伝わる想い
「風祭先輩!!」
桜井がどうして此処に来たのか?
不破大地は、不思議で仕方なかった。
さらに、
「後は、若い者に任せて...」
と、松下に引っ張られて、風祭と桜井を二人だけにしたのが、納得出来なかった。
何故だろう? この気持ちは?
とても嫌な気分...何故だ?
松下に引きずられるまま、おやっさんの屋台まで行った。
おやっさんは、松下に「随分と早いじゃねえかよ」と言いながら、酒をコップに注ぎ始めた。
「ちょっとね。」
松下が含み笑いをする。
その横に座らせられて、不破は首を傾げる。
「何故、練習を中断したのだ?」
「えっ?」
松下が驚いた。
すると、おやっさんが
「どうかしたのかい? そういやぁ、将坊はどうしたい?」
と訊いてきた。
松下は笑いながら、
「ちょっと、風祭をたずねてきた娘がいてね。」
松下の答えに、おやっさんが
「何でぇ、将坊もスミにおけねぇや。」
と笑った。
不破には、二人の会話の意味が全く理解できなかった。
こんな夜遅くに、風祭を訪ねてきた桜井の行動も分からなかった。
一体、何だというのだ?
明日、学校で会えるというのに?
わざわざたずねてくるのは、今日でなければ、いけない用事なのか?
それほど、大切な用事なのだろうか?
不破がますます首を傾げて考えていると、
「不破くんは、水でいいんだったな。」
おやっさんが、ペットボトルから水をコップに注いでくれた。
松下のコップと同じような色合いのコップが二つ、不破と松下の前に置かれた。
そのコップを不破がじっと見ていると、
「どうしたい? 不破くん? 何、考えてんだい?」
おやっさんが煙草に火を付けながら、訊いてきた。
「いや、別に...」
曖昧な返事をする。本当は、何かが引っかかっていて、考えている最中だ。
けれども、何がどう気になるのか、自分でも分からない。
分からないから、考えている。しかし...一体、自分は、何を考えているのだ?
不破がますます首を傾げるので、松下がくすくす笑いだした。
「不破くん、桜井がどうして此処に来たのか、分からないんだな?」
「!!」
それだ!
不破が目をぱちくりさせた。
まさしく、その通りだ!
どうして、桜井が此処に来たのか、その理由を知りたい!!
答えを知っているなら教えてくれ、と言わんばかりに、不破はじっと松下のことを見つめる。
そんな不破の表情を見ながら、松下は苦笑いをして、
「今日は...そう、一日遅れのバレンタインなんだよ。」
「???」
「昨日は、日曜日で、おまけに風祭は昨日、韓国から帰国したばかりだからな。」
「???」
「だから、桜井にとっては、一日遅れのバレンタインなんだよ。」
「???」
それがどうしたというのか?
不破がますます首を傾げていると、
「おや? 不破くんは、もしかして、将坊をたずねてきた娘が好きなのかい?」
と、おやっさんが突然、口を開いた。
「オレが? 桜井のことを?」
不破が、ますます目をぱちくりさせる。
松下も驚いた顔をして、不破のこと見ている。
なるほど、そうか...松下が納得するような顔をする。
不破が気にしているのは、桜井のこと。
自分の好きな娘、気になる娘が、自分ではない他の誰かのところをたずねて来たら、それは気になるだろう。
ましてや、それが、自分と一番、仲の良い友人のところならば...松下が、くすくす笑い出す。
「将坊も罪だねぇ...まぁ、兄貴に似て、将坊も結構、男前だからな。」
おやっさんが、煙草を拭かしながら、喉を鳴らして笑っていると、
「おや? 将坊?」
風祭が一人でやってきた。
「スミマセン! 練習、中断しちゃって...」
風祭は、慌てて来たのか、息が少し荒い。
白い息が吐き出される風祭の口唇を、不破は不思議な思いで見つめた。
「桜井はどうした?」
「あっ!は、はい!!桜井さんなら、一緒に来た人達と帰りました!」
「ん?一人じゃなかったのか?」
「え、えぇ。サッカー部の...」
「あぁ、桜井と仲の良い子だったな。」
「はい!」
風祭は、にこにこ笑っている。そして、不破の横に座ると、膝の上に可愛いらしい包みを置いた。
