吹き抜ける風が、次第に強くなる。

午前中は小春日和で暖かかったのに、これでは、まるで春一番のようだ。
舞い上がる砂煙に、目を細めて、歩調を幾分緩めながらも、のろのろと歩いていく。

水野宅からの帰り道。

風祭と二人で、水野に誘われるまま、彼の母の手料理を食べに、家へと上がり込んだ。息子の友人を、わざわざ招くだけあって、腕前はなかなかなものだった。自分の母親とは随分と違うものだと、不破は半ば感心していたが、「フツーだろ?」と水野に素っ気無く言われて、やや納得できない面持ちで、彼の家を後にした。

風祭とは、途中まで一緒に帰ってきたが、今は一人で家へと歩いている。

今日は、桜上水中学の卒業式だった。式典は午前中で終わり、午後は部活も無かった。だから、水野宅へと昼食に招かれたのだった。明日は土曜日で、学校は休みだ。ついでに(?)、部活も休みなので、せっかくの連休を皆、家族や友人達と遠出するらしい。だが、不破には、特に予定は無かった。

ふと、空を見上げると、まだ、陽は高かった。何処かに寄り道をしても良いかもしれない。けれども、不破には特に行くあてはないし、思いつかない。仕方なく、いつもの無表情な顔で、黙々と歩き続けた。

「ん?」

不破の目の前を、黒い物体が素早く通り過ぎた。猫だ。真っ黒い猫だった。不破の目が、何気なく猫を追いかけた。
すると猫は、道路脇の大きな桜の木によじ登って、ぎろりと下を睨んできた。まるで、丁度、其処へ通りかかった不破を睨み付けるかのように。一瞬の睨み合いだった。だが、猫は瞬く間に、ひらりと桜の木を降りて、さらに垣根を越えて、その姿を不破の視界から消した。

(此処は...)

猫が姿を消した、正確には、垣根の中へと侵入していった其処には、大きな瓦屋根の家が見えた。否、家ではない。
正しくは、寺だ。そうか...此処は、佐藤茂樹の下宿先だったな。不破は、暫く、垣根越しに、寺の屋根を見つめていた。

これほど、天気が良いというのに、珍しく、彼が其処にいない。
ヒマさえあれば、彼は、いつも、あの場所によじ登って、寝転んでいるのだ。

シゲの姿が見えないことに、ちょっと首を傾げながら、不破は再び、歩き出した。また、風が強く吹いた。右手をかざして、目にゴミが入らないようにする。そのせいだろう、前方に人がいたことに気づかなかった。

どん!

互いの肩がぶつかり合った。

「あっ、わりぃ...って、不破やんか!?」

聞き覚えのある関西弁。目を覆っている右手を外さなくて、相手が分かる。
それでも、ゆっくりと手を下ろして、相手を確認した。

「佐藤か...」
「不破、今、帰りなんか?」

シゲは私服に着替えていた。彼だけは、水野宅に招かれなかった。何故?、と訝しい顔をしていると、水野が溜め息を吐きながら教えてくれた。シゲは週末になると、何処かに出かけているから、今日も、このまま出かけてしまうかもしれないのだと。

目の前にいるシゲが、にやっと笑った。不破は、ほんの少しだけ、首を傾げてしまう。
私服だけのせいにしては印象が違う、まじまじと、シゲの顔を見つめた。

「何処へ行くのだ?」
「ん? 和尚の使いで、ちょっと其処まで」
「そうか」

不破が腕を組んで考え込んでいる。水野がさらに教えてくれた、最近、シゲには『女』が出来たらしいと。
てっきり、今から会いにいくのかと思ったが、答えは違っていた。しかし、印象が違うことにはかわりない。
何が違うのか、思わず、その相違点を観察してしまう。

「不破、これから、時間あるか?」
「ん?」

観察中の不破の顔を、シゲが覗き込んできた。

「すぐ戻ってくるから、ちょっち、オレの部屋で、待っててぇなぁ!」
「何故?」
「何ででも!」
「??」

分からんといった顔で、不破が睨み付けると、シゲは、にかっと笑って、

「ほな、部屋に入っててぇなぁっ!!」

そう言って、勢いよく走り出した。シゲの後ろ姿をぼんやり見ていると、また風が強く吹いた。一瞬、目を細めて、風が止むのを待った。その間、僅か数秒だった。なのに、目を開ければ、もうシゲの姿は見えなくなっていた。

ずきり..

心臓が痛んだ。この痛みは、一体、何だろう? 近頃のシゲの行動や言動、ときおり見せる横顔に、不破は胸を締め付けられることがある。その度に、不破は、この感情を、この想いを分析するのだが、結果は出てこない。今もまた、同じだった。
不破は軽く息を吐くと、寺の境内の中へと入っていった。

にゃお〜ん...

