裸身





月が奇麗だ。
夜風にほんの少しだけ肌寒さを感じたが、それでもこの場所は暖かい。

「良かったですよねぇ。イイところが見つかって。あのままだったら、また村まで戻らなければならないところでしたから。」
「あぁ、そんなことになったら、みっともねぇったらありゃしねぇ。まぁったく...って、いつまで食ってんだ!てめえらはぁ!」
「だってぇ!悟浄がオレの分...」
「そりゃ、おめぇが先に俺のを...」

あーでもない、こーでもない騒ぎ出す二人に、三蔵のハリセンが飛んでくる。

「うるせーんだよ!誰のせいで、こんなトコで野宿しなきゃならなくなったと思ってるんだ!!」

まぁまぁ、と八戒が三蔵を宥めるが、三蔵としてはかなり面白くない。それもそのはず、せっかく旬麗の村から離れたというところで、またしても悟空と悟浄の言い争いでジープごと川に落ちてしまったのだから。また、旬麗の村に戻る訳にも行かず(そんなカッコ悪いことできない)、とりあえずずぶ濡れのまま先に進むと、運良く温泉が湧き出ている場所に出くわした。休火山の麓とはいえ、こういった場所に遭遇できたのは不幸中の幸いだった。こうして、今夜の野宿はここに決定したわけである。食料は旬麗の村で調達してきたから、今夜の食事は困らなかったが、こうも食事のことでバカ騒ぎが続くといい加減、三蔵としては呆れてものが言えない。

「...オレは寝るからな。」

そう言うと、三蔵はごろりと寝袋の中に寝転んだ。

「あっ、オレも寝ようっと」

すかさず悟空が三蔵の寝袋の中に入り込む。

「なにやってんだっ!このバカ猿が!」
「えっー!サンゾーばっかずるい!!」
「狭いだろうが!!」
「だってぇ!寝袋二つしかないじゃん!」
「???」
「もう一つは、悟浄と八戒のだもん!」

思わずこけてしまう悟浄と八戒。
無意識に言っている悟空に、苦笑いしてしまう。

「...狭まいんだから暴れるなよ」
「うん!」

何て言っても...悟空の寝相の悪さはピカ一だけど。

しばらくして悟空の寝息が聞こえてくる。
三蔵も疲れていたのか、間もなく眠りに入ったようだった。

残されたのは悟浄と八戒。

温泉の近くで地熱があるが、それでも火を絶やさず焚いておかないと、かなり寒い。

悟浄は八戒を振り返ると、丁度食事の後片付けが終わったところで、今度はジープの面倒を見ている。
甲斐甲斐しい男である。

ジープをたき火の近くに眠らせてやると、八戒が軽くあくびをした。

「おい」

悟浄が声かける。
気が付いて顔を上げる八戒。

「おまえ、まだ風呂の入ってないんじゃないのか?」
「え?ええ、まだ温泉に入っていませんけど」

あぁ、そうか...

この男は、皆のメシの準備だけじゃなく、皆が風呂に入っている間、妖怪どもに襲撃されないように 番人まがいのことをしていたんだっけ...。


まぁったく母親みたいな男だぜ...

「風呂、入ってこいよ」
「??」
「オレがジープのこと見ててやるから。それと、ついでに、ここにマグロみたいに横になってる連中のことも見ててやるよ。」

マグロみたいにおおきな固まりになっているのは、一つの寝袋に入っている三蔵と悟空。
しっかり眠っている二人のことを見て、八戒は

「冷凍マグロですねぇ、確かに」

くすりと笑った。
そして

「じゃぁ、お言葉に甘えて」

そう言って、八戒は茂みのむこうに消えていった。
そこには、大の男二人がやっと入れる程の湧き水にも似た温泉がある。

―――― ぱしゃり...

茂みのむこうから水音がした。
八戒の音だ。

悟浄の目の前にある、焚き火がぱちぱちと音を出している。

―――― 僕もガキですから

ふと、昼間、旬麗を探していた時に言われた、八戒の言葉が頭の奥から聞こえてくる。

―――― 僕がです...そういう言い方すると怒りますよ

他人のことなんか放っとけ、そう言った悟浄の、ある意味拒絶にも近い表現に怒った、八戒。
他人のことに、特にオレのことには、妙に熱くなるアイツ。

それが何だか嬉しくて。
悟浄はいつしか口元が笑っているのに気が付いた。

―――― まいったねぇ

いつの頃だろうか?
こんなにアイツのこと考えるようになったのは。

熱くなっているのはオレの方かも...
いくら惚れた男がいるからって、旬麗のようなイイ女にだって手を出さないなんて...
以前の自分なら考えられない...

