「ようやく、雨上がったね。」
「たった二日間だったけど、なんか、すっげぇ長く感じたな。」
「そーだね。大した練習できなかったからだね。」
「よしっ! 今日から本格的に練習再開だ!新太郎!」
「うん! ...って、田中、はりきってるねぇ。」
「あったりまえだろう!! 今度の大会での成績次第では、部費が大幅に引き上げられるかもしれないのだ!!」
「そーいうこと...ウチって、ほんと情けない...」

新太郎と田中の会話を、横で聞きながら、シゲはぼんやり窓の外を見ている。すぐに止むと思っていた雨は、あの日から丸二日間も降り続けた。今日は、ようやく晴れ間が見えてきた。天気予報でも、回復してきた天気について放送している。

(回復か...)

シゲは、心の中でぽつりと呟く。ずっと雨が降り続くことはない。いつかは必ず晴れる日もくる。しかし...。
シゲは大きな溜息を吐く。あの日から、不破とロクな会話をしていない。帰宅する時も、わざと時間をずらされて一緒にならなかった。たった二日間だったが、シゲには異常に長く感じられた。

(避けられてんのやろなぁ...)

仕方ないこととはいえ、シゲはやるせない気持ちでいっぱいだった。
強引に手をだしたのは自分なのだから、嫌われて当然だ。だけど...諦められない。

(いつから、こないに未練たらしい性格になったんやろ..)

シゲがさらに大きな溜息を吐く。それに新太郎が気が付いた。

「シゲさん?」
「んー?」
「どうしたんですか? 近頃、ヘンですよ。」
「べつにぃ...」

新太郎がますます不思議がっていると、横から田中が爆弾を投下する。

「恋わずらいか? シゲ?」
「なっ!?」

シゲは慌ててふためいて、イスから転げ落ちてしまった。

「あたたた...」

そんなシゲの様子に、新太郎と田中が唖然とする。

「だ、誰だぁ〜!! 相手は誰だ!! シゲ!! 教えろ〜!!」

田中が突然、大声を出してシゲの胸倉を掴むと、シゲは目をぱちくりとする。

「相手って...そんなもんおるわけないやんけ..」
「ウソつけ!! その動揺の仕方は、絶対怪しい!! モテまくりのシゲがそこまで気にする相手って、一体誰だぁ!!」
「そーですよ! シゲさんってすっごく人気あるじゃないですか! そんなシゲさんが悩む相手って...教えて下さいよ! ボクと田中で力になれることなら、いくらでも応援しますからぁ!!」

新太郎の言葉に、田中もかくかくと頷く。しかし、二人の様子はどう見ても興味本位で騒いでいるとしか思えない。

「...うざったいなぁ...」

シゲは欠伸を一つすると、田中の手を振り払って、教室から出ていこうとした。

「あっ! シゲさん!!」
「なんや、うっさい。」
「今日の練習は、グランドですよ! 不破くん、連れてきて下さいね!!」

ぎくり。
シゲが立ち止まる。振り向かずに答えてしまう。

「なんで、オレが...」
「えっ? だって、不破くん、シゲさんの言うことならちゃんと訊くし...結構、仲良しですよねぇ。」

田中がげらげら笑い出す。

「仲良しって表現はヘンだぞ。新太郎。」
「そう? そーしか見えないけど。」
「いや、オレからすれば、え〜っと...いや、違うな、なんつーか、こう、もっと奥深い...」
「連れてくれば、ええんやろ?」

田中の言葉を遮るように、背中越しにシゲが言う。そのまま教室を出ていってしまった。

「なんだ? あいつ??」
「う〜ん、なんか、やっぱヘンだよねぇ...不破くんと何かあったのかな?」
「不破と?」
「よく、わかんないんだけど、なんとなく。」
「ふ〜む、ところで、不破ってさぁ、結構、艶っぽいって思わないか?」
「ぐっ!! な、なに言ってんだよ!!田中!?」
「いやぁ、普段、目つき悪いけどさぁ、それが無い時って、なんつーか、妙に色っぽいような...」
「田中、おまえもヘンだぞ。」
「そうかぁ? 新太郎は思わないのか?」
「お、思うわけないだろ!? 不破くんは男だよ!!」
「そりゃ、間違っても女には見えないけど...なんつーか、ひっかかるんだよなぁ...」
「不破くんと...シゲさん? そーいわれると、なんとなく...」

新太郎と田中、二人して同じように首を傾げる。

「何なんだろう...」

二人同時の呟きは、窓の外、雨上がりの空にかき消えていった。



放課後の図書室。今日は天気が晴れたせいか、かえって人気が少ないように思える。
シゲは、中へ入ると、いつもの場所へとまっすぐ向かった。

「不破?」

声をかけた相手は、ぱっと顔を上げた。そして「何だ?」と素っ気なく返事をしてきた。
シゲは眉を微かに顰めると、「今日はグランドで練習あんのやけど。」と伝えた。

「そうか...わかった。」

不破は、読んでいた本とぱたんと閉じる。
いつもの不破が座っている場所は、図書室の窓側だったが、大きな楠木が邪魔して、校庭が見えづらい。
これだと、校庭の様子が見えなくて、練習があることを知らなければ、そのまま此処に雲隠れすることになる。
新太郎は、多分、このことを知っていたのだろう。
だったら、自分で迎えに来れば良いものを...何故、シゲに連れてこい、などと指図したのか分からない。
けれど、不破とこうして向かい合えることは、今のシゲにとってはウレシイことであり、また苦しいことでもあり...。

「じゃあ! 6時に待ち合わせね!!」
「うん! ねえねえ、やっぱ浴衣着るぅ?」
「え〜、めんどくさいよぉ!」

急に、後ろから元気の良い女子達の会話が聞こえてきた。
どうやら、図書室で何やら相談中のようだった。

「あっ! シゲちゃん!!」

そのうちの一人がシゲに気がついた。同じクラスの女子だった。

「今日、氷川神社で縁日があるんだけど、シゲちゃんも一緒に行かない?」
「へっ? 縁日??」
「そっ!! みんなで行く約束してたんだぁ!! どう?」

声をかけてきた彼女の、横にいる一人がすこし上目遣いにシゲのことを見ている。

(あちゃ...じぇんじぇん、好みじゃありましぇん...)