猫の鳴き声が聞こえた。顔を上げれば、寺の屋根に、数匹の猫がたむろしていた。日向ぼっこらしい。その中に、先程の黒猫もいた。やはり、不破をじっと見下ろしている。不破も、その猫を一瞥したが、すぐに顔を背けて、シゲの部屋を目指して歩きだした。

「おやっ? おまえさんは...」

庭先を通り抜けようとした時だった。ふいに、寺のまわり縁から声をかけられた。目を向ければ、其処には住職が、猫と同じように、日向ぼっこして座り込んでいた。茶を一口煤って、不破をじっと見ている。その視線に、不破がむっとしていると、

「梅が良い香りじゃ」
「ん?」

住職が見ていたのは、不破の後ろに咲いている満開の梅の木だった。不破も振り返って、梅の木を見つめた。

「散るは桜、香るは梅、じゃな」
「...」

黙って不破は、其れを見つめた。確かに、良い香りが辺りを漂っている。
庭先は頑丈な垣根があるせいか、強い風が吹き込んでこない。だが、それでも、微かに風が吹く度に、梅の枝が揺れて、その芳香を漂わせている。不破はふと口元を緩めた。梅の香りに、気持ちが和らいだせいだ。

「こちらに来て、茶でも飲まんか?」

住職が、おいでおいでと手招きをした。
不破は、素直にそれに従った、ウチの年寄りとは、随分と雰囲気が違うものだと思いながら。

住職の横にすわると、彼はそばにあった茶道具を取り出して、急須に湯を注ぎ込んだ。
遠くから、猫の鳴き声が聞こえてくる。

「ほい」
「あっ、どうも」

住職から差し出された湯飲みを、ぶっきらぼうながらも礼を言って、受け取った。
一口啜ると、渋い味が口いっぱいに広がった。

「梅の香りは、暗闇でも分かるからのぉ」
「ん?」
「姿が見えなくても、この花の香りは分かるもんじゃ」
「...」

住職は、また一口、茶を啜った。

「桜の蕾もようやく膨らんできおった。ウチの桜は、なかなか見事なもんじゃぞ。」
「...」
「ところで、おまえさんは、どちらの花が好みかの?」
「...別に、特にない」
「そうか? まぁ、若いもんは、そうかもしれんな。じゃが、シゲは桜が好きじゃと言っとった」
「ん?」
「散りぎわが一番奇麗な花だから、と言っとった」
「...」
「もっとも、あいつの場合は、飲み食いができるから、というのもあるだろうがな」
「..知っているのか?」
「ん?」
「あいつ、時々...」
「あぁ、酒のことか?」
「知っているなら、何故、止めさせない?」

住職は、からからと喉を鳴らして笑った。

「確かに、あの年齢で酒を飲むなど言語道断。即刻、止めさせたいとところだが、あれは意外と脆くできておる」
「ん?」
「飲んで忘れたいことがあるようじゃ」
「...」
「しかし、それは一時のこと。酔いに身をまかせたとて、目を閉じていても分かる梅の香りの如く、すぐに其れにとらわれて、縛り付けられる。哀れなもんじゃ」
「...」
「おまえさんの香りは、少々きついのかもしれんな」
「なに?」

住職は、それっきり黙り込んだ。何を言いたかったのか?、不破は、住職との会話を、頭の中で何度も再生する。

ことん...

不破の近くで、小さな足音がした。見れば、あの黒猫が忍び寄っていたのだ。

「ん?」

まわり縁に、制服が広げられている。放り出されたというよりは、置かれている、といった風に。おそらく、これはシゲの制服だろう。しかし、何故、此処に?、不破が訝しいんでいると、黒猫がシゲの制服の上に寝転んで、金ボタンを舐め始めた。

「コーラの味がするんかの、クロ?」
「むっ?」

住職も、黒猫の仕種を見ながら呟いた。

「学校から帰ってきて着替えもしないで、コーラなんぞ庭先で飲んでたもんじゃから、クロのやつに飛びかかられて、中身を全部、制服にこぼしおったんじゃ。濡れタオルで、よう拭いて、其処に干しとったんじゃが...」

黒猫は、ごろごろとボタンを舐めている。

「やはり、味が染みついてしもうたようじゃな」

住職が、また茶を一口呑み込んだ。その横で、不破は黙ったまま、黒猫の仕種をじっと見つめていた。
不破の耳には、住職の話は聞こえていたが、頭に残らなかった。只ひたすら、黒猫が舐めているボタンを見つめている。

制服の第二ボタン。

今日の卒業式で、卒業生たちに其れをねだっていた、女子生徒の姿を思い出していた。その時、シゲがそっと耳打ちして、不破に教えてくれたのだ、制服の第二ボタンの意味を。

不破の脳裏に、数時間前の記憶が浮かび上がる。



「卒業式の第二ボタンってな...卒業式で女子生徒が、男子生徒の制服の第二ボタンをねだるちゅうのは、憧れてたけど、卒業してしもうたら、もうこれっきり会えないかもしれへん人の、せめてもの思い出に、ってことらしいんや。けどな、「先輩、第二ボタンください」なぁんて言うたら、そらもう、それ自体がほとんど「好きです」って、告白しとるようなもんやないか」
「それが、なぜ第二ボタンなのだ?」
「そりゃな...まず、学生服の第二ボタンちゅうのは、一番心臓に近い位置にあるやろ」
「だから?」
「せやから、第二ボタン外して貰えば...」

シゲの指先が、そっと不破の第二ボタンを外した。さらにシゲの掌が、ボタンが外されて出来た制服の隙間に、するりと滑り込んできた。そして、そっと不破の耳元に、息を吹きかけながら呟いた。

