「なぁ!『桜上水の七不思議』って知ってる?」

ふと耳に入った会話に、思考が停止した。正確に言えば、読み耽っていた本から、自分の前方に陣取っている集団の会話に、意識が移行したのだ。

「何だ? それ!?」
「今頃、何言ってんだよ!」
「よくあるよな〜! そーいう話ってさぁ!!」

思い思いに繰り広げられる会話に、不破大地は自然と耳を傾ける。

今日から4日間、桜上水サッカー部は学校に寝泊まりして練習をすることになった。つまりは強化合宿だ。今夜は合宿第一日の夜。柔道部の畳に布団をひいて、各自勝手に就寝までの自由時間を適当に過ごしていたのだが、こういった時には必ず出てくる話題の一つだろう。いわゆる、学校の怪談話。いつの時代でも、どこの学校でも、この手の話は尽きること無い。たかが作り話...だが、不破の神経はしっかり、彼らの会話に集中してしまった。

「自殺した男子生徒の霊が、職員用のトイレにでるんだってさ。」
「え〜! オレが聞いてきたのって、夜中に音楽室から女の泣き声が聞こえてくるって話だぜ!」
「自殺したのって女子生徒じゃなかったっけ!? 桜の木で首吊りしたって...」
「おい、それって七不思議っていうのか? ただの幽霊話なだけじゃん!!」
「そうそう、幽霊話じゃなくて、七不思議っていうのは、美術室にある大きな鏡のことで...」
「オレ、その話聞いたことある! けど、それも幽霊話じゃん!!」
「あとはさぁ、ポルターガイスト! 教室の机とかイスとかがいつの間にか校庭に移動しちゃうって話!!」

騒々しくなってきた会話に、思わず不破が顔を上げる。彼らの会話は途切れることはない。怖い物見たさの好奇心からか、目を輝かせ、お互いに知っている情報を喋りまくっている。

「ふむ」

不破が首を傾げる。そんな作り話のどこが面白いのか? 科学で証明できないものなど興味はない。というよりは、ありえない話などに、何故そこまで熱中するのか? 話の内容よりも、彼らの行動および言動に不破は興味を示した。

「どないしたん? そーいう話、不破も興味あるんか?」

ふと、隣の布団に寝転んでいた佐藤茂樹に声をかけられる。不破が本から顔をあげて、高井達の会話に集中していたことに気が付いたらしい。シゲがごろんと不破の布団の上に転がってきて、顔を覗き込んできた。

自分の布団の上に座っていた不破だったが、間近でシゲを見下ろすような格好になって不破は少しだけ身体を退いた。シゲはそんな不破にさらに擦り寄るような仕草をする。少しだけ眉をひそめる不破。不破にしてみれば、シゲの行動の方が彼らの会話よりも不可思議だと思う。

こうして何気なく触れてくるシゲの行動の方が...それに、これだけ人目があるにも関わらず、シゲは全く気にしていないようだった。だが、不破にしてみれば、少しだけ心拍数があがるような気がしていた。誰かに見られていたら...と。最も、幽霊話に集中している彼らには、全く気付かれてはいないのだが。

「おい...何してんだよ?シゲ...」

頭の上から声が聞こえた。不破が顔をあげると、そこには水野竜也が立っていた。水野は二人を隠すように、幽霊話に夢中になっている彼らとの間に立って、二人を見下ろしていた。水野の綺麗な顔が、少しだけ歪んで見えるような気がした。

何を怒っているのか? 不破がまた首を傾げると、シゲはまたごろんと一回転して自分の布団に戻っていった。

「あれ? 水野? 風祭は? 一緒じゃなかったのか??」

幽霊話に盛り上がっていた集団の中から、高井が声をかけてきた。水野が松下コーチの元から帰ってきたことに気が付いたのだ。同時に、彼らがこちらに振り返る。

「あぁ、風祭なら廊下でシューズの手入れをしている」

単調にそう答えながら、水野は心の中で舌打ちする。

(シゲのヤツ、まったく...)

