Kissからはじまるミステリー





「あっ...」

目が合った瞬間、そいつが誰かと認識した瞬間、佐藤茂樹は思わず手にしていた其れを落としそうになった。

「あちちっ!」

左手の甲で受け止めるような格好になって、けれど、火のついた其れは、当然熱くて。
シゲの手の甲には、小さな火傷が出来てしまった。
それでも、どうにか、床に落としかけた其れを右手で取り押さえると、咄嗟に左手の甲に口唇を寄せた。

「あっち〜!」

シゲの動揺している様を、彼はじっと見ている。黙ってじっと、睨みつけている。
もっとも、こいつの場合は、目つきが悪いだけで、別に睨んでいるワケではない。
よく人から誤解されやすいが、そうではないことぐらい、シゲは学習済みだ。
しかし、微かに読みとれる彼の表情から、彼が不機嫌であることぐらいは、シゲにも分かった。

彼の不機嫌な原因が、シゲが右手に持っている其れであることも、シゲには分かっていた。

火傷のキズをぺろりと舐めて、シゲはまた、煙草を口にくわえた。
ぽぉっと赤く火が灯って、じりりと煙草が燻る音が聞こえる。
シゲの口唇から離れた煙草は、初夏の風に、紫煙と灰を泳がせた。
同じく、ふーっと吐き出される煙と独特な匂いが、嗅覚と視覚を刺激する。

不破大地が眉をぴくりと吊り上げた。

「よお? 珍しいんとちゃう? 不破センセーがこないなトコで...さぼりでっか?」

挑むように彼を見上げれば、彼も黙ってシゲを見下ろしている。

「一緒にするな。」

不破が口を開いた。

「おまえとは違う。」
「へぇ〜、なら、何で、こないなトコに来よったんかいな?」

此処は体育館裏の、花壇の前。樹齢50年は越している桜の木々にうっそうと囲まれた場所。
午後一のこの時間には、此処は木漏れ日が暖かくて気持ちよい、昼寝には最適な場所になる。
桜の花が舞い散ったばかりの木々の新緑の蒼さが目に滲みて、爽やかな季節の到来に、より一層眠気を誘われる場所だ。
だが此処は、嫌われ者が枝々を徘徊して厭がられている場所でもある。
そう、それはそれは賑やかに、その嫌われ者の『毛虫』が木の下にいる者を直撃するので、あまり人は寄りつかないのだ。
もっとも、シゲが座り込んでいる場所は、この中では一番、被害を受けにくくなっている。
上手い具合に、体育館の屋根の庇が、嫌われ者の襲来を邪魔するような格好になっているのだ。

シゲ以外にも、この穴場的な此処の場所を知っている連中はいるが、近頃はシゲが使っているので、他の連中は来なくなった。
教師には煙たがれているが、生徒間では人気があるシゲ。ケンカも強い。ルックスも、サッカー部の水野と良い勝負。従って、人気も半々というところだろうか? そのシゲの、さぼり場所は校内で数カ所あるが、何処もシゲ以外は使わない。というか、使えない。あえて、シゲにケンカを売る、挑発する、等といった無謀な事をするヤツなど、この桜上水の中には居ない。

今、シゲの目の前にいるヤツ以外は。

不破は軽く鼻で笑うと、そのまま踵を返そうとした。不破も、あえてシゲと諍いをする気が無いらしい。
だが、黙って立ち去ろうとする不破の背中に、シゲが誘いをかけた。

「此処、座らへんか?」

ゆっくり振り返る不破に、シゲは自分の横を指さして示した。
くわえ煙草から、紫煙がゆるゆると立ち昇っている。

不破は一瞬、考え込むような目をしてから、シゲに言われるまま無言で、シゲの横に腰掛けた。
差し込む木漏れ日に目を細め、じっと空を見上げている。

(ホンマに、綺麗な顔してるんやなぁ...)

