夏の暑さがほんの少しだけ和らぐ時間。宵闇にまぎれて、一人歩く。何をするわけでもなく。河川敷の外灯が見えてくる。うすぼんやりと見えてくる。外灯の灯かりと、空にうかんだ月の灯かりで、川面がゆらゆらと光を反射している。夏の夜には珍しく、涼しい風がふいて、ふと、一人立ち止まる。

――――― オレは何をしているんだろう...

見上げた空には、半分に欠けた月と夏の星座。

武蔵野森の指令塔。
背番号10番。

このポジションを得るために、どれだけ苦労しただろう。どれだけ、頑張っただろう。

努力して得たものに、酔いしれた日々。けれど、さらに大きな舞台では、何の役にも立たなかった肩書き。

浮かれすぎた日々が逝って、道を見失いそうになる。

このさい逃げてしまおうか?
誰も止めやしないだろう...

けれども、少しずつ手に入れてきたのだ。今の自分を。
だから、何一つ失うまいと、いつの間にか怯えていたのだ。

――――― 戻りたい

ただ懸命にボールを追い続けていたあの頃に。

それはけっして叶うことはない。
叶わないことなら...前に進もうと...
でも踏み出す足はもつれていて。

気が付けば、足元には優しい月明かりを浴びた、夕顔の花が開いている。
夜中だというのに、この花は微かな夜風にそよいでいる。

誰に見てもらえるわけではないのに...
喜ばれるわけでもないのに...

ただひたすらに。
それは...自分のため?


より強く、月が輝きを増す。その光に目が慣れきた頃、気が付いた人影。そして、聞こえてきた音。

聞き覚えのある音。

ボールを蹴る音。壁にあたって跳ね返る音。土を蹴って走る足音。

あれは...

足元に見える河川敷に、サッカーボールを追い駆けて走る人影。どこか覚束なく走る姿に...見覚えがあった。

記憶のデータベースをフル回転させて思いだす。

記憶が照合される。
名前が出力される。

桜上水のゴールキーパー...不破大地。

寮で同室の渋沢と、後輩・藤代の...想い人。

まぁったく、なんであんなのがいいんだ?
やつらの神経を疑うぜ?

ようやく現実の世界に戻った三上亮は、ふっとため息を一つ吐いた。武蔵野森の寮をこっそり抜け出して。気が付けば、ここに来ていた。そして見つけた意外な人物。

なんで、こんな時間に、ここにいるんだ?
サッカーボールなんか蹴ってるんだ??

それも...一人で。

不破のサッカー練習はとても見ていられないものがあった。選抜でもポジションチェンジでゴールキーパ以外のポジションについた彼だが、結果は目も当てられないものだった。渋沢の言うとおり、不破はフィールドプレーヤーよりゴールキーパー向きだと思った。

洞察力、観察力は誰よりも優れているようだが、問題はチームプレー。
チームでプレーする、そんな基本的なことが出来ないヤツだ。

――――― 面白いヤツだ

三上の不破に対する印象は、最初の頃に比べてかなり変化していた。

無愛想のクセに一言多いヤツ。
天然ボケ入ってるヘンなヤツ。

選抜の合宿中、渋沢の戯言に付き合いながら、いつしか自分も不破から目が離せなくなっていた。

――――― あいつも...落ちたんだったな

武蔵野森でただ一人、選抜から落ちてしまった自分。不破も、そうだった。桜上水で一人だけ、選抜から落ちていた。似ていると言えば似ている境遇。だが、所詮、公立中学のサッカー部員だ。自分とは違う。サッカーをするために武蔵野森に入った自分とは、最初から違うのだ。

そう、サッカーをするため...だが、結果は...

不破がサッカーボールを蹴るのを止めた。止めて...ゆっくりと、こちらに振り返った。三上がいることに気が付いたようだ。月明かりに照らされた川面を背にしながら、不破はこちらをじっと見ている。息が荒いのか、少し肩が上下に揺れている。

――――― ふ〜ん...結構...奇麗な顔してんだな...