彼らの視線がこちらに向いた時には、しっかり自分の位置に戻っていたシゲ。無論、そうさせたのは自分だが、何だか面白くない。人目を盗んでいるようで、堂々としているシゲの態度は何だか気にくわない。シゲとは中学に入学した時からの友達(ダチ)だったが、こればかりはどうも...。

高井達がまた話に盛り上がり始めたので、水野は自分の布団に腰を下ろした。不破の右隣はシゲ。左隣は風祭。水野はさらに風祭の隣だった。

「そろそろ就寝時間ではないのか? 風祭は知っているのか?」

水野との間に敷かれた風祭の布団越しに、不破が問いかけてきた。水野は松下との打ち合わせに使った資料を整理しながら、「多分..」と曖昧に返事をする。不破は「そうか」と頷くと、ぱたんと本を閉じた。そして、ゆっくりと立ち上がり、部屋から出ていこうとする。

「不破?」

水野が気が付いて、不破を呼び止める。振り返る不破。

「なんだ?」

いつもの無表情。鋭い眼光。かなり慣れてきた水野だが、それでも一瞬びくりとする。

「ど、どこへ行くんだ?」

思わず言葉をつまらせると、不破は微かに首を傾けながら「風祭のところだ」と答えた。きょとんとする水野。
何故、風祭のところに?出ていく不破の後ろ姿を見送っていた水野のところに、シゲがごろごろ転がってきた。

「何、ふざけてんだよ、シゲ!」
「んー?」

水野の近くまで転がったきたシゲは、俯せになったまま顔をあげると、にっと笑った。

「なかなか手強いなぁ」
「何がだ?」
「けど、えぇカンジになってきたやろ?」
「おまえ...!」

水野が自分の身体の影で、周囲に見えないように拳を握りしめる。

「馬鹿なこと考えてないだろうな?」
「ん?」
「この合宿中に何か企んでいないよな?」
「.....」
「おい」
「さぁてね...っと!」

俯せになっていたシゲはころりと仰向けになると、むくりと上半身を起きあがらせた。

「そりゃ、むこうの出方しだい」
「おい!」

咄嗟に大きな声を出したから、高井達が驚いてこちらを振り返る。
水野は素早く拳を隠すと、シゲをじろりと睨んだ。

なんだ?ケンカか?

高井達が二人の様子を伺っていると、急に楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
不破が風祭と連れだって帰ってきたのだ。

笑い声は風祭のもので、横にいる不破は笑ってはいない。ちょっと異様な取り合わせのような雰囲気だが、笑顔はなくても不破の表情がかなり柔らかいように思えた。そんな不破を見て、水野とシゲが微かに表情を曇らせる。

「あれっ?どうしたの??」

静かになった部屋を見渡して、風祭が高井達に話しかける。高井は「えぇっと...」と口籠もりながら、ちらりと水野とシゲを伺うが、すぐに気を取り直したかのように、話を続けた。

「風祭は『桜上水の七不思議』って聞いたことあるか?」
「?? なに? それ?」
「やっぱ知らないかぁ...その七不思議の一つに『美術室の鏡』っていうのがあんだよ」
「?????」

きょとんとしながらも、高井達の輪の中に座り込む風祭。不破は自分の布団の上に腰を下ろした。

「それっていうのが、夜中にヘンなものが見えるらしくてさぁ」
「ヘンなもの?」

聞き返す風祭に、周りの連中が我先にと喋り始める。

「だから、自殺した生徒が鏡の中で手招きしてるとかぁ!」
「そうそう、鏡の中から腕がでてきてそれに掴まれたとか」
「あとはさぁ...」

またしても騒然となる部屋の中で、呆れて溜息を吐いたのは水野だった。いい加減、こんな作り話は終わりにしたかったが、就寝時間までまだ少し余裕がある。仕方ないので、そのまま黙って聞いてやることにした。すると、高井がやや声を低くして話し出した。

「...と、まぁこんなとこなんだけどさぁ、話はここからなんだよ」
「う、うん...」

気乗りしてない返事をする風祭。少しだけ、風祭の肩が震えているようにも見える。

「でさぁ、あんまり噂が大きくなってきたからって、当時、臨時で来ていた先生が当直の夜に、その真意を確かめに美術室へ行ったんだと!」
「...うん...」
「ところが、その先生が行ったら、別に何でもない、単なる鏡なんだって。自分がその鏡に映ってただけだったんだって。他に何も映っていなかったんだって!」
「うんうん」
「で、次の日、職員会議で、こんな噂は面白がった誰かのデマだってことをその先生が話したら..」
「話したら?」
「他の先生が真っ青な顔して聞くんだよ。本当に自分の姿が映っていたのか?って」
「う...うん...」
「だから、その先生が、本当に自分しか映っていなかった! 噂にあるようなことは無かった!!って言ったらさぁ...」
「.....」
「真っ青になっている先生が、ホントに真っ青になりながら言ったんだとよ。『そんなはずない! だって、あんまり噂になっているから...』」
「...なっているから?」

高井が一つ大きな深呼吸をする。皆、高井が何を言い出すのか、じっと聞いている。

「『...そんなはずない....だって、昨夜、その鏡は、はずしておいたんだから...』」

つまり、無いはずの鏡に自分の姿が映っていたということになるわけで...

