伝えられた想い







「不破くん、先に行っててくれないか?」

大会のセレモニーが終わりを告げて、各自一斉に部屋へと戻る時、同室の渋沢が後ろから話しかけてきた。
前を歩いていた不破は、渋沢に振り返ると「分かった。」と簡潔に告げて、そのまま一人で部屋へと歩いていった。
渋沢は選抜の正GKだ。不破はセカンドGK。それも怪我をした小堤の代わりだ。
セカンドのセカンド。だが、不破の複雑な心情を渋沢は理解してくれた。一度は落ちた都選抜への復帰。
何かと風当たりの冷たい周囲の雰囲気に、渋沢はいつも気をかけてくれた。
けれども、渋沢は正GKゆえ、何かと忙しい身だ。それに、都選抜のキャプテンでもある。
不破ばかりに気をかけていられない。監督やコーチによく呼ばれる渋沢。今も、多分そうだろう。
大変だな...不破は一人言を呟くと、部屋へと戻ろうとした。
同じ学校の風祭や水野も、それぞれの部屋へと戻っていったらしい。
不破は一人で、部屋と歩いていった。

同じ学校。

ふと思い出す、金髪の彼。
先程のセレモニーでも彼の髪は、よく目立っていた。
自分は此処にいるぞとばかりに、彼の髪の色は際だって目を引いた。
誰もが彼のことを、一度は見つめた。

金髪のフリーマン。

おそらく、事前に情報を得た人間であれば、彼のことをそう呼んでいるだろう。
だが、彼は自分にこう告げたのだ。

関西選抜の藤村茂樹だ、と。

不破が自分の部屋のカギを開けようとした。
部屋割りは、同じポジション同士でまとめられたものだった。
風祭はFW。藤代や、不破のキライな鳴海と同室。水野は杉原達と同じ部屋だった。
不破はGKだから、渋沢と同じ部屋。4人部屋なので、他に余った(?)小岩と、コーチのマルコスが一緒だった。
小岩は早々に、杉原の部屋に出かけたらしい。コーチは渋沢同様、監督と打ち合わせだろう。
カギは一つ。渋沢が持っていたものを、不破が受け取ってきたのだ。
ドアを開けようとして、差し込んだカギを回そうとした時だった。

「!!」

背後から激しい衝撃を受けて、不破はカギを床に落としてしまった。

(なに...?)

気が付けば、後ろから羽交い締めのような格好になっていた。
いや、正確に言えば、後ろから抱きかかえられているような格好だった。

誰だ...?

自分を抱きしめる相手を確認しようと、その戒めを振り払おうとする。
だが、その腕の力は容易に引き剥がせない。
藻掻けば藻掻くほど、その腕の力は強くなり、不破は身動きが出来なくなる。

「くっ!」

苦しさのあまり、不破が声を上げる。
だが、その戒めは緩むことない。より一層締め上げられて、不破は意識が遠くなる。

誰が...

遠のく意識の中、不破は辛うじて首を回し、自分を拘束する相手を見ようとする。
だが、相手は、自分の肩口に顔を埋めて、その顔が見えない。確認できない。
しかし。
さらりと不破の頬をくすぐる...金色の髪。
誰あろう、彼しかいない。これ程、綺麗で光り輝く金髪の持ち主は、彼以外には絶対にいない。

「ぁ...」

不破が彼の名前を呼ぼうとする。だが、口が開いただけで、直ぐに呼ぶべき名前を失った。

関西選抜の藤村茂樹。

彼は不破の知っている彼ではないから。
そう思って、彼のことを見ていたから。

不破が知っているのは、桜上水の佐藤茂樹。
不破にとって、不安定な関係の彼だった。

いつも大切なことは何一つ告げてくれない彼。
それにも関わらず、彼は、不破に触れてくる。
抱きしめてくる。キスされる。

不安定な関係の上に成り立っている、自分達の関係。
その程度の関係なのかもしれない。

現に、彼は自分に黙って、関西選抜の一員として自分の前に現れたのだから。

こうして自分を抱きしめる...彼の名前が呼べない。

不破の意識が、抱きしめられる感覚に囚われ、よく知った彼の肌の匂いに流されていく。
言葉を失い、抗うことをやめた不破の態度を、どう受け止めたのか、彼の腕の力がさらに強くなる。
そして。

「!?」

彼の右手が、不破の身体の中心部分に触れてきた。何度となく、彼にはこの行為を要求されている。
キスだけではない。彼は、時折、それ以上の行為を望んでくるのだ。
不破が彼の右手を振り払おうとする。しかし、彼の右手も、その戒めも解く事が出来ない。
彼は不破の抵抗などものともしないで、不破の中心部分へ、服の中へと、右手を侵入させてくる。

「あっ...いや...」

不破が声を上げる。身を捩って抵抗するが、全く効き目がない。
不破の声に煽られたのか、彼はさらに左手を服の中へと滑り込ませると、脇腹を撫で上げ、胸元へと指を這わせてくる。

「いやだぁっ...やめろ...あっ...あぁ..」

今までも、彼からこの行為を要求されることは度々あったが、それでもどうにか持ち堪えてきたのは、彼が無理強いしなかったからだ。
この行為を要求する時はきまって、人目を避けた屋上か、誰もいなくなった部室の中。
人目が無ければ行為はさらにエスカレートして、最後まで許してしまいそうになる。
それでも、不破がその行為を望まなければ、抵抗すれば、それ以上のことを、彼はしない。

だが、今は違う。

大会の為、大勢が宿泊する施設の中。
それも、誰が通りかかるか分からない廊下で、彼はその行為を要求してきた。
抗っても、その行為を止めることをしない。さらに要求し続ける。エスカレートしていく。

何故だ?

