かずえは白い花が好きだった。

名前は忘れてしまったが、それでも、この花が一番好きだと言っていたことだけはよく覚えていた。花屋の店先でそれを見つけて、思わず買ってしまったが、そのまま家に持って帰るのも躊躇してしまって、気が付いたら、電車に乗っていた。足が自然と向かってしまう、そこは...。

花を持っている自分の姿は、妙に電車の中で浮いていて、何だか恥ずかしくなったので、思わず座った席で寝たふりをしているうちに、何時の間にか本当に眠ってしまった。何かに、はっとして起きると、自分の目的とする駅にはまだ着いていない。ほっとしながら、窓の外の景色を見る。

都心から離れたその風景は、緑が多く、空の蒼さと交わって清々しい。この景色も、かずえが好きだったものの一つだ。自分は、あの時、何も感じずに一緒に電車に乗っていた。小さな子供だったとはいえ、大切な時間を無造作に過ごしてしまって、ほんの少しだけ悔やんでいる。

車内の案内放送が流れて、降りる駅が近付いてくる。天城遼一は、花束を小脇に抱えると、足早に電車を降りた。知り合いなどいないであろう、そう思ったが、何となく気恥ずかしくて、足早に歩いて行った。目的地にはバスも出ているが、歩いていける距離である。天気も良い。散歩には丁度良いくらいだ。それに、郊外の小さな駅だから、行き交う人もそれほど多くない。天城は、軽く背伸びをすると、ゆっくりと歩き始めた。

駅から20分ほど歩いたところに、目的地はあった。さらに奥へと進んでいく。行く途中、セレモニーホールのような場所があって、今日は法事でもあるのか、その場所だけ車も人もかなり多い。横目でその賑やかとも思える光景を見ながら、霊園の敷地を天城は黙々と進んでいく。初夏の陽気に少しだけ汗ばむ頃、そこに辿り着いた。

小さな墓だ。

ひっそりとした空気に包まれて佇むそれは、亡きかずえのものだった。身内らしい身内がいない人だった。だからこそ、天城をここまで慈しんでくれた人だった。母親のかわりに育ててくれた人。母親以上の存在。小さい頃、サッカーボールをプレゼントしてくれた。あの時から、自分のサッカーへの夢が始まったのだ。

かずえの墓は、霊園の管理が行き届いているのか小奇麗になっていた。そこに持ってきた白い花を生ける。だが、決して墓前用の花ではないので少し違和感があった。しかし、それでもこの花がかずえの好きだった花だと思うと、かずえが喜んでくれているような気がして、天城は今は亡き人の面影を思い出していた。

いつも自分の背中を押してくれた人だった。かずえがいたから、ここまで自分はやってこれたのだ。自分の夢を見つけられたんだ。でも、かずえは、もういない。かずえの笑顔はもう見れない。なのに、どうして俺はまだサッカーを続けているのか...

――――― ぼくのパス 受けとってくれたから ほんと うれしかったから

ふと風祭の笑顔が思い浮かぶ。飛葉中の連中相手に、風祭達となりゆきでフットサルをした。あの時...勝手に身体が動いた、あの瞬間。

――――― ぼっちゃまが好きなことを頑張ってらっしゃる姿が、かずえには一番うれしいんですよ

風祭の笑顔と、かずえの笑顔が重なったような気がした。

「うれしい」

そう言われて、自分も自然と口元を緩ませた。自分自身の中に一陣の風が吹きぬけた瞬間だった。
それまで頑なに自分を覆ってきた殻がゆっくりと抜け落ちていくような瞬間だった。

――――― 俺にはサッカーをやめられない。

そう気が付いた瞬間だった。
かずえのためだけじゃない。
自分のために続けるんだ。
だから...

初夏の風が微かに花を揺らしていく。ふと、人の声が聞こえてきて、はっと顔を上げる。遠くから喪服を着た人達が、大勢歩いてくるのが見えた。ここに来る途中見かけた団体客のようだった。賑やかな話し声が近付いてきて、辺りが騒々しくなる。法事らしいその集団は、かずえの墓から、わりと近い位置に集合して、これから読経が行われるようだった。

せっかくのかずえとの時間を邪魔されてしまった。天城は仕方なくかずえの墓に別れを告げて、団体客のいる場所とは反対方向に向かって歩きだそうとした、その時。

目の前に、2,3人の人影がこちらに向かって歩いてきた。団体客同様、喪服に身を包んでいる。彼らも多分、あの集団の仲間だろう。霊園の道は狭いので、天城は彼らに道を譲るように立ち止まった。天城の横を通り過ぎようとしたその時。思わず見覚えのある横顔に声を出してしまった。