しんと静まり返った部屋。
誰も身動きが出来ない。

怖い話ではないと思う。
作り話に決まっていると思う。

なのに、高井の口調が上手かったのか、部屋にいた誰もが身動きできなくなった。

その時。

「ぎゃーーーーーー!!!」

当然、耳元近くで絶叫が聞こえたものだから、水野もシゲも驚いて仰け反ってしまった。
他の連中も、突然の叫び声に慌てふためいた。

「な、なんだよ!! 風祭!!」

叫び声は風祭のものだった。風祭は真っ青な顔をして、口をぱくぱくしている。

「...何故、驚くのだ? 風祭?」

不破の無機質な声に、皆がはっとする。よく見れば、風祭の肩に不破の手が置かれている。

「ふ、不破くん!! 脅かさないでよぉ!!」
「風祭の肩にムシが止まっていたので、捕ろうとしただけなのだが?」
「ホントに!? 脅かそうとして肩を叩いたんじゃなくて!?」
「いや、そういうわけでは...」
「あ〜! もう!! びっくりしたよ!! 急に後ろから肩を叩かれたから、すっごく驚いたぁ!!」
「????」

なるほど...部屋にいた連中は皆、納得した。高井の話術のせいで、皆一様に動けなくなっていた時、そんな時にいきなり背後から肩を叩かれれば、誰だって驚くだろう。まぁ、風祭の場合は、ちょっと驚き過ぎだが。

「はぁ〜、ホント、びっくりした...」
「何故、それほど驚いたのだ?」
「えっ!? だって、あんな怖い話、聞いてた時だから...」
「怖い? たかが作り話だろう?」
「えっ!? 不破くんは怖くなかったの!?」
「????? 何故、怖いのだ?」
「う〜ん、それは...不破くんって幽霊とか信じないの?」
「?????」

首を傾げて、得意の考察に入ってしまった不破。風祭は、軽く溜息を吐くと、

「もう、いいよ! 不破くん! 気にしないで、ね?」

と、話しかけた。不破は考察モードから現実に引き戻されたが、それでも軽く腕組みをしている。まだ考察は続いているようだった。

皆がまた、お喋りを始める。急に、部屋の中が賑やかになる。消灯まであともう少しだ。水野は時計を見ながら、ちらりと横目で不破のことを見ると、不破は腕組みを解いて自分の膝を抱えていた。不破の視線は、風祭の背中を捕らえている。

ちくりと胸が痛んだ。

不破の入部動機は、風祭の笑顔が知りたかっただけ。彼には風祭だけしか目に入らない。そんな事は知っていた。水野だって、風祭が気になって仕方ない。だが、それは、シゲの言うように「小姑」なだけだった。お節介なだけだった。

不破は、水野にとっての不破は、違う。最初は苦手なヤツだった。とっつきにくくて、出来れば近づきたくなかった。

だけど、それが誤解だと気がついた、あの春の日差しの中。偶然、不破の眠りこける姿を見た。綺麗だった。清らかだった。他人を傷つけてしまうのは、誰よりも素直だからだと、その時、気がついた。水野が不破を苦手なヤツから気になるヤツになった瞬間だった。

そして、それは気になるヤツから、さらに好きな人へと変化していった。次第に膨れ上がる想いに、水野は戸惑い焦った。

『戸惑い』は、不破に対して、同性に対して抱いてしまった恋心。そんな自分が信じられなくて戸惑っている。『焦り』は、自分以外にも、不破に対して同じ想いを抱いているヤツがいるから。いつか獲られてしまうのかと焦っている。

水野が軽く溜息を吐いた。誰にも気付かれないように。目の前にいる不破にも気付かれないように。けれど、ホントは気付いて欲しかった。不破にだけは気付いて欲しかった。自分が抱えている、この切ない想いを。

自分の漏らした溜息は誰にも聞こえていないと、水野は内心ほっとしている。事実、皆は気付いた様子なく、勝手に話し込んでいたから。それでも、唯一人、その小さな溜息を聞いていたヤツがいた。不破を挟んで水野の向かい側に寝転んでいるヤツ。水野に、気付かれたことに気付かれないように、こっそりとその様子を窺っていた。

事実は、単に、不破を見ていて、その視界の中で水野が溜息を吐くのが見えたから。ただ、それだけだった。そう、シゲだって、気がついていた。不破が風祭のことしか見ていないことに。今もこうして、風祭の背中を食い入るように見つめていることに。けれども、シゲは知っていた。不破自身も気がついていない事実。不破がこれほどまでに風祭のことを追い続けている事実に。

不破が気付かないうちに、どうにか手に入れてしまおうか? シゲはいつも考えていた。これは卑怯なやり方。でも、誰にも不破を渡したくない。誰にも触れさせたくない。淡い恋心は、すでに邪な妄念に取り憑かれいた。

沸き上がる異常なまでの独占欲。淫らなほど燃え上がる劣情。不破は、この想いを受けて止めてくれるだろうか? 

