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「あれっ? 不破くんは??」 2−Cの教室を覗いた新太郎は、不破の姿がないことに気がつく。 咄嗟に、同じサッカー部の中野に聞いてみると、 「不破なら、保健室。」 と、簡潔な答えが返ってきた。 「ええっ!? 不破くん、どっか具合悪いの??」 「あぁ、教室に入って来たかと思ったら、そのまま入口にしゃがみこんじまってさ。慌てて、学級委員が保健室に連れてった。」 「戻ってこないの?」 「さっき、担任が様子を見にいったら、真っ青な顔して寝てたって。不破って、今、一人暮らしなんだって?」 「うん。ご両親は海外に長期赴任で、親戚の家にいるはずなんだけど、その親戚も仕事で海外を飛び回ってるらしくてさ。」 「なるほどね。不破の身体のどこが悪いのか分からないけど、とにかく今日は授業になりそうないから家に帰させたいらしい。でも、一人じゃとても帰れそうにないほど、何故か、弱ってるって話だ。家族に連絡したくても、その状態じゃあ、な。担任が困り果ててたよ。」 「どこが悪いの?」 「分からん。熱はないらしいから、風邪じゃないみたいだけど。とにかく腹が痛いってことだ。」 「お腹が痛いの?」 「う〜ん、オレも又聞きしただけだから、よく知らん。シゲなら、詳しいんじゃないのか?」 「シゲさん? それが、シゲさん、まだ学校に来てないんだ。」 「シゲが? またサボリか??」 「う〜ん、サッカー部に入ってから、そんなこと無くなってたんだけどね。寝坊かな?」 「もう3時限目が始まるゾ。」 「そうだね。不破くんの様子、見てこようかな?」 「あぁ、そうした方がいいかもな。オレは、すまんが、こんな足なんで、動くのがかったるい。」 中野はギブスをした右足を、ひょいっと新太郎の前に差し出す。途端に、新太郎の表情が曇る。 「ごめん、中野。まだ、ギブスとれないんだね。」 「あ? あぁ、気にするな、新太郎。かなり、良くなってるから。それに、GKの件も不破が頑張ってるから、オレとしては楽隠居みたいだゾ。」 「中野、ホントにごめん。」 「こっちこそ、気を遣わせてしまってすまんな。オレなら、大丈夫だから...それより、不破に用事があったんじゃないのか? 」 「あっ!そうだった!!」 「早く行けよ。」 「うん!!ありがと!中野!!」 新太郎が保健室へと向かおうとすると... 「新太郎〜!!」 「ぐえっ!!」 背後から突然飛びついてきた人影に首を絞められて、新太郎が奇妙な叫び声を出した。 新太郎に飛びついてきたのは、田中だった。 「おい、田中。何してる?」 中野が呆れ顔で、その様子を見ている。 「新太郎〜!!英語の辞書、貸してくれ〜!!」 「げほっ!げほっ!! 田中、苦しいよ!! 離せぇ!!」 「あっ、わりい、わりい。」 田中、ぱっと新太郎の首を離す。 「まぁったく、もう!! 田中、少しは手加減してくれよぉ!!」 「ごめん、ごめん! で、英語の辞書、貸してくれ!」 「ちょっと、急いでるんだけど...」 「何? 長年の親友の頼みより大切な用事があるというのかぁ!?」 「田中...ちょっと、オーバー過ぎやしないか?」 「そうか? これくらい、当たり前だと思うが?」 「でも、疲れるよ、慣れない人だと...」 「...」 田中が黙り込んで、奇妙な沈黙が流れた瞬間、 「あっ!!新ちゃん!!」 「へっ? 香織ちゃん??」 幼なじみの同級生が、ぱたぱたと駆け込んできた。 「新ちゃんって、シゲちゃんと同じクラスだったわよね?」 「う、うん、そーだけど。」 「はい!これ!! シゲちゃんのカバン!!」 「えっ!?」 「シゲちゃんたらさ、昇降口でたまたま会ったから、何気なく不破くんの話したら、保健室にすっ飛んでたのよねぇ。」 「へっ?」 「人にカバン押し付けて...もう、やんなっちゃう!」 「...」 「新ちゃんに預けるわ、それ。じゃーねぇ!!」 香織はまた、ぱたぱた走って、自分の教室へと戻っていった。 「シゲさんが、不破くんのところに...」 新太郎が呆然としている。 「新太郎、どうした?」 中野が声をかける。 「あっ...うん、なんか...すっごくイヤな予感...」 「?? 何がだ? 新太郎??」 田中も新太郎も様子を覗っている。 「実はさ、昨日の夜。ほら、縁日の帰り道。不破くんとは、渋沢さんに会って、そのまま別れたろ?」 「あぁ、何だかよく分かんないけど、武蔵台の渋沢が来て、そのまま不破とは別れたな?」 「そう、それから、シゲさんとも別れたよね?」 「シゲは、家に帰るって言ってだぞ。新太郎とも別れたぞ。」 「うん、実は、その後、すぐに不破くんに会ってさぁ...」 「不破に?」 「うん、シゲさんが何処に行ったのか、聞くんだよね。だから、シゲさんの家、教えてあげて...不破くん、すっごく慌ててた。」 「?? それが、どーした?? 新太郎??」 「田中...シゲさんの様子がヘンだったのって、多分、不破くんが原因だと思う。」 一瞬の沈黙。だが、すぐに絶叫が辺りを貫く。 「なっ、なに〜!! 相手は不破だったのかぁ〜!!」 田中の大声に、さすがの新太郎も焦り捲くる。 「ち、ちがうよぉ!! そーじゃないってばぁ!! 田中、声、でかいよぉ!!」 「これが叫ばずにいられるかぁ!! よりにもよって、シゲのヤツゥ!!」 「もう!! 田中、落ち着いて!!」 ぜぇぜぇ言いいながら田中の口を押え込み、新太郎は辺りを見渡す。 教室内にいた生徒達が皆一斉にこちらをみて、くすくす笑っている。 「どーいうことだ? 新太郎?」 中野が冷静に、新太郎に問い掛ける。新太郎は田中の口を抑えたまま、声を顰めて中野に喋り出す。 「田中はシゲさんが恋煩いだとか何だとか言うだけどさ、多分、それって違うと思うんだよね。