相沢君と重なって見えて、笑顔の栞をまともに見れなかった。
そんないたたまれない気持ちのまま、二階の自分の部屋に向かった。
「あ・・・・」
栞の悲しそうな声が聞こえたが、振り返る事はできなかった。
そのまま部屋に着いてベッドに倒れ込むと、泣いてる自分に気付いた。
「何、で・・・?・・・・どうして・・・?」
自分で何を言ってるのか解らない。
言葉にならない、整理する事のできない思いを抱いたまま、眠りに落ちていった。
―――そして私は、夢を見た。
全てが真っ白に染まった、降り積もる雪を朝の光が照らしている―――――。
目が覚めると、辺りは真っ暗だった。・・・どうやら夜らしい事だけが分かる。
どんな夢だったかは、よく憶えていない。思い出そうとするとそれが粉雪のように散ってしまう そんな気がした。ただ―――、
ただ、雪の白さだけが目に焼き付いて―――。
それでも起きてみて不思議と自分が落ち着いている事には気付いていた。
何気なく日付の入った時計を見て、少し呆れた。日付が一日分進んでいた。 恐らく最近の寝不足が
原因だろう。
そのまま起きる気にもならず、ベッドに倒れ込んだ格好のままでいると 自然と昨日の事を思い出し
ていた。ひとつずつ。
「・・・・・馬鹿は私、か」
今頃になって相沢君の言葉が胸に染みてくる気がした。
どれくらいそうしていただろう――――、
時計は九時に近付いていた。
少し迷った後、私は電話へと向かっていた。
数分後、私は学校に来ていた。
門の辺りで所在無げに待っていると、人影が目に入った。それが誰かは、判っている。
「早かったわね」
「まあ、な」
私の言葉に相沢君が短く答える。急いでやって来たのか少し息が上がっているように見える。
「・・・・・それで、どうした?」
「・・・・・」
相沢君の問いに答えようとして、暫くの間言葉を捜した。どこから言えばいいのか、 上手く言葉が
見つからない。
「栞の事か?」
「・・・妹の事よ」
言葉は自然と出てきた。
そう、妹。私のたった一人の―――
「・・・あと、一週間・・」
「・・・・・・?」
「栞は、不治の病に冒されているの。・・・ もって後一月、自分の誕生日を迎えられるかどうかも怪
しいわ」
自分でも驚くほど淡々と話す事ができた。それに相沢君は反応を見せなかったが、 やがて顔色を変
え目を大きくした。
「香里、お前・・・・!?」
「多分、相沢君の考えてる通りよ」
「どうして・・・・・?」
「・・・・」
「いや、・・・・だから、なのか?」
「・・・・」
「知らなければ・・・、最初から何も知らなければ悲しむも何も無い・・・そういう事なのか!?」
相沢君の声は掠れていて、悲痛な気がした。私は俯いて頭を軽く振った。今考えると恐ろしく単純
な考え方だ。自分自身が、嫌になってくる。
「そう、よ・・・・。馬鹿としか言いようがないわ・・・! 気付くのも遅くて・・・・っ! どう
してそんな事してたのかも分からないっ!」
自責の念が、感情が高ぶってくる。
―――私は何をしていたのだろう?
「それが妹から笑顔を奪ってっ、私は、自分の事しか考えてなかったのよぉ・・・」
来る前にも泣いた筈なのに、視界が涙で歪んでいく。声も最後には鳴咽混じりになってしまってい
た。
「・・・もういい」
不意に抱きしめられる。どうしていいか分からなかった。けど、吹き出してくる感情と伝わってく
る人の温もりに、私はそのまま泣いた。
相沢君が何かを言いながら頭を撫でられてるような気がした。それは微かで、何と言われているの
かは聞こえなかった。
それでも―――、
撫でてくる手から伝わってくる温もりが心地よかった。
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“雨の章”へ続く
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