「外して貰えば、此処に手を突っ込んで...相手のハートが掴めるからや」

甘い囁き声。シゲの掌が、不破の制服の中で、妖しく蠢く。思いもかけないシゲの行動に、不破は声を出すどころか、身動き一つ出来なかった。不破の抵抗が無いのを良いことに、シゲの指先が、シャツの上から、不破の微かな突起を捕まえた。

「!?」

身体中に、甘いしびれが走った。頬が赤く染まる。不破の戸惑った表情に、シゲが満足げに笑みを浮かべた。さらに、シゲ指先は、不破の突起を挟み込んで摘み上げる。びくりと肩を震わせると、シゲのもう片方の腕が、不破の腰を抱きかかえた。

卒業式が終わって、ざわついた校内だ。この行動は、明らかに人目につく。不破はシゲから離れたかったが、抱きかかえている腕の強さと、シャツ越しに予断なく与えられる甘美な刺激に、目眩を起こしかけていた。

どかっ!

シゲの身体が、不破から引き離された。正確には、シゲは誰かに背中を蹴飛ばされて、あえなく地面に突っ伏したのだった。不破が目をぱちくりしていると、誰かに、腕をぐいっと引っぱられた。

風祭だった。

元サッカー部の先輩たちに別れの挨拶を終えて、不破の元へとやってきたのだ。そして不破が、シゲに『仕掛けられている』と分かると、咄嗟にシゲの背中に、某司令塔のようなケリをお見舞いして、不破を奪還したのだった。

「不破くん! シゲさんが言ってた事、間違ってないとは思うけど、でも、あーんな事、するのは駄目だからねっ?」
「あぁ、了解した」

倒れたシゲを放ったまま、風祭に連れられて家路へと歩いていると、水野に呼び止められた。
そして、彼の家へと招かれたのだった。

「一番上のボタンは本人、二番目のボタンは一番大切な人」
「ん?」

水野宅で、彼の母親ご自慢の料理を食べながら、水野が不破に、第二ボタンの別な意味を説明してくれた。

「あと、一般的なのは、『第一ボタンは親友に、第二ボタンは恋人に、第三ボタンは友達にあげる』っていうのがあるかな?」
「ふむ?」
「この...風習っていうか、いつから始まったのか分からないらしいけど、とにかく、卒業式には第二ボタンをもらうっていうのが、あるらしい。それから、随分と古い歌にあるからっていう、一説もあるらしいけど」
「歌?」
「うん、オレは知らないけど、母さんとか叔母さんが、よく知っている」

水野の母親が、キッチンからにっこりを微笑みかける。

「それ、『春なのに』って歌、ね?」

洗い物をしていた手を彼女は止めて、

「♪記念にください ボタンをひとつ 青い空に 捨てます...ってところかしら?」

高いソプラノで口ずさむと、彼女は、さらに歌い続けていた。

「何故、捨てるのだ?」
「えっ?」

気分良く口ずさんでいる最中に、唐突に不破から質問されて、彼女はちょっと驚きながらも、優しく答えを返してくれた。

「そうねぇ...女の人の場合は、結構、すっきりと忘れちゃうものかもしれないわねぇ」
「忘れる?」
「ええ、多分、『これで、さよなら、お別れです』、かしら? それに、結局、最後は捨てちゃうものよ。だったら、きっぱりと捨てしまった方が良いでしょう?」
「ならば、なぜ、わざわざ貰うのだ?」
「自分の気持ちに区切りをつけるためじゃないかしら?」
「...」
「恋しい人のものを、いつまでも取っておくのは、意外と、男の人の方が多いみたいよ」

くすくす、彼女は笑った。不破は腕を組んで、考察に入ってしまった。途中、「自分が、あっさりと離婚したのは、そのせいか?」と、突っ込んでみたかったが、さすがに、母親思いの水野の前では、それは出来なかった。


にゃぉ〜ん...


猫の鳴き声に、はっと我に返った。
シゲの制服の上にのっかっていた黒猫が、いつの間にか、不破の膝の上にのろうとしていたのだ。
不破は、猫を追い払おうとしたが、するりと猫は膝の上に飛び乗って、今度は、不破の制服の第二ボタンを舐め始める。

「其処にも何かついとるようじゃな」
「いや、そんなことはない」

住職に即答して、不破は猫の身体を引き離そうとするが、猫は喉をぐるぐる鳴らして、喜んでいる。

「おい」

猫の首根っこを掴んだが、猫は目を細めただけで、舐めることをやめない。

「第二ボタンが好きなのか?」

猫はごろごろと、喉を鳴らすだけだ。不破は軽く溜息を吐いた。

「悪いが...これは、やらんぞ」

「先約でもあるんかいな?」
「!?」

はっと顔をあげると、其処には、満開の梅の花を背にして立つ、シゲの姿があった。不破は言葉を無くした。とても、綺麗だったから。そして、ようやく気がついた。先程、感じたシゲの、いつもと違った印象。金色の髪が、いつもより、真っ直ぐにおろされていたから。普段なら、無造作にしばっているはずの髪が、今はさらりと肩におりていて、それが、風に揺れていた。息を呑むほど...それは綺麗だった。