水音がまた聞こえてきた。
悟浄は、思わず立ち上がって、茂みの向こうを見透かしてみる。
月明かりでその光景は微かな陰影しか見えない。

そこには、八戒がいる。

生まれたままの姿で。

悟浄は立ち上がると、茂みの向こう側へ歩き出す。
さほど離れていない場所だから、悟浄の足音に八戒がすぐに気が付いた。

「悟浄?」

湯の中から八戒が振り返る。
悟浄の目に、八戒の白い背中が見えた。

「どうしました??」

月明かりに照らされて、ゆらゆらと揺れる水面の輝きの中に八戒がいる。
八戒の頬は湯に浸かっているせいで、ほんのり赤みがさしている。

―――― 奇麗だな...

「悟浄?」

悟浄が何も言わずに立っているので、八戒がまた声をかけてくる。
その声にようやく悟浄が反応する。
悟浄が自分の髪の毛をくしゃくしゃを掻き揚げながら、

「なんつーか、こーいうのって...」

言葉が上手く言えない悟浄に、八戒はくすりと笑った。

「...そそりますか?」

悟浄のかわりに八戒が言うものだから、悟浄の方が照れてしまう。

「おめぇは...」
「これじゃ僕の方から誘っているみたいですよね」
「ん?」

―――― ぱしゃり...

水音がした。
八戒は立ち上がり悟浄の首の後ろに腕を回すと、悟浄にそっと口付けた。
軽く重ねる程度のものだったが、これが合図のようだった。

気が付けば、悟浄も服を脱ぎ捨てて、湯の中へ二人してなだれ込むように入っていた。

深く口唇を重ね合わせて、お互いの身体を強く抱きしめ合う。
悟浄の指が八戒の肌に触れるたびに、緑の瞳が優しく微笑む。

「...おまえに逢えて良かった...」
「?」

緑の瞳が少し揺らぐ。

「オレは今まで兄貴に罪悪感みたいなもんがあったんだと思う。
だから、逢ったらなんて言おうかどーしようかみたいなカンジでさぁ。
けど、もういいさ。生きてりゃ、そのうちどっかですれ違うくらいするかもしれねーし。
逢ったら逢ったで、ありのままのオレがこうして生きてるってことぐらいしか言えねーから。」

緑の瞳は黙って見詰めている。

「おまえが居てくれて良かった」
「悟浄...」

「だから、これからは隠し事無しでいこーぜ。お互いに、な。」
「....」

緑の瞳が静かに閉じた。
何が考え込んでいるようで、何も...応えてこない。

答えの無いまま、悟浄は八戒の肌に指を滑らせる。
指が八戒の腹部に残された深い傷痕を優しく触れてくる。
八戒の身体がぴくりと揺れる。
そのまま指は下に降りていって、八戒の後ろを探り始め、さらにその奥へと静かに入ってくる。

「...潤滑油みてぇだな」
「....」
「温泉の湯ってぇのはよ」

くすりと笑う八戒の首筋を悟浄がきつく吸うと、八戒が少しだけ息を乱しながら呟く。

「お湯を汚してしますね...」
「別に誰のもんでもねーんだから、気にすんなって」
「...えぇ、そうですね」

再び開いた緑の瞳は、空を見上げて何を思っているのか?
何を感じているのか?

