いつかのメリークリスマス



12月の明かりが街中を灯す頃、この慌ただしさに、誰もが心を躍らせている。
足早に通り過ぎる人、ゆっくりと楽しむ人、眩い街のイルミネーションが輝く季節。
あまりの輝きに、時間の感覚をふと失う。人通りの多さに、とても夜の12時を過ぎたとは思えない。
もっとも、クリスマス・イブで、振替休日の今夜は、明日の終業式や会社の仕事など、気にせずに開き直って遊び歩いている連中が街の大半を占めているのだが...。

...帰ろう...

不破大地は一人、足早に駅へと向かった。
この不況のご時世に、不破の抱える仕事は忙しくて、今夜も泊まりか?と覚悟を決めた時、京介の『鶴の一声』で、研究員は皆、帰宅を許された。
不破も早々に、職場である黒須研究所を後にしたのは、単純に、電車がなくならないうちに、と思っただけだ。
それだけだ。他に理由がない。そう、今では...

飛び乗った電車は、終電よりは早かった。これでは予想より、帰宅は早くなる。
かといって、どこかでふらつく気分でもない。そう、街は今宵のクリスマス・イブで、華やかさを極めている。
この中で、一人過ごすほどの勇気も無ければ、気力もない。ましてや...そんな相手もいない。

揺れる電車の動きに、眠気を誘われる。とろとろ眠っていたらしい。はっと気が付けば、其処は自分が降りるべき駅の一つ前。
乗り過ごさなかった...ほっとして、さて降りようかと、自分の荷物をしっかり抱え込んだとき、目の前に座っている一人の青年に気が付いた。
自分の視線が彼に釘付けになったのは...彼の抱えている『荷物』のせいだ。

彼が大事そうに抱えているのは『イス』。

それは、どうってことないイス。
けれども、アンティーク調で洒落たカンジだった。
選んだ人のセンスが良いと思った。

電車に揺られながら、そのイスをじっと見る。
イスだけではない。それを大事そうに抱えている、その青年も...

終電間際とはいっても、車内はそれなりに人が乗り込んでいる。
これだけの荷物を抱え込んで乗り込んでいる彼は、かなり目立っているようだ。

時折、恥ずかしそうに、申し訳なさそうに...けれども、嬉しそうにしている彼だった。

車内放送で、不破が降りる駅名が聞こえてくる。
電車が止まると、不破は自分の荷物を抱えて駅へと降り立った。

彼は降りなかった。
電車が動き出す。明るい車内の彼が、そのまま電車とともに消えていく。

一人、ホームに立ち、電車を見送った。
降り立った客は、寒さゆえか、足早に改札口へと向かっていく。
だが、不破は、しばらくの間、その電車が消えた方をじっと見えていた。


彼が笑った。


降り立った瞬間、思わず振り向いた不破の瞳には、彼の微かな笑顔が映ったから。

その笑顔が、とても嬉しそうで...
これから、この『プレゼント』を渡すであろう人の喜ぶ笑顔を思っていることが、不破には手に取るように分かったから。

不破はしばらく身動き出来なかった。
人気のなくなったホームで、寒さに震えながらも、歩き出すことが出来なかった。


あれは、いつの頃のクリスマスだっただろうか...


サッカーを離れて、医大生になって、一人暮らしを始めて...
慌ただしい日々を送っていた。

彼も同じだった。

プロのサッカー選手になって、自分とは生活の時間が合わなくなっていた日々。
それでも、忙しい時間の合間をぬって、会いに来てくれた彼。

その彼が、ふと漏らした言葉。

「イスが欲しい。」

その当時、不破の住む部屋には狭いながらも来客用のイスは置かれていた、
自分の分と、もう一つと。来客があれば使われていたイスだった。
特に、なんてことないイスだった。

それが、彼には気に入らなかったようだった。

何故、イスが欲しいのか? と、彼に問いただしてみれば、答えは明瞭簡潔なものだった。


自分専用のイスが欲しい


どんなイスでも構わなかったらしい。ただ、彼が気にしていたのは、他の来客と同じように扱われていることだ。
つまり、自分だけ、不破の傍らを独占できるイスが欲しい。そう、彼は要求していたのだった。

だが、不破にしてみれば、無駄なこと、この上ない。そうとしか思えなかった。
今では、引っ越して部屋は多少なりとも広くなったが、その当時住んでいた不破の部屋は、本当に狭かったのだ。
何しろ、ベットだけはシングルではあまりにも事足りなかったので、これだけはセミダブルにしたことが、部屋を手狭にする原因だったのだが...。
これ以上、余計なものは置けない。元々、不破は荷物の少ないほうだったが、それにも関わらず...彼の要求を、すぐに飲み込めなかった。