「シゲ」

住職が低い声で話しかけた。

「はいな! ちゃんと言ってきたでぇ! これくらいなら、電話でもええやんか? 其れを何でわざわざ...」
「どうせ、すぐ、其処じゃ。シゲの足なら、さほど苦ではなかろうが。それと...」
「ほい! タバコ!!」

シゲが、住職にタバコを一箱、放り投げた。そして、不破のそばに放置されていた、自分の制服を拾い上げた。

「おっ! さっすが、あったかいからやねぇ〜! もう、すっかり、乾いてしもうたわ!」

濡れていた場所を手でさすって確認すると、其れを肩にひょいっとかけた。

「不破、行こか?」
「えっ?」
「オレの部屋」
「あ...あぁ」

シゲに見とれていた不破の身体が、それを合図にようやく動けるようになって、不破はゆっくりと立ち上がった。膝の上にのっかっていた黒猫が、するりと地面に降りて、毛繕いを始める。不破は、住職に軽く頭を下げると、シゲとともに歩き出した。立ち去る二人を見送るかのように、梅の芳香が、そっと身体にまとわりついてくる。一瞬、軽い目眩を感じた。

「不破?」
「なんだ?」

前を歩いていたシゲが、振り向いた。霞んだ意識を、素早く目覚めさせる。

寺の裏側、勝手口への近道。此処にも、数本の桜の大樹が、そそり立っている。境内の中にある桜とは、趣がまた少し違うようだ。東京とは思えないほど、ひっそりとしているこの場所は、広々としていて、都会の喧噪など、まるで無縁のようだった。人の気配がない。とても静かだ。膨らみ始めた蕾をつけた桜の枝。其処から差し込む木漏れ日は、地面に不規則な模様を描いて、風が吹くたびに、ゆらゆらと幻想的に変化していく。此処から垣間見える蒼い空は、とても綺麗で、風に乗って、先程の梅の香りがほのかに漂ってくる。

「今晩な、茶会があんねん」
「茶会?」
「あぁ、ウチの和尚、あーみえても、茶、たてるんやで。梅が満開やから、近所のじーさん連中、呼んで、やるんやと」
「ふむ」
「梅が終わったら、今度は、桜や。そしたら、花見で、こんな貧乏寺が、賑やかになるんやでぇ」
「...」
「でな...」

シゲが最後まで言い終わらないうちに、不破は口を開いた。

「何かと忙しいから、手伝え、と?」
「...あったり〜っ!!」
「おい」
「貧乏寺やから、料理とか、酒の肴とか、ぜ〜んぶ、自分たちで作らなあかんねん!」
「猫の手を借りたいくらいなら、此処には沢山あるだろう?」
「...あれが、ホンマに使えると思うとるんか?」
「否」

此処から見える寺の屋根の上には、まだ数匹の猫がたむろしていた。それを指さした不破に、シゲが「アホか」と舌を出した。
その時ふいに、強い風が吹いた。シゲの髪がなびいて、蒼い空へと舞い上がる。
綺麗だ、本当に綺麗だ。金色の髪は、春の蒼い空に、よく映える。

「不破」
「あっ...」

不破が見とれていることに、シゲが気付いたようだ。つい、気恥ずかしくなって、不破がシゲから目を背ける。

「先約」
「なにっ?」
「ホンマにあるんかいな?」
「...」

第二ボタンのことだ。

不破は黙り込んで、ぎろりとシゲを睨み付ける。

「オレもな...先約、あんねん」

週末にあっている『女』のことか。

息苦しくなって、不破は空を仰いだ。風が強いせいか、雲一つない蒼い空が視界いっぱいに広がった。

ぶちっ...

「えっ?」

糸が切れる音に、不破はシゲへと視線を戻した。そして、シゲの右手に握られた、鈍い輝きを放つ其れに、目が釘付けになる。
はっとして、自分の胸元に手を当てる...無いっ!

「佐藤っ!?」
「オレの方が先約や」
「なにっ!?」
「誰だか知らんけど、絶対、オレの方が先や!」
「...」
「オレの...もんやからっ!」

ぎゅっと其れを握りしめるシゲ。口唇を噛みしめ、一瞬、鋭い視線で不破を睨み付ける。負けじと、不破も睨み返す。
また、強い風が吹いてきて、シゲの髪を揺らした。それを合図に、シゲの口元が緩んだ。

「それだけじゃ、嫌やろ?」
「?」

シゲはにやっと笑って、手にした其れを、自分のズボンのポケットにしまい込んだ。
そして、今度は、自分の制服の第二ボタンを引きちぎった。

「オレのもやる」
「...」
「受け取れ」

ぐっと差し出されるシゲの右手に、不破のものと同じように、それは鈍い金色の輝きを放っていた。
不破は、ごくりと唾を呑み込んだ。差し出される其れに、手を伸ばせられない。

「不破」

シゲが綺麗な眉を、ぴくりと吊り上げた。

「受け取ってほしいんや...絶対っ!」

ぐいっと胸元に突きつけられて、不破は、シゲの気迫に押されたのか、のろのろと手を伸ばして、其れを受け取った。
シゲがくすりと笑った。そして、ほっとしたように、大きな息を吐いた。

「大事にするから...不破も大事にして、なっ?」

照れくさそうに、髪をかき上げながら、シゲが笑う。とても、嬉しそうに。その笑顔の、ウソはない。でも...。


――――― これで、さよなら、お別れです、かしら? それに、結局、最後は捨てちゃうものよ...