日差しのせいか、いつもの鋭さが無い不破の瞳は柔らかくて、その横顔は、シゲの視線を釘付けにするほどだった。
1年生の時、不破とシゲは同じクラスだった。シゲの最初の印象は、皆と同じく、目つきの悪いヤツ。続いては、態度がでかいヤツ。そのうち、誰かが『クラッシャー』と呼んでいるのを聞いて、妙に納得した。本当に、人のプライドを、人の気持ちを、ズタズタにするヤツだと思った。
だけど、それは、不破が意図してやっていることではなくて、純粋に不破は、自分が知りたい事を、疑問に思う事を口にするだけで、自分が出来る事を人前で見せただけだった。そう、それが出来ないヤツは不破を妬んで、嫉妬して、嫌がらせのように、彼をそう呼んだだけなのだと、シゲは気がついた。

自分とは違った意味で、問題児なのだと気がついた。

その時から、不破に対してシゲには奇妙な親近感があった。盗み見るように彼を見ていた。そして、シゲはさらに気がついた。
不破は、あの鋭い瞳が無ければ、とても綺麗な顔をしているのだと。
これには、シゲも驚いた。おそらく、不破の表面しか知らないヤツは、この事に気がついていないだろう。


綺麗で、純粋で...無垢な彼。


その彼を汚してみたいと思う自分がいた。いつの間にか生まれ育った、この感情。邪な、どす黒い感情。
口先で燻る煙草の火のように、シゲの中には、不破に対する不思議な妄想が燻り始めていたのだ。

彼を自分の下に組み敷いてみたいのだ、と。
そうしたら、彼は、どんな顔をするのだろう、と。


涙する彼を、取り乱す彼を、見てみたい。


じりりと焼けこげる煙草の音は、シゲの想いを表すかのようだ。
これは...千載一遇のチャンスかもしれない。
ふーっと煙を吐くと、其れは風にかき消された。

「不破。」
「なんだ?」

不破が鋭い視線をシゲに投げつける。優しい日差しの中に不似合いな瞳。でも...綺麗だ。

「煙草。」
「ん?」
「吸ってみたこと、あるんか?」
「...」
「どや? 一つ、吸ってみぃへんか?」

不破の前に差し出す其れを、不破はじっと見ていた。
ほんの少しだけ身体を退いて、黙って、其れを凝視していた。

僅かな沈黙の後、不破が口元を吊り上げて笑った。

「いらん。」
「あっそ...」

予想通りの素っ気ない答え。シゲは其れを、不破と自分との間に置いた。
不破はまた黙ってそれを見ている。立ち昇る紫煙と、シゲが置いた其れと。

(興味があるくせに...)

何に対しても、疑問を、興味を示す、不破。
けれど、それは、どこか焦点がずれていて、こいつ、天然ボケか?と笑ったことがある。
頭はすこぶる良いのだが、そう...世間一般的な事柄が、信じられないほど疎いのだ。
特に疎いのは...くすりと、シゲは思い出し笑いをした。
不破は、きょとんと目を丸くしている。何が可笑しいのか?と首を傾げている。
その仕種が小動物を連想させて、シゲはとうとう声を上げて笑ってしまった。

「何が可笑しい?」
「ははは...すまんのぅ...つい、思い出してしもうて...くっくっくっ...」
「むっ? 何を思いだしたと言うのだ?」
「へっ?...それは...いや、何でもあらへん...くすくす...」

不破が腕を組んで、怪訝そうな顔をする。シゲを黙って睨み付けている。
シゲは必死に笑いを堪えようとするが、ふてくされているような不破の表情を目の前にして、ますます笑いが止まらない。
可愛いらしくて、拗ねているみたいで。シゲの劣情をそそるには、十分過ぎて。