不破がそれに気がつく。それをじっと見つめる不破の視線に、今度は風祭が気がついて、顔を赤くした。
不破は、ますます考え込んでしまう。
「あのね...不破くん、これは、その...」
風祭が言いにくそう、話し出す。
だが、不破は、何故か、聞きたくなかった。
どうしてだろう? 風祭の話が聞きたくなかった。
不破は目の前に置かれたコップを掴むと、一気にそれを飲み干した。
「おい!」
松下が驚いて、不破からコップを取り上げるが、すでにコップの中身は空っぽだった。
「不破くん! 大丈夫か?」
「どうしたんです? 松下コーチ?」
「これは...」
松下が言いかけた途端、
「不破くん!?」
不破がイスから転げ落ちた。
「どうしたの!? 不破くん!!」
風祭が慌てて、不破を起こそうとするが、不破の身体はぐったりとしていて、容易に起きあがらない。
「不破くんが飲んだのは、オレの酒だよ。」
松下が、よっこいしょっと言って、不破の上半身を起きあがらせる。
だが、不破は目を瞑ったままで、されるがままになっていた。
「えぇっ!?」
風祭が驚いて、不破の顔を覗き込むが、不破はぐったりしていて目を開けてくれない。
「おい? まさか、急性アルコール中毒なんてぇこたぁ、ねぇよな?」
おやっさんも心配そうに、不破の顔を覗き込んできた。
「うっかり間違えて、飲んだみたいだな。困ったな...おい!不破!聞こえるか!しっかりしろ!」
不破の身体を抱き起こしている松下の声に、不破は急にぱちくりを目を開けた。
「不破くん!?」
風祭が不破の肩を掴むと、不破が驚いたように、風祭の手を祓った。
そして、また、目を閉じると、松下の腕の中に突っ伏してしまった。
「なんでぇ、意地っ張りな子だねぇ。」
おやっさんが、喉を鳴らして笑っている。
けれども、風祭は不破に手を払い除けられたことが、何だか悲しい。
それに、不破が松下の腕の中にすっぽりと包まれていることが、とても悔しかった。
自分の腕では、まだ、不破を包み込めるほどの大きさが...ゆとりがない...
身体が小さいだけではない。精神的にも、まだ不破を包み込めるほどの余裕がない。それが悔しい。
松下ほどの大人の男であれば、不破をこうして抱き寄せることもできるだろうけど...
風祭が泣きそうな顔になったので、松下がちょっと驚いた。
松下にしてみれば、風祭が苦しそうにしているのが理解できなかったからだ。
「今日の練習は、これでお開きだな。」
おやっさんが、煙草を火を消すと、松下に「不破くん、送ってやんな。」と言った。
松下は軽く頷くと、風祭に「不破の家は?」と訊いてきた。
咄嗟に、風祭は答える。
「不破くんちの家族って、皆、仕事が忙しくて、不破くんは一人暮らしみたいなんです。」
「そうなのか?」
「はい!だから、不破くんが気がつくまで、ボクの家に連れていきたいんですけど...」
そこで、風祭は俯いて口籠もる。
不破を介抱してやりたい。自分の家に連れて行きたい。
けれども、それには、この小さな身体では不破の身体を抱えることなど、到底、出来ないことだった。
俯いてしまったのは、そんな自分に歯痒かったからだ。
「じゃあ、風祭、おまえの家まで案内してくれ。」
松下が不破の身体を抱きかかえる。
でも、それはお姫様だっこのように抱きかかえたので、咄嗟に、風祭は顔を背けてしまった。
不破を、他の誰かに、そんな風に抱きかかえられているのを見るのが、悔しかったから。
おやっさんもさすがに、松下の運び方に驚いた様子だった。
すると、松下が笑った。
「不破は、身長こそ高いが軽くてね。こんな華奢な身体で、GKはやるのは、本人もかなりツライだろうな...」
松下にそう言われて、おやっさんが「家族が留守がちってことは、メシをろくに食ってないのか?」と風祭に小声で囁いた。
「そんなことはないけど...栄養食品みたいなものばかり食べているんだ。」
「そりゃ、身体によくねぇな。育ち盛りってぇのによ...」
おやっさんが不破の顔を覗き込む。
「こうして見ると、将坊より子供みたいな顔して寝てらぁ。
ソウさんよ、少しは不破くんのことも気にかけてやんねぇと。仮にもアンタ、監督だろう?」
