伝えられぬ想い
「オレには好きなヤツがいる。」
告げられた不破からの言葉。
それを聞いた水野は、全身から血が引ける感覚に襲われた。
不破に好きな人がいる。それは....自分以外の人。
「水野くん! 不破くん、知らない?」
放課後、部活に行こうとして、廊下を歩いていると、後ろから風祭がぱたぱたと走ってきた。
水野は振り返りながら、「さぁ? 先に行ったんじゃないのか?」と答えた。
「う〜ん...それがまだ、部室にいなくてさ...何だか、ちょっと心配...」
「何で?」
「今日は...バレンタインデーでしょ? 」
「あぁ、そうだけど、それが何だ?」
「水野くんは、いっぱい貰ったんだってね?けど、シゲさんが自分の方が数は多い!って自慢してたよ。」
「あのバカ...」
「ボクもクラスの女子から、義理チョコ貰ったんだよね。」
へへっ...と頬を掻きながら笑う風祭。
だが、水野は風祭の義理チョコよりも気になることがある。
「風祭?」
「ん?」
「不破の事、どうして心配なんだ?」
「あっ! あのね、実は...その...さっきクラスの子に言われたんだけど...」
風祭が急に口籠もるので、水野が「?」顔していると、風祭は大きく深呼吸して水野に告げた。
「不破くんの事、すっごく好きな子がいるんだって...水野くんと同じクラスの子なんだけど...」
「えっ!?」
「今日、彼女、チョコレート渡すんだって、ものすごくはりきってたらしいんだ。
けど、不破くんのことだから、何言い出すか心配だって、クラスの子に言われてさ...」
「...」
「確かに、不破くんって、そういうのって分かってくれないって言うか...その...」
風祭の口から、一瞬「クラッシャー」という言葉が出かけたが、やはりそれは言えないようだ。
風祭らしいような気がした。風祭だけかもしれない。不破のことを「クラッシャー」と呼ばないのは。
水野は風祭に対して、微笑んでみせる。
不破に対して素直な風祭。彼のことが、すこしだけ羨ましいと思った。
「けど、好きでもないヤツに貰ったって迷惑なのは事実だろ?」
「うん...でもさ、騒ぎにならなけりゃいいけどね...」
「...まぁ、いつものことだからな。」
「水野くんも不破くんのこと、だいぶ慣れたみたいだね。」
「まぁ、もうそろそろ、1年になるし...」
「よかった! 水野くん、不破くんと話するときって、ちょっと怖がっているみたいだったからさ!」
「別に、怖がってなんか...ただ、あいつ...そう、目つき悪いからさ。」
「うん! けど、見慣れると、結構、可愛いかも...なぁんてね!」
風祭がけらけら笑い出す。水野は、そんな風祭を無言で見ていた。
確かに、最初の頃、水野は不破が苦手だった。目つきは悪いし、何を考えているのか分からないし...。
そうして、何となく不破のことを気にするようになって、不破をこっそり見ているうちに気がついた。
不破は、あの鋭い目つきがなければ、とても綺麗な顔立ちをしていることを。
考んがえこんでしまうあのクセは、とても純粋で真っ直ぐだったから。真っ白に近かったから。
時として、人を傷つけるようなことを言ってしまうのは、不破の心が真っ直ぐな証。
概念や常識に囚われず、真っ直ぐにその本質を見抜こうとする、あの瞳。
目つきが悪いと言われるのは、単に、自分の疚しい気持ちや考えを見透かされるような瞳だから。
だから、皆、それを隠すのに、不破を悪者に仕立て上げるのだ。
不破は悪くない。あの瞳は純粋で、とても綺麗で...それに気がついて、水野は、いつしか不破に惹かれていた。
けれど、その気持ちを気付かれるのは、やはり怖かった。怖いけど、気付いてほしいと思った。
不破に、自分のことを見て欲しいと思った。
そんな切ない水野の気持ちなど、不破は全く気付いていないだろう。
おそらく、サッカー部のキャプテン、としか見ていないだろう。
だからこそ、不破にどうすれば自分の気持ちを伝えられるのか、いつも悩んでいた。
そのせいだ。水野は不破の前で、いつも怯えたような態度になっているらしい。風祭の指摘は、それだった。
「あっ...」
「ん? 何? 水野くん?」
「ノート、忘れた。」
「えっ? サッカー部のノート?」
「あぁ、取りに行ってくる。先に行ってくれないか? 風祭。」
「うん! じゃあ、先行くね!」
風祭は元気良く、グランドに向かって走り出した。水野も自分の教室へと引き返そうとした、その時。
