凛と構えたその姿勢には古傷が見え
重い荷物を持つ手にもつよがりを知る

笑っていても僕には分かってるんだよ
見えない壁が君のハートに立ちはだかってるのを

孤独な夜を越えて 真直ぐに
悲しみを越えて 真直ぐに
そしていつか僕と 真直ぐに

向き合ってよ 抱き合ってよ
早く 強く あるがままで つよがりも捨てて



――――― 裏切り者


覚悟していたとはいえ、ぎくりと心臓が軋んだ。

傷つけてしもうた...けど、ケガせんで良かったよ、ホンマに。
こないなべっぴんさんの顔や身体に、傷なんぞ、つけられたら可哀相やから。

サッカー出来ひんようになったら、もっと可哀相で、見てられへんかったから。


シゲは、ふっと息を漏らして、そのまま、保健室へと歩いていった。水野に決別を告げてきて、彼を傷つけてしまって...その代償に、シゲの身体は傷だらけだった。でも、身体だけだろうか?、自分は、ホントはちょっとだけ、シゲの心も痛かった。もう少し、あともう少し、一緒に、サッカーをやりたかった。これは、シゲの本音だった。けど、水野ほどサッカーに熱を注ぎ込めなくて。だから、昨晩の水野への闇討ちを、シゲは自ら飛びこんで、くい止めたのだった。

そして、受けた身体の傷は、思った以上に深かった。隠すのに、必死だった。だから...裏切り者。

保健室のドアには、養護教諭不在の札がかけられている。この時間は、職員室で全体会議があるのだ。それを知っているからこそ、シゲは、こっそりと此処を訪れたのだった。傷は塞がる様子がなく、未だに血が流れている。もしかしたら、マジにヤバイかも?、そんな事を考えながら、保健室のドアをこっそりと開けた。その時、室内に誰かいる気配はなかった。ほっとして、そのまま部屋の中へと入り込む。血だらけの包帯を外して、消毒しようと薬品棚へと手を伸ばした時だった。

シゲは、自分の背後に誰かいることに気がついた。さっきまで、気配はなかったのに...っ!

ぎょっとして振り返ると、そいつと目があった。絡み合う視線に、シゲは言葉を無くした。
鋭い眼光。だが、それ以上に、彼のはだけたYシャツから見え隠れしている、白い素肌と、生々しい傷跡に目を奪われた。
彼はイスに座り込んで、鳩尾付近の傷跡に、自分で手当をしていた。
無数の殴られた痕。擦り傷、切り傷、シゲより重傷に見えた。

シゲの姿に気がつきながらも、彼の手は休むことなく、傷の手当を行っていた。
その手慣れた彼の手つきに、暫し、シゲが呆然となっていると、

「おい」

彼が無表情に声を出した。

「ついでだ、その手を此方へ出せ」
「へっ?」

シゲはようやく、呪縛から解かれたように身体が動いた。そして、彼の前のイスに、ちょこんと座った。
手際良く、彼はピンセットで脱脂綿を消毒液に浸すと、其れをシゲの手にぽんぽんと押しあてた。
少し痛かったが、気持ちよかった。シゲは彼の、ひらひらと動き回る手を追いかけて見つめていた。

「これなら、夕方まで持つだろう」

彼の声に、シゲは、はっとした。いつの間にか、シゲの包帯は真新しいものに取り替えられて、流れ出ていた血は止まっていた。きちんと止血してくれたらしい。大したモンだ。シゲは、包帯をさすりながら、彼の横顔をじっと見つめた。

シゲの手当を終えて、彼は、再び、自分の傷の手当をしている。それを、ぼんやり見ていると、

「おい」
「へっ?」
「おまえの傷の手当をしてやったのだ。オレのも手伝え」

有無を言わせぬ命令口調。其れに対して、シゲはむっとしたが、彼がくるりと背中を向けて、Yシャツをするっと脱いだ瞬間、シゲは両目を見開いた。

生々しい傷跡。よってたかって、殴りつけられた痕だ。それも、素手じゃない、コレは...。

だが、その傷跡以上に、彼の背中の、白い素肌が、シゲの瞳を惹きつけて離さない。
腰まで下げられたシャツから見える彼の背中、そして、か細い腰...思わず、ごくりと生唾を呑み込んだ。
そして、シゲは、はっと気がついた。

(何、焦ってんねんっ!? この、どアホウがぁっ!?)