彼の指先に翻弄されて、不破の意識はより遠くへと離れていきそうになる。
不破が必死にその意識を繋ぎ止めようと、懸命にかむりを振る。取り戻そうとする。その時だった。
僅かな隙、彼の戒めが微かに揺るんだその瞬間、不破は思いっきり、彼の身体を突き放した。
一瞬の隙をついた不破。ようやく彼の腕から離れられた。
ドアに背もたれて、不破は正面から彼を見つめる。

金髪の美しい彼。

其処には確かに見覚えのある彼がいた。
去年の夏の終わり頃から、彼には何度となくキスされた。
同性同士でありながら、彼は不破の身体を欲してきた。

どうして?

だが、彼の行動よりも、自分の気持ちの方が不思議だった。
彼にキスされること、触れられること、彼に抱きしめられること、その全てがイヤではなかったから。
抵抗するのは、単純な恐怖ゆえのもの。さらに、安易に第一線を越えてしまって良いのか、という疑問があったから。

呼吸を整えながら彼を見つめていると、彼がにやりと笑った。

その笑った顔は、自分のよく知っている彼ではなかった。見知らぬ男の顔に見えた。
確かに彼なのに彼に見えない。不破の身体が強張った。

再び、彼の腕が不破の身体に伸ばされた。その腕を払い除けようとした不破の腕は、逆に彼に捕まえられた。
不破はドアに腕を縫い付けられて、噛み付くように口唇を奪われた。

長いキスだった。

吸い上げられて絡みつかれて、不破は膝が震えだして、立っていることができなくなりそうだった。
それでも、彼は許してくれない。
深く貪られる不破の口唇は、その感覚が麻痺してきて、次第に自分のものに感じられなくなった。
襲ってくる目眩に、今度こそ不破が意識を手放しかけた。それほど、長いキスだった。
ぎゅっと瞑った目元から、生理的に苦しい涙が滲んでくる。
もし、誰かに見られていたら、言い訳などできはしない。即刻、ここから追い出されるだろう。
それを知っていて、どうして彼は、自分を要求してくるのだろうか? どうして...?

「!!」

もはや、これ以上は限界だった。頭の中で警鐘がやかましいほど鳴り響いて、これ以上耐えられなかった。
咄嗟に、不破は彼の口唇に噛み付いてしまった。ようやく、彼の口唇が離れてくれた。

彼の口の隅に、噛みキズが出来ていて、微かに血が滲んでいる。

不破がはっとする。
彼の舌が、その血をぺろりと舐めた。
そして、彼の口唇が微かに動いた。

俺を信じてくれ...

不破は不思議だった。何を言い出すのか? 彼は? 一体、何を...

けれど、彼の瞳は真っ直ぐに不破を見つめていた。真摯な瞳だった。
彼の口唇が再び動く。

俺は風祭に...渋沢に必ず勝つ。俺は俺だ。何処にいても、名前が違っても俺は俺だ。
俺を信じてくれ。俺を見ていて欲しい。俺は...不破が好きだ...

愛してる

啄むように優しいキス。いつもの彼だ。
けれども、不破は戸惑う。目の前にいる彼が、自分のよく知る彼とは、やはり違うように見える。
だが、今の彼の瞳は、不破のよく知る瞳であり、不破を真っ直ぐに捕らえて離さない瞳だった。
なのに...何かが違う。今までの彼ではない。困惑する不破。何も言わない不破に、再び、彼が顔を近付けてくる。
その口唇を寄せてくる。

その時。

「何をしている!?」

二人は、はっとして声のする方へと顔を向ける。
そこには、渋沢が立っていた。

「キミは...不破くんから離れろ!!」

渋沢が振り上げた拳を、彼は身軽にかわした。途端、不破の身体が解放された。
もう一度振り上げられる渋沢の拳を、不破が止める。必死にかむりを振る。
だが...

「あっ...」

一瞬、何が起こったのか、不破は理解できなかった。
だが、それに気が付いた時、不破はその不思議な暖かさに驚いた。
不破の身体は渋沢の腕の中に引き寄せられて、そのまますっぽりと包み込まれていたのだ。
驚くほどの大きさと心地よさに不破は、目をぱちくりさせる。
彼がそんな不破を見て顔を歪めた。

「大丈夫だよ、もう心配ないからね...守ってあげるから...ね?」

囁かれる優しい言葉に、不破は黙り込んでしまう。
何故、こんな時に、これ程、優しく包み込んでくれるのだろうか?

彼が口唇を、手の甲でぐいっと拭った。まだ、血が滲んでいた彼の口唇。
渋沢の腕の中に包まれながら、不破は彼をじっと見つめる。
彼の瞳が微かに揺れた。

彼は静かに不破から走り去っていった。

その後ろ姿が寂しげで、苦しそうで...けれど不破は、渋沢の腕の中から彼を見送った。
黙ったままで。ただひたすら、彼の走り去る姿を、見送ることしかできなかった。


彼から...伝えられた想いを噛みしめながら。



FIN



あとがき

何のエピソードもなく書いてしまったので、まさしく自分の世界に没頭しております!?
いかんですな...文中、『彼』のことを一切、名前で呼びませんでした。(でも、分かりますよね?分からなかったりして...)
何が何だか、分からない駄文になってしまいました。(激反省!!)

ついに渋沢が手を出しそうな気配です。ちょっと強引に持っていってしまいました。
一応、これの続編として「伝わらぬ想い」は、渋沢側から書いていますが...これも同様に収拾がついてません(汗)

余談ですが、この体勢だと噛み付くなら口唇ではなく舌だと思います...これも強引でした...すみません!!書き逃げです!!(脱兎)




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