シゲさん、不破くんとケンカしたような気がする。」 「ケンカ?」 「うん。オレの予想なんだけど。ここ数日、シゲさんと不破くんの様子がヘンだったからさ、気になって...昨夜の縁日の時、不破くんに言っちゃったんだよね、シゲさんと仲直りしてね、誤解されやすいけど、シゲさんってイイ人だよって。」 「それで?」 「その後、不破くんと別れちゃったけど、すぐにシゲさんの後、追いかけてきたから...でもって、二人がどうしたかなんて、聞いてないからさ、もの凄く不安になって...不破くんに聞きに来たんだよ、どーしたのかって...」 「なるほど。」 中野と話しているうちに、口を押え込んでいた田中がじたばた暴れ出す。仕方なく、新太郎が田中を離してやると、 「そーいうことかぁ!!」 と、またしても田中が絶叫する。今度は、中野が手に持っていたノートで田中の頭を叩くので、田中は身体ごと床に突っ伏すが、すぐに起き上がって中野に吠える。 「なにをするのだ!!中野!?」 「五月蝿いんだよ、田中は!!」 「なにぃ?? どうして、おまえら冷静でいられるんだぁ!?」 「冷静? じゃあ、何で田中はそんなに騒ぎ立てるんだ?」 「決まってるだろ!? ケンカはケンカでも、そりゃあ、痴話ゲンカってヤツだよ!!」 「「はぁ!?」」 「多分、たらしのシゲのことだ! 転校早々、不破のヤツ、手を出されたに違いない!!」 「...」 「それをネタにサッカー部に入らざるをえなくなったのだ、きっとぉ!!」 田中の絶叫に、教室にいた生徒達がこちらを見るが、田中の騒がしいのは校内でも有名なので「また、いつものことか」程度らしい。皆、遠巻きに見ているだけだった。 「あたらずとも、遠からず...かな?」 中野がぽつりと呟く。 「へっ? 何の事?」 新太郎がきょとんとしていると、中野が何か思い当たったらしい。顎に手を当てて、納得するかのように肯いている。 「ねぇ? 何なの? 中野、何か心当たりがあるの?」 「う〜ん...いや、その...まぁ、とにかく様子を見てこいよ、新太郎。」 「うん、わかった。じゃあ、シゲさんのカバン、お願いね!」 新太郎が教室から出ていこうとすると、「おい!待て!!オレも行く!!」と、田中も後を追いかけた。 騒がしい二人が出ていって、中野は自分の目の前に置かれた、シゲのカバンをじっと見る。 「やっぱ、田中の方が...当たりだな? きっと。」 ぽつりと呟いた時、三時限目の予鈴が鳴り響いた。中野は開いていた雑誌をぱたりと閉じると、窓の外、隣校舎の保健室付近をじっと見つめる。どちらにせよ、結果を聞けるのは、放課後になりそうだなぁ、と独り言を言いながら。 こんこん。微かなノックの音。 できるだけゆっくりと、シゲは保健室のドアを開けた。 「あら? 佐藤くん? 丁度良かったわ!」 「へっ?」 「ちょっと、教頭先生に呼ばれちゃってね、不破くんのこと頼めないかな?」 「は、はいな! あのぉ...不破の様子は?」 「今は大分良くなったみたいね。けど、何が原因なのかどこが悪いのか、実はよく分からないのよね。」 「...」 「熱はそれほど高くないし、まぁ、疲れだろうとは思うけど...じゃあ、ちょっと、お願いね!」 養護教諭がさっさっと出ていってしまうと、部屋の中が急に静かになった。これは好都合かも...シゲは、こっそり、不破の寝ているベットに近付く。保健室には二人だけだった。他には誰もいなかった。 不破の枕元でイスに座り込むと、シゲはこっそり不破の寝顔を見つめる。青白い顔だった。規則正しい寝息が聞こえるが、ときおり乱れる事がある。苦しそうだった。そっと、指先で、不破の口唇を撫でる。そのまま頬を撫でていって、細い輪郭にそって指を滑らせると首筋へ、さらに、より下へと指を這わせる。開かれたシャツの中へ、するりと指を潜り込ませると、昨夜、自分がつけた愛撫の痕が見え隠れする。 ――――― 全ては自分のもの。何もかも。 くすりと笑った声に、不破が気がついたらしい。重たい瞼をゆっくりとあげた。 「佐藤?」 「ん? 起こしてしもうたか?」 それでも、忍び込ませた指先を外す気にはなれず、 「オレのこと、起こしてくれたらよかったんに。一人で学校に来て倒れるなんて...なんや、バツ悪いわ。」 シゲの呟きに、不破が微かに笑った。 「今日は一時限目に実験の準備があったのだ。係りになっていたから、遅刻するわけにいかなった。だが、結局こうして、保健室へ直行してしまったから、意味がなくなってしまったな....おまえと一緒に、もう少し眠っていれば良かった。」 不破が瞼を閉じる。苦しそうだった。 やはり、無理をさせたか...シゲがふっと息を吐く。 昨夜、不破にさよならを告げて、自分なりに気持ちを整理しようと、シゲは行くあてもなく街をふらついた。かなり長い時間、ほっつき歩いたようだった。ようやく下宿先に戻ると、不破らしい人物が自分を訪ねてきたと、寺の兄(あに)さんに聞かされて、シゲは慌てて不破の家へと走った。全力疾走で、途中、何度か息切れて立ち止まったが、それでもどうにか不破の家に着いた。 よく考えてみれば、電話をかけて話をすれば済む事だったのかもしれない。けど、不破が自分を訪ねてくるには、何か理由がある。それも、さよならを告げた直後だ。懸命に気持ちの整理をしていたのに、不破の名前を聞いた途端、シゲは全力で不破の元へと走ったのだ。 諦めようとしたのに...それは呆気なくどこかへ吹き飛んでしまった。 それほど、不破への想いが深い証。実質、二週間足らずの時間しか過ごしていないのに。 ――――― この引力は強すぎる... けれども、やはり抑える事が出来ない。止める事が出来ない。 このままだと不破を壊してしまいそうだ。 それでも...抑えられない。惹きつけられる。 