選抜合宿第二日目の夜が更けていく。
明日は、いよいよ最終選考の日。

明日で決まる...

消灯時間が近付いてきた廊下には、人影がまばらになりつつあった。各自、部屋に戻って明日に備えている。そんな静かな廊下を、三上も部屋に戻ろうと歩いていた。だが、足取りが重かった。

部屋に戻れば、あの水野がいるわけで。あいつだけには負けたくない。しかし、この二日間、あいつだけじゃない、他の連中のことも見てきたが、自分の能力がそれほど高レベルのものではないと自覚してしまった。まだまだ上には上がいるのだ。だからといって、武蔵野森の指令塔である自分がこの選抜で落ちるわけにはいかない。この二日間、全力で挑んできたが、その結果が明日には分かる。自分が通用するのか、しないのか...

水野には負けたくない。だが、それ以上に自分が選抜に残れるのか...

堂々巡りと気付いていながらも止めることが出来ない三上は、何か飲み物でも、と思いつき、自販機のある場所に足を向けた。そこに行くと、明星中の鳴海に会った。何かぶつぶつ独り言を言いながら、自販機を蹴飛ばしていたのが見えた。八つ当たりか?何を苛立っているのか...選抜のことで苛立つような繊細な神経の持ち主ではない。だとしたら...何があったか知らないが、近寄らない方が無難だな。

三上は回れ右して別な自販機の場所へ行こうとすると、聞き覚えのある能天気な声が聞こえた。

「あれっ!?鳴海、何してんの?」

藤代だった。このお子様は、どこかの部屋でゲームでもして遊んで来たのだろう。こいつは、渋沢とは違った意味で選抜のことなど眼中にないヤツだ。どこから来るのか、その自信ってヤツは...。三上はそのまま立ち去ろうとした。

その時だった。

「おい!藤代!あのチビと一緒にいるBグループのGKは誰だ!?」
「へっ!?」

思わず立ち止まる。聞き耳を立てるつもりはないが、自然と鳴海の声に神経が集中する。

「俺が合宿に来た時、おまえと一緒にランニングしていたチビがいただろう!?そのチビとやたら一緒にいる細っこくて目つきの悪いBグループのGKだよ!藤代、知らないか!?そいつのこと!!」
「それって...もしかして不破のこと?」

三上が振り返る。三上のいる位置には観葉植物が飾ってあって、二人は気付いていないようだ。

「不破っていうのか?どこの中学だ?」
「桜上水だよ」
「桜上水??どこの学校だ、それは?」
「う〜ん、今までは出てこなかった中学だけど、今年はメンバーが揃っててすっげぇ面白いんだ!」
「あのチビもそこなのか?」
「チビ?風祭のこと?うん!そうだよ!!アイツもすっげぇ面白いんだ!あと、Aグループにいる水野もそう」
「水野?あのビジュアル系のキレーな顔してるヤツか?」
「そうそう、鳴海、結構チェックしてんね!」
「チェックなんかしてねーよ!それより、不破ってヤツはどうなんだよ?」
「どうって?」
「そんなにスゲーGKなのかよ!?」
「う〜ん...技術的にはまだまだだけど、すっげぇセンスはいいよ!オレは目茶苦茶気に入ってる!!、それに、すげぇ可愛いしぃ!素朴で純粋で無垢で、ホント、可愛いんだからぁ!!」
「はぁ??」
「えっ?何?もしかして、鳴海も不破のこと気に入っちゃたの!?ダメだよ!オレが先なんだから!!」
「.....」

(あの馬鹿...)

眉をつりあげ、呆れ顔の三上。そうだ...こいつは渋沢と同類なヤツだった。

「藤代、おまえってそーいうヤツだったのか?」
「何が?」
「だから...その...」
「だから!不破は特別なの!!」
「.....」
「鳴海、不破に惚れちゃ駄目だよ!オレが先なんだってば!!」
「おい」
「ん?」
「俺はなぁ、さっき、アイツに『文句はフィールドで聞いてやる!』なんて生意気なこと言われて、すっげぇムカついてんだけど...」
「えっ?そんだけ?」
「そんだけだとぉ!?」
「不破ってさぁ、頭いいから難しいことバシバシ言ってくるんだ。もー絶対言い返せないくらい。そんだけで済んで、鳴海、良かったじゃん!!」
「.....」

唖然として何も言えなくなっている鳴海。だが、藤代は、

「なぁんだぁ!!不破に惚れちゃったワケじゃないんだぁ!良かったぁ!!」

などと喜んでいる。これだから、お子様ってヤツは...!