男の...同性の素肌に欲情するなど、何たる失態かっ!?
シゲは、数回、頭を左右に振ると、深呼吸して、彼の背中の傷跡に、消毒液を浸した脱脂綿を押しあてた。

「...っ!?」

彼の横顔が、ほんの少しだけ痛み故に歪んだ。だがシゲは、其れを無視するかのように、手を休めなかった。
声も出さずに...苦しげな顔は一瞬だけ。彼は黙って、シゲのされるがままになっていた。

(...気丈なやっちゃなぁ...)

背中の傷を手当しながら、シゲは軽く溜息を漏らした。彼の傷は、自分の其れよりも、かなりの痛手だ。おそらく...4,5人では、ないだろう。つまりは、『袋叩き』。水野の場合より始末が悪い。しかし、其れもやむを得ないと言うか...彼に対して、良い感情を持っている人間は、この桜上水には、もしかしたら、いないかもしれない。


――――― クラッシャー


誰が、そう呼んだのだろうか。
彼の呼び名は、この学校で知らない者はいない。

不破大地の、背中の傷の手当を終えると、シゲは、ポンと彼の肩を叩いた。

「ほい、これでエエやろ?」
「あ? あぁ、助かった...ありがとう」
「...こちらこそ、どーいたしまして」

彼が素直に、礼を言うものだから、シゲも戸惑いながら返事をした。

(ちゃんと喋れるやんか...)

後片づけをする不破の横顔を見つめながら、シゲは不思議な気持ちになっていた。
先程の彼への欲情にも似た感情に、シゲは自分に似合わぬ考察などをしていたのだ、不破の横顔を見ながら。

「おい」
「へっ?」
「そっちの包帯も出せ」
「これ?」
「そうだ」

ぼんやりしていたシゲに、ぎろりと視線を不破が投げつけてきた。
シゲが手にしていた、血だらけの包帯をよこせ、と不破が言っているのだ。
何のことが分からずに、言われるままに不破に渡すと、不破は其れをビニール袋に入れた。
その中には、おそらく、自分が先程まで巻いていた包帯やガーゼが入っているようだった。

「此処のゴミ箱に捨てて置いては、怪しまれるであろう」
「あっ...」

なるほど、そういうことか。シゲは、納得した。多少の血液の包帯やガーゼなら、保健委員や養護教諭も気がつかないであろうが、シゲと不破のものは、かなり...なものである。これを見つけられたら、ちょっとした騒ぎになるかも知れない、しかし...。

「結構、用心深いんやね」
「ん?」
「自分がケガしたこと、知られたくないみたやけど」

不破はシゲの顔をじっと見つめて、そして、ふっと息を漏らした。

「オレには『敵』が多いからな」
「あん?」
「他の連中が、コレ幸いにと仕掛けてこられては、面倒事が増えて厄介だからだ」
「ふ〜ん」

それだけ、不破の身体が痛めつけられている証拠だろう。確かに、彼の傷は痛々しかった、自分の其れよりも、かなりの重傷に見えた。不破は深呼吸して、ゆっくりと立ち上がった。その瞬間、やや足下がふらついたが、はっとしたシゲが手を差し出す前に、彼はしっかりと体勢を立て直して、そのまま、スタスタと保健室から出ていこうとした。シゲも思わず、彼の後ろをついて、部屋から出た。

廊下を歩く不破の後ろ姿には、先程の傷を全く感じさせない。いつもの『クラッシャー』だった。シゲは、また不思議な面持ちで、不破の背中を見つめ続けていた。

「むっ?」

不破が階段を下りようとした瞬間、その足が止まった。階段下、シゲも見覚えのある連中がたむろっていたからだ。
皆、上手く隠しているが、制服から見える部分、つまり、顔とか腕とかに、傷跡が見え隠れしている。
立ち止まった不破を、彼らは、まるでガンつけるような格好で、見上げている。

(こいつらか...)

