雪が降る前に



雪が降るまえに
ふたりを巡り逢わせて
いとしい思いだけ
届いて




「ねぇねぇ、不破くん、ここのトコなんだけど...」

将が指さした教科書のページには、何やら難しい公式がずらりと並んでいる。
どうやら、数学のようだが、将にとっては、不謹慎ながらも、今は学校の勉強などどうでも良い。

不破と二人でいられる。

それだけが、今の将には全てと言ってもいいほどだ。

満ち足りた時間。
本当は勉強などで費やしたくないのだが、それでは不破が納得しない。
頭脳明晰な彼は、時間の使い方に大変キビシイのだ。
少しでも無駄というものを省くために、彼の頭脳はフル回転している。

「それは...」

ペラペラと喋る不破の口唇の動きを見とれてしまって、将は思わずぼんやりしていると...

ぴしっ!

輪ゴムが将に額に飛んできた。
痛くて、声も出せずに額を押さえていると、ぬっと不破が顔を覗いてきた。

「おい?」
「ふ、ふぇっ?」

将があまりにも情けない声を出したので、不破はびっくりしている。

「か...風祭??」

本当に痛かったのだ。少しだけ涙目になっている将に気が付いて、不破が何やらじたばたと慌て始めている。
その様子が可笑しくて、将は痛みも忘れてくすくす笑った。
将が笑うので不破がきょとんとすると、将は額をごしごし撫でながら、いつもの笑顔を不破に向けた。

「ごめんね、不破くん! せっかく、教えてくれてるのに、ぼんやりしてて...」
「...」
「でも...輪ゴム飛ばすの、誰に教わったの?」

聞かなくても分かることだ。だけど、不破の反応が見たくて、わざと聞いてみた。
不破はちょっと首を傾げると、「...佐藤...だな? 多分...」と答えた。
それは、将の予想どおりの答えだったけれど、やはり将にとって...面白くない。

指でピストルのような形を作って輪ゴムを飛ばすのは、シゲがよく授業中にやっていることだった。
シゲと同じクラスの将は、よく知っている。だから、聞かなくても分かっていた。けれども...聞きたかった。

不破の口から、シゲの名前がでることを。
何故か、確かめたかったのだ。

そう...不破は...『佐藤』と呼んでいる。

「やっぱり! シゲさんだよね!! クラスでもよくやってるからさ!」
「佐藤が?」
「うん! 授業中、よくやられちゃうんだ! つい居眠りなんかしてると...」
「佐藤の方がよく寝ているような気がするのだが?」
「えっ? う〜ん...多分...お互い、いい勝負かな?」

へへへへ...と、将が頬を掻きながら笑うと、不破も微かに笑った。



おまえの笑顔の真相が知りたい。


そう言って、不破がサッカー部に入ってきたのは、今年の5月だった。
最初は驚いてしまって、一時期、将は笑うことが上手く出来なくなったことがあった。

意識してしまったからだ。

不破の視線を、不破がそばにいることを、将はとても意識してしまった。
他人にじろじろ見られることは、場合によっては気分が悪くなるときがある。
けれども、不破の瞳に、不破の態度に、将は嫌悪感など抱かなかった。
むしろ、それが妙に気恥ずかしくて、嬉しくて、将は自分から不破のそばにいるようになった。
不破は将の笑顔を『観察』しているだけなのに、彼の瞳に心臓が高鳴り始めてしまったのだ。

上手く笑えなくなった将に、不破はぽつりと言った。

「おまえが笑えなくなったのは、オレが原因か?」

確かに、不破の瞳が原因だ。不破は、自分が将を観察していることが嫌なのか? と聞いている。
違う、そうじゃない。将が上手く笑えなくなった原因には、もっと違った意味が含まれている。

