寒い夜だから
〜 SHIBUSAWA SIDE 〜




愛は惜しみなく与えるもの

それが、今のボクにできる精一杯だから...
これが、キミへのボクの誓いだから...



「やっぱ、さみーよな! さっすが福島だよな!!」
「そうか? 小岩が部屋に戻ってくる前よりは暖かいと思うが?」
「そりゃ、暖房の設定が、すげぇー低くなってんだもん! 信じらんねーくらいっ!! このクソ寒いのによ!!」

部屋の窓ガラスに顔をつけて、外を覗いていた小岩は、急に身体をぶるりと震わせると、ベットに足を投げだして座っている不破に振り返った。

「不破、風呂行かねーか?」
「あ? あぁ、そうだな...」

不破はちらりと枕元の目覚まし時計を見ると、「いや、オレは後にする。今は、まだ混んでいると思うゾ。」と小岩に答えた。

「そう? もう、だいじょーぶじゃねーの? まぁ、いいや、オレ、杉原と約束してっから、先に行くな!」

小岩は荷物をがさがさ抱え込んで、部屋から元気よく出ていった。
部屋から小岩が出ていくと、急に室内が静かになって、ちょっと拍子抜けしたような空気が漂う。

ナショナルトレセンの第一日目、夜。
夕飯を終えて、開会式にガイダンス、とお決まりの日程をこなして、今は就寝前の自由時間。
風呂に入ったり、各地区との交流を深めたり(?)と、各自、思いのまま勝手な一時を過ごしている。

都選抜の部屋割りは、ポジションごとに割り振られていて、GKの渋沢と不破は同室になった。
それに、コーチのマルコスと、他に余った(?)小岩といった四人部屋だった。

小岩が出ていって、部屋には渋沢と不破、それにマルコスがいる。
マルコスは、渋沢の足の具合を看ながら、軽いマッサージをしてくれていた。
しかし、一瞬の沈黙の後、部屋の電話が鳴って、ほどなくマルコスも部屋から出ていった。
どうやら、監督から呼び出されたらしい。だが、この呼び出しには、キャプテンの渋沢は免除されたようだ。
マルコス一人で出ていってしまって、部屋には結局、不破と渋沢の二人だけが残されてしまったのだ。

渋沢は、ふと溜息を吐く。
部屋の暖房がうなる音を、耳障りだと思うのは、互いの沈黙が続いているからだ。

不破はベットに半分寝転んだようにして、本を読み耽っている。
渋沢は、そんな不破の横顔を盗み見しながら、同じようにベットに寝転んでいる。

静かにゆっくり流れていく時間に、渋沢は妙な気分になる。

これほど近くにいながら、渋沢の存在は不破に気付かれない。
不破は、渋沢が居ても居なくても、多分同じようにしているだろう。
空気よりも軽い存在。不破がめくるページの音が、部屋の中に微かに響いている。


...許せない。

あの男の存在。
アイツが彼の全てを覆い尽くしている。
まるで目隠しされているかのようだ。
彼は外界から閉ざされた世界に...囚われている。


「帰ってこないな...」
「えっ?」

何度目かの溜息だろうか。
渋沢の様子に不破が顔を上げて、こちらに振り返った。
瞬間、不破と視線が合って、渋沢の心臓は一気に心拍数が上がった。

不破が何と喋ったのか、渋沢は聞き損ねてしまった。
困ったように目を見開いていると、不破が微かに笑った。

「マルコスだ。マッサージの途中だったのだろう?」
「あ...あぁ、そうだけど...」

ぱたん。

不破が本を閉じた。
サイドテーブルにそれを置くと、不破はゆっくりとベットから降りて、渋沢のベットへと歩いてきた。

「?????」

何事かと、渋沢は不破の顔を見つめるが、相変わらず無表情な不破からは、それが読みとれない。
ぼんやり見ているうちに、不破は渋沢のベットに歩み寄り、そのまま渋沢の傍らに腰掛けた。
不破の接近に、ベットのスプリングがぎしりと揺れて、途端に渋沢の心臓はやかましくなる。

「えっ? 不破くん? あの...」
「マッサージなら、オレでも出来るゾ?」
「へっ?」

間抜けな声を出してしまった。
渋沢が「あのぉ...」などと、しどろもどろになっていると、不破は渋沢が答える隙を与えず、
ベットに放り出された渋沢の足に両手をかけた。