シゲは、乱れた呼吸をどうにか静めると、不破の家のインターホンを押した。 玄関のドアが開くと同時に、シゲは家の中へと強引に引っ張り込まれる。 「あいた!!」 背中に強い衝撃が走った。シゲは何事が起きたのか、理解するのにしばらく時間がかかった。 壁に押さえつけられているのは分かったが、これは一体...? 「不破...?」 シゲは不破に抱きつかれていたのだ。抱きつかれて、そのまま壁に押さえつけらている。不破の肩が震えている。シゲは、こわごわと不破の肩を抱き締めると、不破の指がより深くシゲの背中に食い込んでくる。シゲもきつく不破の身体を抱き締め返してやる。 「どないしたんや? 不破? 何があったんや?」 不破の耳元で優しく囁いてやるが、不破は何も言わない。ただ、肩を震わせているだけだった。 「また...『克郎兄ちゃん』と何かあったんかいな?」 不破は答えない。 「また...オレのせいかいな?」 微かに不破の身体が震えた。渋沢の名前に反応した。 「まったく、あの兄ちゃんは『ヤキモチやき』やなぁ。また、無理な事されたんか? ん? 大丈夫かいな?」 きつく抱き締めていた腕を少し緩めて、不破の背中を優しく撫でてやる。 「ん? 何や? よう聞こえへんけど...」 小さな声で不破が何か喋り出した。だが、あまりに小さな声なので、シゲには全く聞き取れない。 「不破? どうないしたん?」 もう一度、聞き返すと、ようやく不破が顔を上げた。不破の瞳からは、大粒の涙が溢れ出していた。 「答えが...」 「えっ?」 「答えが出た...」 不破が何を言い出すのか、シゲには一瞬、理解できなかった。目を丸くして不破を見つめると、シゲの背中に回されていた不破の右手が剥がされて、ゆっくりとシゲの頬にあてられる。 「答えが出たんだ...オレは、佐藤が...」 ――――― 好きだ... 不破からの告白。思いもかけない不破からの告白。告げられたその言葉に、シゲは自分の言葉を失う。けれども、咄嗟に思い出したのは、不破を包み込んでいたあの笑顔の持ち主のこと。だが、渋沢のことを聞こうと開きかけたシゲの口唇は、いきなり不破の口唇に塞がれた。 身体中に衝撃が走った。不破からのキスに、シゲは、激しい目眩に襲われて立っていられなくなる。そのままズルズルと床へ、へたり込んでしまう。それでも、不破の口唇はシゲから離れない。重ねられる口唇が熱くなって、シゲは何も考えられなくなる。だが、その時。 「!!」 シゲの口腔に侵入してきた不破の舌先が、シゲに辿々しく絡みついてきた。 不破は懸命に、自分からシゲを要求してくる。その仕草が初々しくて、シゲも咄嗟に不破のそれに絡みつけた。 絡んで、吸い上げて、より深く重なる互いの口唇。不破の口唇から、微かな甘い吐息が漏れてくる。 「..ん...あ...はぁ...ん...」 シゲがそれに触発される。不破に押さえつけられていた身体を起こし、今度は自分が強引に、床へ、不破の身体を押し倒す。角度を変えて深まるキス。止められない。離れることが出来ない。互いを激しく貪り合う。 「あ...あぁ...さとぅ...ん...」 シゲの掌が不破のシャツを捲り上げると、その中へと侵入してきた。脇腹を撫で上げ、胸の飾りへと、シゲの指先が触れてくる。滑り込んでくる。もう、何も考えられない。渋沢のことも、何もかも。一度は敗北宣言したのに。諦めようとしたのに。けれども、もう止められない。抑えられない。今は、ただ互いの身体を貪り合うだけそう、好きなのだから。互いの気持ちが通じ合えたのだから。もう、何も思い悩むことはない。 ――――― この引力は...運命だ... 保健室の開かれた窓から、爽やかな風が入り込んでくる。不破の薄茶色の髪が、微かに揺れる。 不破のシャツに忍び込ませた指先を、ようやく外すと、シゲは不破の髪を撫でてやる。 「ごめんな、ムリさせて...」 「佐藤?」 「自分でも止められへんかった。もう、滅茶苦茶、嬉しかった。」 「...」 「一度は諦めようとしたんやけどな。けど、それが『代打逆転サヨナラ満塁ホームラン!』ってカンジやったから...」 「???」 「嬉しかった、オレのこと好きになってくれて。滅茶苦茶、大満足!!」 「...」 「おおきに、な。不破。」 「えっ?」 「その...ありがとう、な。」 「礼を言われることではないと思うが...」 「けど、やっぱ嬉しいねん。嬉しくて...ごめんな、3回もしてしもうて...」 「!!!」 「なんつーか、その、理性がすっ飛んでしもうて...」 「佐藤...言うな...」 「ん? 何が?」 「その...回数は言うな...!」 「えっ?何で?」 「...恥ずかしいから...それ以上、言うな!!」 真っ赤になる不破をみて、シゲがいきなり飛びかかる。 「うわぁ!めちゃ可愛いっ!!」 「痛っ!!」 不破が顔を歪める。慌ててシゲは拘束を外すと、不破がむっとしていた。 「オレの足腰が立たなくなるほど...おまえというヤツは...」 「えっ?さいですか?あれで、もう駄目でっか?オレはまだまだ出来るんやけど?」 「佐藤!...くっ!!」 不破が再び、痛みに顔を歪める。本当にひどいらしい。シゲは頭をぽりぽり掻くと、「ごめん。」と謝った。 軽く溜息を吐く不破。けれど、そっとシゲの頬に手をあてて、優しく撫でてくる。 「誘ったのは、オレの方だからな。」 「不破?」 「オレが...望んだことだ。」 「3回?」 「違う!! だから、それは言うなと、言っているだろう!!」 「3回って...何の事??」 ぎょっとするシゲと不破。自分達の会話に夢中で、誰かが入ってきたことに気がつかなかった。 おそるおそるシゲが振り返ると... 「新太郎!? おまけに田中までぇ!?」 「おまけとは何だ? おまけとはぁ!!」 田中がむっとしながら、シゲを見返す。