シゲが口の端を吊り上げた。それをするには、不破はまだ幼い。綺麗すぎる。
多分、無理だ。汚すには早すぎる。けれども、不破を欲してやまないこの想い。

寝転んでシゲは、じっと不破の横顔を見つめた。不破の瞳をどうすれば、自分に向けられる事が出来るのだろうか?
風祭から自分に...不破が他の誰も見ないようにするには...手段を選んでいる時間はないのかもしれない。

「さぁって、と!!」

皆がそろそろ立ち上がる。就寝時間が近づいたからだ。水野が注意しなくても、自分達から就寝準備を始めた。珍しいこともあるものだと、水野が彼らの行動を観察していると、何て事はない。皆、高井の話が怖かったらしく、集団で行動しているだけだった。だが、怖いなどとは口に出せずに、上手くなんとか理由をつけて一緒に行動している。水野が、頭をぽりぽり掻いた。

「不破くん! 歯磨きした?」

風祭の質問に、不破は素っ気なく「さっきしてきた」と答えた。風祭はにこにこ笑いながら、「ボクもだよ!」と元気良く言うと、自分の布団の上にしゃがみ込んで、風祭ががさがさ荷物を整理し始めた。すると、何を考えたのか、不破がまたそっと風祭の肩に手を置いた。

「ええっ!?」

驚いて振り返る風祭。だが、先程のような絶叫ではなかった。不破がじっと風祭の顔を覗き込んでいる。

「ど、どうしたの? 不破くん?」
「まだ、怖いのか?」
「へっ?」
「また、驚いたから...」
「えっ? そりゃ、突然、何も言わないで肩を叩かれれば驚くと思うけど...」
「そうか...では、これから、風祭の名を呼んでから、肩を叩くことにしよう」
「はははは...そこまで神経質にならなくても良いけどね」

風祭の笑顔に、不破がふと表情を緩ませた。柔らかな、微かな微笑み。風祭も、これには少し驚いたようだった。

「不破くん?」
「ん?」
「どうしたの? 何か、ボクに言いたいことあったんじゃないの?」
「いや、特に無いが...強いて言えば。」
「???」
「おまえは表情がよく変わるヤツだなと思った。」
「へっ?」
「よく笑うし、よく怒るし、よく驚くし...よく泣くし...」
「泣いてはいない、と思うけど?」
「?さっき、泣かなかったか?」
「な、泣いてなんかいないよ!!」
「そうか? 驚いて、怒って、泣いたように見えたゾ。」
「ち、違うよ!! 泣いてなんか...あれは、そう、生理的な涙だよ!!」
「?????」
「驚いて、何回も瞬きしたから! だからだよ!!」
「.....」
「...って、全然、信用してないね?」
「まぁな。」

その時、不破が軽く欠伸をした。こんな仕草の不破を見るのは珍しい。不破の瞳に鋭さが無くなって、うっすらと涙が滲んだ。

「あっ! ほら、不破くんだって泣いてるよ!」
「??これは、欠伸をしたから、生理的な...」

言いかけた不破が、気がついた。風祭は、にこっと笑った。

「ほらね! こういう時にも泣くんだよ! 涙が出るんだよ!!」
「そうか...了解した。」

不破は両目をごしごしと手の甲で擦り始めた。まるで、猫の毛繕いみたいだ。真っ黒い猫。でもよく見ると毛並みは、やや薄茶色なのだが。風祭はまた笑った。可愛い。本当に可愛いかも。風祭は、不破のことを目を細めて見つめながら、ふと思う。

周囲から見れば、背が小さくて小学生と間違えられる自分の方が可愛いなどと思われることが、しばしばあるが、今の不破の方がずっと可愛いらしい。だけど、自分より、背が高くてしっかりしている不破のことを、こんな風に考えているなんて、不破が知ったら怒りそうだ。それでも、風祭は笑いが止められない。不破のことが大好きでたまらない。好きで好きで仕方ないから、不破への笑顔が途絶えること無い。

自分の笑顔の真相が知りたくて、サッカーを始めた不破。まだ、笑顔の真相が掴めていないらしい。不破の視線がいつも自分に向けられていることを、風祭だって気がついている。だからこそ、風祭は笑顔を絶やさないようにしている。でも、もし、その興味が無くなってしまったら、もう自分のことを見てくれないのだろうか? それが、風祭の一番の不安だった。

