残照



夜中の12時近いというのに、このうだるような暑さ。日中の暑さが、この時間になっても、まだ残っているのである。
額や頬にべたつきまとう長い髪を掻き上げながら、藤村茂樹は駅のホームから、瞬くネオンの輝きをぼんやり眺めていた。そろそろ終電になりつつあるので、慌てた酔っぱらい連中が、ホームに駆け上がってくる。其れを横目に見ながら、シゲは軽い欠伸をした。今夜は、7月7日、七夕である。駅のホームにも、形ばかりの細い笹の枝が、駅の柱にぶら下がっている。

(七夕か...)

年に一度しか逢えない恋人の物語を聞いたのは、いつの頃だっただろうか。けど、生意気な子供だった自分は、そんな話を真面目に考えたことなど無かった。


年に一度しか逢えない恋人....


シゲは軽く溜息を吐いた。一年どころではない、ここ数年、彼には逢っていない、声すら聞いていない。当然だ、恋人でもなれけば、親友でもなかった。ただ...中学時代に、同じサッカー部だった、というだけの間柄だったから。それを、どうにかしたくて、卒業間際、必死にあがき続けて、それでも、彼にこの想いは伝わらなくて。

彼は何事にも動じない、彼には何も伝わらない...それは、風祭でもさえも、そうだった。

卒業していく彼の背中を、黙って見送り続けた。自分は、京都に戻らなければならなかったから。
連絡先を彼に教えた。彼は其れを黙って受け取って、「では、元気で」、彼なりに精一杯の言い方だったのだろう。
それしか、彼は言ってくれなかった。彼からの連絡は一切なかった。強引に自分から連絡してみれば、彼は素っ気なかった。

桜上水でも珍しい逸材だった彼の選択した高校は、そこらへんの高校とは異質なほど優秀でかつ凄まじかった。
生半可な気持ちでは脱落かねない高校だった。彼には珍しく必死だったようだった。他を構うほどの余裕がなかったのだ。
当然、サッカーは辞めていた。これでシゲだけではなく、他の誰とも、関わり合う事が減ってしまったのだ。それでも、風祭だけは、彼に連絡を取り続けていた。そうして、過ごした3年後、彼はアメリカの大学に行ってしまった。より遠い場所へ行ってしまったのだ。

シゲの手が届かない場所へ...。

ネオンが目に滲みる。シゲは、より一層深い溜息を吐いた。そして、自分が喉が乾いていることに気がついた。電車を待つ間、自販機で、何か飲み物でも...そう考えて、ゆるゆると歩き出した時だった。目指す自販機の前で、一人の青年が買い物をしていた。取り出し口から、飲み物を取りだし近づいてきたシゲに、その場を譲ろうと、歩き出した時だった。

見覚えのある横顔。夢にまで見ていた彼の横顔。其れが、今、シゲの目の前をゆっくりと通り過ぎようとしている。
咄嗟に、シゲは、彼の腕を掴んでしまった、彼は驚いて、振り返った。暫しの沈黙の後、口を開いたのは彼の方だった。

「シゲ...藤村か?」

シゲが腕を掴んだ彼は、紛れもない不破大地だった。中学を卒業して早数年、アメリカのどこぞのエライ大学生になった彼が、何故、此処に?、シゲの方もきょとんとして、話し出すべき言葉を見失っていた。すると、意外にも、彼の方がくすりと微笑んで、「偶然だな」と、吐息を漏らした。其れを合図に、シゲも不思議な呪縛から解放された。

「どないしたんねん、こないなトコで?」
「あ?、あぁ、今月は此方で研究の成果発表会のようなものがあるので、一時帰国したのだ」
「さよか...連絡してくれれば...」
「必要あるまい」

何をも受け付けない彼の態度に、シゲは苦笑いした。昔からそうだった。シゲを拒み続けた。否、シゲだけではない、あの風祭でさえも、彼の聖域に入り込めなかったのだから。

「おまえは...プロになったそうだな?」
「あ?、あぁ、いちおーな」
「そうか、良かったな...時々、風祭が手紙をくれる」
「さよか」
「風祭も念願のサッカー選手になれて、相当嬉しいようだな、いつも楽しそうな話を書いてきてくれる」

駅に電車がくる放送が流れた。シゲが乗る電車ではない。だが、其れは、不破が乗ろうとしていた電車らしい。

すなわち...此処で、すれ違い。

「おい?」
「あん?」
「何か飲もうとしていたのであろう?」
「あ?、あぁ」
「何が良いのだ?...コーラか?」
「へっ?」
「久しぶりに逢ったのだ、これぐらい驕ってやる」

意外な彼の申し出に、シゲがますます目を見開いた。けれども、電車が近づいてきたので、咄嗟にシゲは、

「ほな、カロリーゼロのコーラ!!」

と叫んでいた。彼は軽く頷いて、其れを買って、シゲに手渡した。
電車が、ホームに滑り込んできた。

「それでは...」
「...」

不破が電車に乗り込んだ。

その時だった。ホームの時計が12時の鐘を鳴らした。日付が変わったのだった。

「誕生日、おめでとう」
「へっ?」
「7月8日は、おまえの誕生日であろう?」
「...」
「では、失礼する」

電車のドアが無常に閉ざされてしまった。シゲの叫び声を吸い込んで、電車は走り出してしまった。
途中まで追いかけて、とても追いつけないと分かると、シゲは、その場に立ち尽くした。
駅員のアナウンスが聞こえてきて、今度は、シゲが乗ろうとして電車がホームへと入り込んできた。


すれ違いの...想い。


いつも、いつも、そうだった。


それでも、彼が自分の誕生日を覚えてくれていたことが、嬉しくて....。
やっぱり、彼の事が好きで好きでたまらなくて...諦めきれなくて。


滑り込んできた電車に、シゲも乗り込んで、発車するのと同時に、彼に買って貰った飲み物の封を開けた。
炭酸飲料だから、ぷしゅっと軽く音を立てて、其れは開いた。シゲは一口を、其れを飲んで、暗い窓の景色を見つめていた。

電車の中はクーラーが効いていて、ホームとは違って快適だった。それでも、シゲは先程の熱の余韻が覚めなかった。
ほんの僅かでも彼に出会えたこと。彼が自分の誕生日を覚えてくれていたこと。
シゲの身体の中心部分が熱くなってくる。この想いは、やはり止めることができない。


どうして、今でも、こんなに好きなんだろう、彼の事を。
どうして、忘れてしまえないのだろう、若すぎた日の恋なのだと。


もう二度と、取り返しのつかない恋なのに。
決して叶わぬ恋なのに。


窓から見えるネオンが次第に暗くなってきた。
都会の中心部を離れてきたからだ。


シゲは大きく深呼吸を一つした。



彼を今でも失い続けている...惨めな自分。

それでも


愛は今も 愛のままで
こんなに こんなに 胸を打つ
逢いたい 逢いたい あなただけに

信じて 信じてまた逢えるその日まで











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散文をさぼってまで、シゲの誕生日にあわせて書いた駄文が...これかいっ!?
あぁ、1,2時間で書き上げようなんていうこと事態が、無謀なのだ...
それでも、其れを更新してしまうのは...只ひとえに....シゲ、誕生日おめでとうっ!
それが伝えたかっただけでした。けど、駄文の内容は、シゲ不破のはずが、しっかり振られてますね。
ははは...これもアリかな?と...(殴)。


date:2002.07.08(Mon)


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