シゲは髪をくしゃりと掻き上げると、「今日は練習あっから。」と素っ気なく答えた。じっとシゲを見ていた彼女は、落胆した様子だった。声をかけてきた子もちょっと残念そうながら、「じゃあ、またね!」と手を振って、他の子達と図書室を出ていった。

騒がしいのが出ていって、図書室が静かになる。不破と二人っきりになったことで、今度はシゲの心臓の音が急にやかましくなった。かたん。不破が荷物をまとめて、立ち上がった。シゲが振り返ると、不破は「人気者なんだな。」とぽつりと呟いた。

「なに? 妬いてくれてんの?」
「なっ!?」
「じょーだんです、ごめんなさい。」

シゲは即答すると、さっさと先を歩き出した。

「佐藤?」

不破が追いかけてきた。シゲの斜め後方から、シゲの様子をじっと伺いながら、歩調を合わせてくる。

(そんな顔して見つめられたら...えらい困るんやけど...)

シゲは出来るだけ、不破を見ないようにして歩いている。
本当は見たいのだけど、見てしまうと、また自分を抑えられなくなりそうで、怖くて不破を見ることが出来ない。
不破と目を合わすことが出来ない。

(重傷やな...)

恋煩い。田中の言うように、そうかもしれない。シゲが盛大に溜息を吐く。

「佐藤? どうした? 具合でも悪いのか?」

くいくいっと佐藤のシャツの袖をひっぱる。顔を覗き込むように見上げてきて、シゲは一瞬ぎょっとして立ち止まる。
見上げてくる不破の瞳は、いつもの鋭い瞳ではない。弱々しいような、縋るような、そんな不破の瞳だった。
けれど、それは、シゲが欲しがっているものではない。シゲが欲しい物。それは...。

「別に...絶好調やけど?」

シゲは視線をはずして、不破にそう答える。だが、不破はさらに、シゲの顔を覗き込んでくる。

「佐藤...何故、オレを見ない?」
「!!」

シゲの身体がぴくりと震えた。
気が付いているなら、どうして...?
ゆっくりと、シゲは不破へ振り向いた。

「自分に自信がないねん。自分、抑えられる自信がな。」
「?」
「不破...」

少し、前屈みになって、そっと、触れるだけのキスをする。
不破が、目をぱちくりさせる。

「オレは...」


――――― 不破が好きだ...


告白。
今まで、言葉として告げたことはなかった自分の気持ち。
間近にある不破の瞳が見開かれる。シゲがくすりと笑う。

「口に出してみると、結構、照れくさいもんやな。」
「...」
「けど、ホンマのことやねん。ホンマのオレの気持ちや。せやから...」

シゲは、不破に捉まれていたシャツの袖をそっと引き剥がして、スタスタと歩きだした。
だが、すぐに立ち止まって振り返る。

「2mや。」
「?」
「これぐらいの距離、置かんとな。オレの理性が持たへんねん。」

にかっと白い歯を覗かせて笑う、シゲの笑顔に、不破が一瞬、顔を歪める。

「佐藤。」
「ん?」
「オレが女に見えるのか?」
「じぇんじぇん!」
「だったら、何故...」
「何故やろね? オレにもよう分からへんねん。」
「...」
「男やから女やから、とか関係あらへんねん。なんや、自分でも説明できひんけど、オレは...不破のことが好きやねん。」
「...」
「けど、迷惑やろ? せやから...2mや。」

黙り込む不破に、シゲは自嘲気味に笑いかけると、「はよ、練習行こか? 新太郎が待っとるから。」そう付け加えて、また歩き出した。シゲの背中を見ながら、不破もゆっくりと歩き出す。寂しそうに見える。苦しそうにも見える。そんなシゲの背中を見つめながら、不破は考える。けれども、まとまらない。答えが出ない。まるで迷路にでも入ってしまったようだ。不破は軽く首を振る。目眩に似た感覚が襲ってきたから。こんなはずじゃない、こんなに自分は弱くなかったはずだ。

不破は、自分を捕らえて離さない、この想いの正体を突き止めようとして、必死に考える。弱いワケではない。では、これは一体、何なのだ? 渋沢から離れた途端、この有り様は一体、何だ? 渋沢の庇護がなければ、自分は、自分の考え一つ、まとめることが出来ないのか? いつから、こんなに情けない自分になったのだ?

「男相手に何を考えている」と一言、シゲに言い返してやれば、それで終わりのハズだ。なのに、言い返せない。言う事が出来ない。何故? どうして自分は、シゲに嫌悪感を感じないのか?v他のヤツに言われたら、不愉快だと絶対に拒絶するハズなのに、何故?