額を押さえて、三上は絶句する。もう、知らねーよ、こんな連中!!、三上は腹立たしくなって、その場を後にする。とにかく部屋に戻って休まないと。だが、やはり足取りは重く、部屋に戻る気がしない。消灯時間まで少し余裕がある。 今度はシャワーでも浴びようと思いついた。シャワー室へと向かうと、すでに誰かいるようだった。覗いてみると...そこには先程の話題になってヤツがいた。

シャワーを浴び終わったところらしく、不破はタオルで身体を拭いている。

......渋沢がいなくて良かった。他に人がいなくて、おまけにこんなトコみたら、また理性がぶっ飛んでしまうだろう。何となくホッとした。

ふと誰かがシャワー室に入ってくる気配がして、三上は咄嗟にロッカーの影に隠れてしまった。隠れながら、何も悪い事をしているワケではない自分に気が付き、頭をがしがしと掻き毟る。

すると、

「お、おめぇはぁ!!何してんだよ!!」

この怒声は...鳴海!?
何だって、アイツこんなとこに!?

はっとする三上に聞こえてきたのは無感情な声。

「シャワーを浴びていただけだが?」

相変わらず単調な不破の言い方に、聞きなれていない鳴海はとうとうぶち切れたらしい。

「このぉっ!!」


どったーん!!


何かが倒れる大きな音がした。三上はロッカーの影から出て、音のする方を覗いてみると、床に鳴海が倒れていた。

「てめぇ!よけるんじゃねーよぉ!!」

鳴海はがばっと起き上がると、不破に拳を振り上げた。だが、不破はするりとかわす。

「このっ!」

もう一度、鳴海が拳を振り上げる。またしても不破は何食わぬ顔で避ける。

そして、

「いい加減にしろ!こんな所で殴り合いのケンカをしてはマズイだろう?」

不破の一言ではっとする鳴海。だが、それでも振り上げた拳は納める事が出来ない。

「暴力沙汰を起こしては、選抜どころか夏の大会さえも出場停止になる!迷惑だ!!」

不破が制止の声を上げる。だが、鳴海は、振り上げていた拳をついに不破の鳩尾に命中させた。不破は微かに呻き声を上げて、その場に倒れ込んだ。鳴海の肩が激しく上下に動く。倒れ込んだ不破を見つめて、ようやく自分のした事に気が付く。

まずい。この状態は非常にまずい。思わず不破を抱え上げて、側にあったベンチに横たわらせる。

(ん...?)

仰向けになった不破を見て、鳴海は一瞬どきりとした。

目を閉じていると、かなり印象が変わるものだ。眉を微かに苦しげにしかめていて、開いた口唇はなかなか艶っぽい。ぐったりとした身体は、GKとは思えないほど華奢だ。襟ぐりの広いTシャツから見える鎖骨は色っぽくて、そそるものがある。確かに...藤代の言うように、なかなかイイかも...

まじまじと見下ろす鳴海は、内心焦りながらも次第にいつも図々しさが出てくる。

この際...やっちまった方がいいか?
その方が、今夜のことはかえって口止めになったりして?

短絡思考の鳴海。横たわる不破のTシャツを捲り上げる。華奢で色白な素肌が眩しい。思わずごくりと唾を飲み込む。掌を脇腹へと這わせ、怪しい方向へと進みそうになった、その時。


「げふっ!?」


今度は鳴海が床に蹲った。

「...てめぇ...気が付いていやがったのか...」

鳴海が痛そうに股間を押さえながら、不破の方へ顔を向ける。不破はすくっと立ち上がると、捲くられたTシャツを直して腕組みをしながら鳴海を見下ろす。

形成逆転。

この状況に鳴海は背筋が寒くなる。蹴り上げられた股間は、あまりの痛さに、立ち上がる事さえできない。こいつのサウンドバックにされるのか...はたまた、監督や他の連中にチクられて選抜から追い出されるとか...冷や汗だらだらの鳴海に、天の一声が聞こえた。