ぎょっとする渋沢。
だが、不破は構わずにそのまま、渋沢の足をマッサージし始めた。
不破の指が、渋沢の足の筋肉をゆっくりとほぐしていく。

「桜上水では、松下が一番上手だ。」
「.....」
「これは、ほとんど下級生の仕事だが、自分達でもよくやっている。」
「.....」
「続けて試合する時は、いつも....どうした? 渋沢??」

かなり間抜けな顔をしていたらしい。
その渋沢の顔を見上げて、今度は不破がきょとんとしている。

「いや、あの、その...」
「?????」

上手く喋ることが出来ない渋沢に、ますます不破は怪訝そうな顔をして、軽く息を吐いた。

「やはりオレでは、駄目か?」

それは、「オレは下手か?」という意味だが、愛しい彼にどんな形であれ触れられて、舞い上がっている渋沢には、そう聞こえない。

「ち、違うよ! そうじゃなくて! その...不破くんがいい!!」
「?????」
「あ、いや、あの....お、お願いするよ、続けて...くれるかな?」
「あ? あぁ...」

不破はまだ納得できないような表情だったが、それでも渋沢に言われたように、また続きを始めた。
規則正しく動く不破の指先を見ながら、渋沢は嬉しさのあまり...顔がにやけてしまったようだ。
不破がまた怪訝そうな顔で、「くすぐったいのか? もう少し力を入れた方が良いか?」と聞いてきた。
慌てて渋沢は、顔を横に振る。

「ち、違うよ! その...すっごく、気持ちよくて...」


気持ちいい。


そう言ってしまってから、渋沢は咄嗟に口を手で覆った。
別にヘンな意味合いで言った言葉ではないが、邪な妄想をしている渋沢には、自分の疚しい気持ちを表しているかのようで妙に慌ててしまった。
渋沢が勝手に一人でじたばたして顔を赤くしているものだから、不破はますます眉を顰めている。

(まずい...せっかく不破くんが...)

何か言おうとして、ますます上手く喋れなくなった渋沢に、不破が軽く溜息を吐いた。

「では、腹這いになれ。」
「へっ??」
「背中と腰。」
「は...はい...っ!!」

不破の言っている事を理解した渋沢は、急いでベットに腹這いに寝転んだ。
すると不破が、渋沢の腰を跨いで両手で渋沢の背中をぐいっと指圧してきた。
肩から肩胛骨、さらに腰へと、不破の手が動いてくる。
相手が不破でなければ、本来リラックスできるはずなのに、渋沢の身体はがちがちに凍り付いて、呼吸さえもままならない。
何しろ渋沢にとっては、愛しい彼にこんな事してもらって、心臓ばくばく動揺しまくり状態である。
だが、そんな渋沢に気が付く様子のない不破は、ますます力を入れてくる。
渋沢は不破にされるがままになっていたが、ふと視線を横に移して...またぎょっとした。

視線を移した先には、部屋の窓ガラスがあって、丁度それは鏡のように室内を映していた。
そこに映る渋沢と不破の姿は...渋沢の邪な妄想をさらに掻き立てるものだった。


自分の身体に大胆に跨る彼の姿態から、目が釘付けになって離せない。


「渋沢?」

息を潜めた渋沢に、不破が気が付いた。
背中に両手を当てたまま、不破が前屈みなって渋沢の耳元に口唇を寄せてくる。

「どうした? 今度は強すぎたのか?」

身体をぴったりと渋沢の背中に押しつけてくる不破の姿態が、窓ガラスに映し出されて...限界かもしれません...

「渋沢? おい??」

咄嗟に近くにあったタオルで、渋沢は口を鼻を覆った。
不破は驚いて、「どうした?」とますます渋沢の身体にひっついてくる。

(鼻血....良かった...出てない...)

渋沢はほっとすると、ようやく口を開いた。

「ご、ごめん、驚かせて、その...大丈夫だから...」
「?????」
「その...鼻血が出たのかと思ってね...」
「鼻血????」
「あ...はははははは....大丈夫だよ、気にしないでね?」

何て気の利か無い台詞だ。我ながら情けない。これでは、せっかくムードもぶち壊しだ。
だが...これ以上は渋沢の理性が耐えきれない。これ以上は...とにかく危険だ。

渋沢が大きな溜息を吐くと同時に、ふっと背中が軽くなったので、渋沢は驚いて後ろを振り向いた。
どうやら、不破は渋沢の身体から離れたらしい。
跨がっていた不破の身体は渋沢の身体からするりと降りると、そのまま渋沢の横へと寝転んだ。

「へっ?」

目だけタオルから出してきょとんとして渋沢の顔の間近に、不破は顔を寄せくると「大丈夫か?」とじっと見つめてきた。

だから、これ以上は...