「おい。」

かなり不機嫌そうな声を、不破が出した。シゲはどうにか笑いを堪えると、

「不破センセーは、俗っぽいこと、疎いから、おもろいなぁって思うて...」
「俗っぽい?つまり俗物的な、という意味か?」
「そうそう、先週の金曜日の放課後、C組の男子連中に、エライ講釈してたやないか?」
「...48手の話か?」
「そうそう! それ、ぜ〜んぶ、言えるアンタは何者やってカンジやった!」
「それほど、可笑しいことなのか?」
「まぁな! つーか、フツーはそーいうこと、そーんな顔して、言わへんねん!」
「???」

発端は、誰かが持ってきた雑誌の中に、中学生男子の興味をそそる特集があったことが原因だ。
放課後のC組の教室で、発育盛りの、多感な彼らがそれに夢中になるのも仕方ないことで。
シゲは、その中に一人に、借りていた辞書を返しに来て、そのまま彼らの...つまりは猥談に混ぜられてしまったのだ。
怪しげな雰囲気が漂う教室に、平然と入って来たのは、日直の不破だった。

見咎められて、担任へ告げ口されるのではないかと怯える彼らに、何故か、不破は懇切丁寧に、その内容について説明し出した。 それも、黒板に図解付きで。不破にかかっては、こういった猥談も、まるで人体標本の図鑑を見るような扱いだ。

硬直する彼らを後目に、不破は「何か質問は?」と聞き返し、皆が一斉に首を横に振ると、「では、窓を閉めて電気を消したいのだが?」と日直の仕事を忠実にこなそうとする。毒気を抜かれた連中は、すごすごと教室を出ていく。それを見届けると、不破は日誌に置きに職員室へと歩いていった。その背中を見ながら、誰かが呟いた。

「あいつ、むっつりスケベか?」

すると、もう一人の生徒が呟いた。

「いや、不感症かも?」
「違うよ。」

さらに、別な生徒が呟いた。

「天然ボケだよ...」

これには、皆、一斉に笑い声をあげた。彼らの声に、階段を下りようとしていた不破が振り返った。
嘲笑が自分に向けられているものだと、すぐに察知したらしい。
引き返して来そうな不破の気配に、皆は慌てて小走りに立ち去った。

だが、シゲだけが、その場に残った。不破も此方に向いたまま、黙って立っている。
暫し、睨み合いのような見つめ合いが続いたが、先に、不破の方が踵を返した。
そのまま、階段をとんとんと降りていく。
それを見送ったシゲは、どうにも笑いが堪えられなかった。

面白い....まさしく、天然ボケなヤツ。
それだからこそ。


彼の...乱れて泣き叫ぶ姿が見てみたい。


ふぅーっと、シゲがまた煙を吐いた。
そよ風に其れが流されていく。不破は其れを黙って見ている。

「ほい。」

シゲは、もう一度、不破に煙草を差し出した。不破は何か言いかけたが、それでも今度は其れに手を出した。
不破の綺麗な細い指先が其れを掴むと、暫し不思議そうに不破は其れを眺めていた。
別段、珍しいものではないのに...不破にかかれば、どんなものでも『考察』の対象になるらしい。
シゲはくわえ煙草のまま、自分の顔を不破の口元へと近付けた。目をぱちくりする不破に、シゲは意地悪く笑った。

「火。」
「ん?」
「点けなあかんやろ?」
「???」

不破は何を言われているのか、理解できなかったらしい。不思議そうにシゲを見つめている。

「くわえんかいな。」
「???」
「そっ! くわえたら、オレの煙草に近付けて...」
「...」

シゲの言うことがようやく分かってきたらしい。不破はシゲの言うとおりにする。
くわえた煙草の先を、シゲの煙草の先に近付けたが、それだけでは煙草の火は付かない。

「吸うてみ。」
「???」
「息、吸いこんでみ?」
「...」

言われるまま、不破は息を吸い込んだ。じりり...不破の煙草に火が付いた。そして...


ごほっ!!


