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夜はふたりで
白いシーツの海で泳ぎつかれ眠る時 君の柔らかな素肌の匂いがしてる
――――― 寒い
突然襲ってきた寒気に身体を震わせる。覚醒が始まったようだった。
薄暗闇の視界の中に、見慣れた自分の部屋の壁が見えてくる。
夜なのか?それとも朝になったのか?
覚醒して間もない思考は、まだ混沌としている。
――――― ん?
寒さで目が覚めたはずなのに、いつの間にか身体中に熱が広がっている。暖かい。
温もりにほっとして、寝返りを打とうとすると、自分の顔に何かがぶち当たった。
大して痛くはなかったが、そこに何があるのか不思議だった。薄暗闇の中で、よく見えない。
目を凝らして見つめる。誰かが自分の傍らに横たわっているようだ。
微かな呼吸音が聞こえてくる。暖かい吐息が頬にかかる。
暗闇にようやく目が慣れたきた。微かに光り輝く金色に気がつく。
――――― あぁ、そうだ...
ようやく思い出した。昨夜の出来事。
突然訪れた彼は、家人が居ないことを確認すると、何も言わずに自分を押し倒した。
繰り返される行為に、何度も意識を手放しかけては、彼に問いかけた。
――――― 何があったのか?と...
だが、彼は答えなかった。ただひたすら、自分の身体を貪っていた。
苦しかった。彼との行為が? 彼から与えられる生理的な苦しみが?
そうではない。彼が何も話してくれないことが苦しかった。
いつもそうだった。彼は肝心なことは何も話してくれない。
だからいつも不安だった。どこか中途半端だった。
それでも、彼が自分を「好きだ」と言ってくれたことが嬉しかった。
嬉しくて...彼を受け入れた。
そして、不安定だった自分達の関係が、自分の心までも、一つに定まったのだった。
ようやく手に入れた安らぎだった。
けれども、時折、こうして不安になるのは、彼が何も言ってくれないことがあるから。
手の中に入れたはずの彼が、どこかへ消えてしまいそうに思えるから。
何度、身体を重ね合わせても、一つになれたと思っていても、一瞬にして不安になる。
怯えてしまう。
――――― 寒い...
8月が近づいているとはいえ、明け方であろう今の時間帯は、日中の暑さを忘れさせるほど涼しくなることがある。
窓が開いているせいで、冷たい外気が入ってくる。再び、ぞくりと身体を震わせる。
だが、寒さに震えた自分の身体が、彼の腕に抱き込まれていることに気がついた。
白いシーツに二人してくるまれている。
震えた自分の身体を抱きかかえてくれたのだろう。
彼の身体の熱が伝わってきてすぐに暖かくなる。
一糸纏わぬ互いの身体は、肌を触れ合うことで、互いの体温を直接分け合っているのだ。
ほっとして、彼の腕の中に顔を埋める。
彼の匂いに、規則正しい彼の寝息に、先程の不安が少しだけ和らぐようだった。
「ん?起きたんか?」
頭上から彼の声が降ってきた。思わず顔を上げると、細く開かれた彼の瞳にぶつかる。
いつもは、大きな瞳をくるくるさせて愛嬌がある彼の瞳は、覚醒しきれていないせいで、うっすらとしか開いていない。
まるで、いじわる猫のようだ。
くすりと笑うと、彼が不思議そうに見つめてきた。
「どないしたん?」
「いや...べつに...」
彼の腕の中、懐深く自分の顔を沈めると、彼の匂いで満たされる。
絶対的な安心感。
流されてしまいそうな自分の心を、絶対的に繋ぎ止める彼の存在。
彼でなくては、多分駄目だ。彼でなくては...
彼を見上げようとして、ふと視界の片隅に光る物を見つける。
ゆっくりと首を回し、それが何であるか確認する。
それは...机の上に置かれた自分の携帯電話。
はとこが購入してくれたものだった。
ふと気がつく。確か...脳裏に彼以外の別な誰かを思い浮かべる。
「!?」
突然、締め付けられる痛みに驚く。
声を出しそうになって、開いた口唇が塞がれる。
息が...できない。
苦しくなって、彼の肩に爪を立てる。
彼の腕の中。キツク抱きしめられてキスされている。
抵抗は全て封じ込められた。口腔内を彼の舌で蹂躙される。
好き勝手に動き回る彼の舌に翻弄され、身体中が痺れてくる。
頭の中に真っ白な空間が広がっていく。
意識を手放しかけた瞬間、微かに彼から唇が離れた。
咄嗟に声が出る。
「いやだ...佐藤...どうして...」
どうして、こんな事をするのか?