将は...不破に『恋』してしまったから。

将の頬が赤くなり、慌てて、不破の言葉を否定した。

「ち、ちがうよ! そんなんじゃないよ! ボクは不破くんが...っ!」

本音を言ってしまいそうになって、将は咄嗟に口を押さえた。
不破は目をぱちくりさせながら将を見ていたが、すぐに軽い溜息を吐いた。

「始終うるさく見られているのは、やはり気分が悪いだな...済まなかった。」
「そ、そんなこと...そんなことないよ! ただ...」
「???」
「ちょっと、照れくさくてさ...」
「照れくさい?」
「うん、何て言うか...つい、その、いいトコ見せたくなって...」
「作られた笑顔など、見ても仕方ない。」
「へっ?」

不破は将の顔を、ぬっと指さした。

「作り笑いでも愛想笑いでもない。本物の、おまえの笑顔を、オレは見たい、知りたいと思う。」
「不破くん?」
「これは...おまえの事が知りたい、という意味かもしれないな?」
「!?」

不破の台詞は、相手が異性であれば立派な告白に違いない。
けれど、不破の目の前にいるのは、同性である。だから、不破だって、これが告白だなんて思ってない。
不破はいつも無表情な顔で、将が飛び上がって喜んでしまうことを平気で言っているのだ。

不破はまた軽く溜息を吐くと、

「おまえが嫌なら、あまりそばには...風祭!?」

そう言いかけた不破の腕を、将がしっかり掴んできた。
驚いて目をみはる不破に、将は今までのぎこちない笑顔とは、うって変わった笑顔で不破を見上げた。

「嫌じゃないよ!!」
「....」
「ボクの方こそ、ごめんね! 不破くんは悪くないんだから! 気にしないでよ!!」
「風祭?」
「だから....一緒にいよう、ね?」

見上げてくる将の笑顔を黙って見つめていた不破が...ほんの少しだけ嬉しそうに笑った。
将にとって、初めてみた不破の笑顔だった。この笑顔こそ、将が知りたい笑顔だと思った。
知りたいのだと、不破を笑顔にさせたいのだと...不破の笑顔が欲しいのだと。

そして、この日から、将の闘いが始まったのだ。



「どうした? 風祭?」
「へっ?」

ぼんやりと回想モードになっていた将の顔を、不破がまた覗き込んできた。
今度は、将の方が慌てて、じたばたしていると、不破が不思議そうに首を傾げている。
すると...

ぱたん。

不破が教科書を閉じた。
将がきょとんと不破をみると、不破はごろりと横に寝転んだ。

二人は、こたつに入って向かい合って、勉強していたのだった。

将の家...正確に言えば功兄のマンションには、和室はない。
しかし、リビングの一角に、申し訳なさそうに畳が4枚半ほど敷かれている場所があった。
リビングの床より一段高くしつらえたその場所は、若い世代には無用なものに感じられる。
だが、日頃、使われていない、デットスペース扱いのその場所に、昨晩、こたつが居座ったのだ。
九州に出張中の両親が、突然、来訪してきたかと思うと、「東京は寒い!」といきなり叫んで、近くの店から購入してきたものだった。
年輩者には、この一角では物足りないらしいが、それでもこたつをしつらえて座りこみ、熱い茶を啜れば、ほっとするらしい。
両親がくつろいでいるのを見て、将と功兄もいつの間にか、狭いこたつに足を突っ込んで、のんびり互いの近況などを話し合ったのだった。

今日は、その両親と功兄が揃って出掛けてしまった。
珍しく将は、お供を許されなかったのだ。それも、そのはず。おそらくは...見合いであろう。
功兄は黙っていたが、大人しく両親に従っているところを見ると、多分、相手は余程の美人か、もしくは断りきれない相手、つまり親の顔を立てなければならない相手なのだろう。
大人の付き合いって大変なんだな...などと、将は心中、功兄を思いやりながらも、身を固める良い潮時なのかも?と思った。
けれどもし、功兄が結婚したら、自分は此処にはいられなくなる、そうしたら、どうしよう?
先行きを不安に思いながらも、将はしっかり電話を不破にかけていた。