水野の母の言葉が、ふいに脳裏に浮かんで消えた。

最後には...捨てられる。置いて行かれる。
身体中を締め付けられる、不安と焦燥感。
絶対などありえない...永遠など、ありえない。


――――― だったら、きっぱりと捨てしまった方が良いでしょう? 自分の気持ちに区切りをつけるために...


「不破」

もう一度、シゲに呼ばれて、不破は、はっとした。

「どないしたん、その...」
「いや、何でもない」

シゲの声を聞きたくないかのように、不破は即答した、「何でもない」と。
不破の態度に、シゲが目をすっと細める。何かを、言いかけようとした口唇が動く前に、

「お−いっ! シゲ!!」

遠くから、兄(あに)さんの、シゲを呼ぶ声が聞こえた。

「はいな! 今、行くからっ!」

シゲが大きな声で返事をした。

「不破、今日は時間あるやろ? 手伝ってぇなっ!」
「あぁ、かまわん」
「おおきに! 助かるわ!」

もう一度、シゲを呼ぶ声が聞こえた。シゲもまた返事をかえす。先だって歩き出したシゲの後ろを、不破もついていった。また、風が吹いた。木々の枝がざわざわと揺れている。木漏れ日が地面に、光の幻想的な模様を描き出す。微かな梅の香りが、漂ってくる。シゲの後ろを歩きながら、不破は思う。この空間の中では、彼の髪も、彼の背中も、彼自身も、まるで、この世のものには思えない程、美しいと。そうして、只ひたすら...彼を、見つめ続けた。右手に握られた、ボタンの冷たさを感じとりながら。



「さすがに、ポチはおらんな」
「ん?」

買い物の帰り道。二人は、河川敷を歩いていた。そろそろ、日暮れが近いとはいえ、春めいたこの季節、まだ空は蒼かった。
この場所は、風祭がよく練習している場所だ。此処からは、風祭が住んでいるマンションも、よく見える。

「ポチの両親が、今晩、こっちにくるんやろ」
「知っていたのか」
「珍しく、練習!練習!って騒がないから、今日はどないしたんって聞いたら、そう教えてくれたんや」
「そうか、水野の家で、オレもそう聞かされた」
「たつぼんの家、どうやった?」
「どうとは?」
「居心地、結構、ええやろ」
「あぁ、悪くはないな」

他愛無い会話。だが、シゲが話を切り出さなければ、そこで会話は途切れてしまう。不破からは何も言わない。喋らない。狡いことかもしれないが、不破にとって、それはとてもラクな事だった。議論は得意だが、お喋りは不得意だ。ましてや、とりとめもない世間話など...その時、シゲが黙り込んで、立ち止まった。不破は、それに気がつきながらも、黙々と歩き続けた。そして、

「ん?」

シゲが歩き出さないことに、不破はようやく気がついて振り向いた。すると、シゲがしゃがみ込んで、何かを拾い上げているのが、目に入った。手にした其れを、シゲはまじまじと見詰めている。

「どうした?」
「ほれ」
「???」

不破の目の前に差し出された其れは、小さなボタン。紛れも無く、制服のボタン。

「どこの学校のかいな?」
「さぁな、しかし、桜上水ではないようだが」
「そやな。こっからな、川向こうの常葉中のかもしれへんな」

シゲは、其れを空へかざした。

「今日は、卒業式がどこの中学でもあったから、誰かの落とし物らしいな」
「...」
「せっかく、もろうたモンを、落としてしまうなんて、縁もこれっきりってことやな」
「これっきり?」
「そやろ? その程度のモンやったってことや」

シゲが、がさがさと河川敷の茂みの中へと入っていく。

「おい、どうし...」

シゲの背中に、不破が声をかけようとした瞬間だった。

シゲの腕が大きく、空へと振り上げられた。彼の手から離れた其れは、緩やかな放物線を描いて、蒼い空に吸い込まれていった。シゲの髪と同じ金の色。蒼い空にきらきら輝いて、とても綺麗だった。悲しいほど、蒼い空に映えていた。
そして...見えなくなった。

ちゃぽん

川面に小さな波紋が広がった。其れが、川の中に落ちたのが分かった。シゲが、ほっとしたように大きな息を漏らした。

「おい」
「何や?」
「勝手に捨ててよいのか?」
「んー? ええんとちゃう?」
「...もし、探しに来たら、どうする」
「さぁな、落とす方が悪いんとちゃう? それとも、自分で捨てたんかもしれへんし」
「...」
「どうせ捨てられるんやったら、こうして、遠くに投げ上げて、捨てた方がええんや。二度と、拾い上げられへんように、な」

不破の横に戻ってくると、「はよ、帰ろか」と言って、また歩き出した。彼の背中を見ながら、不破もゆっくりと歩き出した。その背中を、再び、不思議な思いで見つめた。とても遠くに感じられたから、もうすぐ、遠くに行ってしまうように思えたから。不破は、微かな溜息を漏らして、空を見上げた。