「そこらへんで勘弁してくれないか?」

「設楽!?」


奥のシャワー室から、鳴海と同じ中学の設楽が姿をあらわした。設楽の姿を見ると、鳴海は、天の助けと言わんばかりに、ぱぁっと顔が明るくなった。だが、設楽は、むっとしながら

「喜んでんじゃねーよ!オレはおまえの面倒見に、選抜に来たわけじゃねーんだよ!!」

設楽に一喝されて、鳴海はシュンとなる。

「おまえ、オレがいたのに気が付かなかったのか?」
「へっ?」
「ここにいるのは、こいつ一人だけだと思ってたのか?呆れたヤツだな?もうすこし周りをみろよ」
「.....」
「こいつがホントに気を失ってたら...あのままおまえにいいようにされてたら、オレがオマエの股間を蹴り上げてたゾ」
「.....」
「まぁったく図体ばっかりデカクて、オレにばっか世話かけさせんなよ!!」

設楽は鳴海に言いたい放題言ってから、不破の方に振り返った。

「...ってことで、コイツのことはオレにまかせてくれないかな?」

設楽の申し出に、不破が「?」顔でいると、

「まぁ、非はこっちにあることは明白だけど、騒ぎになればお互い、何かと面倒だろ?で、ここはまぁるく納めて貰いたいもんだなぁっと...」

「どういう意味だ?」

首を傾げる不破に、設楽はにやりとすると、

「まぁ、それなりにお返しはするってことで」

意味深な設楽の言葉に、不破は眉を顰めた。

「選抜で手を抜かれても嬉しくない」

不破の一言に驚く設楽。不破はさらに続ける。

「夏の大会で、いずれ会うかもしれない。だが、それでもオマエ達に手抜かれても嬉しくない。オレは、オマエ達の攻撃を止める事が面白いと思う。予め、手抜かれていては、面白くも何とも無い」

もっともな不破の意見だが、それでも多くの人間は、設楽の申し出を受け取るだろう。それを当たり前のように断る不破が、設楽には不思議で仕方なかった。これが、不破の魅力の一つなのかもしれない。

「ふ〜ん、あっそ。なら、今の事、黙ってくれるワケね?まぁ、それならウチは有り難いけどさぁ」

設楽は頭をポリポリと掻きながら、

「まぁ、そんでも借りは借りってことで、この借りは何かで返させるよ、鳴海から」
「おい!」

痛みがおさまったのか、立ち上がろうとする鳴海を、設楽はしっかり肘鉄で床に押さえつける。

「おめぇの責任だろ?」
「.....」
「だったら、おめぇが責任とれよ?」
「.....はい」
「少しぐらいだったらオレも手伝ってやるからさ」
「へっ?」

設楽はシャワー室の出口の方をちらりと見ながら、そう言った。鳴海はワケがわからんといった表情で設楽を見上げる。

不破は自分の荷物を拾い上げると、シャワー室から出て行こうとした。

「おい!」

設楽が呼びかける。

「望みどおり、選抜は手抜かないぜ。大会も、だ」

設楽の呼びかけに、不破も振り向いて答える。

「あぁ、上等だ。それで構わん」

不破はシャワー室から出ていった。設楽と鳴海も「部屋に戻るか」と言って、自分達の荷物を整理し始めた。

物陰に隠れていた三上は、設楽と鳴海に見つからないようにシャワー室を後にした。無事見つからずにシャワー室から出ると軽く溜息を吐く。結局、何が何だが釈然としないまま、三上は自分の部屋に向かった。

(とりあえず、寝よ...)

三上は頭をがしがしを掻くと、深呼吸をした。考えすぎは良くないな...

三上が歩いていくと、ふと前方の廊下の隅に蹲る人影に気が付いた。

(ん??)

近付いてよく見ると....