「今日、一緒に勉強しない?って言うか...勉強、教えてくれない??」


日曜日の今日は、練習が休みだった。
いつもしつこく不破につきまとっている(?)シゲは、週末のたびに何処かへ出掛けているらしい。
噂では『コレ』のところらしいが、実際は違うのだろう。将は、勘付いている。
シゲがそう簡単に不破のことを諦めるはずがない。諦めてくれているなら、とっくに不破と将の仲は進展しているからだ。
学校、昼休み、部活、放課後、などなど、週末以外は、全て邪魔されている将だった。
もっともシゲにとっても将は邪魔な存在なのだろうが...。
シゲが週末いなくなる理由は、誰も知らない。けど、『コレ』のトコではないことだけは確かだ。
余計な詮索はしないが、ちょっと気にはなっている。だが、これで週末だけはシゲに邪魔されない。
シゲがいなければ、あとは...水野だ。
練習が休みの日は、ほとんど図書館で過ごす不破だった。それに便乗して(?)、いつも水野がやってくる。
将と違って水野の場合、彼の成績なら十分、不破についていけるのだ。
時々、不破の方が水野に訊いている時もあるくらいで、そんな時、将は二人に取り残されているような気分になる。
なんか悔しい...そう思っても、こればかりはどうしようもない。
けれど、ぼんやりしていると、不破がすぐに気が付いて、将の面倒を見てくれる。
意外と面倒見の良い不破に、今度は水野の方が綺麗な眉を吊り上げて黙りこんでしまうのだった。
しかし、そんな水野も今週末は、珍しく家の用事があったらしく、いつもの図書館での勉強会はなくなった。
シゲと水野がいない。
となると、あとは...武蔵野森。
友人に聞いたところによると、今週末、武蔵野森は後輩を指導するため、部内の紅白戦を行うらしい。
となれば、当然、渋沢や三上、藤代に...今週末は忙しいはずだ。
武蔵野森が大丈夫なら、あとは...ええぃ! もう、いいや、とにかく不破を此処へ呼ぼう!!
将が急いで不破に電話すると、二つ返事がすぐに返ってきた。
それから30分も経たないうちに、将の家のインターホンが静かに鳴った。
こうして、将は不破と二人だけの時間を、誰にも邪魔されない時間を、手に入れたのだった。

しかし。

ついつい嬉しさのあまり、不破に見とれていた将は、どうやら不破のお怒りをかってしまったらしい。
教科書を閉じて寝転んでしまった不破の横顔を、将はおそるおそる覗き込んだ。
目を閉じて...眠っている?
すると。

「休憩。」

一言、不破が呟いた。

「あ、あの、不破くん...?」

将がおどおどしているので、不破はぱっと目を開けて、将を見上げてきた。

「少し休もう...確かに、これは気持ち良いな...」
「へっ?」

驚く将に、不破は目を擦りながら微かに笑った。

「こたつ。」
「???」
「なかなか気持ちが良いものだな。ウチではじーさんの部屋にあったと思うが、足の踏み場もないほど散らかっているので使ったことがない。しかし...根っこが生えそうだな?」
「くすくす...そうだね、コレ、昨日の夜、お父さんが買ってきたんだけど、気が付いたら家族みんなで入り込んじゃってさ、此処から出れなくなっちゃったんだよね。」

可笑しいよねぇ? 将が笑っているので、不破もまた笑い返した。
微かだけど、不破を知らない人が見たら、とても笑っているようには見えないほど、微かなのだけれど。
不破は将の前ですこしずつ笑うようになってきた。もちろん、不破の笑顔は他の人達、同じサッカー部員達にも見せることがある笑顔だったけれど。
それでも、こうして二人だけでいる時に見せてくれる笑顔が違うように思えるのは、自分の良からぬ願望が強いからだろうか?

将はリビングのソファーから細長いクッションを手に取り上げて、そのままするりと不破の横に入り込んだ。
不破がちょっと驚いた顔をしたが、将はにっこり笑ってクッションを差し出すと、一緒にごろりと寝転んだ。
将が持ってきたクッションを二人で半分ずつ使うように寝転んで、不破は天井を、将は窓の外を見ている。

晴天かと思えた蒼空は、いつの間にか薄灰色の雲が広がって、今はどんよりとしている。
寒々とした空が、窓越しに見えて、将はふと思いついた。

「...もうすぐクリスマスだね?」
「ん?」
「不破くん、何か欲しいもの、ある?」
「欲しいもの?」
「うん! クリスマスプレゼントだよ!」
「?????」
「...って、まさか、サンタクロース、信じている?」

ぴしっ!