咽せかえる不破。一度だけではない、数回、咽せかえった。かなり苦しそうにしている。

「おい? 大丈夫かいな?」
「うっ...気管支に...入り込んで...しまった...ぐふっ!!」

必死に其れを堪えている。涙目になって...かなり艶っぽい。
ひとしきり咽せかえったあと、ようやく不破の呼吸が正常に戻ったようだ。
深呼吸して、もう一度、不破は煙草を口にする。今度は、失敗しなかった。
ゆっくりと吸い込み吐き出した。自分の出した煙に、不破は目を細めている。

「どうや?」
「...」

シゲに聞かれて、不破はまた首を傾げた。まだ、考察中らしい。
数回、其れを繰り返して、不破はぽつりと呟いた。

「よく分からん...」

くすっ...シゲが笑った。不破らしい感想に、シゲは笑った。
初めてなのだから、特に感想などないだろう。
けれど、これがいつの間にか病みつきになる。止められなくなる。

「セックスみたいなもんかもな?」
「???」
「一度知ってしもうたら、やみつきになる。」
「やみつき?」
「そっ! けど、やりすぎると身体に良くない。かといって、やらんのも身体によくない。」
「???何だ?それは?意味が分からんゾ???」

不破が目をぱちぱちさせる。シゲの台詞に興味が沸いたらしい。其れが何を意味するのは知りたくなったようだ。
思わずシゲが口元を緩ませた。不破とて、まだ10代の少年なのだ。興味がない、などとは言わせない。
頭で考えてしまう不破だが、身体はしっかり反応できるはずだ。そうであれば...。

「不破はセックスしたことあるか?」
「???」

シゲに訊かれて、不破はますます目をぱちぱち動かしている。
それから首を傾げて、シゲの質問の意味を解析し始める。
だが、すぐに壁にぶつかって、シゲに素直に質問を返した。

「それは...女と...異性と性行為をしたことがあるか?という意味か?」
「異性だけじゃあらへんで。同性でも、や?」
「???」
「形があえば男も女も変わりないやろが?」
「...」

シゲの質問の意図が理解できずに、不破は黙々と考察中である。その様子を見て、シゲはにやりと笑った。

「じゃあ、ヌクことも、したことあらへんとか?」
「???」
「意味、分からへんか?」
「それは...自慰行為のことか?」
「そっ!」
「...一度、したことがある。」
「へぇっ! 不破センセーでも、そないなこと、したことあるんか?」
「??? それほど、不思議がることではあるまい ???」
「そ、そりゃーそうやけど...」

不破が煙草を軽くふかした。その仕種が結構『サマ』になってきている。

(こいつ、意外と性悪かいな?)

自分の描いていたイメージが、少しづつ崩れていくような気がした。
黙って、不破の横顔を見つめていると、不破がシゲの方へくるりと振り向いた。

「おまえは、あの行為を気持ち良いと思えるのか?」
「へっ?」
「オレには...よく分からなかった。」

不破は、もう一度、煙草をふかした。吐き出した煙が風に乗って、瞬く間にかき消された。

「あれが気持ち良いものだとは、到底思えなかったゾ。」
「...」
「疲れるし、気分が悪くなるし、考察するのも、かったるくなって、途中で投げ出してしまった。」
「...」
「身体が成長途中というのもあるだろうが、とても...やみつきになる行為とは思えなかったゾ。」
「...」
「おい? 佐藤、どうした...?」
「...ぶっ...ははははっ!!」

肩を小刻みに震わせていたシゲは、とうとう我慢できなくって、腹を抱えて大笑いしてしまった。

「なっ!?」

その様子に、不破が驚いて顔を真っ赤にする。

「不破...もう、あかん...可笑しゅうて...もう...くっくっくっ...」
「...」
「なんや、もう、ホンマ...天然ボケやね、不破はっ!!」
「天然ボケ?」
「はははは...それ、わざとやってるんやったら、あんた、大した役者やわぁ!」
「???」
「...って、わざとやないやろ? せやから、天然やねん!!」
「...」
「はははは...く、くるしー...」