「あぁ、気にしてはいるんだけどね。」
松下は苦笑いしながら、風祭に家まで案内するように言う。
風祭も慌てておやっさんに「お休みなさい」と挨拶すると、自分の家まで先頭だって歩き出した。
2月の夜空は星が綺麗で...でも、とても寒くて...けれど、不破が自分の家に来てくれることが嬉しかった。
自分が抱きかかえて連れていくのではないけれど、それでも、やはり嬉しかった。
風祭の住むマンションは、功兄の部屋だ。風祭は、桜上水中学に転校するとき、此処に居候のごとく引っ越してきた。
部屋に入って、とりあえず不破を自分のベットに寝かせてもらうと、松下にお茶を入れようと、風祭はキッチンに立つ。
だが、松下はおやっさんが待っているからと丁寧にそれを断って、部屋を出ていった。「また、明日な。」と言いながら。
功兄は、まだ仕事から帰っていなかった。だから、今、此処には不破と二人きりだった。
自分のベットに眠る不破の寝顔をこっそり見つめながら、風祭は幸せな気分になる。
机の上には、桜井から貰ったチョコレートの包みが置かれている。
それを、ちらっと見て、けれどもすぐに、不破の寝顔に視線を移す。
すやすや眠る不破の寝顔は、おやっさんの言うように子供のようで、とても可愛らしかった。
ベットサイドに座り込んで、風祭は不破の寝顔をじっと見つめる。
微かに開かれた口唇が綺麗で...風祭はそれに見とれていた。
――――― キスしたい
不破を他の誰かに奪われたくない。
自分だけのものにしたい。自分以外の誰も見て欲しくない。
願望は...欲望に変化する。
こっそり、不破の口唇に触れてみる、不破が気がつく様子はない。
風祭が、そっと不破の口唇に自分のそれを近付ける。触れ合う。
――――― 不破とのキス
それは、まるで永遠の誓いのようで...
「ふ、不破くん!?」
風祭が大声をあげる。
不破から離れて、目を開けると、不破がしっかり自分のことを見ていたからだ。
顔を赤くしている風祭に気がつかないのか、というよりは、風祭に自分が何をされたのか気がついてないようだった。
不破は無表情で、むくりとベットから起きあがった。
「不破くん、あのね...」
風祭が言い訳をしようとして、しどろもどろになっていると、不破は辺りをきょろきょろしてぼんやりしていた。
だが、すぐに、机の上に置かれた包みに気がついて、それをじっと見つめた。
「桜井は、風祭のことが好きなのだな?」
唐突に不破に言われて、風祭は余計に顔を赤くする。
不破が、今度は風祭の顔をじっと見つめてきた。
「風祭は桜井のことが好きなのか?」
「えぇっ!?」
焦る風祭。咄嗟に、本当のことを言いそうになったが、風祭がその言葉を飲み込んだ。
「おやっさんに言われた。オレは桜井のことが好きなのではないかと。」
「!!!」
驚く風祭。不破が...桜井のことを...自分以外の、それも女の子を好きだなんて!!
健全な男子ならば、それは当然のことだろう。
だが、風祭は認めたくない。不破が誰かを...自分以外の誰かを好きになるなんて!?
何も言えなくなった風祭。ただ、ひたすら、不破の顔を見つめているだけだ。
不破が微かに息を吐いた。
「オレは...桜井が好きなのだろうか?...それとも...」
――――― 風祭が好きなのだろうか?
不破はそれだけ言うと、またぱたりと寝てしまった。
規則正しい不破の寝息が、部屋中に聞こえてくる。
「不破くん...?」
不破の寝顔を見下ろして、風祭はしばらくぼんやりしていたが、その言葉の意味に気がついて、くすりと笑った。
――――― あぁ、そうか...不破くんは...そうだったのか...
今度は嬉しそうに笑った。
不破を起こしてはいけないので、声を出さずに、風祭は笑った。
そして。
不破の想いは伝わった。
それは同時に、風祭の想いも伝わることで...
不破くん...
――――― 大好きだよ...
FIN
あとがき
No.165「伝えたい想い」を読んで、思いついたネタですが...あんまり良く書けなかったです。
つまり、二人は「相違相愛」よっ!!ってカンジでしょうかねぇ。
ちょっと強引。雰囲気に流されてしまったようで...(滝汗)