不破はふと、シゲと同じことを、渋沢にも言われたことを思い出す。あの時も、嫌だとは思わなかった。けれども、今とは感じ方が違う。シゲとは、全然違う。それに、渋沢の場合、言葉より先に行動で示された。恐怖感の方が先だった。幼い頃から知っている、あの優しい渋沢ではなかったから。衝撃の方が大きかった。渋沢が自分をどう見ていたのか知って、恐ろしいほどの衝撃を受けたのだ。懸命に、好きだと告げる、渋沢の言葉が、どこか言い訳のようにも聞こえた気がした。

足下が崩れるような感覚だった。渋沢を許しながらも、一番の信頼を裏切られたように思えた。それでも、渋沢をキライになれない。やはり自分にとって、渋沢は、ある一つの目標だったから。いつもそばにいてくれて、頼りがいがある存在。いつか渋沢のようになりたいと、渋沢を越えたいと思っていた存在。不破と渋沢の、互いの想いは、全く違っていた。けれど、渋沢は待つと言った。待ち続けると。

では、シゲは? シゲはどうしたいのか? そして、自分はシゲのことをどう思っているのか?
不破の足が止まる。口唇の片隅を軽く噛む。

「不破?」

不破が急に立ち止まったので、シゲは振り返って、こちらを見ている。
逆光のせいで、不破の顔がよく見えない。
不破の髪は、思ったよりも色素が薄いらしく、シゲには薄茶色に見えた。綺麗だと思った。

「佐藤、オレはどうすれば良いのだ?」

不破がぽつりと呟いた。

「教えてくれ。」
「不破?」
「教えてくれ、佐藤。オレはどうすれば良い?」
「どうって...」
「オレは...分からない。」


――――― 答えが...見つからない



「あっ!ようやく来た!!」

新太郎が気がついて、勢い良くシゲに走り寄ってくる。

「もう!遅いですよ!!シゲさん!!不破くん、呼びに行くのに時間かかりすぎ!! 不破くんは早く着替えて下さい!! デフェンスの練習、始めますから!!」

シゲに言い返すヒマも与えず、新太郎は言うだけ言うと、さっさと自分の練習に入る。
軽く溜息を吐いて、シゲも新太郎の後に続く。不破は着替えのために、部室へと入っていく。
ちらりと不破の後ろ姿を見て、シゲはほんの少し後悔する。
追いつめるつもりはなかったのだと。



二日ぶりのせいか、長く感じられた練習がようやく終わりを告げた。後片付けを終えて、新太郎と二人、着替えをしようと部室へ入ると、不破の白い背中が、シゲの視界に飛び込んできた。

「お疲れ〜!」

新太郎が元気よく挨拶する。不破も「お疲れ」と単調ながらも、返事をしてきた。白い背中が真新しいシャツに隠れる頃、ようやくシゲの身体は動く事ができた。

重傷だ。そう思いながら、シゲは汗だらけのTシャツを脱いで、タオルでごしごし身体を拭く。新太郎がいて良かった、ほっとする。バックから着替え用にTシャツを出して、すばやく腕をとおす。何気なく不破をみると視線がぶつかった。不破はじっとシゲの着替えをみていたらしい。瞬間、焦るシゲ。だが、不破は微動もしないで、腕を組んで難しそうな顔をしている。

(まいったなぁ...)

シゲは、バックに着替えたシャツや使ったタオルを詰め込みながら、また、ちらりと不破を見る。不破はシゲから視線を外して、開かれた部室の窓から外を見ていた。横顔から、不破が何か考え事をしているのが分かる。

(どうすればええかって...そんなこと、なんでオレに訊くんやろか?)

不破が拒絶していないことだけは分かる。けれど、それ以上の不破の気持ちが分からない。

(何を考え込んでいるんやろな?なんつーか、これって...)

期待してもいいんだろうか? しかし、不破の横顔からは予測がつかない。
やはり、伝えるべきではなかったのだろうか? 伝えてどうしたかったのか? それは...


――――― 好きになってほしいから


不破も自分と同じくらい、自分のこと好きになってほしい。
自分の気持ちに答えてほしい。
けれど、不破は答えがでない、と考えこんでいる。
何故? 何を考えている?
気持ちが悪い、とか、ふざけるな! の一言で済むようなものを。
それとも...シゲは溜息を吐く。

「お疲れぇ!」

威勢良く田中が入ってきた。新太郎もそれに応える。

「お疲れ!...って、随分、元気良いね、田中。まだまだ頑張れそうな...」
「ふふふふふ...」

突然の田中の含み笑いに、長年の親友である新太郎は、何かいや〜な予感がする。

「シゲ!!」
「はいな!?」

いきなり、田中に呼ばれて、ぼんやりと不破のことを見ていたシゲは驚いて、大声をだした。
不破もシゲの大声に、視線を窓の外からシゲへと向けた。

「今日、これから、ヒマだよな!!」
「へっ?」

シゲが思いっきりマヌケな声を出す。

「そう!ヒマしてるんだから、今日はオレに付き合いなさい!!」
「な、なに言うて...」

さすがのシゲも、田中の異常なまでの気迫にタジタジである。

「どーしたの?田中??」

新太郎も、おそるおそる田中に聞き返す。

「ふふふふ...今夜は氷川神社に行くぞ!新太郎!!シゲ!!」
「「はぁ!?」」

新太郎とシゲは同時に声を上げる。不破も何事かと半ば呆れながら、じっと見ている。

「今夜、あの乃梨子嬢の生浴衣姿が見れるのだぁ〜!!」

がっくし。
やっぱり、そーいうことか...と、新太郎とシゲが項垂れる。
南中学で一番人気の女生徒が、今夜の縁日とやらに来るらしい。

「アホらし...」

ぽつりとシゲが呟く。新太郎も呆れ顔で田中を見ている。

「おまえら、フツーの中学生じゃないぞぉ!!」

田中が反撃する。

「なに? それ?」

新太郎も負けてない。

「乃梨子嬢の浴衣姿だぞ〜! フツーは見たいと思うのが...」
「そーなの?」
「なに? 新太郎!? おまえは見たいと思わないのかぁ!?」
「んー? そりゃ、奇麗な子だとは思うけど...でも見るだけなら、なんでシゲさん、誘うの?」
「いーことを聞いてくれたぁ!!」