渋沢は顔だけではなく耳まで真っ赤に染まっていくのを自分でも感じながらも、必死に頭をフル回転させる。
何か喋らなければ...この状況は、ヒジョーにまずいです...さすがのキャプもカタ無しです...

「あ...その...」
「ふむ...やはり、慣れない事はするものではないな...」
「えっ?」
「どちらかと言えば、桜上水ではやってもらう方が多い。何しろ、上級生がいないからな。」
「いない?」
「あ、あぁ。水野と風祭が追い出したそうだ。」
「???」
「勝つ気のない連中だったそうだ。レギュラー争いで水野と風祭に負けて、そのまま辞めていったそうだ。」
「ふぅん。」
「だから、オレには先輩という面倒な輩がいないのだ。おかげで...こういった雑用はやらずに済んでいる。」
「くっくっくっ...そうなんだ、だからそれで...」

予想外に不破が喋ってくれて、助かった。
ようやく普通に会話が出来るようになって、渋沢は安堵した。
多少惜しい気持ちもあったが、やはり時期が早すぎる。
少し..もう少し...時間をかけなければ...焦っては元も子もない。

いつもの渋沢に戻ったので、不破も安心したのか、少しだけ微笑んでいる。
その笑顔が嬉しくて、渋沢は話を続けた。

「不破くんはいつも誰にやってもらっているの? 松下さん?」


びくん。


不破の瞳が微かに揺れた。

何気なく出た台詞だった。特に意識していなかった。
だから、不破の意外な反応に、渋沢の方が驚いた。

「不破くん?」

不破は軽く上半身を起こすと、渋沢のことを見ないで答えた。


「あ、あぁ、そうだ。」


違う...


不破の横顔はそう言っている。
口では肯定しながらも、その横顔は否定している。

不破の瞳が、誰かを思いだしているのが分かる。

渋沢の表情が硬くなる。

あの男か...

迂闊だった。
あの男は、彼と同じ学校だったのだ。
自分より遙かに長い時間を、彼はあの男と共有している。
ごく自然に、彼らは触れ合うことが多いのだ。

チームメイトとして、友人として、触れ合うだけではすまされない彼らの関係。

渋沢の笑顔が一気に凍り付いてしまった。

そう...たったこれくらいの事で、舞い上がっていた自分。
一瞬にして、背中に冷水を浴びせられてしまったのだ。


こんなに近くにいるのに...彼が遠い。


あの男を思い出させてしまった自分に腹が立った。
せっかく、あの男の事を忘れていたのに...忘れさせていたのに。
だが、その苛立ちは、すぐに自分からあの男へと向けられる。

どうして、あの男はこうも簡単に彼を捉えてしまうのか。

苛立ちは、憎しみへと変化する。

しかし。

「不破くん?」

あの男の事を考えていたせいで、目の前にいる不破の様子がおかしい事に気が付くのが遅れた。
いつの間にか、不破は両腕で、自分の身体を抱きかかえるような仕草をしていた。

まるで...震えている?

「どうしたんだ?」

渋沢も起きあがって、不破の顔を覗き込んだ。前髪が長いので、彼の表情が見えにくい。
もっとも見えたとしても、不破の場合はほとんど変化に乏しいのだが...

「!?」


泣いている....?


一瞬、渋沢にはそう見えた。不破が泣いているように見えた。だが...実際には違っていた。

今にも泣き出しそうな顔。

不破のこんな表情は、今まで見たことがない。
弱々しくて、寂しげで、それは....

「渋沢!?」

渋沢に抱きしめられて、不破が驚いて声をあげた。
抵抗するかのように一瞬、藻掻くが、渋沢の腕の力が強くて、すぐに不破は大人しくなる。
不破は黙って、渋沢に抱きしめられたまま、じっとしていたが、やがて徐に口を開いた。

「渋沢...どうした?」
「...」
「渋沢?」
「...ぅだから...」
「えっ? 何だ? 渋沢?」



寒そうだから...不破くんが...