「不破!?」

呼び止められたその人物は、徐に振り返った。確かに...不破大地。彼だった。風祭と同じ中学で、サッカー部のGK。練習試合で一度会っただけだが、彼の鋭い眼光は天城の目に焼き付いた。風祭とは違った意味で、不破大地は天城の記憶に深く刻まれていた。

「.....」

不破は振り返ったが、何も言わない。天城も声をかけたがそれ以上何も言い出せず、何やら居心地が悪くなってしまった。不破の横にいる黒服の男達が、怪訝そうな表情で天城を見ている。何か言わなければ...天城がそう思って口を開こうとした時だった。

「おまえは...国府二中の天城だったな」

ふいに後ろから声がしたので、天城は、はっとして振り返った。振り返って...天城は驚いた。驚いて、もう一度、自分が声をかけた人物に振り返って見る。

「えっ.....」

ぽかんと口が開いてしまった。これは一体...場所が場所だけに、これは一体...。

――――― 不破が二人いる。

驚いて声が出なくなった天城に、不破と呼びかけた人物がにやりと笑った。

「大地、おまえの知り合いか?」

天城のすぐ後ろに立つ彼は、あぁ、と軽く答えた。

「京介、皆がおまえが来るのを待っているようだ、早く行け」
「ふむ...では、あとでゆっくり聞かせてもらおう」
「何を?」
「おまえの交友関係について」

天城の目の前に立つ彼は、横にいる黒服の男達に急かされて、この場を離れていった。彼らが集団と合流すると、静かに読経が始まった。残されたのは...

天城はゆっくりと振り返った。そこにいるのは、もう一人の不破大地。だが、こちらの不破は、半袖のYシャツに黒ネクタイ、黒ズボン。先程の盛装姿の不破大地より、喪服というよりは、この場に合わせてとりあえず黒いもので身を包んでいるだけだった。

「どうした??」

天城の顔を覗き込んできたので、少し後ろに退いてしまった。多分こっちが本物で、では、先程の彼は??、天城が何も言い出さないので、目の前にいる本物の不破は、ふむ、と腕組みをすると、

「あれは、黒須京介。オレの『はとこ』だ」

簡潔にそう言うと、不破は黙り込んで天城の顔をじっと見ている。天城は、ようやく事態が飲み込めて、ようやく口を開いた。

「はとこ...双子の間違いじゃないのか?」
「よく周囲にそう言われる。兄弟、もしくはクローンではないかと」
「クローン」

オウム返しにそう言うと、天城は突然、くくっと笑った。なるほど、たしかにそうかもしれない。二人並べて見比べても、ほとんど同じ顔だった。多少、むこうの方が身長が高かったようだが、他に違いといえば...髪が少し長かったくらいか?、それから...。

天城の視線が気になったのか、不破が落ち着かないような表情になった。無表情な不破にしては珍しい。不破の方からまた話し出した。

「何を...そんなに見ている?ヘンか?この格好が...」

どうやら不破は、着ているものが気になるらしい。たしかに、中学生らしくない格好だが。
不破に言われて、天城は、はっと気が付いた。

「おまえ、いいのか?行かなくても??」

読経が終わったのか、先程の団体がまた賑やかに話しながら、ぞろぞろと引き返し始めているのが見えた。不破のはとこ、黒須京介も、こちらをちらりと見ながら、その団体とともに帰っていく。

「あぁ、あの法事は、京介のじいさん、つまりオレのじいさんの弟の三回忌だ。今日の法事は、本来ならじいさんが来るはずだったのが、突然、ギックリ腰で動けなくなって、その上、両親も仕事で海外に行っているから、仕方なくオレが代理で来ただけだ。だから...親父の服を借りてきたのだが、サイズが合わなくて、オレとしてはあまり人前に行きたくないのだ」

なるほど...。不破の格好が妙にとって付けたような印象をうけたのは、父親の服をきているせいか。しかし、それにしても、着ている服が大きすぎるのか...細い身体だな。天城は意外にも、不破の身体つきが華奢に出来ているので、ちょっと驚いていた。

――――― オレに3度目はきかん!!