田中は新太郎の肩をばしばし叩く。

「なんと!? その校内一の美人で有名な乃梨子嬢が、シゲに好意をよせているらしいとの情報があるのだ!!」
「「はぁ!?」」
「そこでだな! シゲを連れてって...」
「彼女の横にいつもいる子と話がしたいんだね。」
「!? 何故分かる!? 新太郎ぉ!!」

今度は、田中、新太郎の両肩をがくがくと揺さぶる。新太郎は苦笑いしながら、

「そりや、田中と付き合い、長いからね。それに、田中の好みも知ってるし...」
「さすが! 幼稚園、年少組からの付き合いは伊達ではないな!! だったら、新太郎も協力してくれ!!」
「えぇっ!! 協力って...」
「オレはお断りや。」

田中と新太郎の会話を黙って聞いていたシゲが、口を開いた。

「人をダシにしようなんて、ジョーダンやないわ。オレはごめんやな。」
「シゲさん...」
「アホらしくて、やってられんわ。」

しゅんとする田中。先程までの勢いは、シゲの一言ですっかり消えてしまった。

「でも、シゲさん。せっかくだから、一緒に行きませんか?」
「へっ?」
「その...彼女のことはおいといて、僕らも行きませんか? やっぱ、縁日って楽しいし...」
「...めんどくさいんやけど。」
「えっ? キライなんですか? なんか、意外なカンジが...」
「今はそーいう気分になれへんねん。」

目を伏せて、シゲが頭をがりがり掻く。新太郎と田中、二人で顔を見合わす。
なにか、おかしい...。

「今年は女子の間で、なんでも浴衣が流行っているって聞いた。」
「へっ?」

田中が突然、話し出したので新太郎はきょとんとして聞き返した。

「だから、今日の縁日も、いつもなら行かない連中も、品評会みたいなカンジで行くらしい。今日、行くと、かなり知った顔にあうゾ。」
「ふ〜ん、そーなんだ。じゃあ、すっごく賑やかなんだね。」
「そうそう、だから、今日、行くと、自分がお近づきになりたかった子に合える可能性がヒジョーに高いわけなのだ。」

田中はちらりとシゲを見る。新太郎も、田中が突然、話し出した真意に気が付いて、にこにこ笑い出す。

「そーですね、シゲさん。やっぱ行きましょうよ。楽しそうですよ。」
「おまえらだけで、行けや。オレは行かん。」

シゲは目を細めて、不機嫌そうに答える。田中の考えに気付かないシゲではない。
どうせ、昼休みの話題の続きで、恋煩いの相手に会えるぞ、と田中がカマをかけているくらい、簡単に気が付く。

「そっか、やっぱ、行きませんかぁ...まぁ、確かに、シゲさんがそーいうトコ行くと、大変そうですしねぇ。」

新太郎が、残念そうな顔をする。

「そんなに女子が多く来るんだったら、シゲさん、あっちこっちでつかまって、大変そう。」
「そーかぁ、いいなぁ、シゲ。」

田中も相槌を打ちながら、うんうんと頷く。

「シゲは、今年のバレンタインデー、山のようにチョコレート、貰ってたし。」
「そーなの?」
「知らないのか?新太郎、有名な話だぞ。その当時いた陸上部、3年生の倉田先輩を差し置いてだぞ。」
「へぇ〜、それは凄いかも。倉田先輩って卒業しても、まだ人気あるもんねぇ。」
「そうそう、シゲがウチのサッカー部に入っただけで、ギャラリー、やたらと増えたし...」
「そーいや、そーだね。あっ、でも、シゲさんって、女子だけじゃなくて、男子からも人気あるよね。」
「おぉ!そーいや、チョコレートも、男子から何個か貰ってたよな! 今いるギャラリーの中にも...」

がたん! シゲが立ち上がった。

「男に好かれても、全然うれしくないわぁ!!」
「シゲさん?」

新太郎と田中の話に、いい加減、シゲは付き合うのがイヤになっていた。いらいらして、咄嗟に立ち上がって叫んでしまったのだ。だが、次の瞬間、はっとするシゲ。言ってしまってから、気が付く。新太郎と田中の後ろにいる...不破の存在。

先程から、黙り込んで腕組みしながら、こちらの会話をじっと聞いていたようだ。
不破と目が合って、シゲは、背筋に汗が流れ出してくる感覚に、言葉を失う。

「やっぱ、同姓はイヤですよねぇ。」

新太郎がほんわかと喋りだす。

「そりゃーそーだろ?オレもそれだけはイヤ。」

田中がうんうんと頷く。

「まぁ、それは置いといて、シゲさんて誰からも好かれますよね、なんか羨ましい...」

新太郎の言い草に、シゲがまたカチンとくる。悪気があって新太郎が話しているワケではないが、今のシゲには全てが気に障る。

「うっさいわ!! 好きでもないヤツらに、騒がれても、全然うれしくないわぁ!!」

シゲの剣幕に、さすがの新太郎もびっくりする。

「そんな連中、今のオレには全然興味あらへんねん!!」
「じゃあ、誰に興味あるんだ、シゲ?」
「へっ?」

シゲの大声にも動じなかったのは、田中。にかっと笑うと、再びシゲに爆弾投下。

「やっぱ、いるんだな!! 好きな人!!」

どきり。
シゲの身体が強張るのが分かる。田中がますます調子づく。

「やはりな!! 校内一の美人に好かれているかもしれないというのに、その様子からすると、シゲは意外と面食いではないようだな!!」
「へぇ〜、そーなんですか? あっ、でもシゲさんらしいかも。やっぱ、中身ですよね、大切なのは。」

新太郎も口を挟む。

「う〜ん、チョコレートを貰った中にも、ギャラリーの中にもいないとなると...」
「シゲさんの好きな人って誰です!?」
「誰だぁ!!教えろ!シゲの好きな人!!」

新太郎と田中に詰め寄られて、シゲは拳を握り締める。

「うっさいわぁ!! おまえらにはカンケーないわぁ!!」

かたん。後ろから物音がしたので、新太郎と田中がはっとして振り返る。

「あっ、不破くん...」

新太郎は、今まで不破がそこにいたことを忘れていたらしい。田中もきょとんとしている。
不破はカバンを肩に下げると、「先に帰る。」と一言告げて、席を立った。
はっとするシゲ。先に帰るとは...つまり、待っていてくれた?