シゲの背筋を、冷や汗が流れる。まさか...全部、聞かれていた? 「不破くん、具合、大丈夫?」 だが、新太郎は、そんなシゲにはお構いなしに、不破の様態を気遣っている。どうやら、二人の会話は聞かれていなかったようだ。ほっとするシゲ。不破も安心したような声で答えた。 「あぁ、少し身体がだるいだけだ。大事ない。」 だが、不破の答えに、新太郎は「そうなの? 顔、赤いよ? 熱でもあるの?」と聞いてきた。 「いや、熱はないはずだが...」 不破が口篭る。新太郎はじっと不破の顔を見ながら「3回って、何の事?」と、また聞いてきた。 しつこいぞ、新太郎。しかし、田中も、不破とシゲを交互に見ながら、何か聞きたそうにしている。 「ねぇ、シゲさん、3回って何ですか? 3回って?」 回数を連呼する新太郎。不破は、タオルケットをすっぽり被ってしまった。シゲは返答に窮して、笑っている。 「あれっ? 不破くん、どうしたの? ねぇ、3回って、何の事? ねぇ? 3回?」 くどいすぎるぞ、新太郎。もしかして、会話を立ち聞きして、意地悪くワザと聞き返しているのではあるまいか? そう叫びたい不破だったが、身体がしんどくて言う事をきかないから、これ以上の無理はしたくない。ひたすら黙り込む不破。シゲも苦笑いしているだけだった。そんな二人をみながら、新太郎は首を傾げている。すると、今まで黙っていた田中が、突然、爆弾を投下した。 「オレ、分かったゾ。」 「えぇ!?」 シゲが大声を上げた。不破も、頭まで被っていたタオルケットから目を出して、ぱちくりさせる。 「何が分かったの? 田中?」 新太郎の問いに、田中がふふふ...と不敵に笑う。思わずシゲは、冷や汗をたらす。まさか...。 「つまりは、こーいうことだぁ!!」 突然、田中が新太郎に抱きついた。 「うわぁ!!」 その勢いに、新太郎はバランスを崩して、二人は空いているベットに倒れ込んだ。田中の行動に、シゲはまいったという表情になる。不破も真っ赤になる。つまり、完璧、田中にはバレた。 「何すんだよ!! 田中!!」 「愛してるぞ!! 新太郎!!」 「やめろってば!! 田中!! 離せぇ!!」 新太郎がじたばたしている時だった。保健室のドアが、がらりと開いた。はっとして4人が顔を向けると、そこには数人の女子生徒が立っていた。楽しそうに喋りながら入ってきた彼女たちは、新太郎と田中のことを見ると、 「きゃー!!」 「いやー!!」 口々に奇声を発しながら、慌てて部屋から走り去って行った。 「ちょっと!!待ってぇ!!誤解だよぉ!!」 新太郎は抱きついていた田中を跳ね飛ばすと、彼女たちが走り去った方向へ必死に叫ぶ。 だが、新太郎の声は空しく廊下に響くだけで、誰もいなくなってしまった。 「そ、そんなぁ...」 ぺたりと床に座り込む新太郎。そんな新太郎の肩を、田中が嬉しそうに叩く。 「喜べ!新太郎!! 今日から、オレ達も『公認ホモ』だぞ!!」 「何が公認だよ!?公認!! じょーだんじゃない!!」 「オレじゃイヤだと言うのか、新太郎!!」 「そーじゃなくてぇ!! なんで『公認ホモ』になんなきゃならないんだよ! それに『俺達も』ってなんだよ!! 『俺達も』ってぇ!?」 「新太郎?」 田中が「分からないのか?」といった表情になる。だが、今の新太郎には気付く余裕が無い。 「田中なら、こーいうこと冗談で済むだろうけど、オレの場合、冗談じゃ済まないんだよ!!」 「なるほど、そーいうことか?」 ポンと田中が手を叩く。 「さては、さっきの集団の中に、お目当てがいたのだな?」 「うっ!!」 新太郎が怯むので、田中がまたしても不敵に笑う。 「あきらめろ、新太郎!! これで、おまえもオレと同じだ!! 失恋決定!!」 「い...いやだぁーーーーーーー!!」 「おい!?新太郎!!」 突然、新太郎が保健室の窓へと走り出す。 「もう生きてらんない!!公認ホモだなんて!!死んでやるぅ〜!!」 「おい!新太郎!! 早まるな!!」 窓の外へ飛び降りようとする新太郎を、田中が後ろから抱きついて抑える。 「新太郎!! オレを置いていくな〜!!」 「離せぇ〜!! 田中のばかぁ!!」 したばたする新太郎を抑えながら、田中が急に笑い出す。 「はははは...離してもいいが、新太郎、ココは1階だぞ?」 「あっ...」 「はははは...おまえ、やっぱり可愛いぞ、新太郎!!」 「いやだぁ〜!!」 へたり込む新太郎。田中は笑いが止まらないらしい。 「はははは...やっぱ、縁結びの神様だな!! 昨夜の参拝の効果は絶大だぞ!!」 「いやだぁ!! こんな縁なら要らない〜!!」 「はははは...」 田中が笑いながら、シゲと不破の方へ振り返る。二人の行動を呆然と見ていたシゲと不破だったが、振り返った田中が片目を軽く瞑って合図したので、ぎょっとした。もはや、言い逃れは出来ないようだ。不破はまた、すっぽりとタオルケットを頭まで被ってしまって動かない。シゲは「ちっ」と軽く舌打ちしたが、すぐに田中に笑い返した。 田中も、シゲに親指をびっと立てると、また笑い出した。 けれども、そんな三人の様子に全く気付かずに、新太郎は窓枠にしがみついて泣いている。 そして新太郎の予想(?)とおり、二人の話題は、その日の放課後には全校中に知れ渡ってしまったのだ。 「鈴木」 「あっ...不破くん..」 次の日の昼休み。噂の中心人物である新太郎は、教室にいられなくなったようだ。ぼんやりと一人で屋上にいた新太郎のもとに、不破がやってきた。不破が新太郎の顔を覗き込む。 「どうした? 元気がないな?」 「そりゃーねぇ...もう...」 はぁっと溜息を吐く新太郎。ぼんやりと空を見上げる。もう一人の噂の中心は、何かとバカ騒ぎで知られている田中。こちらは、どうせ、いつもの田中流の冗談だろうぐらいで、意外と皆から相手にされないようだ。