渋沢の腕の中、不破は黙って渋沢を言葉を聞いている。


「とても寒そうだから...暖めてあげたくなって、ね?」

不破の身体が少しだけ震えた。その震えに応えるかのように、渋沢の抱きしめてくる腕の力がまた強くなる。
そして、不破もその腕の力に身体を全て委ねてきた。不破の両腕が、そっと渋沢の背中に回される。

「ありがとう、渋沢。」
「不破くん?」
「渋沢には...隠し事は出来ないな...」
「えっ?」
「渋沢の腕は、本当に暖かくて...」


好きだな...


瞳を閉じて、心地よさそうにしている不破を見つめながら、渋沢は微笑んだ。



君が望むなら、いくらでもこの暖かさを分けてあげる。
君が寒さに凍えないように。ずっと抱きしめてあげるよ。

だから...ほんの少しだけ、僕に君を...くれないか?

ほんの少しでいいから、僕のことを見てくれないか?



「不破くん?」

されるがままになっていた不破が、ふと渋沢の胸を軽く突いて、その身体を離した。
だが、完全に渋沢の腕の中から離れてはいない。渋沢の緩められた腕の中、不破は俯いている。
渋沢が少し驚いて、不破の顔を覗き込もうとすると、不破はさらにその顔を渋沢から背けた。

「もういい。」
「えっ?」
「もう...ムリに合わせてくれなくても良いぞ? 渋沢?」
「不破くん?」

何を言って...渋沢がそう言いかけた時、不破は大きな溜息を吐いた。

「オレに合わせなくても良い。ムリするな。おまえは...ホ○ではあるまい?」
「なっ!?」

突然、何を言い出すんだ!?
渋沢が顔を赤くして焦っていると、不破がようやく背けた顔を渋沢へと向けた。
狼狽している渋沢を見上げて、不破がくすりと笑った。

「オレは...アイツと触れ合ったり、抱き合ったり、キスしたりしている。同性どうしで、だ。」
「!?」
「俗的な表現だが、この場合、これが一番、あてはまる言葉だ。オレにはそういった感情の理解が未だ出来ていないが、多分、これはそういうことなのだろう?」
「...」
「オレはアイツと触れ合うことが嫌いではない。おそらくオレはこういった...性癖なのだろうな? 特に自覚はないのだが...」
「...」
「今もこうして、おまえに抱きしめられていても、特に違和感がない。むしろ、心地よくて...」

渋沢を見つめる不破の瞳が揺れた。

「気持ち悪いだろ、渋沢? いくらおまえが優しいからといって、これ以上、オレに合わせなくても...もう良い。ムリするな。」

やや自嘲気味に、不破は口唇の端を吊り上げて笑うと、今度こそ渋沢から離れようと、その胸を押し返した。

しかし。

「渋沢!?」

不破が驚きの声をあげた。
ぎしりと勢いよく軋んだスプリングの音が、部屋中に響く。
離れようとした不破の身体は、思いっきり渋沢に押し倒されて、ベットに張り付けられるような格好になっていたのだ。

「...らしくないよ...」
「えっ?」

低い、渋沢の声が、不破の耳に囁かれた。
渋沢から見下ろされるかたちになって、不破はただひたすら目を見開いて渋沢を凝視している。

「渋沢、何を...」
「君らしくない...不破くんらしくないよ! そんな考え方!!」
「!?」
「君がそんな風にオレのこと見てたなんて...オレは、ムリなんかしてない...っ!!」
「渋沢...?」
「君はもっと堂々としていればいい! オレはムリしていないから...」
「...」
「オレは...オレは君を暖めてあげたいと思った! 君が寒そうだから...君を抱きしめたあげたいと思った。守ってあげたいと思った! 君は同じ男だけど、それでも、オレは...」
「...」
「オレは君を....精一杯、守ってあげたい...オレは君が...」



好きなんだ...


告白。

始めて告げられた、渋沢の気持ち。
不破は、ただ驚きで目を開いているだけで...