夕闇が、すぐそこまで、せまってきていた。



春とはいえ、夜になれば、まだ寒い。障子を開け放った部屋には、冷え冷えした夜気が入り込んでくる。それと同じように、ほのかな梅の芳香が、静かに部屋の中に入り込んできて、薄暗闇に咲き誇る己の存在を誇示しているようだ。その闇の中、庭先に置かれた灯籠の、弱々しい蝋燭の明かりに照らされて、花は、今が見頃と言わんばかりに、見事に夜を彩っている。

慌ただしく準備を終えれば、あとは、こっそりと自室で休んでいれば良い。茶会が終われば、後片づけがあるから、また忙しくなるのだ。それまで、暫しの休息といったところだろうか、不破は、昼とは違った様相を見せる庭を、静かに見下ろしていた。

此処は、シゲの部屋。二階にある。此処からは、蝋燭にライトアップされた満開の梅がよく見える。だがそれも、室内の灯りを消さなければ、見えないのだが。暗闇の中、温かい煎茶を飲みながら、不破は静かに窓から下を見下ろしていた。

からり...

部屋の襖が開かれた。シゲが部屋の中に入ってきた。背中にシゲの気配を感じ取りながら、不破は黙って、茶を飲んでいた。シゲがゆっくりと、不破の横に座り込んできた。ふと、シゲが手に持つ其れに、不破は気がついた。思いっきり、顔を顰めると、シゲが気がついて、にやっと笑った。彼が手にしていたのは、缶ビール。一口飲んで、不破に差し出した。ふいっと顔を背けて、茶を啜ると、シゲが乾いた笑い声を出した。そして、また、一口飲んだ。

階下では、茶会が繰り広げられている。時折、話し声が聞こえてくるが、静かなものだった。東京の真ん中で、これほど風情ある光景を見たことはなかった。不破は黙って、その様子をじっと見下ろしていた。

「あっ...」

小さな声を上げてしまった。いつの間にか、シゲが不破の後ろに回り込んで、その背中をそっと抱きしめてきたから。
服をとおして、シゲの体温が不破に伝わってくる。その温もりに、不破はふっと意識を手放しそうになる。だがすぐに、身体が強張って、瞬く間に現実に引き戻された。

不破は、手伝いをするために制服を着替えた。シゲや兄(あに)さん達と同じように、作務衣を着せられたのだ。
その作務衣の、身頃の合わせ襟の隙間に、するりとシゲの手が差し込められたのだ。中にはTシャツを着ているが、その上から、シゲの指先は、不破のささやかな胸の突起を弄り始める。

その腕を押し返そうと突っぱねるが、シゲの腕はびくともしない。むしろ、不破の抵抗を面白がるように、さらに指で、不破の其れを摘んで弾く。不破の脳裏に、今日の午後、シゲに仕掛けられた出来事が鮮やかに思い出される。卒業式が終わり、騒々しいの校舎の中で、制服の第二ボタンを外されて、今と同じように弄ばれたのだ。あの時と同じ、甘美な刺激に、身体を震わせる。思わず仰け反った首筋に、シゲの口唇が押しあてられて、花弁をつけられていく。すると、作務衣を乱暴に脱がされ、Tシャツを捲り上げられた。薄暗闇の部屋の中、差し込んでくる春の月明かりに、不破の白い素肌が浮かび上がった。シゲの掌が、そっと不破の素肌を撫で上げ、突起を摘んでは、弾く。直接、其処に刺激を与えられて、不破の其れはこりこりと、瞬く間に堅くなる。

「んっ...いゃ...あっ...」

互いの乱れた呼吸音が、部屋の中に響き渡る。不破の身体は、畳の上に押しつけられた。窓の外、ぼんやりとした月が、二人の淫らな姿態を照らし出している。

「好きや...不破...めちゃ好きや...もう、あかん、誰にも渡さへん、もう誰にも...」

耳元で囁かれる睦言。其れに混じって、茶会の話し声が、まるで別世界のように聞こえてくる。
部屋の中、夜風にのって梅の芳香が、露わにされた素肌の上を滑りおりてくる。

視界には、春の月と、それに照らされて、鈍い輝きを放つ金色の髪。

けれど、その髪に、おまえは何を隠している?
オレを好きだと言いながら、本当のことは、何一つ話してくれない。
週末に逢っている、『女』 は誰だ? 何処へ行っているのだ?...何も教えてくれない
だから、捨てるのは、おまえの方だろう? 置いて行くのだろう? おまえは...。

「好きや、大好きや...せやから、オレのこと、キライならへんで...オレのこと、捨てないでくれ...」

シゲの口唇が、不破の頬に、首筋に、胸元にと、滑り落ちてくる。何度となく囁かれる甘い言葉、繰り返される愛撫。ゆっくりと、優しく、包み込むように。そうして、組み敷かれた身体は、彼の掌で、指先で、口唇で、追い上げられる。全て、彼の思うがままだ。拒絶しているワケではないのに、ひとりでに、涙が滲んできた。