シゲの笑いが止まらないので、不破は思いっきり不機嫌な顔をした。
けれど、その顔も、シゲにとっては、拗ねているようで、可愛いらしく見えてしまって。
涙目になって笑い転げるシゲを、不破はじっと睨み付けていた。

「はぁ〜、苦しかったぁ!」

一頻り笑ったシゲは、深呼吸して、ようやく笑いことを止めた。不破は黙ってじっと見ている。
ふと、手にした煙草が燃えてつきて、いつの間にか灰になってしまった事に気がつくと、シゲは其れ指先で軽く捻って、空き缶にぽいっと入れた。

「ほい。」
「???」

空き缶を不破の前にも差し出す。よく見れば、不破の其れも、すっかり灰になっていた。不破も同じように、吸い殻を空き缶の中に投げ入れた。

「なぁ、不破。」
「ん?」
「自分でするより、人にしてもらおう方が、ずっと気持ちええでぇ?」
「なに?」


ごっつん!


「いたい...っ!」

シゲの台詞を理解する前に、不破の後頭部と背中に、鈍痛が走った。痛みで一瞬、目を閉じたが、それでも何事かと、うっすらと目を開ければ、光輝く金色と鳶色の瞳が視界いっぱいに広がっている。その後ろには、初夏の蒼い空。新緑からきらきらと、舞い落ちてくる木漏れ日。

不破が息を呑んだ。とても、綺麗だと思ったから。

「不破...」

耳元で微かに囁くシゲの声に、不破の身体がぴくりと震えた。
数回、瞬きをして、不破は自分が置かれた状況を考える。

どうやら、シゲに押さえ込まれているようだ。もっと正確に表現するならば、押し倒された、と言うべきか?
シゲの左手によって、不破は両手を一つにまとめられて、頭の上に押さえつけられている。
これは一体どうしたことだ? 何故、自分はこのような体勢にさせられたのか? 確か...セックスの話をしていて...

「!!」

次の瞬間、不破は瞠目した。信じ難い感触に、全身が泡立ったからだ。
シゲの膝が不破の両足を割って入ってきて、彼の右手が自分の中心部分を撫で上げてきたのだ。

「なっ! なにをするっ!?」

押さえつけられた両手の自由を取り戻そうと、シゲの手を振り払おうと、激しく暴れるが、彼の力は意外と強かった。
容易に戒めが解けなくて、じたばたと藻掻いているうちに、さらにシゲの右手の動きが忙しく動き回る。

「よ、よせっ! やめろっ!!」

ざわざわと押し寄せ始める未知の感覚に、不破が悲鳴を上げた。
その声を呑み込むかのように、不破の口唇にシゲの口唇が押さえつけられた。

「んっ!!」

強引にシゲの舌が、口腔に侵入してくる。ざらりと歯を撫でると、そのまま不破の舌に絡んできた。

「あっ...ん...いや...ぁ...」

僅かに口唇が離れるたびに、不破から甘い吐息が漏れてくる。シゲが其れに触発された。
より一層、舌を絡める動きと、右手の動きが、不破を未知の世界に追い立てようと、激しく蠢く。愛撫する。
やはり、不破も自分と同じ10代の若い身体なのだ。素直に反応してくる不破に、シゲは愛おしさが込み上げてきた。

もう、これ以上は自分も限界だった。
不破の形が少しずつ変わり始めている。
それは、シゲ自身も同じだ。

「不破...」

口唇が僅かに離れた瞬間。
シゲは息が止まりそうになった。


不破が泣いていたから。
その瞳には大粒の涙が溢れていた。
弱々しく濡れる瞳。
けれども、シゲを睨み付けている。


風が止んだ。
時間が止まった。


落ちた...