天城のシュートは、その圧倒的な力で相手をねじ伏せる。3度目とはいっても、かなりの力量がなければ、止めるのは難しい。だからこそ、自分のシュートを止めた不破を、覚えていたのだ。手強いGKだと。

その彼が、こんなにも華奢な身体だったとは。
この身体で、オレのシュートを止めたのか...。

天城が何も言わないので、不破はますます不機嫌そうになっている。

「おい、おまえこそ、用事は済んだのか?」
「えっ?」
「ここに来るのは墓参りだけだ。他に用事などないだろう。それとも心霊研究でもしているのか??」
「はぁ?」

不破の突拍子もないセリフに、天城はまたくすりと笑った。なかなか、面白いヤツだ。桜上水は多種多様なメンツが揃っている。夏の大会では桜上水とあたることなく国府二中は負けてしまったから、次に試合で会えるのは...。そう考えて、ふと天城は気が付く。いつの間にかサッカーのことを考えている自分に。

「おい」

突然、不破が顔を近付けてきたので、天城はドキッとした。180cmある天城を下から見上げてくる不破の仕種は、まるで...キスでもされるようで。

(かずえの墓の前で、何を考えているんだ!!)

天城は、しっかり赤くなってしまった顔を見られたくなくて、不破に背を向けて歩き出そうとした。

「おい!もう帰るのか?だったら、ちゃんと片付けていけ」

不破に呼び止められて振り返ると、かずえの墓の前に水桶と柄杓が置き去りにされているのが目に入った。突然の不破の出現に、思わず動揺して片付けるのを忘れてしまった。

「これは霊園から借りて使ったものだろう。借りたところにきちんと返すものだ」

そう言って、不破は天城に水桶と柄杓を手渡す。天城は顔をあげずに黙って受け取る。

そして。

「ブーゲンビリア、だな」

ふと呟かれた言葉。天城がはっとして顔をあげると、不破はかずえの墓前に飾ってある花をじっと見ていた。

「おまえが持ってきたものだろう?」
「あ...あぁ」

不破はその花をじっと見ている。何か考えているようだ。一体、何を?

「熱心」

囁きにも似た不破の小さな声に、天城の方が不破の顔を覗き込んだ。

「いや...ところで何故墓前にこの花を?故人の好きな花か?」
「あぁ。かずえが好きだった花だ」
「ふむ。なるほど。理由はわかった。だが、この花はとても墓前に生ける花ではないぞ」
「あぁ...」

不破が黙ってしまったので、天城も何も言えなくなる。しばらく二人で、かずえの墓前に飾ってある白い花を黙って見詰める。初夏の日差しが眩しくて、風が心地よく吹いてくる。

「...この墓はおまえの母親のものか?」

不破がようやく声を出した。

「いや...母親ではないが母親がわりに育ててくれた人だ」
「そうか」

不破はまだ花を見ている。

「この花の花言葉を知っているか?」
「はぁ?」

花言葉って...まるで少女のようなセリフに天城は驚いてしまった。だが、不破は天城のそんな様子に気付かないのか話し続ける。

「熱心...という言葉だそうだ」
「熱心?」
「あぁ、補足すれば」

――――― あなたが何かに打ち込む姿は素敵な輝きを放ちます

「...という意味があるそうだ」
「.....」
「おまえに似ているな」
「オレに?」
「あぁ、おまえのサッカー、左足でシュートすることに、こだわるのは何か意味があるのだろう... おまえのその姿には、何か惹かれるものがあった」
「不破...」
「故人が好きだったという理由の一つだったかもしれないな...」


遠くから、不破を呼ぶ声が聞こえた。先程、不破によく似た人物の横にいた黒服の一人だ。

「...ふむ、仕方ない。このまま黙って帰ろうと思ったが...京介のヤツめ」
「.....」
「では、また...」

――――― フィールドで会おう

不破は天城にそう言い残して立ち去っていった。一人残された天城は、静かになった蒼い空を仰いだ。

雲一つない蒼い空。

「熱心か...」

天城はそう呟くと、不破と反対方向に歩き出した。かずえの墓から離れて歩き出した。


――――― 今 見つけた もう迷わない オレの...




Fin





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あとがき

しんどい...天城って難しい。
水野よりも難しいかも。
不破も偽者になってしまって、あぁ、何がなんだか...
選抜で、天城の雰囲気が変った、と風祭が思う場面からどーして天城が変ったのか、ってところを
書きたかったのに...う〜ん...息切れしてしまった。
天城ファンの方、スミマセンです!!
ちなみに花言葉はこちらのサイト様から引用させて頂きました。

タイトルは...一応ラルクから頂いたんですけど...(滝汗)

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