滲んだ視界の中に、春の月と、自分の身体を貪る彼の、金色の髪だけが揺れている。

不破は黙って、シゲを受け入れた。瞳をゆっくりと閉じた。もう、何も見えない。ただ、素肌をとおして、彼の温もりが感じられるだけ。静かに頬を、涙が伝い落ちた。それはまるで、この世の全ての罰を受け入れるかのような互いの姿だった。



月曜日。シゲは学校に来なかった。その次の日も。
そうして、春休みを迎えてしまった。

あの後、シゲと顔を会わせなかった。

終わったあと、泣いていたのは、彼の方だった。不破の身体にしがみついて泣いていた。
シゲにも分かったのだろう、不破が何を思って、シゲに身を任せたのかを。



トレセン初日。
関西選抜の藤村茂樹だと、シゲは不破の前に現れた。

動揺は、隠しきれなかった。だが、同じ都選抜の渋沢に、気持ちを宥められて、ようやく落ち着いた。
二日目には、いつもどおりの自分に戻れた。渋沢の、暖かくて広くて心地よいの腕の中に、包み込まれて安堵した。
そして、気がつく。殺意にも似た凍り付くような視線が、自分の背中に、渋沢に向けられていることを。


捨てないでくれ、と彼は言った。
キライにならないでくれ、と彼は言った。
好きだから、誰にも渡さないのだと...。



慌ただしい日々は、瞬く間に終わり、東京へと戻ってきた。
梅の花は散り、今は、桜が満開だった。気の早い花は、もう散り始めている。

新学期がもうすぐ始まる。昨夜、風祭から電話があった。
シゲが転校したことを聞かされた。

でも、意外に、驚かなかった。やはり、そうか...と素直に納得した自分がいた。
取り乱さなかった。もう、動揺しなかった。

そうだ、気がついていた。予感がしていた。それが的中して、驚いただけだ。
それだけだ、他に意味はない...今更、何を驚くというのだ?



小春日和に誘われて、何気なく、散歩に出た。
目的無く、ほっつき歩いていると、一陣の風が吹き抜けた。ふいに足をとめた。

「おや、久しぶりじゃの」

不破が立ち止まったところは、シゲが下宿していた寺だった。住職が竹ほうきで、境内を履いている。

「散るは桜、じゃな」

住職は、見事な花を咲かせている桜の大樹を見上げて、満足げに笑っている。

「シゲが好きな花じゃ」

不破は黙って、住職と同じように、桜の大樹を見上げた。

「屋根にも、よう昇っておったが、この木にも、よう昇っていたな、あれは」

住職は竹ほうきを操りながら、「シゲがおらんようになってから、掃除が大変じゃ」と、ぶつぶつ呟いた。
不破は無言で、この場を立ち去ろうとすると、住職がポンと手を叩いた。作務衣の懐から、小さな其れを取りだした。

「おお、そうじゃ、シゲの部屋に、こんなものが置いてあったぞ」

不破に差し出された其れは、紛れもない、シゲに引きちぎられたものだった。

「あんたのものと違うかの?」

不破は深呼吸した。

「否、オレのではない」
「そうか? シゲ..か?」

住職は其れを、蒼い空へとかざした。鈍いながらも金色が、空に映えた。

「あんたが持っていてくれないかの?」
「オレが?」
「シゲは転校して、もう二度と、此方に戻ってくることはない」
「...」
「どうせ、あれのことじゃ、何も言わないで行ってしもうたんじゃろ?」
「...」
「あんたに持っていてもらいたい」

住職は、不破の目の前に其れを差し出した。あの日と同じ、鈍い光を放っている。
受け取ることを躊躇している不破に、住職は強引に、不破の手の中に其れを押し込めた。
そして、不破の肩をぽんぽんと叩くと、

「『躓く石も縁の端』じゃ」
「ん?」
「すべては、前世からの宿縁で結ばれておる」
「...」
「もうそろそろ、素直になりなさい」

住職はにんまりと笑って、また庭を掃き始めた。舞い散った花びらが、集められて、小さな山を作っている。
不破は住職に軽く頭を下げると、スタスタと歩きだして、その場を立ち去った。不破の背中に、追い風が吹きつける。
その風に導かれるまま、不破は、いつのまにか、河川敷に来ていた。

暖かい春の陽気に誘われて、其処此処に人がいる。犬を連れて散歩する人、子供連れの人、自分とそれほど歳の差がない恋人どうし、等々...。

いつも、いるはずの風祭の姿が見えないのは、今日、風祭は兄と、両親が仕事で滞在している九州へと遊びに出かけたからだ。「お土産、買ってくるね!」と、電話の向こうで、元気良く笑いながら。

春の風が、心地よく吹いてきて、不破の頬を撫でていく。

見渡せば、川をぐるりと囲むように、桜の大樹が植えられている。桜上水という地名のとおり、樹齢数十年を超す大樹が軒を連ねているのだ。今は、満開の桜。だが、そろそろ散り始める頃だろうか。花びらがひらひらと風に舞い下りている。

