「あいつが怖い」

シゲの口から吐き出された言葉。水野だって、分かっている。分かっているけど、まだ、何かが引っかかっている。
心の何処かで、何かが引っかかっている。それが、何なのか...水野は、心の中で、シゲの言葉を繰り返し呟く。
何度も、何度も、まるで、其れを認めたくないかのように。

「おまえは、どう思っている?」

水野の問いかけに、風祭の答えは、ただ一つ。

「シゲさんは本気だから」

本気? 本気って...何だ?

自分だって、いつも本気だ。
本気で、サッカーをしているんだ。

黙り込んだ水野に、風祭がにこっと笑った。

「不破くんもね...」
「えっ?」

顔を上げた水野の視界に、風祭の笑顔と、ぽっかり浮かんだ月が見えた。

「不破くんも、悩んでたんだよ」
「不破が?」

こくりと風祭は頷いた。

「シゲさんが別人に見えちゃって、それに、藤村茂樹って名乗ったから、混乱しちゃったみたい。それにね...」

風祭は、ふふっと口元を緩めると、

「どう呼べばいいのか、戸惑っちゃったみたいなんだ!」
「へっ?」

水野がきょとんと目を開くので、風祭は、ますます笑顔になる。

「あのね、不破くんって、誰のことでも、名字で呼ぶでしょ? だから、佐藤って呼べなくなっちゃって、けど、いきなり、藤村って呼ぶのも戸惑って、さぁ...」

思い出すように、くすくすと、風祭は笑う。

「水野くんみたいに『シゲ』って呼んだら、って言ったら、他の人も、名前でよばないとおかしい、なんて言い出して。
けど、そしたら、鳴海だけは絶対、名前で呼びたくない!、なんて言ってさっ! 可笑しいよね、不破くんって!」

ぽかんと口を開けている水野に、風祭はさらに喋り続ける。

「あのね、不破くんに言ったんだ...シゲさんと全力で闘おう! 全力でシゲさんを倒そう! ...って、ね?」
「全力で...」
「うん! じゃなきゃ、本気のシゲさんに悪いでしょ?」
「...」
「それに、全力で闘わないと、本気のシゲさんに勝てないから!」
「風祭...」
「頑張ろうね、水野くん!」

また黙り込んで、答えない水野から、風祭は視線を外して、夜空を見上げた。
綺麗な月が浮かんでいて、柔らかな光が、二人の身体を包み込む。

「ぼくら、考えてること、同じだね」
「えっ?」

風祭が、水野の瞳を正面から見据えた。

「ぼくも、最初、物凄く戸惑った。物凄く悩んだ。シゲさんと闘う、なんて事、考えた事もなかったから。そしたら...」
「...」
「あのさっ! 実は、さっき、一緒にいた九州選抜の高山くんと、ちょっとしたことで知り合いになって、彼に言われたんだ。
『おまえはいいやつだ。だから、全力でおまえを倒す。そうじゃないと、おまえに悪い!』なんてさっ!」

風祭は、ふっと息を漏らした。

「それ聞いて、なるほど!って、物凄く納得しちゃった! そうか、そうなんだ! 友達だから、全力で倒すんだ!ってね!
だから...もう、迷わない。もう、こだわらない、戸惑わない。全力で、シゲさんを倒す!って決めたから!」

間違いなく、今度こそ間違いなく、水野は分かった。

風祭の迷いの無い言葉に、その笑顔に。
シゲの言う、風祭の怖さというやつを。

そして、今の自分では、風祭に敵わないのではないのかと。

「不破くんは、ぼくとは、ちょっと違うけど、でも、やっぱり悩んでた、戸惑ってた...シゲさんのこと、物凄く、こだわってた。
それって、仕方ないことだとは思うけど...でも、不破くんも、不破くんなりに、ふっきれたみたいなんだ! 
だから今日は、シゲさんのこと、藤村茂樹って呼んでたよ。藤村だけでいいんじゃないの?って言っても、それじゃあ、何だか、ウソくさい!とか、何とか言ってさ!」

