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クリスマスのイルミネーションが終わると、今度は新年のイルミネーションが眩く街を彩る。 日本とは違って、この国の電飾は本当に美しい。 日本も影響を受けてそれなりに頑張っているようだが、まだまだ、この国の美しさには及ばない。 だが、それも、今夜でしばらくは見納めだな... 不破大地はアパートの窓から見える街の灯りに、ふと目を細めた。 もうじき、今年も終わりを告げる。渡米生活は予定よりもオーバーして、結局、二年間もかかってしまった。 明日は、日本へと帰国する。研究に明け暮れた日々は、ようやく一段落するのだった。 しかし、日本に帰れば、その成果と今後の課題とやらで、また多忙な日々が待っている。 それでも、異国の地よりは、いくらか気分もラクかもしれない。 荷物を整理しつつ、この時間なら、日本は明け方であろうと思い、自宅へと国際電話をかける。 数回のコールのあと、やや眠そうな母親の声に、ほんの少しだけ笑みを浮かべながら、喋り出す。 母親の乙女は、とても喜んでくれた。不破が乙女に、電話をかけてくることは珍しい。 それに、明日、日本へ帰国する、当分は日本に滞在する、といった報告を、彼女は物凄く喜んでくれているのが、不破にも伝わってくる。 前もって分かっているなら、早く連絡をくれても...といった愚痴を言いながらも、それでも、乙女の笑顔が不破には電話越しに見えるようで、何となく照れくさかった。 母親とは、いつの世にも息子には限りなく甘く、また息子も、うざったそうに反発しながらも、結局は母親という存在を限りなく大切にしていることには違いないのだ。 親子の情とは、不思議なものだ。 特に、腹を痛めて生んでくれた人となれば... 帰国すればゆっくり聞ける話なのに、乙女は息子の近況についてしつこく聞いてくるので、不破が仕方なく喋ってやると、ようやく乙女は満足したのか、最後に、帰国する飛行機の便名や到着予定時刻などの事務的な内容を訊いてきた。 それを告げやると、乙女は復唱してメモしているようだった。では、またな...不破が電話を切ろうとすると、乙女が奇妙なことを喋りだした。 「帰国したら、すぐに携帯の電源入れてね」 「何故??」 不思議がる不破に、乙女は、 「迎えに行けないかわりに、無事に到着したら、真っ先に自分が『おかえりなさい』と『誕生日おめでとう』言いたいから」 笑いながらそう答えてきた。 不破は目をぱちくりした。 電話の向こうから、乙女のほんわかした笑い声がまた聞こえてきた。 到着予定時刻は、日本時間の12月31日、PM15:15。 ああ、そうか... 不破も微かに笑いながら、「分かった」と言うと、電話の向こうの乙女は嬉しそうに「じゃあ、気をつけてね!」と、ようやく受話器を置いてくれた。 すっかり、忘れていた。自分の誕生日。そうだった、12月31日という、日本ではまったくもって忙しない日に、自分は生まれたのだった。 去年はこちらで一人過ごしていたので、乙女からメールで、今時流行のグリーティングカードなど送られてきてしまった。 あれからも、もう一年もたつのか...。 不破は軽く溜息を吐くと、窓の外のイルミネーションを見つめる。 住宅街なので街中よりは華々しくないが、それでも、お国柄か、日本よりはるかに美しい。 そうか...もう... 気が付けば、それは24回目の誕生日だった。 あれから、10年。 彼と出会って、これだけの年月を経てしまった。 そして もう、彼とは...二度と会うことはない。 こうして、互いに別々な道を歩んでいるのだ。 もう、接点などない。彼とは、もう...会うことはない。 サッカーを続けている彼。 日本の話を耳にする時、自然とスポーツの話題に集中してしまう。サッカーの話に耳を傾けてしまう。 その中に、いつも彼はいる。そう、彼は日本でも優秀なプレーヤーだから。