シゲはふっと息を漏らした。桜上水にも、大人達の見えない部分で、つまり影の部分で仕切っている連中がいるのだ。
要するに、不良グループ。その背後には...バスケ部の連中が数名、いる。シゲは、深い溜息を漏らした。

不破の身体に傷をつけたのは、多分、こいつらだろう。日頃の腹いせに...といったところだろうが、相手も相当、手傷を負っているようにみえる。そりゃ、相手が一人でも『クラッシャー』だ。そう簡単に、やられはしまい。しかし、それだけに、連中は虫の居所が悪いように見える。つまりは、またしても...シゲは、三度目の溜息を吐いた。

(えっ...?)

立ち止まっていた不破は、ゆっくりと階段を下り始めた。其処にいるのが、あの連中だというにも関わらず。まるで、我関せずといった風情だった。

「ちょ、ちょい...」

シゲも慌てて、階段を下りた。階段下の連中が、今にも不破に飛びかかりそうだったが、不破の後ろから降りてくるシゲに気がついて、一瞬だけ怯んだ。シゲも、彼らにとってはかなり手強い人間だからだ。助っ人として味方につければ頼もしい限りだが、敵にまわしては、かなりやりにくいのだ。シゲの姿に気がついた連中は、どうしたものかと互いに顔を見合わせた。

階段を下りきって、彼らの間を通り抜けようとする不破の肩を、リーダー挌の3年生が掴んだ。痛さ故か、不破の表情が、少しだけ苦しそうになった。だが、すぐに不破は彼をぎろりと睨み付けて、「何だ?」と素っ気なく言った。その不破の態度に、彼らがますます触発される。他の生徒や、ましてや先生達は、会議中でいない。学校の死角をともいうべき場所と時間だった。

「てめぇ、よくも...」

きまり文句を、相手の男が言う。不破は黙って、睨み付けているだけだった。男の腕が、不破の鳩尾付近を狙って動いた瞬間、不破は、ぱっと身体をひるがえした。だが、相手の男の押さえつけている力の方が強かったし、不破の身体は、まだ傷が癒えていない。


どかっ!!


不破の鳩尾に、相手のパンチがのめり込んだのかと、その場にいた誰もがそう思った。しかし...

「ぐふっ...」

意外にも、腹を押さえ込んで倒れたのは、相手の男だった。

「おまえ...」

不破は目をぱちくりさせている。その不破にシゲは、にかっと笑った。
相手の腹を蹴飛ばしたのは、シゲの右足。そして、シゲは連中にむかって、静かに告げた。

「いやがらせも、それくらいにしたらどうや? バスケ部の先輩さん方」

この騒ぎの背後で、じっと見ている数名の3年生がぎょっとした表情になる。

「自分たちの手ぇ汚さん、こういったヤリ方、オレ的には、めちゃ気にいらへんな」

まだ、サッカー部の3年生のやつらの方がマシかもしれない。
もっとも、彼らもエモノを持っていたから、50歩100歩といったトコロか? 
しかし、どちらにせよ...

