さよならなんかは言わせない 僕らはまた必ず会えるから
輝く時間を分けあった あの日を胸に今日も生きている



――――― 行ってくるね


そう言って、風祭は、いつもの笑顔で旅立っていった。車椅子に乗ったままで。其れを押していくのは、彼の兄。
空港のロビーで大勢の仲間に見送られながら、風祭の...新たなる闘いへの旅立ち。


――――― 最後まで諦めない


小さな背中は、いつも、そう語っていた。不破にとって、フィールドの中では、彼の背中しか見えなかったから。
試合が終わらなければ、彼の笑顔は見ることは出来なかった。だからこそ、風祭の笑顔は特別だった。

サッカーを始めるきっかけになった、あの笑顔。その真相が知りたくて...不破を此処まで引っぱってきた彼の笑顔。
その笑顔が、あの試合直後、死人のように化した瞬間を、不破は忘れることは出来ない。

サッカーすることが出来ない。其れは彼にとって、死を宣告されたも同様だったから。
それでも...彼は『最後まで諦めなかった』。彼の足を治療する手段を、彼と同じように功兄も諦めなかった。
そうして見つけた、僅かな望みをかけて、二人はドイツへと旅立っていくのだった。

出発ゲートをくぐって、風祭と功兄の姿が、人混みの中にゆっくりと消えていった。

其れを確認した途端、不破の傍らから深い溜息が漏れ聞こえてきた。くるりと顔を向けると、水野と目が合った。
水野は、やや頬を紅潮させると、また軽く吐息を漏らした。

「行ったな...」
「あぁ、行った」

もう風祭の姿は見えないのに、水野はまだゲートを見つめ続けている。不破は黙って、その水野を観察していると、高井達が、これから何処かへ寄り道しようと相談している話し声が聞こえてきた。

「おい、水野、これから、どーする?」
「これから?、あぁ、オレは帰るよ」
「ふーん、不破は?」

珍しく高井から声をかけられて、不破は少し目をぱちくりしながらも、「オレも帰る」と即答した。素っ気ない二人の答えに、高井は肩をすくませると、森長や他のメンバーと、また相談し始めた。そんな彼らに、「じゃあな」と軽く挨拶して、水野はこの場を離れた。同じく、不破も水野とともに歩き始めた。

空港内に、風祭達が搭乗する飛行機の案内が響き渡る。ふと、窓の外をみれば、滑走路を銀色の比翼が行き交う光景が、目の中に飛び込んできた。あの飛行機のどれかに、風祭は乗り込むのだろう。そうして...しばらく逢う事はないだろう。
完治するまで、何年かかるのか...それでも、きっと風祭は帰ってくる、必ず帰ってくる。

足をとめて見上げた、窓の外。抜けるように蒼い空、そして、ぽっかりと浮かんでいる白い雲。冬がもうじき、終わりを告げようとしている季節の中、その眩い光に不破が目を細めていると、いつのまにか水野はさっさと歩き出していた。不破は、水野の後を追いかけるつもりはなかったが、自宅へ帰るならば方向は同じである。視線を窓の外から、混雑しているロビーの中へと移すと、不破は、ある程度の距離を保ったまま、水野の後をついていくような形になった。

その距離を保ったまま、二人は無言で、桜上水の駅へと降り立った。ここからは、互いに別方向へとなる。

(えっ...?)