外国への移籍話もあるらしい。 そんなニュースや噂話を聞きながら、不破は、もう二度と戻ることはない、と思い知らされる。 彼とは、もう二度と...触れ合うことはない、のだと。 部屋の中を整理していた手が止まってしまったことに気が付いて、不破はまた黙々をそれを始めた。 明日の朝には、此処を引き払って、その足で空港へと向かい、お昼前の出発便に乗り込まなければならないのだ。 のんびりしているヒマはない。 不破は事務的に部屋の中を綺麗に片付け出した。 窓の外には、数日後に迎える新年のイルミネーションが輝いている。 そう、もうすぐ、新しい夜明けが待っている... 日本も寒いのだな... まず、最初の感想だった。 空港の中は一定の温度に保たれているのだが、それでも肌寒さを感じてしまう。 冬生まれのくせに、寒さには意外と弱い方だ。それをよく、彼に指摘されて笑われたっけ... 荷物受け取り口で、イスに腰掛けながら、不破はまた一人で想い出に浸ってしまう。 24回目の誕生日。 それがいけないのだろう。 こうして、奇妙な感情に捕らわれてしまうのは。 不破は軽く息を吐くと、セカンドバックから携帯を取りだした。 異国では、ほとんど使うことのないものだった。 だが、乙女に言われていたので、出発前に充電しておいたから、こうしてすぐに使える。 電源をいれて...こっちから、連絡を入れてやるか? 乙女のはしゃぐ声が聞こえてきそうだ。 子供の頃は、それが嫌だった。 母親らしいことなど出来ない、してもらった記憶などない。 けれども、こうして月日を経て、自分も一人前に仕事をするようになって、母親が...両親がどれだ苦労しながら、世の中を渡って、自分を育ててくれていたのか、朧気ながらも理解し始めていた。 子供の頃には分からなかったことだった。 けれども今では、僅かながらも理解してきたのだ。 もっとも、そんな事、恥ずかしくて口には出せないのだが... しかし、やはり... 電源を入れたものの、さすがに自分から「今、帰ったゾ」とは報告しづらくて、そのまま携帯を、またセカンドバックに放り込むと、スーツケースが出てくるのをじっと待った。 待つこと、数分。 ようやく、運び出された荷物を、じろじろ見ているうちに、自分のものを見つけて、不破はそれを手にすると出口へと向かった。 荷物の確認をしてもらっているうちに、携帯が鳴った。 多分、乙女だろう。 荷物が確認されて「ご搭乗、ありがとうごさいました」と挨拶を受けると、不破は速やかに出口を通過した。 そこで、ようやく鳴っている携帯を取り出す。案の定、乙女からだった。 スーツケースをごろごろ引きながら、電話にでてやると、つい先日、聞いたばかりの母親の声がやかましく響いてきた。 「おかえりなさい!...それから、24歳のお誕生日、おめでとう!!」 嬉しそうにしている乙女の顔が目に浮かぶ。この感情も不思議だった。 いつの間に、これほど...人並みの感情が持てるようになったのだろう。 多分、それは...彼に..教えてもらったことだ... 「あぁ、ただいま。」 ぶっきらぼうに答えてやると、電話の向こうで乙女が、また笑った。 こんなに笑うヤツだったか?と怪訝そうに思っていると... 「あのね...大ちゃん...」 その呼び方はヤメロ...そう叫びたかったが、帰国したばかりである。 すぐにケンカならぬ文句を言っては、乙女が可哀相な気がして、仕方なく黙って聞いていると... 「もう、素直になりなさい。」 「???」 何を突然、言い出すのか? そう言い返そうとして...歩いていた足が止まった。 「もう、十分、待ってもらったんだから...もう...いいんじゃないかしら? ねぇ??」 乙女の声は耳に入らなかった。 数メートル先に...立っている人に、目を奪われて...息さえも出来ない程、身動き一つ出来なくなっていたからだ。 「其処にいるんでしょ? その...