ある日、彼と何気なく食事に出かけた時、とあるショーウンドウの中に飾られていたイスを彼が見つけた。

どうってことないイスだった。
だが、小さめな作りだったが、背もたれとか足の部分のやや凝った彫刻が施されていて、なかなか洒落たカンジのものだった。

めざとく、「これがいい」と要求する彼に、「そのうちな」と曖昧な返事をしてやった。
その場は、それで話しが終わったが、後日、また蒸し返されて、いつのまにか約束させられたような形になった。

それでも、不破はしばらく買ってやらなかった。
仕事も忙しかったし...日常の生活に追い回されて、会う機会がどんどん少なくなって、そうしているうちに、その年のクリスマスを迎えてしまった。
その夜は、イブだった。仕事帰りに大急ぎで電車に飛び乗ろうとして、ふと街のショーウィンドウの前に足が止まった。

彼の欲しがっていたイス

まだ売れていなかったらしい、それがまだ飾られていたのだ。

終電にはまだ辛うじて間に合う時間だ。
今夜は、久しぶりに部屋に来ているはずだ。

そこまで考えて、気が付くと、店の中に飛び込んでいた。

閉店間際だったらしい店の中には、もう客は誰もいなかった。
店員は面倒くさそうに、イスをショーウィンドウから出してくれた。
それを受け取り、終電へと走り込んで、どうにか間に合った。

車内で息を切らせながら、イスを抱えて...不破は窓に映った自分の横顔に気が付いた。
ぐったり疲れているはずの自分の横顔が笑っていたからだ。

不思議だった。

どうして笑っているのだろう?

不破は得意の考察を始めたが結論がでないうちに、自分がおりる駅に到着してしまった。
仕方なく、線路沿いを荷物を抱えながら歩く不破は、また息を切らしながらも...

部屋に辿り着けば、すでに来ていた彼が、夕食を作って待っていてくれた。

抱えた荷物を見せた瞬間...彼が笑った。

とても嬉しそうに笑ってくれた。

その笑顔を見て...不破も笑った。

多分、この笑顔が見たくて、きっと見せてくれるだろうと思っていたから。
だから、此処に来るまでの帰り道、自然と自分は笑っていたのだと、ようやく気が付いた。

笑うことが出来るようになった自分。
それを教えてくれたのが、こうして目の前にいる、彼だった。

彼を失うことなど考えたことなどなかった。
けれども、彼がいなくなることを...とても恐いと感じていた頃だった。



一人、部屋の明かりをつけて、寒々とした室内に思わずぶるりと身体を震わせた。
エアコンをつけて、風呂を給湯スイッチを入れて...いつもどおりの事をする。

ありふれた日常の動作。
それでも、今夜は...

ふと移した視線の先にあるもの。

部屋の片隅置かれたイス。
彼が気に入っていたイス。

そして...彼の写真と彼の腕時計。

彼の写真は、このイスの上に飾られている。
自分のものだと言わんばかりに、彼の写真は主張しているようだった。

彼の腕時計は、自分が今、腕につけているものと揃いで買ったもの。
あれからも、こうして時を刻みつけている。


そう、彼がいなくなってから...どれくらいの時を経ただろう。


二度と、このイスには誰も座ることはなかった。
彼専用だったから。

こうしても今も、それは彼のものとして、自分の部屋の中に居続けている。

自分の心の中に居続けている。

時は刻まれているいくのに。
自分の中の彼は、あの日から歳をとらない。
時に刻まれていくのは自分だけ。



いつまでも、二人だけでいられる気がしていたから。

だから、彼を失った悲しみに、心の何処かが麻痺して、今まで生きてきてしまった。



こうして、今も...



微笑み合った日々は、もう戻らない。



人を愛することを教えてくれたのは、彼。
覚え始めたばかりだったのに。


もう、誰も教えてくれない。




窓の外。
雪が舞い下りてきたらしい。

外を覗き込めば、道行く誰かが足早に通り過ぎていくのが見えた。
子供へのプレゼントだろうか...荷物を抱えて歩く人は、どこか幸せそうだった。



自分にもあったのだ。
確かにあったのだ。


あの幸せは。


目を閉じれば、そこには今も...




色褪せた...いつかのメリークリスマス




FIN




☆ ―――――――――― ☆


あとがき


またしても、後半、思いっきり、力尽きてます。
クリスマスに間に合わせようとして...間に合いませんでした。

B'Zの名曲をぱくってるし...(近頃、こんなんばっかだな(殴))

ところで...『彼』は誰でしょう?
適当にあてはめてみて下さい。
どうやら、不破を一人にして、逝ってしまったようですが...
(そのつもりで書いたんですけど、わかって頂けたでしょうか?)

不幸が似合うという点では、『水野』もしくは『シゲ』ってところでしょうか?
でも、料理するから『渋沢』かもしれない...

不適切な表現だらけでしたので、ちょっと読みづらかったと思います。
自分の世界に入り込みすぎました。今回も猛反省...

一日遅れましたが...メリークリスマス!!
ウチの不破が、早くシアワセになれますように!?(なんのこっちゃ??)


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