凍り付くような寒い夜。

まるで、時間も凍り付いてしまったようだ。


ふと。

渋沢が微笑んだ。


「君こそ気持ち悪くないかい? オレは...いつも君のことを見ていたよ。けどね、オレは自分の性癖云々、卑下しないよ。だって、オレは君しか見ていないから。同性だからどうだとか、オレはそう思わない。オレは...君だから好きになった。」
「...」
「好きになるのに理由なんか要らないんだよ。オレは君が好きだ。君はどう思っている? ただの世話好きな優しいキャプテン? それでもいいけど...でもね、やっぱりオレはそれだけじゃ嫌なんだよ。」
「...」

渋沢は、瞬きさえも出来なくなった不破の頬にそっと右手を添えた。

「本当は...もう少し時間をかけて、君に伝えたかった。でも、君が凍えてしまいそうだから...」
「...オレがどうして凍えてしまうそうだと思うのだ?」
「えっ?」

不破がようやく口を開いた。ふいを突かれて、渋沢が一瞬怯む。
その隙に、不破は軽く口唇の端を噛みながらまた口を開いた。

「オレは...モノ欲しそうにみえるのか?」
「ち、違う! だから、どうして、そんな風に考えてしまうんだ!?」

大声をあげる渋沢を、不破は寂しそうな瞳で見上げている。
不破は、大きく溜息を吐いた。

「何故だろう...オレはどうかしてしまったのかもしれない,,,」

不破は両腕をゆっくりと渋沢の頭の後ろへと回してきた。
自然と、渋沢の顔は不破に近づいて、微かな不破の呼吸が渋沢の頬にかかってくる。

「おまえの気持ち...気づかなかった...」
「不破くん?」
「...嬉しいと思う...」


ありがとう...


不破の瞳が微かに揺れて...微笑んだ。


これが合図になった。


今度こそ、渋沢は限界だと思った。

愛しい彼に自分の気持ちを告げて、それが拒絶されていないのだから。
けれども、渋沢の脳裏には、金色の髪を持つあの男の影が浮かんできて...消えた。

もう考えるのはやめよう。
今は、目の前にいる彼だけを見つめていよう。
彼がこれ以上、苦しまないように、不安にならないように...怯えないように。


守ってあげたい

だから

証が欲しい

その誓いを君の身体に...


最初は啄ばむように、触れ合うだけの...口唇。
不破が拒まないことを確認すると、さらに深く重ね合う。
眩暈を起こしかけながらも渋沢は、不破の口唇を貪り始める。


ずっと欲しかった。
欲しくて欲しくて、堪らなかった。

彼が欲しかった。
誰にも...もう、あの男にだって渡さない。



渋沢の舌の進入に、一瞬、不破の身体が震えたが、それでも拒まなかった。
大人しく、渋沢に従った。されるようになっていた。
だが次第に、その動きが激しくなり、絡めとられ、口腔内を蹂躙されると、不破の口唇から微かな声が漏れてきた。

小さな喘ぎ声...それでも、渋沢を追い上げるには十分で。

渋沢の大きな掌が、不破の着ていた上着を剥ぎ取りTシャツを捲り上げると、不破の白い素肌へと指先を滑らせた。
そのまま口唇を不破の首筋へ強く押しあて、吸い上げて、強引に己の所有印をつける。

「あっ...あぁ...!!」

不破が思いっきり身体を仰け反る。
渋沢は深く息を吸い込むと、不破の首筋からその胸元へと、さらに所有印をつけていく。


もう...止められない...


不破は抵抗しない。拒まない。
それが渋沢の行為を、さらに煽り立てる


渋沢の掌が、口唇が、不破の上半身を滑り落ちて、不破の中心へと、最奥へと向かい始めた、その時。


不破の身体が凍りついた。


凍り付いて...口唇を震わせて、窓の外を見つめている。


窓の外?

違う...不破が見ているそれは...



窓ガラスに映った、己の姿態。

浅ましく情欲にかられた己の身体。


そして


後ろに...誰かいる...


誰かが、じっと自分をみつめている...



不破はガラスに映ったその影を確認する。
確認して...もう一度、身体を、心を、凍り付かせる。



おまえは...っ!!



叫び声は出なかった。

相手の名前が言えなかったから。

知っている...けれど知らない...

彼の名前が呼べない



渋沢の動きが止まった。


「不破くん...?」


不破は口を押さえて震えている。その瞳には涙が滲んでいる。
渋沢は驚いて起きあがると、不破の身体をぎゅっと抱きしめた。


あいつが...見ている...