「不破!?」

蹲っていたのは不破だった。苦しそうに腹を抱えている。

「どうした!?」

不破が顔を上げる。額に脂汗が滲んでいる。

「あぁ、ちょっとな...大事無い,,,」

強気な台詞のわりには、弱々しげな瞳。いつも目つきの悪さはどこにいったのか?、かなり弱っている。その様子に三上は、はっとする。さっき、鳴海のパンチをもろに食らっていたのだ。多分、気を失いかけたのは本当だろう。それをどうにか保って、ここまで歩いてきたのだ。無理も無い。

「不破!?」

三上が思わず大声をあげる。不破の額から血が垂れてきたからだ。不破もそれに気が付いて手を当てる。

「いた...」

不破の顔が少し歪む。鳴海のパンチを食らった後、不破は倒れ込んだ。多分その時、額を床にぶつけたのだろう。

「おい!見せてみろ!!」

三上は、自分のタオルで不破の額の血を拭いてやる。傷口は思ったより、浅いようだった。そのままタオルを当てがって、三上は不破を近くの洗面所まで連れて行く。そこならベンチがあるからだ。不破を座らせると、

「ここで待ってろ!」

そう言って、三上は走っていった。部屋に戻れば、カバンの中に消毒薬や絆創膏があったはずだ。全力で走る三上は、滅多に無いお節介な自分の行動に気が付いていなかった。



その頃、風祭が水野の部屋を尋ねてきていた。

「不破くん、知らない?」

つい2時間程前、水野が風祭を尋ねた時の台詞と同じだった。

「いや、知らないが...あいつ、どうかしたのか?」
「うん...それが、さっきまで一緒に部屋にいたんだけど、ふらりと部屋から出ていったきり戻ってこないんだ。お風呂とかシャワー室とか覗いて見たんだけど、不破くん、どこにも居なかったんだ。もうすぐ消灯時間だし...なんか心配で...」

風祭が不破を心配する様子は、正直、水野には面白くない。自分がこんなにも風祭のことを思っているのに、風祭は不破のことばかり心配している。水野は深い溜息を吐くと、

「子供じゃないんだから、消灯までには帰ってくるだろう」

そう冷たく言った。風祭もはっとしながら、口篭もって答えた。

「うん...そうだよね...じゃぁ、もう少し待ってみるね。邪魔してごめんね」

引き返そうとする風祭を呼び止めようと水野が部屋から出ると、廊下の向こうから天城が走ってくるのが見えた。

「あれっ?天城?」
「風祭!不破がいなくなったって本当か?」
「あっ...うん、ちょっと行方不明かな?心当たりを探しているんだけどね...」
「まさか...」
「何!?天城、心当たりでもあるの?」
「いや、その...実は、さっきオレが明星中の鳴海ってヤツに絡まれているのを不破が助けてくれたんだ」
「えっ!?」
「まさか、不破...あいつに...!」


ばたばた...


慌てて走ってくるような足音が聞こえた。振り返ってみると、三上の姿が見えた。

「???」

風祭、水野、天城の三人が不思議そうに見ているのに、気が付かないのか、三上は部屋に入るとすぐに手に何か抱えて出てきた。そのまま、廊下を引き返して走っていった。

「何だ?」

水野が怪訝そうに声を出した。水野にとって三上は天敵に近い存在だ。その彼が、こちらに気付くようすもなく走り去っていたのだ。しばし呆然と三上を見送っていると、ふいに後ろから声が聞こえた。

「不破くんがいなくなったんだって!?」

驚いて振り返ると、渋沢が息を荒くしながら立っていた。渋沢も走ってきたのだろう。そのすぐ後ろから聞き覚えのある、のー天気な声も聞こえてきた。

「不破がいなくなったってぇ!?」

藤代である。渋沢同様、走ってきたのか、少しだけ息が荒い。でも、いつも藤代らしくない真剣な表情だ。

「うん...そうだけど...何で皆知っているの?」

渋沢や藤代、それに天城の勢いにタジタジになる風祭。水野は軽く溜息を吐く。

(そりゃ、おまえが不破のこと、うるさく聞きまわっているからだろう...)

全くそのとおりである。きっと心当たりを片っ端から当たっていたのだろう。風祭の心配性というか過保護ぶりは、ある意味水野のそれよりも凄い。だからこそ、それが水野には気に入らないわけで...