風祭は、また、くすくす思い出し笑いをした。

「ぼくらって似てるっていうか...同じチームだもんね!、藤代くんたちとは違って、ぼくらは、どうしても、他の人より、こだわっちゃうのは仕方ないよね! けどさ、もう、いいんじゃない? もう、そろそろ、こだわるのは止めようよ! シゲさんに絶対勝とう! ねっ? 水野くん!!」
「風祭...」
「へへっ...なんか、昨日の夜も、不破くんに同じようなこと、喋ってさ...」

「おれが、どうしたというのだ、風祭?」

「「!?」」

月明かりは、辺りを照らしていたが、背後の建物の影までは差し込んでいなかった。
だから、其処から、声がしたので、風祭と水野は、飛び上がるほど、驚いた。

「不破くんっ!?」
「不破っ!?」

驚くのも、二人同時だったが、声を出すのも、二人同時だった。
二人の大きな声に、不破のほうが、ぴくりと身体を震わせて、目をぱちくりさせている。

「どうして、此処にっ!?」

叫んだのは水野だった。不破は、「ふむ?」と、腕を組んで、軽く首を傾げると、

「風祭を捜しに行くと言って、水野が部屋を出たのが30分前だ。なかなか帰ってこないので、今度は、オレが捜しに来た」
「あっ...そうか、ごめん、オレ...」
「ミイラ取りがミイラになって、どうする?」

不破が、いつもの無表情な顔で、水野をびしっと指さした。睨まれているワケではないが、その瞳に見つめられて、水野がびくっと身体を震わせる。その水野の態度に、不破が軽く息を吐いた。不破は、気がついていた、水野にとって自分は苦手な人間なのだ、と。けれども、それは、半分あたりで、半分はずれ、だった。苦手だったのは、出会った頃、初期の頃だけで、今では、不破のことを意識しすぎて、水野は素直になれないだけなのだ。

くしゅん...

風祭がくしゃみをした。

「誰か、噂してるのかな?」
「それもあるだろうが、おまえ、その格好では、風邪をひくぞ?」
「えっ? あぁ、あのね、つい、さっきまで、練習したから...」
「では、汗をかいているな? それが冷えてきたのだろう、すぐに着替えてこい。それが終わったら、杉原の部屋まで来い。皆、其処に集まっている」
「うん! わかった! じゃあ、着替えてくるね! また、あとでね!」
「あぁ、10分、経って来なければ、また、捜索隊をだすからな?」
「ええっ!? 別に、遭難してないよ!」
「おまえの場合、似たようなところがあるぞ」
「そうかな...まっ! いいや! とにかく、着替えて、すぐに行くからね!」
「あぁ、早く来い」

風祭は元気良く、建物の中へと走っていった。
その小さな背中を見送ると、不破もゆっくりと後をついて行くかのように、歩き出した。

「不破」
「なんだ?」

不破の背中を、水野が呼び止めた。振り返る不破の瞳は、やはり、いつもの無表情な瞳だった。風祭が言うように、不破は、不破なりに、シゲのことをふっきれたのだろうか? それとも、最初から、シゲのことなど、眼中にないのだろうか?
そうだ、不破は...不破が、いつも見ているのは、いつも気にかけているのは...。

「風祭の笑顔の真相は、分かったのか?」
「ん?」

突然、水野にそう訊かれて、不破は、眉を顰めながら、首を傾げた。
質問の意図を、考えているらしい。だがすぐに、不破は、水野が驚くような事を言った。

「オレは、風祭のことを怖いと思わない」
「!?」

まるで、シゲの言葉を聞いていたかのような、不破の台詞に、水野は、また言葉を無くした。
すると不破は、軽く息を漏らして、さらに喋り続けた。

「違うのか? おまえは、風祭を母親のように保護しているようで、実際には、怯えている。恐がっている。何故だ?
おまえの行動および、その思考については、今一つ、オレには理解できん」
「...」
「オレにはまだ、風祭の笑顔の真相について、解明していない。しかし、今は、解明するよりも、風祭が見つめる方向、風祭が笑顔を向ける方向に、オレも一緒に向いていたい、と思うようになったのだ」