田中は、全くいつもどおり平然と学校に来ているが、問題なのは新太郎の方だ。新太郎は、不器用で真面目なイメージがある。それだけに、今回の噂は、新太郎しか騒がれていないカンジだった。 「大変そうだな。」 「おかげさまで、ね...まぁったく!! 田中のせいでぇ!!」 握り拳を震わせて新太郎が叫ぶ。 「なんで、オレばっかしぃ!!」 「すまんな...」 「へっ?」 「いや...その...」 「なんで、不破くんが謝るの?」 「...なんとなく...」 「???」 腕組をして考え込んでいる不破。新太郎も首を傾げている。 「だが、人の噂も七十五日だ。そのうち忘れられる。」 「そうだね、でも...それまで大変だぁ...」 不破に言われて新太郎も肯くが、がっくりと肩を落としている。 「鈴木?」 「ん?」 「田中の事、怒っているのか?」 「そりゃーね! けど、田中とは幼稚園からの付き合いでさ、こーいう騒ぎに巻き込まれるのは、結構、慣れっこになってるかな?」 「...」 「まぁ、いつもの事だしね...それに、やっぱ怒ったって仕方ないよ。だって、田中だもん。」 「..キライにならないのか?」 「なんで? こんな事くらいで? だって田中とは付き合い長いし、アイツの良いとこも悪いとこも全部知ってるし...キライになんかなれないよ。」 「...」 「何? 不破くん? どうしたの?」 「鈴木は、田中が好きなのだな?」 「へっ!?」 新太郎が驚いて、不破の顔を覗き込む。不破もじっと新太郎のことを見つめている。 ――――― 不破って結構、艶っぽいかも.... ふいに、田中が言ったことを思い出して、新太郎はぎょっとする。確かに...今の不破は、いつもの鋭い目つきがない。その眼差しは、どことなく優しくて暖かい印象があった。 どきり。 新太郎の心臓が跳ね上がる。何を焦って...だが、新太郎は不破の瞳から目を離せなくなった。『好き』という言葉が、妙に新太郎の耳に響き出す。不破の言う『好き』は友達としての『好き』だが、気のせいか、微妙に違う意味合いに聞こえる。新太郎は思わず顔を赤くして、俯いてしまった。すると、不破がぽつりと呟いた。 「同性どうしは、いけないことなのか?」 「へっ?」 「悪い事なのか?」 「そ、それは...」 不破が何を言い出すのか、新太郎にはその真意がわからなかった。だが、不破が冗談でこんな事を聞いてくるとは思えない。新太郎は深呼吸をして、不破の問いに答える。 「悪い事じゃないとは思う。」 「鈴木?」 「けど、世間一般では、あんまり受け入れられるもんじゃないよね、やっぱ。」 「...」 「でもさ、好きになる事って、男だから、女だからってこと、あんまり関係ないかもね...」 「関係ない..?」 「うん、なんていうか、その...人を好きになったら、きっとそれって、ちっぽけな事になるんじゃないかなって気がする。」 そこまで話して、新太郎はようやく気がついた。昨日の田中の馬鹿騒ぎ。そうだ、あれは確か...。はっと顔をあげて、新太郎は不破のことを見る。不破は、空をぼんやり見上げている。もしかして...ようやく思い当たった新太郎。こわごわと不破に聞いてみる。 「不破くん、シゲさんのこと...好き?」 「!!」 不破の肩がぴくりと揺れた。だが、空を見上げたまま、不破は黙りこんで新太郎の問いに答えない。 「不破くん?」 ようやく、不破が新太郎へ顔を向けた。その瞳は毅然としていた。 「あぁ、佐藤が好きだ。」 「!!」 今度は新太郎が驚いた。これほど、はっきりと言われるとは思っていなかったからだ。 返答に窮して、新太郎が口をぱくぱくしていると、不破が微かに笑った。 「鈴木が気付かせてくれたのかもしれないな。」 「へっ?」 「オレは答えを探していた。この感情は経験したことがなかったからだ。」 「...」 「おまえの言葉で気が付いた。ようやく答えがでた。」 「不破くん、あの...」 「ありがとう、鈴木...」 そう言って、不破が新太郎の顔をさらに深く覗き込んできた。次の瞬間。新太郎は、何が起きたのか分からなかった。不破の顔が離れると、不破は「ふむ?」と腕組みをして考えはじめた。 「不破くん...」 「なんだ?」 「今...何したの?」 「鈴木? 分からなかったのか?」 「分か...わかった.......うわぁーーーーー!!!」 新太郎は口を抑えると、思いっきり後ろに仰け反った。 「な、な、な、な、なんでぇ〜!!!」 「礼のつもりだったのだが?」 「!!!!!!」 「まぁ、実験の意味も兼ねて...」 「何!? 実験って!! どーいうことぉ!!」 「つまり、オレは同性にしかカンジないのか、という実験だ。」 「そ、それって...」 「新太郎とのキスも悪くないが、どこかヘンだった。やはり、これは同性異性関係なく、好きなヤツとするのが一番だな。」 一人で納得している不破に、新太郎が絶叫する。 「あっ、あったりまえだろーがぁ!! こんなことしてぇ!! 田中より悪質だぞぉ!!」 「呼んだか? 新太郎??」 はっとして新太郎が振り返ると、そこには田中と中野、それにシゲも立っていた。 「何してんねん? 新太郎...不破?」 シゲが不破の顔を覗き込むが、不破は知らんふりしている。 田中と中野は、新太郎が涙目になって肩を震わせているので、二人とも顔を見合わせている。 「おい...どうしたんだ? 新太郎?」 中野が口火を切った。 「どうしたって...ぐしっ...」 半ベゾ状態の新太郎である。田中が新太郎の背中を、宥めるように軽く叩くと... 「オレのファーストキスを返せぇーーー!!」 突如、新太郎の絶叫が大空にこだまする。 呆気にとられている田中と中野。だが、シゲはむっとして不破の腕を掴んだ。 「何てことすんねん? どういうつもりや?」 