さん?」 乙女が『彼』の名を告げる。 「大ちゃんが帰国すること、お話したの。そしたら...ねぇ、もう、お母さん、反対しないわよ?」 「乙女?」 不破がようやく反応した。 電話の向こうから、乙女の笑う声がまた聞こえてきた。 「もっとも、最初から反対なんてしてなかったけど...」 「...」 乙女が深呼吸する音が聞こえた。 「そりゃ、可愛いおヨメさんがウチに来てくれたら嬉しいとは思っていたけど...それでも、大ちゃんがそうしたいのなら、お母さん、全然、平気よ♪」 「...」 「だって、大ちゃんが笑えるようになったのは...だから、もう、つまんない意地はるのはよしなさい、ねっ?」 「...」 彼が、こちらをじっと見ている。 不破は黙って、携帯を耳に当てたまま、立ち尽くしていると... 「けどね、一番先に、大ちゃんに『おかえりなさい』と『お誕生日おめでとう』を言うことだけは、譲れなかったの。」 「えっ?」 「だって、やっぱり...お母さんもちょっと寂しいよねぇ...」 「...」 大切な一人息子を、これから渡さなければならないんだから... 「乙女...」 「もう、無理しなくていいわよ、素直になりなさい! 後のことは...任せなさいってっ!!」 不破が思わず口元を押さえたので、スーツケースが手から離れて、床に転がった。 慌ただしく行き過ぎる人達が、その音に振り返る。 そう...彼が微笑んだから。 彼の両手がゆっくりと不破へと差し伸べられたから。 「...っ!?」 不破の声は言葉にならなかった。 彼の名前が呼べなかった。 ただ、ひたすら、彼を見つめるだけで... 二年前。彼に黙って、旅だった。 乙女からも、どうしてちゃんと伝えなかったのだと責められた。 それでも、彼には連絡はしなかった。 もう、忘れて...ほしかった。 本当は..忘れてほしくはなかったのだけど。 これ以上、この関係を続けるのは、世間が許さなかった。 自分でもそれに立ち向かうだけの...気力がなかった。 全てを犠牲にしてまで、彼の将来までも犠牲にしてまで... あまりにもハイリスクを伴う関係だったから。 だから、不破は日本を離れたのだった。 あれから、二年。 もう、彼には新しい恋人も出来ただろう。そう思っていた。 けれども、今、こうして目の前にいる彼は、離れる前と少しも変わらない笑顔で... 彼が口を開いた。 おかえり... 二年前と変わらぬ笑顔と、その言葉で。 まるで、何事もなかったかのように、二人で暮らしていたときと同じように、彼は迎えてくれている。 かしゃん... 床に響いた金属音に、再び、周囲の視線が集まる。 携帯が落ちた音。 そして... 不破は彼の腕の中に飛び込んだ。 誕生日おめでとう... 耳元で囁かれる彼の声に、不破の瞳から涙が溢れてきた。 「もしもしあのね、これってお母さんからの誕生日プレゼントなんだけど...って、もう聞いてない? ねぇ? 大ちゃ〜んっ!!」 床に落ちた携帯からは、乙女の声が微かに聞こえてくるが、それはあえて聞かなくても、今の不破には十分すぎるほど分かっていることだから。 彼の腕の中。 これ以上のプレゼントはないだろう。 HAPPY BIRTHDAY ... DAICHI !! FIN ☆ ―――――――――― ☆ あとがき 不破の誕生日に間に合わせようとして、書き殴りました!? 今回も「いつかのメリークリスマス」路線で、相手が分からないようになってますが... まぁ、渋沢が妥当なトコロでしょうね!? それとも、身長が伸びた(?)風祭ってトコロかな? 乙女さん、さり気に良いトコ、持っててます!? こんな母親、いませんよ! いるワケないって!? っつか...こんな息子も...あんまりいませんねぇ。(爆) ということで、拙いながらも...不破くん、お誕生日おめでとう!! そして、来年もヨロシク!? (なんのことだ...?) ☆ ―――――――――― ☆ |