いつもの優しい彼はどこへ行ったのか?
何故、暴力的な行動をするのか?
生理的ではない、涙が滲んできた。
「...おまえが悪いんや...不破、おまえが...」
絞り出すような彼に声にはっとして、涙で滲んだ瞳で見つめる。
自分だけではない。彼が...泣いている?
「佐藤?」
彼の潤んだ瞳。彼の肩に食い込んでいた指をゆっくりと剥がして、その瞳に浮かぶ涙に触れる。
ぴくりと彼の肩が揺れた。自分の指先に、彼の涙が滴り落ちてくる。
「佐藤...」
もう一度、彼の名前を呼ぶ。視線が絡み合って身動きが出来ない。
薄暗がりの部屋の中に、二人の呼吸音だけが聞こえてくる。
「...なんで、俺だけのもんにならへんのか...」
「え?」
ようやく開いた彼の口唇から漏れてきた言葉。
彼が何を言いたいのか?
一瞬、戸惑う。
困惑している自分を見て、彼は自嘲気味に笑うと、締め付けていた腕を緩めた。
解放されてほっとしながらも、彼を見上げる。
彼はゆっくりと互いの身体をくるんでいたシーツから出ていった。
彼の温もりが離れて、一人残される。
寒い。
離れていく彼を引き止めようとして、腕を伸ばす。
捕まえようとしたが、離れていく彼の方が早かった。
掴み損ねた指が、ぱたりとシーツの上に落ちた。
その音に、彼が振り返る。
彼の手の中には、机の上にあったはずの自分の携帯電話。
彼はそれを、自分の目の前に放り投げる。
徐に携帯を拾い上げると、いつの間にか電源がOFFにされていた。
彼が呟いた。
「読むつもりはなかったんやけどな...」
「?」
「不破がちょうど部屋におらんかったから、着信音がして、つい手に取ってしもうた。」
「...」
「ホンマに読むつもりはなかったんやけど...」
携帯の電源を入れて、着信メールの一覧を開く。
開封した記憶のないメールに気がつく。
届いた時刻と相手に、はっとする。
慌ててそのメールを読む。
薄暗かった部屋の中が、次第に明るくなってきた。
開け放された窓の外から、夜明けの気配が入り込んでくる。
「不破...」
彼が小さな声で自分を呼ぶ。
携帯から顔をあげると、そこには寂しげな彼の瞳。
微かに口唇の片隅をあげて、彼が呟く。
「一つになれたと勘違いしてたんは、俺だけか...」
「佐藤...」
メールの相手は、渋沢だった。
昨日の夜、渋沢宛に送ったメールに対する返事だった。
渋沢宛に...「誕生日おめでとう」と。
昨日は渋沢の誕生日だった。
過去2回ほど、自分は渋沢から誕生日プレゼントを受け取っていた。
去年の渋沢の誕生日は知らずに過ごしてしまった。
今年は高校の入学祝いまで受け取ってしまって、さすがに心苦しくなっていた。
だが、何をあげればよいのか悩んでいるうちに、結局、渋沢の誕生日になってしまった。
仕方なく、渋沢にメールを送った。たった一言だった。
「誕生日おめでとう」
それに対して渋沢の返事は、誕生日に気がついてくれたと、お礼の言葉。
そして...「逢いたい」と書かれていた。
場所と時刻も書かれていた。返事が欲しいとも書かれていた。
すでに、夜明けが近い。
今更、返事など待ってはいないだろう。
そうして、ようやく理解することが出来た。
昨夜の出来事。
何故、彼が自分を強引に押し倒したのか。
どうして携帯の電源を切ったか。
――――― 渋沢に逢わせないために?