「おい、おまえ、今、サッカー部だろう!」

バスケ部の一人が大声を出した。

「こんなことしたら...」
「あぁ、あれね、もうやめたから、カンケーあらへんねん」
「何っ?」
「そーいう、先輩さんたちの方がマズイんとちゃいまっか?」
「...」
「早よ、このコワイおにーさん方を止めヘンと、あんたらも同罪になりまっせ」
「...」
「まだ、続けまっか?」

顔を見合わせるバスケ部の連中。だが、シゲに蹴飛ばされて倒された男が、のっそりと立ち上がって、シゲを睨み付けた。

「今日は、バスケ部とはかんけーねぇんだよ」
「はい?」
「オレ達の気が済まねぇんだよっ!」
「あっそ、そなら...」

シゲは、にやっと笑った。

「素手でのガチンコ勝負といきましょか?」
「なに?」
「エモノはあきまへん」
「...」
「たった一人をボコするのに、それは要らへんでっしゃろ?」
「...てめぇ...」
「あんさんらも、桜上水でアタマ、はってんのやったら、そないなコトで勝っても、他の連中の笑いモンになるだけと、ちゃいまっか?」
「...」
「闇討ちするも、エモノ使うも、ひきょーモン、もしくは弱い連中のすること、でっしゃろ? ましてや、たった一人を相手に、めちゃカッコ悪いとちゃいまっか?」

バスケ部の連中だけでなく、他の連中達も、これには苦虫を噛み潰したような顔になった。

「シゲ、てめぇ...」
「はいな?」
「いつから、正義感ぶるようになったんだっ!」
「別に、ケンカの流儀ちゅうやつを言うとるだけでっせ」

「おい」

今まで黙っていた不破が、シゲの肩に手を置いた。

「これは、オレの...」

言いかけた不破の言葉を、授業の予鈴がかき消した。騒がしくなる校内に、相手のリーダー格の男が、「ちっ」と舌打ちする。そして、くるりと踵を返して、歩き出した。他の連中も慌てて、その後に従ってついていく。呆然としているバスケ部の連中の横を、彼らは通り過ぎるとき、「契約は此処までだ、じゃーな」と、捨て台詞を吐いていった。それに、はっとして、バスケ部の連中は、また顔を見合わせると、そそくさと、この場を逃げるように走り去った。

連中の後ろ姿を見送って、シゲは盛大に欠伸を一つする。

「おい」
「はい?」

不破の手は、まだシゲの肩を掴んだままだった。

「何故、邪魔をした?」
「へっ?」
「これは、オレの事だ。何故、おまえが口出しをする?」

シゲは、きょとんとして、でもすぐに、にやりと口元を緩めた。

「おいっ!」

シゲの肩を強く揺さぶろうとした不破の身体を、シゲは...

「うっ!?」

思いっきり抱きしめた。不破の目が、かっと見開かれた。

「腹に背中に、両足かて、ずたぼろで、立ってるのがやっとやろ?」
「...」
「つよがりも、たいがいにせーや、なぁ?」
「は、離せ...お、おまえだって...」

咄嗟に、シゲの右手を掴もうとして動かした不破の手首を、包帯が巻かれたシゲの手がしっかり掴んで、そのまま廊下の壁に貼り付けるような体勢をとった。その瞬間、不破は、「ぐっ...」と低い呻き声をあげた。傷ついた背中が、壁に押さえつけられたので、その痛み故に声を出したのだった。

「ホンマ、意地っ張りやね」
「う、うるさい」

(たつぼん...以上かもなぁ...)

シゲは、不破の身体を抱きしめながら、くすくす笑い出した。
その忍び笑いに、不破はむっとした表情になった。しかし、すぐに、キッと瞳を吊り上げた。

「貴様こそ」
「あん?」
「貴様こそ、何故、其処まで、つよがって見せるのだ?」
「えっ?」

不破が首をやや傾げながら、シゲの瞳を食い入るように見つめる。

「おまえの怪我は、水野竜也を庇ってのものであろう?」
「!?」

何故、知って...そう言いかけたシゲの驚いた表情に、今度は不破の方が微かに口元を緩めた。

「昨晩、あの連中の闇討ちに遇って、どうにか、追手を振り切った時、偶然、おまえを見かけた」
「...」
「助っ人家業で『ケンカ』を請け負うだけあって、確かに、おまえは強いのだな」