突然、はっと気が付く水野。つい先程、三上が走り去った方を見る。

何だか...イヤな予感がする。


「手分けして探そう」

渋沢の提案に、風祭は、すでに同室の小岩や杉原に頼んで探してもらっている、と言う。では、どこを探すか...あーでもない、こーでもないと、締まり無くダラダラと話し合っているようだ。水野はそんな様子を横目でみながら、こっそりとその場を離れた。三上が走り去った方向をめざして。あの三上の慌てようはハンパじゃない。だとしたら...



三上が不破のところに戻ると、不破は少しラクになったのか、先程の苦しそうな表情ではなくなっていた。それでも、目を閉じて右手は額にタオルを当てていた。左手は、まだ痛むのか、鳩尾に当てていた。

「おい」

三上が声をかける。不破が顔をあげる。その瞳は、やはり、いつも不破ではなかった。どこか弱々しくて...そう、艶っぽいっていうか...

三上は、はっとする。昨日の夜、風呂場で見かけた不破に、一瞬、ぞくっとした。あの時の感覚が戻ってきたようで...それでも、三上は無言で近くにある水道でタオルを洗って絞ると、不破の方に向き返った。

「おい、ちょっと見せてみろ」

額のタオルを取り、もう一度濡れたタオルで傷口を拭いてやる。最初の出血には驚いたが、今は血が少し滲んでいるだけで意外と傷が浅かったことがわかる。これなら、消毒と絆創膏で大丈夫だろう。

「少し沁みるぞ」

傷口に消毒をかけてやると不破が痛そうな顔をするが、三上は気にせずやや大きな絆創膏を貼ってやる。すると、不破は傷口が気になるのか、絆創膏の上から傷口を触るので、

「おい、あんまりいじるんじゃねーよ」
「ふむ。出血のわりには大したことなかったのだな」
「あぁ、けどよ、もし血が止まんねぇようだったらコーチとかに言ったほうがいいな」
「.....」
「寝ぼけて頭ぶつけたとか言ってな!」

三上は腰に手を当てながらそう言うと、不破は少し驚いた顔をする。そして、

「知っているのか?」

不破が聞いてくる。三上は、「さぁな」と軽く答えて、不破の血で汚れたタオルを水道で洗い出した。不破は黙って、三上をじっと見つめている。

「なんだよ?」

振り返ると、不破はまだ左手を鳩尾に当てがったままだった。

「まだ、痛ぇのか?」
「.....」
「そこも見せてみろ」

そう言うと、三上は不破のTシャツを捲った。見事なくらい、鳩尾に真っ赤な痕がある。かなり痛々しい。三上は、その部分に絞ったタオルをあてがった。ぴくりと不破の身体が動く。

「痛むのか?」
「いや...冷たかっただけだが...」

不破が俯く。俯きながら、不破の肩が微かに揺れる。

「おい?」

三上が不破の顔を覗き込むと、

「三上...くすぐったい」

不破が笑っていた。
可笑しそうに。


どきり....


こんな不破の顔は見たことがない。
いつも無表情で可愛い気がなくて。

(おい...これって...)

滅多に見られない不破の笑顔だった。
あまりにも意外だったので、三上は硬直してしまった。

「三上...可笑しい...」

不破はそう言うと、くすくす笑いながら、三上の首に腕を回してきた。しがみついてきたのだ。

「お、おい!?」

焦る三上。不破は笑っている。

その時だった。


「水野くん、そんなとこに立って何してんの?」

洗面所の入り口付近から声が聞こえた。

はっとして振り返る三上。そこに居たのは...

「!!!!!」

水野が立ち竦んで、こちらを見ていた。その横には、今ここに歩いて来た、といったカンジの風祭が立っていた。風祭は、唖然としている水野を不思議そうに見てから、ゆっくりとこちらに振り返って...

「ふ、不破くん!?」

大声をあげた。その声を合図に、遠くから廊下をばたばたと走ってくる足音が聞こえた。

「不破くん、見つかったのか!?」

洗面所を覗き込んできたのは...