「...要は『やきもち』やな?」
「佐藤?」
「みっともないくらい...滅茶苦茶、腹が立った。」
「...」
「たった、それくらいのことで...俺はアホやな...けど、渋沢だけには...」
「...」
「怒ってもええで?」
手にした携帯を見つめる。
この時間では、待っていることなど考えられない。
だが、それでも、気付いてしまった以上、そのままにしてもおけない。
静かな部屋の中に、携帯の打ち込み音が響き渡る。
一通り打ち終わり送信すると、携帯を彼に投げ返す。
片手で受け取る彼。ほんの少し、彼が眉をひそめる。
「読んで見ろ。」
「へっ?」
「気になるのだろう?読んでもかまわん。」
命令口調が気に入らないのか、彼は手にした携帯をじっと見ると、しばらく考え込んでいた。
そんな彼の様子を、シーツにくるまりながらベットの上に座り込み腕組みをして伺う。
彼はちらりとこちらを見ると、軽く息を吐きながら打ち込まれた返事を読む。
とても簡単な返事だった。だから、あっという間に彼は読んでしまった。
そして...笑った。
「こないなこと、書いてもええんか?」
「何故だ? 事実を書いたまでだが?」
「せやけど...渋沢、思いっきり想像してしまうやろな?」
「想像?だったら、はっきり書けば良かったか?」
「へっ?」
「『佐藤が部屋に来ているから逢えない』ではなく『佐藤と SEX しているから逢えない』とでも?」
「なっ!?」
動揺する彼を面白そうに見つめると、彼が少しだけ拗ねたようだった。
今度は、自分が笑った。
肩にかかっていたシーツをはらりと落とす。
座り込んでいるベットの上に、シーツが波のように広がる。
彼へと両腕を差し伸べると、彼が微笑んだ。
ゆっくりと戻ってくる彼の首に両腕を巻き付けて、自分からキスをした。
角度を変えて、次第に深くなるキス。
自分から...というのは、かなり珍しいことだ。
自分が彼を欲しがることは、滅多にない。
欲しいと思っても、それを口に出したことも、行動したこともない。
だから、自分の中から自然と湧き出てきたこの感情に、自分が起こした行動に、少しだけ戸惑っている。
それでも、触れ合う肌の温もりに、彼の暖かさに、言いようもない安心感に満たされる。
「怒らへんのか?」
わずかに口唇が離れた瞬間、彼が聞いてきた。
少しだけ乱れた呼吸の中、「何故?」と聞き返してみる。
「せやから勝手に...」
「盗み読んだ挙げ句、嫉妬して押し倒したことを、か?」
「...」
「かなり痛かったゾ。」
「すまん...」
「おれはおまえに隠すことなど何もない。」
「へっ?」
「おまえは、おれに何を隠している?」
「...」
黙り込んだ彼の耳元に、試すように吐息を吹きかける。
彼はしばらく黙っていた。身動き一つしなかった。
胸を締め付ける不安。彼は何を考えている?
「...盗られてしまうような気がした...」
「???」
彼の答えが何を意味しているのか理解できずにいると、彼は抱きかかえるように自分を、そっとベットに横たえた。
見下ろしてくる彼をじっと見つめる。目つきが悪い、とよく言われる自分に睨まれて、彼がクスッと笑った。
「惚れた弱味やなぁ...」
「?」
「こないな気持ちになるなんて...初めてやから勝手がようわからん。」
「佐藤?」
「隠しことなんかしてへんでぇ?」
「...」
「ただ...なんや、滅茶苦茶、不安になるだけや。」
「不安?」
「ん...」
揺れたカーテンの隙間から光が射し込んできた。
夜が完全に明けたようだった。
先程までの冷たかった外気が、急に真夏の気配を帯びてくる。
今日も暑くなりそうだった。
「誰かに盗られてしまうんやないかって...何処かに行ってしまうんやないかって...」
彼が囁いた。
「なんや、俺、不破のこと...寝取ったみたいなカンジやから...」
「寝取った?」
ぱちくりと目を開いて聞き返す自分の口唇に、彼の指がゆっくりと撫でていく。
その指が口唇から顎へと滑り降りるのを合図に、口唇を開いた。
「『寝取る』とは..『他人の夫、妻、または情人と通じて自分の夫、妻または情人とする』という意味だゾ。」
「へっ?」
今度は彼の方が瞠目する。
「おれのことをおまえが『寝取った』と言うのならば、おれはすでに誰かの『夫、妻、あるいは情人』であることになる。」
「.....」
「おれは..」
言いかけた言葉を飲み込んだ。
妙な気分に襲われた。自分の身体の中が、熱くなってくるのが分かった。
「不破?」
口籠もった自分に、不思議そうに彼が聞き返してきた。
彼の大きな瞳が、顔を覗き込んでくる。
顔を背けたかったが、彼の指先に顎を押さえられて、視線がハズせられない。