「オ、オレも帰る!!」

慌ててカバンを肩にかけると、シゲは出て行こうとする不破の腕を掴んだ。

「不破!あの...」
「なんだ?」

不破にぎろりと睨まれて、シゲは一瞬、躊躇する。しかし、ここで退いたら...

「あのなぁ、今のは...」

言い訳しようとして、はっと気が付く。シゲと不破のことをじっと見ている、後方の二人組み。
何が始まったのかと、興味深そうにシゲと不破のことを見ている。

「あ、あのな、その...一緒に帰ろ...」

冷や汗だらだら垂らしながら、ようやくそれだけ言うと、不破は「まだ、話し中だろう?」と素っ気無く言い返してくる。シゲは上手く話すことができなくて、「いや、それは、その...」と、口をぱくぱくさせていると、

「不破くんも、一緒に行かない!?」

突然、新太郎が声をかけて来た。不破が新太郎の方へ振り返る。

「どこへ?」
「えっ?どこって、あの、縁日に...」
「何故?」
「何故って...不破くん、キライなの?」
「行ったことがない。」
「そーなの?だったら、余計に行かない?」
「??」
「楽しいと思うよ、きっと!」
「...」
「どう?」

不破が考え込む。すると、

「いや、一度だけ、行ったことがあるな。」

何か思い出したようだった。

「随分と小さい頃、旅行先で両親と行ったのだが、地元でなかったせいか、迷子になったことがある。」
「迷子ぉ!?」

田中が大声を出す。

「そーかぁ、もしかして、あんまりいい思い出じゃないんだぁ。」

新太郎も軽く相槌を打つ。

「いや、別に、そうではないが...」

不破が珍しく、口篭るので、新太郎が不思議そうな顔をする。けれど、すぐにニコッと笑うと、

「今日は大丈夫だよ!絶対、迷子にならないから!!」
「???」
「だって、ほら!!手を引いてくれる人がちゃんといるからさ!!」

新太郎が指をさすので、シゲがぎょっとした顔をする。シゲは不破の腕を掴んだままだった。

「ねっ!だから、シゲさんも一緒に行きましょ!!」

不破は自分の掴まれた腕をじっと見ている。シゲは不破の腕を離したかったが、何故か離すことが出来なかった。
黙り込むこと数秒間。不破がぱっと顔をあげて、シゲを見る。何か言いたそうな表情だった。シゲが苦笑いする。

「ほな、行こか?一緒に...」

目をぱちくりする不破。だが、すぐにこくりと頷く。

「じゃあ、7時に参道入り口で待ち合わせね!!」

二人の様子に、ますますにっこりする新太郎。しっかり約束させてしまった。

「ほな、またな...」

シゲもすっかり新太郎に毒気を抜かれて、すごすごと、不破の腕をひっぱって、部室から出て行った。不破は黙ってそれに従っていった。部室に残されたのは、新太郎と田中だけ。満足そうにしている新太郎を横目でみながら、田中がぽつりと呟く。

「なんか、アヤシイ...」
「ん?何が?」
「いや、その、シゲのヤツ..」
「そーだね、でも、これでシゲさん、元気になってくれるといいんだけど...」
「???」
「僕らも帰ろっか?ねっ?」
「う、うん...」

渋る田中の背中を押して、部室を後にする。
夕闇がゆっくりと迫っているグランドには、もう誰も姿も無い。
新太郎と田中も、ようやく家路へと歩き出した。



「こっちですよ〜!シゲさん!不破くん!!」

新太郎が元気よく、両手を振っている。その横では田中がじっとこちらを見ているが、シゲは気にせず、軽く手を上げて、二人に近づいた。不破もシゲのすぐ後ろから歩いてくる。

参道入り口は、結構な人混みだった。中へ入れば、さらに相当な人手だろう。これほど賑やかだとは、シゲは知らなかった。不破もきょろきょろ辺りを見ている。

「びっくりした?縁日って聞くと、子供だましみたいに感じるけど、ここの神社って、ものすっごく由緒あるらしくてね。毎年、大勢の人でにぎわうんだよ。初詣に来る人と、それほど変わらない人数なんだって。」
「へ〜、こりゃ、確かに...迷子になるかも...」

言いかけて、はっとするシゲ。不破はじっとシゲのことを見ている。気まずい雰囲気だった。結局、一緒に帰っても何も話さなかったし、こうして不破の家まで迎えに行って、ここに来るまでの間も一言も喋らなかった。不破が何も話してくれないので、シゲとしては手の施しようが無い。