「三上!?」

(げげっ!?渋沢ぁ!!おまけに、藤代と国府二中の天城までぇ!?)

焦り捲くる三上だったが、今更ながらこの体勢は...

不破のTシャツを捲って三上は手を入れている。三上の首には不破が腕を回していて...


これじゃあ、いちゃついてる最中ってカンジじゃねーかよぉ!?


咄嗟に三上は不破から離れる。すると、不破のTシャツの中からタオルが落ちた。不破は笑うのを止めて、タオルを拾い上げた。

「三上、もう直った。どうも、だ」

そう言って、タオルを三上に手渡した。

「不破くん?」

風祭が不破に近付いてくる。そして、

「その絆創膏どうしたの!?」

不破の額の絆創膏を指差しながら驚いて言う。

「あぁ、ちょっとな...」

不破も軽く額に手を当てながら答える。風祭は、不破の座っているベンチに消毒薬や絆創膏が入っている袋に気が付く。不破はそれを手にすると、三上に渡した。三上も黙って受け取る。

すると...

風祭は、いきなり不破のTシャツをがばっと捲る。不破が驚くが、それ以上にこの場に居合わせた面々も驚いた。だが、一同、風祭の一声にはっとした。

「誰に殴られたの?」
「風祭...」
「こんな酷いこと...どうして!?不破くんがこんな酷いことされるの!?」

「不破!」

今度は、天城が近付いてきた。

「まさか...あいつに?オレのせいか!?あいつにやられたんだな!!」
「天城...」
「そうなんだな!?」

天城に肩を掴まれて、不破が少し痛そうな顔をする。だが、不破は黙って何も言わない。

風祭は、側にいる三上を見上げた。三上は不破を手当てしていた。三上なら何か知っているのかも...風祭はそんな顔をして三上のことを見上げてきた。風祭の視線に、三上は眉をぴくりとさせて不破のことをちらっと見る。不破はそんな三上に無表情のように見えた。だが...風祭には不破が目で何かを三上に伝えているのが分かった。

「オレはしらねーよ」
「三上先輩...」
「そいつが喋んないことオレが喋れねぇだろ?オレは通りかかっただけだよ。」

「三上」

渋沢が声をかける。先程の渋沢とは表情が変わっていた。三上が不破にとんでもないことしている、と唖然としていた表情ではない。不破が、実は暴力沙汰に巻き込まれていたと気が付いたのだ。藤代や水野も、表情が硬くなっている。事態がこのままでは済まない方向に進んでいるようだった。

だが、

「大事無い」

不破はそう言うと立ち上がった。何事も無かったように。

「不破くん!!」

風祭が心配そうに不破を見上げてくる。不破はそんな風祭に目を細めながら答える。

「明日は最終選考だ。今、面倒なことを起こしたくない」
「.....」
「それに、オレはこの選抜が意外と面白いと思っている。いろいろなヤツがいて、この中で自分がどこまで通用するのか試すのが、今、面白い」
「不破くん?」
「よそ見をしているヒマは無い」

不破は部屋に戻ろうと風祭を促した。風祭は納得のいかない顔だったが、不破に言われて仕方なく部屋に戻る事にした。部屋に戻りながら、不破は天城にも何か言っているようだったが、天城もどことなく納得していない表情だった。

藤代も珍しく何も言わない。渋沢は三上に何か聞いているが、三上は誤魔化しているようだった。

水野も黙っている。

三上と水野が部屋に入ろうとすると、不破が後ろから声をかけてきた。

「礼を言い忘れた。三上、ありがとう。借りが出来たが、返さなくても良いな?」

三上は振り返ると、

「上等だ」

不破が鳴海や設楽に言った台詞を言ってやった。それに不破は口の端を軽くあげると、風祭と一緒に自分達の部屋に戻っていった。


選抜合宿第二日目の夜が静かに更けていく。


Fin



☆ ―――――――――― ☆

あとがき

途中で何度も力尽きそうでした...って最後の方は完璧に力尽きていました。
ようやく、三上×不破をUP!
けど、鳴海×不破みたいで...こういう暴力がらみの事件って、書き方が難しいですね。
勉強し直します。

☆ ―――――――――― ☆

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