それだけ喋ると、不破は大きく息を吐いた。やや苦しそうな表情だ。話すのもツライのかもしれない。
だが、もういちど大きく息を吸うと、

「水野から、どれくらいの金で引き受けたか知らんが、その傷を誰にも悟られないようにするなど...」
「押し売りや」
「なに?」

シゲは、にっと口唇の片隅を吊り上げた。

「たつぼんは、何も知らへんねん。これは、オレが勝手にでしゃばったことや。つまり、押し売り」
「...」
「あないに、サッカーに懸命になれるのが、ちょっとだけ羨ましかっただけや、そんだけの理由や」

廊下の窓が開いていて、其処から、風が吹き込んできた。シゲの金色の髪を揺らす。
不破は其れをじっと見ていた。だが、次の瞬間、はっとして、不破はシゲの身体を押し返そうと抵抗した。
しかし、意外にシゲの力は強く、不破の身体を離してくれない。不満そうに、シゲを見上げると、口を開いた。

「おい」
「はい?」
「もう、いー加減、離せ」
「んー? そーやねぇ、でも、さっきの助っ人代、払ろうてもらわんと」
「なにっ?」

シゲは、にっこりと笑った。不破とは、鼻先数センチの距離である。いつもの鋭い瞳が、やや寄り目がちになると、妙な愛らしさがある。シゲは、また笑った。すると、

「助っ人を頼んだ記憶はないぞ、それに、これも、おまえが勝手にしたことで...」
「不破の場合は、ちょい違いまっせ」
「なんだと?」

シゲは意味ありげに笑った。そんなシゲを、不破は睨み付けている。

「たつぼんは友達(ダチ)やけど、不破は...」
「おれは何だと言うのだ。貴様...っ!?」

不破は、最後まで話すことが出来なかった。正確には、口唇を塞がれてしまって、言葉を呑み込んでしまったから。
塞がれて...不破は、さらに接近してきたシゲの大きな瞳をじっと見つめていた。
その瞳は笑っているようで、笑っていない。瞳の奥に、不思議な輝きを見つけたような気がした。
不破の全てを呑み込んでしまうような、不思議な輝きを放つ彼の瞳に魅入られて...そして、気がついた。

今、自分が彼に何をされているのかを。
自分の口唇が、何によって塞がれているのかを。

分かった瞬間、彼の脇腹に、右拳を突きだしたが、それも彼の左手に封じ込められた。

「うっ...」

微かに不破の口唇から、吐息が漏れる。壁に押さえつけられた身体は、痛さから身動きが取れない。それ故、緩んだ口腔にシゲの舌が侵入してきた。不破は、驚いて目を見開く。だが、視線が絡み合うシゲの瞳は揺るぎない強い光を放っていた。絡みつかれ吸い上げられ、不破は息をすることさえ出来なくなった。息苦しさに、シゲの腕に爪を立てれば、其れはより一層、シゲを煽り立てるようだった。

どれくらいの時間が経っただろうか?

不破の口唇が、ようやく解放された時には、不破の身体は立っていられることが出来なくなっていた。そのまま、ずるずると壁にもたれながら、床にへたりこんでしまった。その不破の背中を、シゲの腕がしっかりと抱え込んでいる。

「なぜ...」

不破は、それだけ言うと、ふっと意識を手放してしまった。

「不破?」

シゲは小さな声で、不破の名を呼んだが、不破はしっかり目を閉じたままで...そのうち、微かな寝息を立て始めてしまった。思わず、くすりとシゲは笑った。こんな目に遭遇しながら、眠ってしまうとは...もしかして、これは、脈ありか?、などと、シゲは在らぬ方向へと思考を巡らす。しかし、今は、不破を休ませる事が大事だと判断した。それは、自分も同じ事。今日は、これ以上、学校にいることは、余計な話のタネをばらまくことになる。