「ちゃんと不破と手を繋いでやれろ、シゲ。オレは...新太郎とこうしているから。」

ひしっと新太郎にしがみつく田中。その様子にシゲがぎょっとする。

「ど、どないしたん?田中??」
「んー、実はねぇ、シゲさんと不破くんが来る前に、田中、お目当ての子に会っちゃって。呆気なく振られちゃったんだよねぇ。」

田中に代わって新太郎がシゲに答えると、田中がむすっとしている。

「それ以上、言うな、新太郎。」
「はいはい、田中。気を落とさないでね。また、いい子に出会えるよ、きっと。」
「いや!もー、オレには新太郎しかいない!愛してるぞ!新太郎!!」
「はいはい、分かったから、これ以上、騒がないでね。」

田中にしがみつかれながら、新太郎はシゲと不破に、にこっと笑う。

「気にしないでね、いつものことなんだ。すぐに直るから。」
「...」
「じゃあ!行こうか!!」

田中をどうにか引き剥がし、新太郎が先頭だって歩き出す。
境内の中は、予想以上にごった返していた。これでは、大人だってはぐれてしまう可能性が高い。

「ほい。」

シゲが不破の手を引っ張る。不破の身体がぴくりと震える。

「慣れへん場所やろ?せやったら、やっぱ、こうしていた方がええねん。」
「...」
「2m以内やけど、これだけ人目があれば平気やわ。」
「...」
「さっすがに、オレもまだ理性ちゅうもんがあるわ。」

不破の顔を覗き込むと、不破は目を逸らす。シゲのことを見てくれない。軽く溜息を吐くと、シゲは新太郎達の後を追いかけた。人混みの中、繋がれた手が外れそうになるたびに、不破がぎゅっと手に力を入れてくるのが分かる。その瞬間、ほんの少しだけ、シゲは嬉しくなる。

(こうして...歩いたんやけどな...)

遠い日の思い出。あの日も、こうして互いの手をしっかり繋いで、歩いていった。子供の足では、かなり遠くに感じたあの道を、大人達の間をすり抜けながら、懸命に歩いた。途中、泣き出す彼を慰め、励ましながら。不破は黙ってシゲに手を引かれている。何を考えているのだろうか?ふと、不破の歩みが止まったような気がした。シゲが振り返ると、不破はじっとシゲを見つめていた。

「なに? どないしたん?」
「....いや、何でもない。」
「???」
「以前にも、こういった事があったことを思い出した。」
「迷子になった時か?」
「そうだ。」
「誰かに手を引かれたんか?」
「あぁ...どうして分かる?」
「オレも、随分と前に、こうして手を引いてやったことがあるから。」

にかっと笑うシゲに、不破は不思議そうな顔して首を傾げる。

「佐藤...」

不破が何か言いかけた時、遠くから、シゲを呼ぶ新太郎の声が聞こえてきた。
仕方なく、二人はまた歩き出す。人にぶつかりながら、歩いていくと、ようやくお社に着いた。

「ここって、縁結びの神様なんだって。」

新太郎の声に、田中がむっとしている。

「オレにはカンケー...」
「だからぁ!これから探せばよいでしょ!田中!!それに!!」
「??」
「縁結びって言っても、人の縁だけじゃないんだって!」
「なんだ、それ?」
「例えば、受験。行きたい高校とかお願いすると、それと縁を結んでくれるって話だよ。」
「ふ〜ん、珍しい縁結びの神様だな。要は、何でも願い事がかないます!ってヤツか?」
「んー?そーかもね。でも、男女の仲じゃなくても、きっと縁ある人どうしなら、きっと、それを結んでくれるんだよ。」
「縁があるなら、勝手に結ばれるだろーが?」
「でも、縁があっても結ばれない人だっているんじゃないの? 例えば、互いの引き合う力が強すぎてさ。そーいうの調整してくれるような気がする。」
「引力ってヤツか?」
「そうそう。どんなに強くても、同じ極だと反発しちゃうでしょ? そーいうのって、どんなに縁があっても、結局、ダメになるじゃない? だからきっと、そーいう人達を上手く結んでくれるんじゃないかなって思うんだ?」

新太郎は、にっこりとシゲと不破に笑いかける。

「ちゃんとお参りしておきましょうね?」

お参りするにも長蛇の列だった。面倒くさくなって、知らんふりしようとしたら、新太郎に怒られた。こんなもので御利益があるとは思えないが、仕方なく、シゲと不破も一応参拝する。本当にこんなもので縁が結ばれるのだろうか? 互いに引き合う力が、本当にあるのだろうか?

「さてと!じゃあ、次は...」

終われば、適当に夜店を散策することになる。ぶらぶら歩き出すと、やはり、あちらこちら、知った顔に出くわした。行く先々で、シゲは声をかけられる。そのたびに、不破の方からシゲの手を無理矢理、離す。けれど、シゲは適当に愛想笑いをしては、すぐに不破の元へと戻ってくる。すぐに、不破の手を引いてやる。

「なぁ、新太郎?」

田中が小声で、新太郎に話しかける。

「シゲの行動っておかしかないか?」
「んー? まぁ、いーんじゃないの?」
「けど、いくら、新太郎が手を引いてやれって言ったからって...」
「そうだね、でもさ、こーいうこともありかな?ってカンジ。」

新太郎は意味深な笑い顔を、田中に向ける。田中は、何のことだか分からずに首を捻るばかりだ。
また、シゲが顔見知りにつかまったようだ。不破がこっそり離れて、新太郎のところへやってくる。

「シゲさんって、ホント、人気者だね。」
「あぁ、そうみたいだな。」

不破は素っ気無く答える。丁度、田中も知り合いに声をかけられて、賑やかに話しはじめたところだった。
新太郎が、ひょいっと不破の顔を覗き込む。気になっていたことを聞き出すチャンスだと思った。