水野が驚いた。不破が歩き出した方向が、彼の自宅の方向ではなかったからだ。不破の背中を凝視していた水野は、ふいに何かに背中を押されたかのように、ふらふらと不破の後をついていった。今度は、水野が不破の後を追いかけているような格好になりながらも、二人がやって来たのは...学校近くの橋の上。

風祭がいつも練習していた河川敷が、眼下に見える。夕暮れが近づいているせいか、川面がきらきらと赤く輝いている。
この橋から、不破は風祭と一緒に川へ落ちた、と聞いたことがある。それがキッカケで、不破はサッカー部に入ったのだと。

不破は無言で、遠くを見つめている。その横顔から、不破が何を考えているのか、水野には理解できない。
風祭なら分かるのかもしれないが...こんな近くにいながら、水野には、不破が遠くに感じられるのだった。

ほんの少しだけ...歯痒いと思った。その時だった。

河川敷の枯れ草の中で、何かが光ったような気がした。水野が其れを確かめようと、顔を振り向けた。すると突然、不破が歩き出した。不破の背中と、光った方角を交互に見ながら、水野は暫しぼんやりしていたが、不破が河川敷の、其の光の正体に近づいた時、水野も其処を目指して足を動かした。ゆっくりと歩く不破に対して、水野はやや小走りになった。だから、ほぼ同時に、不破と一緒に河川敷へと降り立った。

「おい」

先に声をかけたのは、不破の方だった。

「あらま、二人揃ってどないしたん?」

足元の草むらに寝転んでいた、金色の髪の持ち主は、二人を見上げながら、にかっと笑った。
光って見えたのは、彼の首にかけられたチョーカー。彼にとっては、お守りらしい。

不破が、ゆっくりとシゲの横に座り込んだ。其れを見た水野も、不破とは反対側、シゲを挟み込むような形で、草むらに腰を下ろした。春が近いとはいえ、夕方になれば、まだまだ寒い。河川敷を吹き抜ける風は、冷気を含んで、三人が吐き出す吐息を白く濁らせた。

「風祭を見送ってきた」
「...さよか」

一陣の冷たい風が吹いて、思わず三人は肩をすくめた。

「ずっと...」
「ん?」
「此処にいたのか?」

水野がようやく口を開いた。シゲは、「まっさか!、この寒い中...」、そう言って笑い返した。けれども、それは寒さ故なのか、とても力無いものに思えた。シゲらしさがないと思った。

「弱音を吐くなら...聞いてやるぞ」
「あん?」

不破が、シゲの顔を覗きこむように見下ろした。

「風祭と別れることが悲しいのだろう?」
「...」
「だから見送り来なかった、ずっと此処で一人でいた」
「...」
「意外だな、おまえにしては...」
「さよならなんか言わへんもん」
「ん?」

シゲは目を閉じて、ゆっくりと深呼吸した。吐き出された息が真っ白く、風に流されていく。

「自分でも馬鹿やと思うたけど、これ、ホンマの気持ちやから」
「シゲ、おまえ...」

不破との会話を黙って聞いていた水野、その言いかけた言葉を遮るかのように、シゲは大きな瞳をぱっと見開いた。

「不破の言うとおり、滅茶苦茶、悲しくて嫌や思った。せやから見送れなかった」
「...」
「オレかて、結構、可愛いトコあるやろ?」

「風祭の怪我は、おまえのせいではない」

不破の一言に、水野は、はっと顔をあげた。不破の瞳は、シゲをじっと見つめている。シゲも睨み返すかのように、不破から視線を外さない。一瞬の睨み合い、けれども、意外にもその鋭さを緩めたのは、不破の方だった。

「試合中の...事故だ」
「...」
「風祭の精神力の強さに、風祭自身の身体がついていかなかった」

太陽が沈みかけたのだろうか、辺りが夕闇の暗さを増してきた。


「だからあいつは、きっと...もっと強くなって帰ってくる」


夕暮れの空、瞬き始めた星の中で、飛行機の点滅する赤い光が、ゆっくりと動いていくのが見えた。風祭が乗った飛行機は、すでに飛び立っている。あれは何処へ向かうものだろうか...その動きを、黙って三人は見送っていた。