「特に深い意味はない。鈴木には世話になったから、礼のつもりだった。」 「それだけじゃないだろうーがぁ!!」 不破の答えに、新太郎がまた叫ぶ。 「人を実験台にしてぇーーー!!」 「「「実験台?」」」 シゲだけではない。田中や中野も声を揃えた。 不破はますます、知らんふりしている。そんな不破の顎をくいっと掴むと、シゲはにかっと笑う。 「今晩、たっぷりと聞かせてもらおうやないの?」 「ふん」 不敵にも、不破が笑い返した。 「そ、それって...つまり...」 シゲと不破を指差して口をパクパクさせている新太郎の肩を、田中がぽんと叩く。 「ようやく気が付いたのか? 新太郎?」 「田中、『俺達も』っていうのは...」 新太郎がシゲと不破を交互に見つめると、不破は顎に手を当てて俯いてしまった。 シゲは軽く髪を掻き揚げながら、「こないに早くバレるとは思わんかった。」と照れくさそうに笑っている。 「う...そっ...」 新太郎は瞳を思いっきり見開いたまま、化石化してしまったようだ。 「こーいうことに免疫ないからな、新太郎は。」 田中がへらへら笑い出す。 「柔軟性の問題だろう。田中みたいに、ありすぎても問題だが。」 腕組みしながら、中野は冷静に応える。 「おーい! 新太郎!! 目を覚ませぇ!!」 新太郎の顔の前で、田中が手をひらひら振るが、新太郎は全く反応しない。 田中は少し考えると、急に思い付いたように手を叩いた。 「よし! 眠り姫を起こしましょー!!」 そう言うやいなや、田中が新太郎の頬に、音を立ててキスをする。 「うわぁーーー!!」 途端に叫んだのは新太郎。今度は数m後ろにすっ飛んで、顔を真っ赤にしている。 「目が覚めたか! 新太郎! やはり、これが一番だな。」 「田中!! 何て事するんだぁーーー!!」 「キス程度で何を驚いている? 同性だからといって、決して悪い事ではないゾ。」 「そうじゃない!! そうじゃなくてぇ!! とにかく、田中は嫌だぁーーー!!」 「何!! 不破は良くてもオレでは嫌だと!?」 「違う! そーいうことじゃない!!」 絶叫しまくる新太郎。その様子を見て、中野が盛大に溜息を吐く。 「おい、新太郎。おまえ、田中にそっくりになってきたゾ。」 「へっ?」 「類は友を呼ぶというが、そこまで似てくると気味が悪い。」 中野に言われて、新太郎は呆然としている。 「そりゃ、俺達、愛し合ってるから♪」 「はぁ?」 「妬いてるのか〜、中野??」 田中がけらけら笑いながら、中野の背中をばしばし叩く。 中野は呆れ顔で、もう一度、盛大に溜息を吐くと、田中に釘を刺す。 「いい加減にしろ、田中。」 「ん?」 「もう止めとけよ。失恋の痛手が深いからって、新太郎まで巻き込むなよ。」 「んー? まぁ確かに、このパターンも飽きてきたから、そろそろ止めるか? あ〜ぁ、早いトコ、別な彼女、見つけないとな!!」 空に向かって思いっきり背伸びをする田中。晴々とした顔で、「よし! 新しい恋を見つけるぞ!!」と拳を握り締めて叫んだ。その田中の背中を、新太郎が蹴飛ばす。 「痛いぞ! 新太郎!! 何をする!!」 「自分ばっか、爽やかになって、オレはどーすればいいんだよ!!」 「やっぱりオレに愛してほしいのか? 新太郎?」 「そうじゃない!! オレだって、まともなフツーの生活に戻りたいんだよ!!」 すると、今度は中野が新太郎の肩を叩く。 「新太郎の場合、皆が別な話題に目をむけるまでの辛抱だな。少し時間がかかるかもしれないが。」 「中野ぉ〜」 「田中のバカ騒ぎに付き合わされて、貧乏クジを引いたな。」 「うぅ、いつもの事とはいえ、情けない...」 がっくりしている新太郎の横で、田中は、「すまん! 新太郎!! オレのことは忘れてくれ!!」と笑い転げている。新太郎が思いっきり嫌な顔をしてぎろりと睨んでも、田中には全然堪えないらしい。仕方なく、盛大な溜息を一つ吐くと、新太郎も少し笑った。結局、新太郎にとって田中は『憎めないヤツ』のようだ。 大騒ぎをしている三人の姿を横目で見ながら、シゲは不破の耳元にそっと囁いた。 「おもろいやろ?」 「ん?」 「こーいう連中は、武蔵台にはいないタイプやろ?」 「あぁ、そうだな。」 三人の騒ぎを遠くに見ながら、シゲと不破は屋上の手すり近くに腰掛けた。 見上げた空には、珍しいヒバリの泣き声が聞こえてくる。 「どや? 具合は?」 「あ? あぁ、かなり良くなった。」 「さよか...」 昨日は結局、不破は授業に出れなくて、保健室からそのまま自宅へと直帰した。シゲが送っていくことを申し出たが、不破の担任教師に阻止されて、不破は担任教師によって自宅まで送り届けられたのだ。 放課後、シゲは練習が終わると速攻で、不破の家へ向かい、受け取ったばかりの合鍵で家の中へと入り込んだ。不破は大人しくベットに横たわっていた。だいぶ良くなったらしく、心地良さそうな寝息が聞こえてきた。シゲは不破の寝顔を確認しながら、留守電の録音記録があることに神経を尖らす。聞こうか聞くまいか、少し躊躇していると、 「克郎から電話があった。」 背後から声がして、シゲは驚いて振り返る。不破がベットから身体を半分起こして、こちらを見ていた。 「話をしたいと留守電にしつこく入っていたので、さっき電話をかけた。」 「...」 「納得が出来ない、もう一度会ってよく話し合いたい、と言ってきた。だから、昨夜のことを克郎に話した。」 「えっ?」 「佐藤の事を話した。だから、克郎とはもう会わない。」 「それで...渋沢は納得したんかいな?」 「いや、納得しなかった。これは一時的なものだと言いきられた。」 「へっ?」 「一時的な気の迷いだと。世間知らずのオレが惑わされているだけだと言われた。」 「つまりは、オレが不破のこと、騙してるっちゅうことかいな?」 「そういうことらしい。