シゲは、そっと不破の身体を、廊下の壁にもたれさせると、素早く、教室へと戻った。幸い、実験室に移動したクラスには、誰もいなかった。シゲは自分のカバンを肩に下げ、さらに不破のカバンも探しあて、それも肩からぶら下げた。同じクラスというのは、こういう時には便利なものだと思った。

すぐさま、不破を置き去りにした場所に戻ると、不破はまだ眠ったままだった。誰にも見咎められなかったらしい。ほっとして、不破を背負うと、シゲの身体にも昨晩の痛みがぎしりと走ったが、それでも不破の傷よりはマシだと思った。黙々と廊下を歩いて、人目を避けて、昇降口まで来た時だった。

「シゲ?」

二階から一人の生徒が慌ただしく降りてくるのに、遭遇してしまった。しかも、よりによって...相手は、水野だった。水野は、シゲとその背中に背負われた不破を、呆然と見ている。シゲと不破の接点が見当たらないからだ。
だが、すぐに、むっとして、水野はシゲの横を通り過ぎて、昇降口脇にある棚から、何やらごそごそ引っ張り出している。
多分、担任にでも野暮用を頼まれたのだろう。無言で...シゲのことを無視するかのように、作業をしている。シゲも、そんな水野に声をかけずに、靴を履き替えた。そして、不破の靴を探しているのに、手間取っているうちに、

「おーい、水野、あったかぁ?」

さらに他の生徒が、水野と同じように、二階の階段から降りてきた。高井だった。

「みず...あれっ? シゲ...げげっ!?」

不破を背負っているシゲに気がついて、高井はぎょっとした表情になった。
高井も水野同様、シゲと不破の接点があるとは思えず、しかし、背中に不破を担いで...と、驚いたのだった。

「高井、これ、持ってくれ」

水野は、シゲをまるっきり無視して、高井に話し掛ける。
高井は「あ、あぁ」と生返事して、シゲの横を通りすぎようとした時、

「そうだ、シゲ、サッカー部、マジにやめんのか?」

「ほっとけっ!!」

高井の言葉に、先に反応したのは水野の方だった。
ぎょっとする高井。水野は、シゲを見ないで低い声で呟いた。

「裏切り者なんか...」

小さな声でも、静かな昇降口では、よく聞こえる。だが、シゲは其れには応えないで、ようやく見つけた不破の靴を手に持つと、よっこいしょっと呟いて、不破を背負い直した。そして、昇降口から出ていこうとした。

だが、出る一歩手前で立ち止まって、シゲは不破を背負ったまま、くるりと振り返った。

「裏切りモンちゅーよりは、浮気モンの方が正解かもな?」
「えっ?」

驚く水野に、シゲは、にかっと笑った。

「なぁんてな! ほな、さいなら」

シゲは、今度こそ学校を出ていった。その背中には、眠っているのか、それとも気を失っているのか、瞳を閉じた不破がいる。
彼らを見送りながら、水野は不思議な気持ちになった。そして、シゲの言葉を心の中で呟いた。


浮気者...?


その言葉の意味を理解できない水野だった。





おしまい





☆ ―――――――――― ☆


裏切り者ならぬ浮気者...ということは、やっぱ、王道のシゲタツか?
それでも、自分が描くと、何故か、こーなります。つまり、不破←シゲ←水野、といった一方通行ですね。

本誌が、シゲタツフェアー真っ最中に書き出した駄文を、ようやく、このような形で掲載させて頂きました。
お目汚しして、申し訳ありません。でもまだ、この続き(大阪<->東京往復劇)を描こうとしている自分は何者でしょう?
はい、只の...同人スキーの、ヘンな駄文書き屋です(苦笑)。


date:2002.09.17


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