三上の素直な感想。渋沢や藤代が騒ぐのも、なんとなくわかるような気がした。

しかし。

いくら奇麗な、整った顔立ちしてたって、相手は男だ。やっぱりなぁ...。

三上は口の端を少しつりあげて、不破に近づいていった。不破は微動もしない。近付いて来る三上を、黙ってじっと見詰め続けている。不破の荒くなった吐息がかかるほど、三上は近付いた。睨み合いがつづいた。お互い、何も言わない。ただ、黙ってじっと見ているだけで。

均衡を破ったのは、意外にも不破の方だった。

「何故、ここに?」

荒くなっていた吐息が、ようやく静かになった。三上は、見詰める不破の瞳に吸い込まれそうだ。

日頃の目つきの悪さはどこにいったのか?
今夜の不破の瞳は、寂しげで痛々しい。

「おめぇこそ、何してんだよ?」

三上が悪態を吐く。不破は、ふっと軽く息を吐いて、足元に転がっているサッカーボールを拾い上げた。

「風祭が来ないので、一人で練習をしていた」
「へぇ、練習ねぇ?」

とても練習になってねえんだよ、この下手くそが...そう言いかけたが、不破の横顔に、何故かいつもの三上らしい口調が出来ない。

それほどに、月明かりに照らされた不破の表情は痛々しくて。
月明かりに反射する川面を背にしている不破は哀しいほど奇麗で。
けれども、不破は自分がそんな顔しているのに気が付いていなくて。

なんで気づかねぇんだよ。なんでおめぇの周りにいる奴等は、おめぇのこと放っておくんだよ!

選抜から帰ってきた三上は、周囲の気遣いにうんざりしていた。仮にも武蔵野森の司令塔である。その三上が選抜から落ちたと報告を受けたサッカー部員達は、まるで腫れ物に触るかのように三上を扱った。

その扱いが、三上の気に触った。

傷口に塩を塗り込まれるような感覚に余計な苛立ちを覚えて、三上はひたすら練習に明け暮れていた。

これ以上、何も考えられないように。
余計なことを思い出さないように。

そして気が付けば、一人、寮を抜け出して、夜の街をうろつきまわっていた。

抱えた痛みは大きすぎて。この痛みを抱えて眠ることは、自分には耐え切れなくて。

同室の渋沢の思いやりだけが唯一の救い。寮から抜け出すとき、何も言わずに気付かぬフリをしてくれている。こうして一人にしてくれる時間を作ってくれる。

中途半端な気遣いなら必要ない。かえって邪魔になるだけだ。
目の前にいるヤツのように、放っておかれる方がマシだ。

しかし。

――――― こいつの場合は、放っておかれる方が問題だな...。

今、自分がどんな顔してサッカーボールを蹴っていたかなんて、全く気が付いていない。まるで捨てられた小犬のような顔して。多分、こいつは皆といる時は、けろっとしてんだろうな。何事もなかったような顔してんだろう。ポーカーフェイスというよりは無表情だからな。けれど、こうして一人になると、こいつは...

「...どうしたのだ?三上?」

不意に不破が顔を覗き込んできたので、三上はどきりとして後ろに少し下がった。

――――― マジに、奇麗な顔してんだな...

やばい。これでは、渋沢や藤代と同じになってしまう。三上は、一度頭を左右に振ると、不破に向き直った。

「夜中に一人で、こんなトコに居るんじゃねーよ」
「?????」
「補導されるぞ」
「それはおまえも同じだと思うのだが」
「ばーか、おれは...」

言いかけて、確かに自分も同じような立場であることに気が付く。

「うるせー、おれはいいんだよ、おれは!」
「何故だ???」
「おれはおめぇみたいな顔してねぇからよ」
「顔???」

そんな奇麗な顔して。いつもの不破なら、その目つきの悪さで誰も近付こうとはしないだろう。けれど、今夜はいつも不破ではない。これじゃあ、補導される前に...襲われるぞ。

黙り込んだ三上に、不破がまた聞いてくる。

「顔がどうしたのだ?」
「おめぇは...」

三上はため息を吐いて、不破の頬を軽くつねった。

「...しけた顔しやがって」
「?????」
「自分で気付かねぇなんて、おまえ、藤代よりバカだな」
「バカ?おれが?単にサッカーの練習していただけだゾ」
「自分がどんな顔してボール蹴ってんだか、わかんねぇのかよ?」
「?????」
「そんな面して...見てるこっちの方が、辛くなるぜ」
「三上??」

また、夏の夜風がふわりと吹いてくる。心地よい、というよりは冷たい風だ。不破が少し震えた。汗がひいてきたせいだろう。自分の身体を抱くように腕組みをする。

「おまえの方がよっぽどヒドイ顔をしているように見えるのだが?」
「なっ!?」
「何をそんなに怯えている?」
「おれが?」

不破が、こくりと肯く。三上は返す言葉に詰まる。

――――― 怯えているだと?おれが??