「シゲさんと何かあったの?」
「えっ!?」

不破がぎくりと身体を震わせる。新太郎はくすりと笑う。

「やっぱり...近頃、シゲさんも不破くんも様子がおかしかったから。」
「...」
「ケンカしたの?」
「いや、そうではない。」
「じゃあ、なに?」
「...」
「ねぇ、不破くん、シゲさんのことキライ?」
「!?」
「じゃあ、好き?」
「.......す..き?」
「うん、シゲさんのこと。不破くんは、どう思っているのかなって、思ってさ。」
「...」
「シゲさんって、とってもイイ人だよ。だから...不破くんに誤解されたくないんだ。」
「鈴木...」
「ちょっと軽そうにみえるけど、シゲさんってホントはすっごく、真っ直ぐな人だよ。ウチのサッカー部ってさぁ、シゲさんが入る前まで、公式戦で一回も勝ったことなかったんだ。情けないよね。だから、春の大会で初戦突破できなかったら、グランドを他の部にとられることになったんだ。オレ、悔しくてさ。でも、自分達の力じゃどうしようもなくて、シゲさんにその試合に出て欲しいって、勝たせてほしいって、頼んだんだ。最初は、断られたけど、シゲさん、やっぱり助けに来てくれて...その時、シゲさん、怪我してたんだ。でも、そんな身体で、試合にでてくれて...オレ達、シゲさんのおかげで勝てたんだ。その試合で、皆、自信がついてさ。その後、シゲさんの助っ人なかったけど、どうにか予選突破して、あっ、でもトーナメントで、すぐに負けちゃったけど...とにかく、シゲさんのおかげで、オレ達、すっごく頑張れたんだ。」
「...」
「シゲさんは凄い人だよ。オレ達に、元気と自信をくれた人だから! やれば出来るって...だからさ、シゲさんと何があったか知らないけど、シゲさんのこと誤解しないで欲しいんだ。」
「...」
「シゲさんのこと...好きになってほしいんだ...」
「!!」
「そりゃ、人それぞれだけどさぁ、感じ方は...けど、同じチームだから...仲直りして下さいねっ?」

新太郎の言う『好き』は、友達としての『好き』。同じチームだから、仲間だから、『好き』になってほしい。シゲのこと誤解しないで欲しい。新太郎の言いたいことは、不破にも理解できる。けれど、今の不破には『好き』の意味が違って聞こえてしまう。『好き』という言葉を、不破は心の中で、何回も繰り返して呟く。シゲのことを、どう思っているのか? 第三者に問いただされて、突き詰められて、不破はより困惑する。けれども、新太郎の言うように、嫌いではない。だったら、これは? この感情は...?

シゲがなかなか戻ってこないので、手持ち無沙汰になった新太郎は、何気なく辺りを見渡していると、

「あれっ?」

と小さな声を上げる。小さな子供たちが、わいわい騒ぎながら、一生懸命、何かをすくっている。

「へぇ、今でもあるんだ、これ? 」

新太郎が子供たちの頭越しに、その様子を覗き込む。

「金魚すくいより手軽だからな。これ。」

いつのまにか戻ってきた田中が、横からつまらなそうに新太郎に答える。

「そーなんだ。けど、オレ、金魚すくいしかしたことないんだよね。」
「金魚って、下手にすくっちまうと、育てるのメンドーじゃん?」
「うん、そうそう。でもって、すぐに死んじゃうんだよね。可哀相なことしちゃうんだよね。」
「こーいったモンの方が世話かかんなくていいんじゃねーの? けど、やっぱ、あとで邪魔になって捨てちまうけど。」

新太郎と田中の会話を、ぼんやりと不破は聞いていた。すると、新太郎がくるりと不破に振り返った。

「不破くんも持ってたよね? スーパーボール?」

不破がびっくりするので、新太郎は慌てて、「あれ、違った?」と聞き返した。

「シゲさんが、これ、不破くんのだって言って、持ってたんだけど...お守りと一緒に落ちていて...」
「あぁ、それなら、佐藤から受け取った。」
「あれ、ボクが拾ったんだけど、しばらく見たこと無いおもちゃだったから、つい珍しくて...何か、思い出のものなの?」
「あれは...」

不破が口篭るでの、田中が、何のことだ?と不思議そうな顔をして見ている。
黙り込んだ不破に、新太郎がにっこりと笑う。

「大切な思い出みたいだね。」
「...鈴木...」
「ん?」
「あれは、こういったゲームをしなければ手に入らないものなのか?」
「えっ? そんなことないよ。どこにでも売ってるけど、でもわざわざ買うより、こうしてとる方が面白いと思うけど...不破くん、やったことないの?」
「あぁ。」
「ふ〜ん、そーなんだぁ。じゃあ、やってみる?」

新太郎に言われて、不破は慌てて首を振る。すると、

「もう一回やる!!」

目の前で、小さな子供が突然、大きな声をだすので、不破はびっくりした。

「ねぇ!お母さん!! あれ、欲しいの! だから、もう一回やる!!」
「もう、三回もやったんだから、だめよ!」
「だってぇ〜!! 上手くとれないんだもん!!」

小さな子供は、母親にもう一度やりたいと駄々をこねている。
どうやら、欲しかったものがとれなくて、くやしいらしい。懸命に頼んでいるが、母親は取り合わない。

「あれ!! あのキラキラした大きいの!!」

小さな指で欲しい物をゆびさすが、母親は、その子供を強引に促して立ち去ろうとすると、

「これが欲しいんか?」

いつのまにか、シゲがその子供の横にしゃがみこんでいた。
びっくりするその子に、シゲは「ちょい待ち。兄ちゃんがとってやっから!」と言って、店のおじさんにお金を渡す。