心臓を打ち抜かれたような感覚。
不破の瞳が、シゲの心臓を直撃した。

息を呑み込み、不破から目が離せなくなる。


興味本位で誘いをかけた。
邪まな感情で、彼を汚そうとしていた。

けれども、その行為が、どれほど穢らわしいことか。
自分の浅ましい、卑しい行動に...吐き気がしそうだ。


軽い目眩を感じて、シゲの拘束が緩んだ。
その時。


「ぐっ!!」


腹部に激痛が走った。咄嗟に腹を抱えて、シゲが唸る。不破がシゲの腹部を蹴り上げたのだ
さらに、そのシゲの身体を、不破は思いっきり、横殴りで張り倒した。これには、シゲも抵抗できなかった。

さすが、クラッシャー。

不破の呼び名を、シゲは衝撃でくらくらする頭で思い出した。
そうだ、こいつは、ケンカが強かったのだ。今まで、直接に対峙したことはなかったけど。

蹲るシゲを見下ろすような格好で、不破が立ち上がった。
その瞳には、まだうっすらと涙が滲んでいたけれど。

互いに沈黙のまま、睨み合いが続いた。
だが、次の瞬間。


予鈴が聞こえてきた。


校内が、辺りが急に騒がしくなる。
人の気配がしてくる。


くるりと不破が踵を返した。

「不破!!」

呼び止めようと叫んだシゲの声に、不破の肩が微かに震えたが、そのまま振り返らずに歩いていく。
追いかけたくても、痛みで、シゲは動けない。よろよろと立ち上がった頃には、不破の背中は見えなくなっていた。

体育館の中。壁を隔てた向こう側から、人の足音や話し声が聞こえてくる。

ようやく、シゲは深呼吸した。
不破に殴られ蹴り倒された腹を抱えながら。

けれど殴られた痛みより、身体の中が痛かった。
左胸が痛かった。ぎゅっと締め付けられて、ズキズキと痛み出す。


不破を傷つけた。


彼の痛みは、これ以上かもしれない。
与えてしまった痛みを償うには...。


シゲの頬を風が撫でていく。
もう一度、深呼吸した。

深呼吸して、シゲは、ふと気がついた。

痛み以外の何かが、身体の中に疼いている。
これは、一体、何だろう?


「マジになったんかもな...」


シゲの呟く声が、風にのって、煙草の煙のようにかき消されていった。
けれど、この沸き上がる想いは、消えそうにない。燃え上がる熱い火のような感情は消えてくれない。


本気。


本気になったのだ。
間違いなく、これは。


今までいい加減に生きていた自分が、本気になったのだ。
ようやく見つけた、本気になれる相手を。


「よし。」


シゲは軽く拳を握り締める。
初夏の風の中、シゲの想いを優しく包み込んでいた。



翌日。
小さな台風が桜上水に上陸した。

最初は小さな小さな嵐だったのが、何時の間にか多くの人を巻き込んだ。

シゲも巻き込まれた。

そして...

「そいつの笑顔の真相が知りたい。」

不破がシゲの目の前に現れた。


桜上水サッカー部始動。



この日から...始まった。




Kissからはじまるミステリー




FIN




☆ ―――――――――― ☆

あとがき

『SERIAL STORIES』の『ごきげんだぜ!』&『むぎゅ!だいすき!』のリメイク版...みたいになってしまいました。
シゲ不破同盟を運営されている、ひあま様が描かれたイラストを元に書いたつもりが、結局、ネタ尽きてしまったようです。
でも、しっかりと送り付ける自分も何ですが...(滝汗)。

ウチのシゲはどうして、こうも手が早いんでしょうね(苦笑)。でもって、不破はナキムシ(爆)。
佐藤が描くシゲ不破ワールドって、このパターンしか書いてません。もちっと、他のパターンも研究しなければ!




☆ ―――――――――― ☆

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