「そうやなぁ」

沈黙の均衡を破ったのは、シゲだった。冷たい外気を思いっきり吸い込んで、シゲ口唇がまた動いた。

「カザに会う前は、なーんも無かった...目的も夢も...ぜーんぶ、ええ加減やった」

シゲが軽く上半身を起こした。

「あやふやに暮らしとった、どーでも良かったんや。せやけど、それが、滅茶苦茶、変わってしもうた」

夕暮れの太陽は、沈みかける最後の光を地上へと投げつけてきた。その僅かな一瞬だけ、辺りが赤く染まった。

「オレは京都に戻る」

水野がシゲの横顔を見つめた。それに気がついたシゲが、水野に対して軽く片目を閉じた。

「もう、藤村茂樹やし」
「...」
「今までかて、おかんのスネかじって、東京におったけど、今度は、おとんのスネかじって、サッカーやるねん」

シゲは空を見上げた。

「結局は、スネかじりの、まだ子供やからしゃーないけど」
「いつ、京都へ戻るんだ?」

水野がようやく口を開いた。

「んー、もうじき3年生になるから、新学期からやな」
「そうか...」
「区切れもエエし...FWが二人も抜けてしまうけど、どーにか、なるやろ?」
「...」
「オレ、もっと強くなりたいから」
「おまえがか?」

不破も口を開いた。息が白く濁って、不破の表情が隠れてしまいそうだった

「おまえは、今でも十分、強いと思えるのだが」
「まだまだや」
「???」
「カザに比べれば、まだまだやっ!」

シゲは、よっこらせっと上体を完全に起こすと、軽く首を左右に曲げた。

「あいつに比べたら、な」
「...」
「関西の監督が、オレのこと『カリスマ性がある』みたいな事、言うとったけど、オレなんか、カザの足元にも及ばんことが、よーわかったわ、あの試合で...それに!」
「ん?」
「あの試合、関西が勝ったけど、ホンマの勝負はついとらんからな」
「風祭との事か?」

不破の言葉に、シゲは、にかっと笑った。

「それもあるけど、不破からゴール、取れへんかったからな」
「当然だ」

不破が、むっとするような顔をした。

「ただ、突っ立っているだけではないのだぞ」
「そりゃそーやけど...不破、サッカー、続けるか?」
「ん?」
「カザがおらんようになってしもうたけど、それでも、サッカー続けるか?」

シゲの大きな瞳が、不破の瞳を覗き込んだ。その瞳の中に自分の姿が映っている、当然の事なのに、不破は新鮮な驚きを感じた。シゲの瞳が、風祭や水野だけではなく、自分の事をみていたことに、気がついたからだ。

「無論だ」

不破は動揺を見せまいと、ふぃっと顔を目に向けた。川面が鈍い光を放っている。

「渋沢を倒すのはオレだから」
「はい?」
「渋沢との決着がまだついていない」
「...あっそ...」

シゲは苦笑いをすると、今度は水野の方へと顔をむけた。

「たつぼんは、どないするねん」
「えっ!?」

いきなり話題を自分へと向けられて、水野はぎょっとしたが、シゲの意外にも真面目な質問に、軽く咳払いをしながら答えた。

「オレは、此処にもう少し残ってみる事にする」
「もう少し?」
「あぁ、悔しいけど、親父の言うように、優秀な選手を作るには、それなりの環境が必要なんだってことがよく分かった」
「ふ〜ん」
「でもっ! だからって、親父のところへ行く気はない」
「あらま、素直やないね」
「別にそう言うワケじゃない...ただ、もう少し時間が欲しい」
「時間?」
「風祭がいなくなって、これからどうすればいいのか、一番、動揺しているのはオレだろうから」
「...」
「あともう少しだけ、これからの自分の事を考える時間が欲しい」
「けど、うかうかしてられへんで?」」
「わかってる、だから、あともう少しだけ...風祭が残していった桜上水サッカー部を、このまま終わらせたくないから」
「たつぼん?」
「オレもシゲと同じだよ、あいつが転校してこなければ、オレは...」