「これやな?」

その子がこくりと肯くと、シゲは簡単に何個か、同時にすくいあげた。その中には、その子が欲しがっていたものも入っていたので、子供から歓声があがった。店のおじさんも「起用だね、兄ちゃん」と、苦笑いしながら、シゲがすくったそれをビニール袋へと入れてくれた。中から、その子が欲しがっていたものを出して、手渡してやると、

「ありがとう!」

満面の笑顔で、その子は答えた。

「どういたしましてぇ!」

シゲも笑顔で、その子に答えてやる。
母親がシゲに挨拶して、その子を連れて行くと、ようやくシゲは戻ってきた。
新太郎に、にかっと笑いながら、手にしたビニール袋を見せると、

「シゲさんってやっぱ、器用な人ですねぇ〜」

新太郎が笑いながら、シゲに声をかける。田中は「そんなもん...」と呆れながら、やはり笑っている。

「不破くん?」

けれど、一人黙り込んでいる不破に、新太郎が気がつく。不破は、じっとシゲのことを見ている。

「どうしたの?」

新太郎は先程、シゲのことを誤解しないでくれだの、何だかんだと不破に言ってしまったので、ちょっとドキドキしていると、不破の瞳が微かに揺れた。

「不破くん?」

不破は、新太郎のことを全く見ていない。ただ、シゲのことだけ見ている。

「ごめんなさい、と、ありがとう、はキチンと言えないとあかんからな? さっきの子はきちんと言えてえらかったわ。」

シゲが不破に笑いかける。

「不破も、ちゃんと言えるようになったんやな..」
「!!」

優しいシゲの瞳。この瞳、見覚えがある。確かにある。
あの日。遠いあの日の出来事。人懐っこい笑顔と、くるくる輝く大きな瞳。
自分を励まして、慰めてくれた、あの瞳。そして、泣きじゃくる自分の手を、繋いでいてくれた暖かい掌。

「佐藤...おまえは...」


「大地!!」

遠くから自分を呼ぶ声に、不破がはっとして振り返る。
遥か彼方、人混みをかき分けて近付いてくる見覚えのある人。

「克郎?」

途端に、くくっと、喉を鳴らしてシゲが笑う。

「レーダー探知器でも付けてんかいな、あれは?」
「佐藤?」
「けど、引力は向こうの方が目茶苦茶、強いみたいやなぁ」

シゲが軽く溜息を吐く。

「挨拶もな、ちゃんとせな、あかんねん。」
「??」
「不破...ごめんな、考え込ませて...」
「!!」
「もう、考えなくてもええで? オレの...負けやから。」
「...」
「オレの引力は、アイツに勝てへんねん。せやから...」


――――― ごめんなさい...そして...さようなら


「大地!? 」

ようやく不破の傍まで来た渋沢が、不破の手を掴まえる。
その途端、不破の身体が大きくよろけると、シゲは「そないに強引にせんでも...」と、けらけら笑い出す。

「君は...」

渋沢がシゲに気がつく。

「おばんですわ! 渋の旦那!! 不破、こっから、克郎兄ちゃんと一緒でええな?」
「...」
「それじゃ、これで! また、明日、な!!」

シゲは、呆然としている新太郎と田中を促すと、さっさと歩き出した。

「佐藤!!」

不破が大声でシゲを呼び止める。シゲは軽く振り返ると


――――― ほな、さいなら


聞き覚えのある言葉。確か、あの日、そう言って彼は消えていった。手を振って。今と同じように。寂しげな笑顔で。シゲは新太郎達と一緒に、人混みの中へと消えていった。取り残された不破。渋沢がしっかりとその腕を捕まえている。けれども、不破は視界からシゲの姿が見えなくなっても、微動もしない。ただひたすら、シゲの姿を探し続けている。追いかけている。

「大地?」

渋沢が声をかける。ようやく、不破が渋沢に振り返る。

「克郎...何故、此処にいるのだ?」
「偶然、友人達と此処に来たんだよ。さっき、その一人が大地の姿を見かけたと言うので、もしかして、と思って探していたんだ。」

渋沢はいつも優しい笑顔で、不破を包み込む。

「会えて良かったよ、大地。」
「...」
「佐藤くん達と一緒に来たんだね? 邪魔しちゃったかな?」
「...」

返事が無い。俯いて何も答えない不破に、渋沢は急に不安になる。

「大地? どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」
「...」
「大地!?」

渋沢に繋がれた手を、不破はじっと見ていた。
暖かい大きな掌。いつも、自分の手を引いてくれた掌。
この手に導かれて、今日まで生きてきたと思っていた。
けれども、シゲの掌の暖かさを知って、思い出した。
そう...この手ではないことを。


――――― 大地...


渋沢の声が遠くに感じられる。ずっと、遠くに...


――――― シゲさんのこと、どう思ってます?


新太郎の声が聞こえてくる。


――――― ごめんなさい、と、ありがとう、はキチンと言えないとあかんで? それから、挨拶も、な?


シゲの声が聞こえてくる。


そして。

俯いて不破が顔をあげた。
渋沢をはっきりと正面から見つめた。

「答えが出た。」
「えっ?」
「ようやく、答えがでた。」
「大地...?」
「克郎... 今まで、ありがとう。」
「何を...」


――――― ごめんなさい...そして...さようなら


「大地!?」

走り出したその手を、再び捕まえられることは出来なかった。
渋沢の手をするりと抜けて。まるで、反発する引力のように。

「大地!!」

不破は振り返らない。
真っ直ぐ、シゲの消えた方向へ向かって走って行く。
渋沢が後を追いかける。けれども、すぐに見失ってしまった。
それでも、渋沢は探し続ける。探し続けて...見つからない。

「大地...」

呆然とする渋沢。
賑やかなざわめきが、渋沢の耳から遠ざかる。
そして...何も聞こえなくなった。




FIN(強制終了?)




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