「どうしたんだ? 不破くん?」


渋沢には見えない。

これは幻影。
窓ガラスに映った幻影。


不破が見たまぼろし。


それでも、不破は怯えて...


窓ガラスに映ったあいつは、薄ら笑いを浮かべて、不破と渋沢の、淫らな姿態を見つめていて...


例えそれが幻でも、不破は身体中を震わせて、怖れていて...


怖れることなど何もない。
間違ったことなどしていない。
けれども不破の身体は震えて...怯えて...


あの男の呪縛から逃れられない。


渋沢が不破の身体を抱きしめた。
震えないように...怖がらないように...怯えないように...


渋沢は、不破が何を...何故、怖れているのか全てを理解できていなかった。
それでも渋沢は、不破を受け止めようとしていた。
不破の全てを...丸ごとを、受け入れようと思っていたから。


渋沢の腕の中。


不破は黙って抱かれたまま...窓の外を見つめていた。


凍えるような寒い夜。


窓ガラスから、あの幻影が消えた。


消えた場所には、細い三日月。


あれが、幻をみせていたのか?


不破は、自分のからだを抱きしめてくれている渋沢に気が付く。
暖かくて...優しくて...何処までも、自分を包み込んで...

このまま、渋沢に抱かれたままでいられれば良いと思った

何もかも忘れられる...あいつのことも...

もう、これ以上...関わりたくない...あいつの自由になりたくない...

けれど、それは...勝手な想い...我が儘だ...身勝手すぎる...


不破は抱きしめられていた身体を、そっと引き剥がすと、静かに身繕いを始めた。
渋沢は呆然としながら、その様子を黙って見ている。

不破は着替え終わると、ベットから静かに立ち上がった。


「風呂....行ってくる...」


自分のカバンから荷物を出すと、不破は部屋の出口へと走り出した。
だが、不破の身体は、瞬時に渋沢に捉えられる。
藻掻いて...でもすぐに不破は渋沢の腕の中で大人しくなった。


夜の窓ガラスは、鏡のようだ...


今もこうして、渋沢の腕に抱かれている自分の姿が見える。


浅ましいと思う。淫らだと思う。
それでも、渋沢の腕を引き離せない自分がいる。


この暖かい腕を欲している自分がいる。
あいつに囚われながらも、こうして別な場所を欲しがっている自分がいる。


どちらも自分なのだ。
自分で決めなければ前には進めないのだ。


「不破くん...」

耳朶を打つ優しい声。暖かみのある低音。

「ごめん..無理強いして...ごめん、もうしないよ、だから...」

抱きしめる腕に、より強く、力が込められる。


嫌いにならないで...


渋沢の大きな背中が微かに震えた。
不破に嫌われることを怖れて、渋沢が怯えている。

不破は黙って、渋沢の背中に両腕を回した。

怖れているのは不破の方だ。
この腕を失いたくないと、欲しがってはいけないものを欲しがっている。


「渋沢、オレは...」



月さえも凍れるほど寒い夜。


寒い夜だから...

この暖かい腕が、この場所が...手放せない。


寒い夜だから...

この腕がなければ...凍えてしまう...


寒い夜だから...

この腕の中に隠して欲しい...あいつから...




FIN




☆ ―――――――――― ☆


あとがき

力尽きてますね(苦笑)。シゲの幻影(亡霊!?)が出てきた辺りから...と自分では思ってます。
どうにも仕事が遅いです。困ってます。ぼーっと考えている時間が恐ろしく長いです。
いざ書こうとして、いきなり、つまづいてしまうことも、しばしば...要は...練りすぎ?
もう少し、えい! やぁ! って行きたいもんです...

実は、これ、10000hit記念の「伝わらない想い」の続編で書き始めたんですが...
渋沢に手を出させたくて、書き始めたんですけど、見事に失敗してます!?
やっぱ、渋沢は難しいですね、なんつーか、不幸が似合いすぎて、こういう色気のある場面は、ちょっと...
シゲだと、妙に、はまるんですけどね(殴)。
ムリがありました。ホントに駄文だぁ!!と猛反省!!

にもかかわらず...これの続編、書き始めました。

おいおい...これ以上、自分の首、締めてどーする!?
作品の年末大掃除が全然、はかどりません。このまま2002年に突入しそうです...(泣)。

来年こそは、ちゃんとしたいです(何をだ???)


☆ ―――――――――― ☆

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