不破はふっと口元を緩めた。

「彼と同じ方向を向いて、同じものを見つめていたい、そう思っている。だから、オレには、風祭が怖い、などと感じたことはない。小さな身体に溢れるばかりの、驚異的なエネルギーを感じても、それに対して、特別、畏怖を感じたことなどない」
「...」
「時には、彼と敵になることはあるかもしれない。けれど、それでも、彼の目指す方向に、ともに歩いて行きたいと思う。歩く道順、方法、速度は違っていても、オレは、彼と同じ方向に、顔を向けていたい、同じものを見つめて歩いていきたい」
「不破...」
「オレは、もう惑わされない、こだわらない。ただ、あの小さな背中を信じて、彼が目指す方へ向かって、顔をあげるだけだ。其処へ向かうだけだ。けれど、それは、誰もが目指す方向ではないのか? おまえは、何処を見ているのだ、水野?」
「!?」

様々な思惑を、困惑を、妄執を、全て拭い去れば、其処に残るのは、不破の言うとおりのもの。其れが、全ての核心だ。
剥き出しになった、魂という名の『本質』。そうか...結局、自分は、またとんでもない暗闇に囚われかけていた。

水野が、ふと口唇の端を吊り上げた。

「オレは...」
「ん?」
「風祭だけじゃなくて、不破にも敵わないかも、なっ?」
「??そうか??、この年代で、10番を背負えるヤツの中で、水野はNo.1だと思うのだが」
「へっ?」
「9番ならば、藤代がぴかイチだ。GKならば、渋沢の右に出るヤツなどいないだろう。オレも、風祭も、まだまだゾ」

しれっと言いのける不破に、水野は思わず吹き出した。

「何が可笑しい?」
「う〜ん、そうじゃなくてさっ! なんていうか、やっぱり、おまえ達って凄いよ、物凄い!」
「???」

自分を正当に評価できる、それこそが最大の武器。不破も風祭も、やはり凄い...敵わない。それでも。

「不破」
「ん?」
「手を引かせてもらえないだろうか?」
「???」

水野が不破に向かって、左手を差し出した。不破は、不思議そうな顔をしながらも、水野に向かって自分の右手を、ゆっくりと伸ばした。水野が笑いながら、不破の手を引いた。走り出した。

「急ごう、不破! みんな、待っている!」
「あ? あぁ...???」

何故、水野に手を引かれて走り出さねばならないのか?、不破は首を傾げて考察している。
その様子を見ながら、水野は笑った。


不破が、風祭の目指す方向へ顔を向けるならば、其れを引っぱっていくのは、自分でありたいと思った。


「さっきさ」

走りながら、水野が呟いた。

「シゲと話したんだ」
「...」
「あいつ、やっぱり、いーかげんだった!」
「ん?」

走る速度を少し緩めて、水野は、不破に振り返った。

「別人っぽく見えたけど、やっぱり、シゲはシゲだった」
「...そうか...」

走ることを止めた二人の頭上には、ぽっかりと月が浮かんでいる。
まだ寒い季節だが、確実に春が近づいているような、優しい月の光だった。

「不破」
「ん?」
「勝とう、絶対に」
「あぁ」



互いをみつめあうのではなく、ともに同じ方向をみつめあう。
そこに何があるのか、まだ、ぼくらにはよく見えていないかもしれないけれど。

果てしない闇の向こうに、手を伸ばそう。
心のまま僕らは行こう、歩いていこう、誰も知ることのない明日へ。

勝利も敗北もないまま孤独なレースは続いてく。





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不破の見つめる先には、風祭の小さな背中が。
さらに、その先には、風祭が見つめているもの。

不破の背中を押すのは、渋沢でしょうか?
そっと後押ししてくれる、大きな掌。

水野は、不破の手を引きたいと願っています。

シゲは...


プロットはこんだけでした(苦笑)。
あぁ、切実に文才が欲しい...

date:2002.03.05

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