「大方、選抜からはずされて、一人で落ち込んでいるのだろう?」
「!?」
「人の気持ちを考えろと、風祭から言われた事がある。今のおまえの気持ちは...」
「てめぇに言われたくねぇよ」
「自分がそうだから、おれも同じように思えたのだろう?」

不破に言われて、三上は少し自分のことを振り返る。だが、すぐに三上はふんと鼻を軽く鳴らして、今度は不破の頬を軽く叩いた。

「三上?」
「ちげーよ...」
「?????」
「確かに選抜から帰ってきたばっかりの頃は、すげぇ落ち込んだよ。誰にも会いたくない、何もしたくない、逃げ出したくなるほど落ち込んだよ。今だってこうして、ろくに夜眠れないから、歩き回っている」
「.....」
「けどな、それでもおれは自分なりに整理してんだぜ? むしろ自分にけじめつける意味で、こうして一人でいるんだ。考えてんだよ、おれは。おれなりに前に進もうとしてんだよ。もっともまだ完全に吹っ切れちゃいないけどな。でも、今のおまえよりは、もう少しマシな顔してるぜ、おれの方が!」
「三上?」
「おまえの周りの連中は、おまえのこと分かってないみてぇだな?、おまえは一人にしておいちゃいけないヤツなんだよ」
「おれが?」
「あぁ」
「おれは別に一人でも大丈夫だが?おれは風祭に追いつくと決めている。結論は既に出ている」
「ふ〜ん、結論ねぇ」

三上がクスリと笑うので、不破はむっとした表情になった。

「何が可笑しい??」
「風祭か...そうか、あいつがいないから、そんな顔してんのか?」
「?????」
「おまえは一人にしておくと、余計な『考察』するみてぇだな?」
「!」
「全然結論なんか出てないじゃねぇかよ」
「.....」
「頭で結論出したって、心の方が全然、結論なんか出てないんだよ。怯えているのはおまえの方だ」
「三上...」
「もっともオレもおまえのこと言えた義理じゃねけどな」

三上はまたクスリと笑った。今度は不破のことではなく、自分に笑った。こうして不破と話して、不破に会う前の自分と、今の自分との違いに、皮肉な笑いを浮かべたのだ。不破との会話は、まるで自分に言い聞かせるかのようで。

「三上」
「ん?」
「おれは悔しいのだろうか?」
「.....」
「選抜に落ちて悔しいのだろうか?」
「そんなことも分かんねぇのかよ?悔しいに決まってるだろう?今更、何言ってんだよ、このタコ!」
「...そうか、悔しいのか...」
「素直に...悔しがっていいんだぜ。俺達は」
「.....」
「夏の大会...勝ち上がってこいよ」
「三上?」
「負けないぜ、おれは」

――――― 戦おう...もう一度...自分の為に!

「あぁ、おれも、だ」

不破が答える。いつも不破に戻っているようだった。

二人の目の前には、静かに川が流れている。静かな...夏の夜だ。

けれども自分達の中には、誰とも分かち合えない痛みが渦巻いていて。この想いを、すべて受け入れるにはまだ時間がかかるだろう。荒れ狂う心の川を泳ぎきるには、まだ時間がかかるだろう。

時間はかかるが、もう一度だけ。
自分のために、もう一度だけ。





Stand up in the middle of the raging river Wash away Wash way
誰にも癒せはしない痛み抱いて戦え
Struggle in the middle of the raging eiver Wash away Wash away
誰とも分かち合えない痛み抱いて眠れ

帰らぬもの達に手を振って 自分の為にもう一度

Wash away Wash away Wash away

痛み抱いて 戦え!





FIN




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あとがき

すみません...三上じゃない!?
こんなはずではなかったのですが...
B'Z の「Seventh Heaven」に収録されている「Raging River」を聞いて、思いっきりぱくって書いてしまいました。
そのわりには時間がかかるし...三上×不破って難しいですね。
なんて...ホントは、どのカップリングも難しいんですけどね。(^^;

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