散るは桜。

不破は、その桜の花びらを見つめながら、暫く動かなかった。

ジーンズの右ポケットから、小さな其れを、無造作に引っ張り出した。其れは、シゲが不破に手渡したもの。シゲの胸に二年間つけられていた其れは、今は主の手を離れて、不破の手の中にある。鈍い金色の光が、陽の光を浴びて、きらきら輝いている。

そして、左手には、住職から渡された其れがあった。シゲが、不破から奪い取ったものだった。

不破は両手で、其れを空へとかざした。

片目を閉じて、じっと其れを見る。ひっくり返したり、斜めにしたり、けど、何の変哲も無い、ただのボタンだ。

だが、これに、どれほどの想いがこめられていたのか...今なら、分かるような気がする。
けれども、それを素直に受け止められなくて、自分は逃げ出したのだ。彼が自分を捨てる前に、置いて行く前に。
彼の腕の中から、するりと滑り落ちたのだ。逃げ出してしまえば、捨てられることはないのだ。怯えることはないのだ。
そう、捨てられることが怖かった、恐ろしかった、だから...自分が彼から逃げ出す代償に、彼に自分を与えたのだ。

そうして、彼は何も言わずに、自分の前から姿を消した。予想どおりの結末。
彼は、藤村茂樹と名を変えて、自分の知っている彼ではなくなった。

そうだ、『女』 の正体も、週末の彼の行動も、何もかも、ようやく知ることが出来た。
でも、今、此処に彼はいない。もう、戻ってこないのだ。

散り際が一番美しい...か。

美しい散り方だったのかもしれない、後腐れのない終わり方だったのかもしれない。
これで、良かったのだ、きっと。
出会うのは運命であったのならば、別れることも運命だろう。

だから、彼はこれを置いて行ったのだ。自分を置いていったのだ。
そうして、気持ちに区切りをつけたのだ。

空にかざしていた其れを、ゆっくりと、遠くに投げ上げた。放物線を描いて、それは、静かに川面に波紋を広げた。
同じように、もう一つも放り投げた。二つの波紋が広がって、静かに消えていった。不破は、小さな溜息を吐いた。


呆気なく、其れは消え去った。


不破はくるりと踵を返すと、歩き出した。道路脇で数羽の鳩が、子供が落とした菓子クズを啄んでいる。横を通り過ぎる時、鳩は、人の気配に驚いて、ぱたぱたと舞い上がった。その羽音を聞きながら、不破は空を見上げた。

もし、再び出会うことがあったとしても、何処かですれ違ったとしても、互いに気がつかないかもしれない。
それほど呆気ないものだった。まるで、道端に捨てられた其れと同じように、時の流れに啄まれ、呑み込まれていくのだろう。

もう一度、不破は溜息を漏らす。

どこからか、桜の花びらが風にのって、舞い降りてきた。
静かに、静かに、不破の肩へと...堕ちてきた。


今年の春は、もうじき終わりを告げる。
忘れられぬ...春の想い出。





FIN



☆ ―――――――――― ☆


ボタンを引きちぎった箇所から、全部書き直したのですが...結局、自分が書きたかったものになりませんでした。
イメージばかり先行して、能力が追いつかなかったです(ぐすぐす)。

お題として『春なのに』(by.中島みゆき)だったのですが、しっかり、イメージは『檸檬』(by.さだまさし)でした。どちらも、20数年前の曲なので、知っている人は、物凄く貴重な方です。特に『檸檬』は、全然マイナーみたいだし。自分だって、うろ覚えで...歌詞検索サイトで探して、歌詞を見ても、ほとんど歌えません。 でも、この部分だけは、音程はずしながらも、歌えるんです。
(激恥...(^^; )


喰べかけの檸檬
聖橋から放る
快速電車の赤い色が
それとすれ違う

川面に波紋の拡がり数えたあと
小さな溜息混じりに振り返り
捨て去る時には こうして出来るだけ
遠くへ投げ上げるものよ


さらに、最後にこう歌われます。


二人の波紋の拡がり数えたあと
小さな溜息混じりに振り返り
消え去る時には こうしてあっけなく
静かに堕ちてゆくものよ


物凄く記憶が曖昧なのですが、さだまさしさんの哀愁を帯びた歌声とメロディが、もの悲しくて、とても切なくて、綺麗だった、という事しか覚えていません。いつ頃、何処で、自分が聞いたのか、それさえも忘れてしまったくらいなので。

『春なのに』は、意外と、彼方此方で聞きますね、カラオケなんかで歌っちゃう人もいますし...(合唱部のNさん、得意ワザ?)

本駄文は、散文置き場の『春なのに・1』の続きものっぽくなってます。本当は、そちらにアップしようかと思って書き始めたのですが...やたらと暗くなってしまったので、此方に置きました。

何が書きたかったのかと言いますと...刹那系のシゲ不破を書きたかった、そんだけです(殴)。

ごめんなさい、散文置き場同様、プロットなしで書き殴ったもんですから。
最後、何が何だか、分からない文章になっちゃいました。
まぁ、プロットあっても無いようなもんですから、自分の場合は(苦笑)。

都内で桜が散ってしまったので、焦ってUPしてしまいました。


感想などありましたら、是非お聞かせ下さい。
此処は、こうした方が良かったとか...


date:2002.03.27 (あっ...自分の誕生日だ、忘れてた)

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