笑顔の真相が掴めないといい。そしたら、ずっと自分のそばにいてくれるから。ちょっと我が儘な想いかもしれないけど、それくらいは許して欲しい。自分は不破が大好きだから、いつまでも一緒にいたいから、だから、どうか、誰も自分から不破を取り上げないで欲しい。身勝手な想い。不破の気持ちなんて考えないで、自分のことばっかり考えて、でも、これだけは誰にも譲れない。絶対、誰にも不破は渡したくない。

この想い、いつか不破は気付いてくれるだろうか? 気付いたら...不破はどう思うだろう? どうするだろう?
けれども、不破にどう思われようと、自分は不破から離れる気など毛頭ないのだが。

「よっし、そろそろ電気消すかぁ〜! 水野!!」

高井の大声に、水野がはっとして顔上げた。何か考え込んでいたらしい。

「あ、あぁ!! 消してくれ!! じゃぁ、就寝!!」

がやがやと何か喋りながらも、皆一斉に、布団に潜り込む。不破も自分の布団に入り込むと、すぐに寝息を立てた。

「すっげぇ...一番、早いぜ。」

高井がのそのそ、自分の布団から這い出して、不破の顔を覗き込んだ。確かに、まだ誰も寝付いている気配はない。

「眠かったんじゃないの? 明日も早いから、僕らも早く寝ないとね!」
「あぁ、けど...不破って、薄目明けながら、眠るんだな?」
「へっ?」

風祭も起きあがって、不破の顔を覗き込んだ。寝顔はあどけなかったが、何故か、うっすらと目を開けているように見える。

「ホントだ...薄目開けてる...」

いつの間にか、シゲや水野も、不破の顔を覗き込んでいた。すると、その気配に気がついたのか、煩いと言わんばかりに、不破が寝返りをうったので、微かに開いていた目はしっかりと閉じてしまった。すやすやと口唇から漏れてくる寝息が、本当に気持ちよさそうだ。風祭が笑った。見れば、シゲや水野も微かに笑っていた。

「へぇ〜、不破って結構、可愛いかも?」

高井の発言は、一斉に皆の注目を集めた。ぎょっとする高井。注目と言うよりは、睨まれた、が正解かもしれない。高井は、すごすごと自分の布団へと戻っていった。

「んじゃあ、お休みなさい!!」

風祭も自分の布団に潜り込んだ。不破の寝顔は、しっかりと風祭の方へと向いている。風祭は嬉しそうに、その寝顔を見ながら眠りに入ろうとした。シゲが軽く舌打ちする。シゲの位置からすれば、不破の背中しか見えないから。まぁ、それでも、風祭に阻まれている水野よりはマシかもしれない。

次第に部屋の中が静かになっていく。完全に静寂が訪れた時、突然、不破の目が見開かれた。
そして、じっと目の前に横たわる風祭の寝顔をじっと見つめていた。

「ふむ?」

不破が小さな声を出した。不破が考察する時の声だ。何を考察し始めたのか?

「不破?」
「起きたんか?」

水野とシゲが気がついた。起きあがって不破を見ると、

「風祭の寝た顔は普通だな...だが、可愛い...か...?」

ポツリとそう呟いて、不破はまた目を閉じた。すぐに寝息が聞こえてきた。

「.....」

シゲと水野は、不破の言動がさっぱり分からない。だが、予測すれば、だ。風祭の笑顔の真相が知りたい不破だ。風祭の様々な表情や感情のデータを収集しているように思える。つまり、今夜は風祭の寝顔のデータを収集した、というワケだ。

何となく脱力するシゲと水野。二人とも、もう一度、ごろりと横になる。不破の行動は計り知れないが...なんで、こんなヤツ好きになってしまったんだろう?今更ながら、我ながら、呆れてしまう。けれど、溜息吐きながらも、それでも思う事がある。

不破を他の誰かに渡すなんて事は、絶対出来ないのだと。


強化合宿第一日目の夜が、ふけていった。




おしまい


☆ ―――――――――― ☆


言い訳しますと....二年以上、放置しておいたものです(苦笑)。後半、思いっきり書き足したので、今、読むと作風っていうか、言い回しっていうか、表現の仕方が、今と結構違うことに自分でも気がつきます。どっちが良いのか? って、どちらも大差ないんですけどね。ただ、こんな自分でも、少しづつ変化してるんだなって思いました。いい方向に変化しているとは思いにくいので、後退してるってところでしょうか? う〜ん....精進せねば...!


date:2002.12.11


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