克郎からしてみれば、だ。」 「信用あらへんな、オレは。」 「オレはおまえを信じている。」 「不破...」 真っ直ぐ見つめてくる不破の瞳に引かれるかのように、シゲはゆっくりとベットに近付いた。 「オレは佐藤のそばにいても良いのだな?」 「もちろんや。」 シゲはベットに腰掛けると、不破に軽くキスをする。 「佐藤に逢えて良かった。」 「オレもや。」 「おまえに...また逢えて良かった。」 「不破?」 「礼を言うのはオレの方だ、佐藤。」 「...」 「ありがとう、佐藤。」 不破が笑った。 遠い日、初めて出会ったあの時は、泣き顔しか見れなかった。 笑った顔が見たかったのに、彼は自分の前では笑ってくれなかった。 心の何処かにずっと引っかかっていた。彼の笑顔のこと。 だから...今こうして、見せてくれた笑顔が、最高に嬉しい。 シゲが一番、見たかった笑顔だったから。一番、欲しかった笑顔だったから。 「不破」 「なんだ?」 シゲが不破の頬を掌でそっと触れてやると、不破は気持ち良さそうに目を細めた。 「今度、一緒に京都へ行かへんか?」 「えっ?」 「祇園祭がそろそろ始まるからな。一番、賑やかなのが宵山なんやけど、それに行けたらええなぁって思うて。夏休みになったら、どうや?」 「...」 「迷子にならへんように、また手繋いでやるから、心配あらへんで?」 シゲがにかっと笑うと、不破が何故か首を傾げた。 「不破?」 「佐藤は何故、此処にいる?」 「へっ?」 「何故、一人で東京にいるのだ? 家族はいないのか?」 「いや、京都におかんがおるけど...」 「おかん? 母親のことか? 父親はいないのか?」 「事情があってな、おとんとは一緒に暮らしたことないねん。」 「そうか...立ち入ったことを聞いてしまったな。すまない。」 「別に悪い事あらへん。けど、ホンマ、一緒に京都に行かへんか? 不破のこと、おかんに会わせたいんやけど。」 「??? 何故 ???」 「ん? やっぱ、ちゃんと紹介しておかなあかんやないか? あ、でもその前に、不破んちの方に、オレもご挨拶しておかなあかんな?」 「...佐藤、何かヘンだと思うのだが...」 「なんでや? 挨拶は基本やで? そう教えたやろ?」 「...わかった...」 シゲは笑うと、不破の髪をくしゃりと撫でた。 「不破は、ホンマに素直やなぁ。」 「...」 「真っ黒い服が好きみたいやけど、中身は真っ白で...奇麗やな。」 「奇麗?」 「あぁ、転校してきた日、不破と屋上で会ったやろ? あん時、奇麗やなぁって思った。」 「それなら...」 「ん?」 「佐藤も奇麗だと思うのだが。」 「へっ? オレがぁ?」 不破も佐藤の髪に手を伸ばして、そっと撫でてきた。 「あの時、この髪の色がとても奇麗で...空から降りてきたのかと思った。」 「へっ? つまり、それって、もしかして...」 そこまで言って、シゲが思いっきり吹き出した。 「ははは...なんや、それ!? オレが羽の生えた生き物にでも見えたんかいな!?」 「あぁ、寝ぼけていたからな。」 「寝ぼけすぎや、不破。なかなか面白いこと言うやんけ!」 シゲの笑いが止まらないので、不破が首を傾げる。 「それほど、可笑しいことか?」 「だって、なぁ...」 笑うのを止めないので、不破はむっとしてシゲの髪を自分の方へ引っぱった。 「あいた!不破、痛いやんか!」 「奇麗な髪だと思うぞ。髪だけではない。佐藤の瞳も何もかも奇麗だと思う。オレは好きだ。」 引っぱり寄せたシゲの髪を、不破が口付ける。 その仕種に、シゲは笑うの止めた。 「キスしてくれるんやったら、ここにもしてほしいんやけど?」 自分の口唇を指差すシゲに、不破はまた怒ったような顔をする。 けれども、シゲに言われたとおりに、不破はキスをした。 「ホンマ、素直すぎて、渋沢が心配するのもよう分かるわ。」 「佐藤?」 「不破、大好きや...これからは...」 ――――― ずっとオレが手をひいてやる 「まったく、この二人は...」 「今回の騒ぎは、この二人から始まったようなものだからな。」 「中野もそう思う?」 「まぁ、勝手に騒いだのは田中だけどな。」 「あっ! オレ、いい事思い付いた!」 「何だ? 田中、また余計な事やるなよ。」 「シゲの顔に落書きしちゃおうか? 公認ホモって!!」 「止めといた方がいいと思う。後で、シゲさんに蹴り殺されるよ、きっと。」 「それに! 大会が終わるまで、シゲも不破も、ウチのサッカー部にとっては貴重な人材だ。ここで機嫌を損ねるのは得策ではない。」 「なに? 中野? 何、考えてるの?」 「んー? ちょっと、な?」 きらりと光る眼鏡の奥に、中野の何やら思惑ありそな瞳が輝いて、新太郎と田中は思わず後ろに退いてしまった。 「それにしても、気持ち良さそうに寝てるな、二人とも。」 「やっぱ、こうして見ると綺麗な顔してるよな、不破って。」 「田中、そーいう感想、言わないで。」 「事実を言っただけだゾ。新太郎は思わないのか?」 「んー?そりゃ、ちょっと...綺麗かな?って思うけど...」 「ほらみろ、やっぱ綺麗だと思うだろ? 中野だってそう思うだろ?」 「あぁ、それに、シゲもイイ男の部類に入るから、ビジュアル的にこの二人は、なかなか似合っていると思う。」 「中野の観察力ってちょっと怖いかも...」 新太郎と田中、それに中野。口々に言いたい放題のことを話している。これだけ話していても、三人の目の前ですやすや居眠りしている二人は、起きる気配が全くない。屋上の手すりにもたれかかったまま、シゲと不破は新太郎達の目の前でぐっすりと眠り込んでいるのだ。 6月もそろそろ終わりを告げるこの季節は、爽やかな初夏の蒼空とそよ風が眠気を誘う。新太郎が欠伸をした。つられて田中も背伸びをした。中野も日差しに目を細めて、眠そうだ。 