夕陽が沈んでしまったようだ。残照を残しながらも、景色は、春まだ浅き夕闇に包まれてしまった。

「京介の調査では...」
「「へっ?」」

突然、不破が喋りだしたので、シゲと水野は、一斉に不破へと顔を向けた。

「風祭兄弟が、よくも、あれだけの名医を捜し出したものだと感心していた」
「「...」」
「京介から分厚い資料を見せられた...まだ半分も読んでいないのだが、風祭の足が治癒するのに、2,3年はかかるであろう、と推測される」
「直るんか?」

シゲが目をぱちくりしながら、そう言った。不破は其れに対して、こくりと頷いた。

「京介の調査では、そう締めくくられていた、つまり...風祭は、遅くとも2002年には日本に戻ってこれるであろうと」
「「...」」
「サッカーが出来る身体に戻って」

「面白いやんけ」

不破の台詞を、シゲが遮った。

「2002年、ゆーたら、ワールドカップの年やないか、そないな時、戻ってくるんか、カザは」
「あぁ、京介の推測が正しければ」


――――― 風祭が戻ってくる...多分、もっと強くなって!!


「ほな、ますます、うかうかしとられへんなぁ」

シゲはそう言うと、立ち上がって背伸びをした。

「さぁてっと!、戻って、荷物まとめなあかんな」
「いつ、帰るのだ?」

不破も立ち上がり、コートについた枯れ草を軽く叩き落としながら、そう聞いた。

「う〜ん、早ければ、来週かな?、荷物はそれほど無いんうやけど、手続きとか、めんどーな事が多いから」
「そうか...やっぱり帰るのか」

水野もゆっくりと腰をあげて、ふぅっと息を漏らした。

「なに? オレがおらんと寂しい?」
「べっ! 別に! そんなワケじゃ...いや、やっぱり寂しいかな?」
「たつぼん?」
「風祭が転校してくる前、シゲとサッカー出来て...こいつならって思った時期があったからな」
「あぁ、あん時は、オレも、もう少しサッカーしたかったんやけど...まっ! 昔の事やて、なっ!」
「そうだな」

「見送りは必要ないか?」

水野との会話の間に、不破が割り込んできた。珍しい事もあるものだと驚いたシゲだったが、すぐに、にかっと笑った。、

「オレには要らへんよ、けど...」
「ん?」
「不破センセーの見送りなら、大歓迎っ!」

大きな声でそう言うと、シゲは正面から不破に抱き付いた。其れを見た水野は、とっさに足でシゲの背中を蹴飛ばした。

「いったぁ〜っ!! 何すんねんっ!?」
「あのなぁ...シゲ、おまえってヤツは...」

油断もスキもあったもんじゃない...と、一人拳を握り締める水野。蹴飛ばされながらもシゲは、しっかり不破から離れない。不破はといえば、抱き付かれて、ただひたすら目を大きく見開いて、考察中といったところだろうか。


この三人の姿を、風祭が見たら、どう思うだろうか?
いつも、皆の中心にいた風祭、彼がいたから、此処まで来れたのだ。
けれど其れを失っても、風祭がいなくても...こうして笑いあうことができる。

「あ〜っ! 三人で何してるのぉ!」

と、遠くから風祭が、笑いながら走ってきそうな気がした。


それは、いつの日か、必ず訪れるであろう...
皆で一緒に、笑い会える日が、必ず来ることを信じて...っ!


風祭の旅立ちは、彼らの旅立ちでもあった、それぞれの道を進むための...新たなる闘いへの旅立ち。




さよならなんかは言わないで 弱音を吐くなら さあ聞いてやる
昔のことだけ輝いてる そんなクラい毎日は過ごしたくない
さよならなんかは言わせない 淋しそうに太陽が沈んでも
小さな星で愛しあった 君は今もきっと笑っている





おしまい

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真面目に描くのって、とっても難しい事に改めて気がつきました(苦笑)。それに何だか照れくさい(ははは...)
実力を試されているようなカンジです...ちょっと重苦しいですが、これも修行ですから!
頑張ります、体力の続く限り!!


date:2002.12.5

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