隠し事がキライなくせに、自分のことを隠している彼の中へと、深く深くゆっくりと...入っていく。


裸身の愛を抱きしめよう
なにも なにも
いらないのに それでも
きりがないほど君が欲しい
もっと もっと こんなに
君が欲しい

KISS で 探し当ててる
互いの肌に隠されているものを
君の奥へと 身体のすべて注いで
溶け合おう ひとつになれ

裸身の愛を抱きしめよう
強く 強く
抱きしめよう このまま
愛が僕等を選んだのさ
奇跡、未来、すべてが


東の空が明るくなる。
また朝が訪れて、西への旅が始まる。

「おっはよー!飯まだぁ?」

悟空の明るい声が聞こえてくる。
悟浄は眠い目をこすりながら、寝袋から起き出すと、すでに八戒は朝の食事の準備をしているところだった。

「えぇ、あともう少しです。顔でも洗ってきてくださいね。そのうち出来ますから。」
「うん!」

茂みの向こうにある温泉に向かって、悟空が元気よく走り出そうとすると、

「悟空、顔洗うなら、あっちの湧き水の方へ行け」

三蔵が新聞を読みながら、温泉のある方向と反対方向を指さして言う。

「なんで?」

立ち止まって聞き返す悟空。

「湯を汚したヤツがいるから」

八戒と悟浄の動きが止まる。

「へっ?汚れちゃったの?」
「そうだ。」
「なんで?」
「そこのエロ河童に聞いてみろ」
「悟浄に?」

悟空が悟浄の方に振り返ると、着替えの手を止めて固まっている悟浄が目に入る。

「どーしたの?悟浄??」
「.....」

悟空に声をかけられて、悟浄は、ようやく止めた手を動き出した。
けれども、悟浄は何も答えない。

「?????」

首を傾げる悟空。
悟浄の頬が少し赤く見えるような気がする。

「ごじょー??」

悟空がもう一度声をかけると、何も言わない悟浄に変って八戒が口を開いた。

「朝ご飯できましたよ。」

ぱぁっと悟空の顔が明るくなる。

「わーい、飯だぁ!!」
「その前にきちんと顔を洗って来てくださいね。」
「はぁーい!!」

元気よく返事をすると、悟空は三蔵に言われたとおり、湧き水の方の駈けていった。
悟空が居なくなったの見て、八戒が三蔵の方へと顔を上げる。

「聞こえていたんですか?」
「...当たり前だ。このタコども」
「起こしてしまってすみませんでした。」
「爽やかに言ってんじゃねーよ。場所を考えろ。」
「すみません。僕等もまだ若いものですから。」
「...おまえ、性格変ったな。」
「えぇ、お蔭様で。周囲の影響が強いものですから。」

悟空が走って戻ってきた。

「わーい!飯だ、飯だ!」

八戒の前まで来ると、何を考えたのかくるりと悟浄の方へ向き直る。

「あれっ?悟浄、まだ顔赤いよ?なんで?」
「...うるせー、気のせいだよ、猿。」
「朝から、猿、猿っていうなよ!」
「....」
「って...どーしたの?悟浄?今日はヘンだよ。それになんでお湯が汚れたの?」

「それはやっぱり『保護者』の方に教えてもらった方がいいですね。」

悟浄のかわりに、また八戒が答える。

「なんでオレにふる?」

三蔵が新聞から顔をあげる。

「あれぇ、僕等が教えちゃっていいんですか?こーいうことは『保護者』の同意が得られないと...」
「おめぇ、ホントに性格変ったな...」
「はい」

にっこり笑う八戒に、悟空は首を捻る。

「ねーなんでぇ!?」
「おい、早く飯を食え。」
「あっ!うん!頂きます!!」

首を捻っていた悟空だったが、『飯』の一言ですっかり忘れる。

「これだから...」

おいしそうに朝飯を食べている悟空を見ながら、三蔵は溜息を吐く。
ようやく悟浄が口を開く。

「よーするに八つ当たりなワケね。」
「なんだと?」
「別にぃ」

まぁまぁと二人の間に八戒が入る。

「早く食べて出発しないと。」
「...そうだな。」


西へと。
目的地はまだ遠いのだから。
旅はこれからなのだから。

何もかもまだ始まったばかりなのだから。



FIN



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第7話「Crimson」で、最後にまた川に落ちてしまったあとの話を書いてみました。
タイトルは、ゴスペラーズのアルバムに収録されている「裸身」から頂きました。
これ聞いたとき、すっごく衝撃でした。
こんな爽やかに、こーいうのを歌っちゃうなんて!ってカンジで...、
でもって、思わず文中にも歌詞を引用させて頂きました。
歌詞で誤魔化していますが、18禁って絶対書けない...そう自覚してしまいました。
これぐらいの描写もかなりしんどかったので。
珍しくぐったりしてますデス、ハイ。(^o^;


date:2001.03.20


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