「いてっ! 痛いよ! 不破くん!!」

不破に『デコピン』されて、将が痛がりながら不破を見ると、かなり不機嫌な顔をしている。

科学で実証されないものが大嫌いな不破だ。
サンタクロースなんて信じているわけがない。

「おまえは信じているのか?」

不破がむっとしながら訊いてきた。

「えっ...そりゃ、小さい頃はもしかしたらって思ったけど、今は...ね?」

額を擦りながら答えると、不破がふと溜息を漏らした。

「クリスマスプレゼントなど貰ったことがない。」
「えっ!? そうなの!?」
「あぁ、記憶にないな。」
「じゃあ、もしかして、誕生日プレゼントと一緒になっちゃったとか...」

不破の誕生日は、12月31日。いわゆる『大晦日』だ。
こうなると、クリスマスも、誕生日も、もしかしたらお年玉も一緒になりかねないかも?
そんなアホな事を将が考えていると、不破がまた軽く息を吐いた。

「特別、何かを貰ったことなどないな。」
「...」
「クリスマスだから、誕生日だからと、特にどうってことはあるまい? 普段と変わらない。同じだ。」
「...」
「風祭?」

将が黙り込んで不破のことを見ているので、不破は見上げていた視線を天井から将へと移動させた。
睨み合いではないが、しばらく互いに黙って見つめ合うと、ふぅっと、将が息を吐いて、それから不破ににっこりと笑いかけた。

「今年のクリスマス、一緒に過ごさない?」
「ん?」
「ケーキ買って、御馳走食べて...その...二人だけで...」

最後の方は小さくて聞こえにくかったが、それでも、不破の耳にはちゃんと届いていた。


二人だけで。


妙にくすぐったいような響きだった。

不破がまた笑った。


「あぁ、構わないが...」
「ホント! 良かった!!」

将の顔がぱぁっと明るくなった。

「じゃあ、プレゼントは何がいい?」
「ん?」

またプレゼントの事を訊かれて、不破が不思議そうな顔をする。不破は、プレゼントを貰ったこともなければ、贈ったこともない。
寝転びながら首を捻って視線を宙に浮かしていると、にこにこしながら答えを待っている将の瞳にぶつかった。


将の笑顔。


一番知りたい笑顔は....一番...欲しいもの


けれど、それを口に出すには、さすがに気が退けてしまって...


咄嗟に口から出た科白は、自分でも笑ってしまうようなものだった。


「『こたつ』と『みかん』」


風祭が大きな声を出して笑っている。
その声を聞きながら、不破は目を閉じて言うべき大切な言葉を飲み込んだ。



それから....おまえの笑顔



「あっ...雪?」
「ん?」


窓の外。どんよりと曇った空から、白い粉雪が舞い降り始めた。
静かに降る雪を見つめながら、互いに胸の中に秘めた想いを告げることが出来ずにいる。
それでも、こうして窓の雪を二人で見ていると、何となくほっとする。


暖かい部屋から二人で見つめている雪は、とても綺麗で...

二人だから、きっと...


いとしい想いは、もうすぐ届くのかもしれない



FIN








あとがき


げろ甘ですな。プロットとはかなり違ってしまいました。
それに...書き上げるのに時間かかりすぎ!? 仕事、遅くて猛反省!!
しかし!! これでは、シゲや渋沢の出番ナシですね。水野なんかは、もう...(悲)。

トットと二人の世界を築いてシアワセになってください...ってカンジです。 (^^;

『こたつ』と『みかん』は冬の必需品だと思ってます。
年寄りと言われてもいいのだ!! でもって、これに『雪見だいふく』があるともっとウレシイ(?)




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