通りかかった体育館の裏手に、誰かがいるような気がした。
さっきまでは誰もいなかったと思ったのだが...水野は、何となく気になった。
ひょいっと覗き込んでみる。だが、すぐに水野は身体を引っ込めてしまった。
そこにいる二人を、不破と一人の女子生徒の姿を見つけて...水野は、咄嗟に身を隠してしまったのだ。
「受け取って下さい。」
彼女は、不破に綺麗なリボンのかかっている包みを渡そうとしていた。
風祭が言っていた事を思い出す。今まさに、その現場に遭遇してしまったのだった。
「何故?」
「何故って...これ、チョコレートです。」
「???」
「一日遅れちゃったけど、バレンタインのチョコレートです。」
「...」
「昨日は日曜日で...ホントは昨日、渡しに行きたかったけど、不破くんの家まで押し掛けちゃ悪いと思ったんです。だから、一日遅れちゃいました。」
「...」
「受け取ってもらえませんか? 一日、遅れちゃったから、もうダメですか?」
「...」
「不破くん?」
不破は無言のままだった。腕を組んで、彼女のことをじっと見ている。
差し出された包みに、手を伸ばす気配がない。
彼女が次第に、泣き出しそうな顔になる。
「受け取ってくれませんか? ダメですか? 不破くん...」
彼女の手が、肩が震えてくる。
「私...不破くんのこと...」
――――― 好きです
告げられる彼女からの言葉に、不破が少しだけ反応した。
瞬きを繰り返し、微かに首を傾げる。
「私、不破くんのこと、いつも見ていました。いつも、気付かれないようにそっと見てました。」
「...」
「だから、不破くんのこと、よく知ってます。皆が言うみたいな人じゃないこと、よく知ってます。」
「...」
「私..」
「オレはおまえのことなど、知らん。」
「えっ!?」
ようやく、不破が口を開いた。だが、それは予想以上に厳しい口調だった。
彼女が驚いた顔をする。
「いきなり、見ず知らずの相手に、好きだのなんだの言われても、オレには迷惑だ。それに、いつもそっと見ていたとか、オレの家も知っているなど、これはストーカ的な行動ではないか。そのような相手から、受け取る気など毛頭ない。」
...やはり、クラッシャーだ。
物陰で、事の次第を見ていた水野は、溜息を吐いた。
不破の言い分は尤もな気もしたが、それにしてもその言い様はあんまりだ。
さすがの彼女も言葉を無くしてしまったようだ。
「用事はこれで終わりだろう。失礼する。」
不破がくるりと振り返ったので、水野はさらに低姿勢になって隠れた。
こちらに向かって歩いてくるようだった。このままでは不破に見つかってしまう。
水野がこっそり立ち去ろうとした時、彼女が突然、大声をあげた。
「ホントは、気が付いてほしかったんです!!」
驚いて不破が振り返る。彼女の瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「私が不破くんをいつも見ていること...好きなこと、本当は気付いてほしかったんです!!」
不破は黙って、じっと彼女の言葉を聞いている。
「気付いてほしかった...私のこと...見てほしかった...でも、それを不破くんに伝えるきっかけが今までなくて...だから、今日、思いきって伝えたんです!!」
「...」
「ストーカーだなんて言わないで下さい...好きだから、不破くんのこと見てたんです。知りたかったんです。私...不破くんが好きなんです!!」
「...」
「不破くんに私のこと、知ってほしかったんです...」
――――― ずきり...
水野の心が..痛んだ。
彼女が伝えた言葉。
それは、まさに自分が、不破に伝えたかった言葉だった。
水野の胸が締め付けられる。
彼女は嗚咽を堪えるかのように、口元を抑えると俯いてしまった。
肩が大きく震えて、必死に耐えているのが分かる。
どれだけ、彼女が不破のことを好きなのか、今日、不破に自分の気持ちを伝えることに必死だったのか...
水野には彼女の気持ちが痛いほど分かって、彼女の姿を見ていることが出来なくなった。
水野は彼女から目を背けて、不破の様子を伺った。
不破は振り向いたまま、黙って彼女のことを見ていた。
水野からは、不破の背中しか見えない。
何を考えているのか?
その後ろ姿からは、予想がつかない。
不破は、しばらく動かなかった。彼女も涙が止まらないらしい。
奇妙な沈黙が流れて、水野も動き出すことが出来なかった。
かさっ...