無意識のうちに止めていた息を、ふっと吐く。
そして深呼吸。
飲み込んだ言葉を思い切って吐き出す。
「おれは、おまえ以外とは...セックスしたことはない!」
「はぁ!?」
「...おれは、おまえ以外の誰とも...つまり、この場合『寝取った』の意味が不明だ!一体、何のことだ!?」
「不破...」
彼の肩が小刻みに震えてくる。そのうち、吹き出して笑い始めた。
「何が可笑しい!?」
思わず大声をだしてしまった。頬が紅くなる。
そんな自分を見下ろしながら、彼がまた笑う。
「佐藤...」
少し拗ねたようにしていると、彼が笑うのを少しだけ止めて、頬に軽くキスしてきた。
「ホンマ、滅茶苦茶、可愛いわぁ!」
「なっ!?」
「俺しか知らん!なんて、エライ気分ええわぁ!」
「おい...」
「...けど、『笑顔の真相』は知らんでもええんか?」
「なに?」
彼の瞳が、ほんの少しだけ曇ったような気がした。
「カザの笑顔が知りたくて、サッカー始めたんやろ?」
「佐藤...?」
「カザの笑顔...渋沢も同じ笑顔なんやろ?」
「...」
「身体のことやない。気持ちのことや。不破が...」
シゲの言葉が途切れた瞬間、不破がぽつりと呟いた。
「おれはおまえの笑顔、好きだゾ。」
「へっ?」
「知りたい『笑顔の真相』は此処にもある。」
そう言って、彼の頬を軽く抓る。
「知りたいものは一つではない。欲しいものも一つではない。だが...」
「...」
「身体を...全てを委ねられるのは...一人だけだ!!」
「!!」
瞠目する彼に、さらに問いかける。
「おまえは...おれの身体は好きか?」
「へっ?」
「おれと...して良かったと思うか?」
「は?」
「男のおれで良いのかと聞いている!」
「不破...」
呆気にとられている彼の頬をより強く抓ってみる。
「おれにとって、この行為はかなりツライものがある。それでも、おまえだから許せるのだ。おまえだから...」
「...」
「おまえはおれのこと好きだと言ってくれた。おれはおまえのことが...っ!!」
これ以上は喋れなかった。口唇を噛みしめ、言わなければいけない最後の言葉を飲み込んだ。
言葉に出さなければ伝わらない想いもある。黙っていて理解されようなどと、ムシが良すぎる。
それでも、言い出すことが出来なかった。人の気持ちを思いやれ、と風祭に言われて、自分なりに努力してきた。
では....自分の気持ちは? 自分の想いは...誰に受け止めてもらえるのだろうか?
「ごめん...不破...」
「佐藤?」
開かれた窓から、目醒めた世界の空気が滑り込んでくる。
人の話し声。車の音。誰かの足音。
諸々の音が、気配が、部屋の中を、いつもの忙しない日常へと変えていく。
時間は確実に過ぎていく。
けれど、それに流されたくない。
逆らうワケではない。
ただ、此処に、自分がいたいだけ。
おまえのそばにいたいだけ。
おまえにこの想いを受け止めてもらいたいだけ。
「不破にばっか、頼りすぎてたな、俺は...」
「佐藤?」
「ごめんな、不破?」
彼の笑顔が優しくて、この瞳が大好きで...手放せないのは自分の方だ。
「甘ったれの、でかい子供だな...」
「俺の方が一つ年上なんやけど?」
微笑んで、ふと目を閉じる。
外界は目覚めたというのに、自分は再び睡魔に襲われたようだ。
「不破?」
彼の腕の中。白いシーツに身体を包まれて、言いしれぬ安堵感に意識を手放した。
耳元で彼の声が小さく聞こえた。
――――― お休み...愛してる
FIN(強制終了?)
あとがき
途中まで書いて、4ヶ月以上も放置してました。年末の大掃除をかねて、とにかく書いてしまおうと付け足しのですが、やっぱ、ムリがありました。
でも、このままほっといて年越し(?)してしまうと、永久に中途半端作品になってしまうので、消化不良のままですが、とにかく書き込んじゃいました。
「Lifetime Resepect」の続きで、渋沢の誕生日にあわせて書いていたんですがねぇ...
文才の無さもさることながら、近頃、自分の時間を持てなくて...っつーか、家人に滅茶苦茶、邪魔されてまして...(泣)。
会社の仕事で拘束されていた方がまだマシじゃ! と、叫びまくっている毎日です。
(でも、叫ぶ相手は友人のみ。家人に叫ぶと、より一層虐められるので、ひたすら耐えてます。)
まだまだ放置している駄文があるので、早く整理しないと2002年になってしまう...
早いトコ『けじめ』をつけたいと画策している日々デス。
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