「おれ、5時限目、パス。」 そう言って田中は欠伸をすると、不破の横に寝転んだ。 「えっ?ちょっと、田中?」 新太郎が寝転んだ田中を見下ろすと、すでに田中はぐうぐうと眠り込み始めていた。 「確かに、これだけ気持ちいいと、授業を受けるのがイヤになるな。」 中野もそう言って、シゲの横に座り込むと、同じように居眠りを始めた。 「ちょ..ちょっと、中野まで? えー、ズルイよ、みんなぁ...」 新太郎はぺたりと屋上のコンクリートの上に座り込む。すやすや気持ち良さそうに寝ている4人を前にして、新太郎も大きな欠伸をした。そのままごろりと横になる。本当に心地よい季節になった。昼寝するには最高の季節だ。 新太郎もあっという間に意識を手放した。 初夏の日差しとそよ風が、新太郎達を柔らかく包み込んで、時間がゆっくりと流れていった。 「どうして、オレ達だけ、こーいう目に遭うんだろう...」 新太郎がぽつりと呟くと、横にいる中野が「まったくだ」と頷いた。田中もこくこく頷くが、口にはしっかりガムテープが貼られている。おまけに田中の頬には、マジックで渦巻きの落書きがされていた。 ここは、放課後の職員室。新太郎、田中、中野の三人は、職員室の出入り口でしっかり正座させられているのだ。 「なんで、オレ達だけ...」 もう一度、ぼやく新太郎。5時限目を屋上で居眠りしてさぼっていたところを、運悪く見つかったのだった。だが、その時、シゲと不破の姿は無かった。つまり、さぼりの罰を受けたのは、三人だけだった。 「起こしてくれれば良かったのに...なんで、起こしてくれなかったんだろう?」 さらに新太郎がぼやいていると、職員室のドアが開いて、シゲが入ってきた。 「!!!!!!」 田中がシゲを指さして何か叫ぶが、ガムテープを貼られている口では言葉が全然聞き取れない。ガムテープはわざわざ貼られたものだった。それは、田中の声が煩いからという理由からだった。シゲはそんな田中に、にかっと笑うと、担任の席に日誌を置きに行った。だがすぐに、担任のところから引き返してきたシゲは、田中にこっそり囁いた。 「公認ホモって書かれへんかっただけ、マシやろ?」 「!!!!!!」 田中がまた何か叫ぶが、何を叫んでいるのか全然わからない。シゲはまた、にかっと笑った。 「シゲさん、もしかして起きてたんですか?」 新太郎が小声でシゲに訊いてきた。シゲも小声で「トロトロしてただけやからな。新太郎達の話は全部聞こえてたで?」と笑いながら答えた。そして、「中野、何ぞ、大会が終わったら考えがあるみたいやけど、不破に手出したら承知せんで?新太郎と田中もや。」としっかり釘を指した。 聞かれていたか...三人とも肩をすくめて小さくなると、シゲはまた笑いながら「ほな、先に練習してるわ。」と言って、職員室から出ていった。残された三人は、なんとも情けない気持ちになって、さらにがっくりと肩を落とす。 「いつになったら、貧乏クジ引かずに済むようになるんだろう...」 新太郎の呟きに、田中と中野もこくりと頷く。こうして三人の正座は、その後、小1時間ほど続いて、ようやく解放される頃には、練習はほぼ終わっていた。 「こんなことで、本当に大丈夫なのか?佐藤?」 「さぁな?まっ、楽しくサッカーやりましょか♪」 「?????」 大会まで、あと2週間足らずの出来事だった。 FIN(強制終了!!) ☆ ―――――――――― ☆ あとがき ようやく終わりました! 何っつーか、とりとめのない話になってしまいました(汗)。 シゲと不破の部分だけで構成していたはずが、書き終わってみれば、新太郎達がえらく出しゃばってしまって... これ以上、書き直していると、より一層歯止めが効かなくなりそうなので、強制終了しました(苦笑)。 今回、渋沢、全然出てきませんでした。実は、この後日談のネタを練り込んでいる最中です。 予定としては3本ほど、考えていますが...また、とんでもない話になりそうです。 MY設定で書いている田中と中野。今回は香織ちゃんなんてキャラも登場させてしまいましたが、この3人、一応、原作に出ているキャラを使っているつもりです。 田中は、原作でもこの名前で登場してます。ちょっと水野が入っているかも?(髪型だけ??)ってキャラです。性格は全くのMY設定。思う存分、壊れてもらいました(笑)。 中野は、原作でもGKやってます。名前は勝手に付けちゃいました。眼鏡かけてGKやるなんて...これ、多分ムリがあると思うんですけど(原作ではそーなってました)。 香織ちゃんも、名前勝手に付けました。シゲに小道具作るの手伝わせていた娘です。新太郎と幼なじみは原作でも書かれていました。 『スーパーボール』ネタは今回で、一応完結です。 夜店ではよくやる『スーパーボールすくい』。 ちょっと前までは、金魚すくいに凝っていたのですが、その金魚がフナみたいなサイズになってしまった為、処分に困った苦い経験があります。 そこで、世話のかからない『スーパーボールすくい』をやるようになったのですが、これが家にごろごろしてると、結構邪魔なんですよね。 で、仕方ないから捨てちゃうんだ。お金、捨てちゃうのと同じかも? 先日、我が家に訪れた姪っ子達が、大量にあるスーパーボールを見つけて、風呂に浮かべて遊んでいました。 「りんご風呂」とか「オレンジ風呂」だとか、どこぞの旅館でみたことのある「果物風呂」みたいに、「スーパーボール風呂だ!」と言って、子供達は喜んでいました。 捨てられちゃうだけのおもちゃが、ちょっとだけ報われたカンジでした。 祇園祭、行きたかったなぁ...今年も行けませんでした(泣)。 最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。 ☆ ―――――――――― ☆ |