枯れ葉を踏む音に、水野がはっと顔をあげた。
不破が歩き出したから。それも、彼女に向かって。
俯いて泣いている彼女の前に立つと、不破は肩から下げたスポーツバックから白いタオルを取り出した。
それを、ばさりと彼女の頭に被せてやる。
「えっ?」
彼女が顔を上げた。けれど、その顔はタオルで半分以上、隠れていた。
「まだ使っていないものだ。貸してやる。」
「不破くん...?」
「その顔では、しばらくここから動けまい。だから、それを貸してやる。」
「...」
「泣かれるは...キライだ。」
彼女は不破に被せてもらったタオルで涙を拭きはじめた。
その表情はよく見えないが、ほんの少しだけ、彼女が嬉しそうにしているのが分かる。
だが、水野には、それがかえって苦しく思えた。
不破の意外な優しい一面に触れて、嬉しいよりも、苦しかった。
多分、それは、自分に向けられたものではなかったから。そう...これは、嫉妬?
不破の口唇が動いた。
「2−Aの『藤ヶ瀬琴美』だったな。」
「は、はい!」
「なかなか、いい度胸をしているな。」
「えっ?」
「オレに玉砕されることを覚悟で来たのだろう?それが分かっていながらも、大した度胸だ。」
「...」
「今度から、覚えておく。」
不破はそう言うと、またくるりと彼女に背を向けて歩き出した。
今度は、不破の表情がよく見えた。微かだが、不破が笑っているような気がした。
水野は動けなかった。
不破は水野が隠れている方向に向かって歩いてくる。
このままでは、見つかってしまう。けれども、水野は動くことが出来なかった。
「不破くん!」
彼女が不破を呼び止めた。
「あのっ...!」
「それは受け取れない。」
彼女が再び、手に持った可愛いらしい包み差しだそうとする前に、不破は即答した。
そして、さらに言葉を続けた。
「オレには好きなヤツがいる。」
時間が止まった。
止まってしまったように思えた。
不破から告げられた言葉に、一瞬、水野は気が遠くなった。
全身の血が引けて、息をすることを忘れてしまいそうだった。
「今、そいつと付き合っている。だから、それは受け取れない。」
――――― 好きなヤツ...そいつと付き合っている...
その言葉が、水野の頭の中で物凄いスピードで駆け巡る。水野は目眩がして、その場に倒れてしまいそうだった。
どうにか身体を体育館の壁にもたれて支える。けれども、そのままずるずると座り込んでしまった。
――――― 失恋決定
それも...まだ何も言っていないのに...何も伝えていないのに...
水野は膝を抱え込む。顔を伏せると、水野の身体が小刻みに震え出す。
胸が締め付けられて苦しくなって、息ができない。
このまま死んでしまうかと思った。不破の告白は、水野の心を切り裂いた。
「だれ...ですか?...その人...誰ですか?」
絞り出すような声が聞こえてきた。
彼女は強かった。不破の言うとおり、大した度胸の持ち主のようだった。
「藤ヶ瀬の知らないヤツだ。他校の生徒だからな。」
彼女が口元を抑える。目を見開いて、また震え出す。
「...気が付かなったのか?」
不破が挑発的にも似た笑いをした。
いつもオレのことを見ていたくせに、気が付かなかったのか?
不破の瞳は、そう言っているようだった。
彼女が走り出した。不破の立つ場所から反対方向へと。
何も言わずに走り去っていった。
彼女が去った後、北風が吹き抜け、水野の身体を震え上がらせた。凍り付くような冷たい風。
先程まで微かに差し込んでいたはずの冬の日差しが、いつの間にか曇り始めていた。
一瞬、感じられた不破の優しさは、どこかへ消えてしまった。
「水野?」
頭の上から、聞き覚えのある声がした。
不破が、蹲る水野に気が付いたのだ。
水野はゆっくりと顔をあげた。
本当は怖かった。
不破の顔を見るのが怖かった。
でも、水野は顔をあげた。
もう...怖い事なんて...何もない...
「どうしたんだ?こんな所で?気分でも悪いのか?」
不破が見下ろしてくる。覗き込んでくる不破の顔は、水野の知っているいつもの無表情な顔だった。
「水野?」
不破がさらに顔を近付けてくる。
水野がぴくりと身体を震わせる。
不破は...もう、誰かのものなんだ...
「聞いていたのか?水野?」
水野は返事をしない。
不破が軽く溜息を吐く。
「何故だろう...気分が良くない。」
不破はそう言うと、水野の横にしゃがみ込んだ。
「この方法が一番良いと教えてもらったのだが...やはり、ウソをつくのは良くないな。」
「えっ?」
水野がようやく反応した。目をぱちくりした。
不破は相変わらずの無表情で、首を傾げている。
「ウソって...」
水野が口を開いた。
「あぁ、佐藤に教わったのだ。面倒なことになったら、そう言えば良いのだと。だが、これはあまり良い手段ではないな。第一、これは完全なウソだ。嘘も方便とは言うが、今回は、オレ自身が納得できない。だからと言って、好きでもないヤツからあれを受け取る気もなかった。」
不破は一気に喋ると、また溜息を吐いた。
「現実的ではないウソだった。オレが誰かと付き合っているなど...しかし、信じられてしまったようだな。」
曇ったハズの空から、日差しが射し込んできた。雲の切れ間から、太陽が顔を覗かせた。
「さて...どうする?」
不破は水野に問いかける。水野は不破の顔が意外にも近くにあったので、どきりとした。
「どうって...」
水野がしどろもどろになっていると、
「そりゃ、ほっとくしかないやろ?」
二人の頭上から声がした。
「シゲ!!」
水野が驚いて大声を出す。
いつの間にか、シゲが二人のそばに立っていた。
二人を見下ろして、シゲがにかっと笑った。
「佐藤。」
「はいな?」
「おまえに言われたとおりにやったのだが、何故か、気分が悪いぞ。これは何故だ?」
「んー? もしかして、不破、さっきの子のこと、気に入ったんか?」
「そうではない!だが、これは...」
「まぁ、良心の呵責ってやつかいな?けど、嘘もつき通せば、ホンマになるもんやで?不破...」
「...」
「せやけどぉ!!!」
「???」
「他校生って何や?それは教えてへんやろ!!」
「...思いついて言っただけだ。特に意味はない。」
「おおありや!!」
「佐藤?」
シゲは腰に手を当てて、不破の顔をじっと覗き込む。
「こーんなええヤツが目の前におるんに、なんで他の学校の生徒なんじゃ!?」
「???」
不破が首を傾げて、シゲを見上げる。ワケが分からん、といった顔だった。
くすっ...水野が笑った。
「水野?具合は良くなったのか?」
不破は水野が、本当に具合が悪くなったと思ったらしい。
心配してくれたのだろうか? ほんの少しだけ、水野は嬉しくなる。
「たつぼんは、浮き沈みが激しいからな。」
「何のことだ?佐藤?」
不破がますます不思議そうな顔をしていると、
「不破くん!!」
風祭が、こちらに向かって走ってきた。
「風祭?」
「不破くん!?どうしたの!?水野くんにシゲさんまで...何かあったの!?」
風祭は全力で走りこんでくると、そのままへたりと不破の前に座り込んでしまった。
小さな肩が大きく揺れている。呼吸を整えようとして、風祭は大きく深呼吸した。
「どうした?風祭?何をそんなに慌てて..」
不破の問いかけに、風祭はぱっと顔をあげると、
「不破くん!何かやってない!?...って言うか、何かされてない!?」
「???」
「もー!!心配したんだから!!」
顔を真っ赤にして叫ぶ風祭に、不破はさらに首を傾げて考察してしまう。
そんな不破を見て、シゲが笑った。
「ポチにはかなわんわ...」
水野も笑った。そして、ようやく立ち上げると、「ノート、取りに行ってくる」と風祭に告げた。
「えぇっ!?まだ、行ってなかったの!どうしたの、水野くん!何かあったの!?」
不破の次は、今度は水野の事を心配する。風祭は身体が小さいクセに、お節介で心配症だ。
「あぁ、ちょっとな...先に行っててくれ。直ぐに戻るからさ。」
水野はようやく立ち上がって、歩き出した。不破も立ち上がって、シゲと風祭に連れられて、グランドへと向かう。
ふと、水野が振り返る。三人の中心には不破がいる。風祭が懸命に、不破に何かを話している。
不破は頷いたり、首を捻ったりしている。その横にいるシゲは、面倒くさそうに軽く欠伸なんかしている。
オレは、まだあの中にすら入れていない...
まだ、不破の横に立つことさえままならない。
そんな自分が悲しい。悔しい。
セカンド以下な自分。でも、いつかは...必ず...
彼女が走り去った方向に目を向ける。其処にはもう誰もいないけれど...水野は軽く溜息を吐く。
泣きながら走り去った彼女のことを思いだすと、少し胸が痛むが、それでもこれで良かったのだと水野は思う。
不破に好きな人、付き合っている人がいてもいなくても、まだ不破にこの想いを伝えるのは早すぎると思ったから。
彼女が早く立ち直ってくれることを祈るばかりだ。
水野は元気良く走り出した。
伝えられぬ想いを抱えながら。
FIN
あとがき
あっ...最後、力尽きてる...やっぱ、水不破って最後には必ず力尽きてしまう。
何故だろう? まぁ、かなり難しいカップリングだと思いますが...(汗)
水野って不破にとっては、その存在が薄くて、シゲや風祭とは、おっそろしい程、差をつけられているような気がします。
薄幸美人ってヤツかな...渋沢以上に報われないのかも...頑張れ!水野!?