「不破くん、何処行くの?」
「ん?、トイレだが」
「あっそ、けどもう就寝時間、過ぎちゃっているから、早くね!」
「あぁ、わかっている」

キャプテンの水野が、明日、行われる練習試合の打ち合わせで、部屋に戻ってこないのを良いことに、消灯時間をすぎているにも関わらず、皆、電気を消さずに、喋ったり、ふざけあったりと賑やかであった。

強化合宿第三日目の夜。

日中の練習疲れから、早々にいびきをかいている者もいるが、明日の試合で、やや興奮気味な連中もいる。この合宿の成果を問われる試合でもあり、また、新生、桜上水サッカー部始動、という試合でもあるのだから。水野がコーチとの打ち合わせに熱が入るのと同じく、部員たちだって、明日の試合に昂揚しているのだ。

そんな連中とは無縁のような表情で、不破は部屋から出ていった。トイレに行くには、一旦、外に出てから校舎に入るのだが、夜風が心地よく頬を撫でていく。昼間の日差しの名残があるものの、やはり夜は、それなりに涼しい。思わず、ほぅと吐息を漏らして、不破はトイレに向かった。校舎内は非常灯だけで不気味な雰囲気もあるが、それでも暗さに目が慣れれば、それほどでもない。それに、今宵も月が綺麗で、窓ガラス越しに差し込んでくる月明かりが、海中電灯の役割を十分に果たしてくれている。

用を済ませて、再び廊下を歩いて戻ろうとすると、ぴたぴたと足音が聞こえてくる。背後から...不破は立ち止まり、くるりと振り向いた。その瞬間、近づいてきた足音が、ぴたっと止まった。

「誰だ、其処にいるのは!?」

やや興奮気味の声。不破はちょうど廊下の暗闇に紛れた位置に立っているが、声の主は、月明かりが差し込んでいる窓側に立っているので、不破から彼の顔がよく見えた。昨晩のシゲも、月明かりの下、とても綺麗だと思ったが、此方もさすがに負けていない。桜上水でシゲと、一、二を争うだけはあると、不破は思った。彼が、目を細めながら呟いた。

「不破...か?」
「あぁ、そうだ。トイレからの帰りだ」
「そ、そうか...驚かすなよ」

水野竜也は、ほっとしたような声になった。不破は一歩前に出て、自分も月明かりの下に立った。

「おまえも、やはり怖いのか?」
「えっ?、何が?」
「桜上水の七不思議とやらだ」

不破はポケットに手を突っ込んだまま、口元を緩めた。

「別に、オレは何とも思わない。それに、あれは作り話が大半だろ」
「そうだろうな、だが、プールで溺死した生徒の話は本当だ」

毎年、プールの授業が始まるたびに、教師から聞かされる話である。水の事故は、あなどれない。ちょっとした不注意で起きるものだ。あの事故の翌年は、プールの授業が中止されたが、水野達が新入生として中学に入ってきた時には、すでに、プールの授業は再開されていた。

「それは、いっつも聞かされているだろう。だからって...」
「では、自殺した女子生徒の話は?」
「それは...知ってるよ、学校の授業についていけなくなって...って、おい、不破、どうしたんだよ、急に?」
「ん?、いや、昨晩、興味深いデータが取れたので、な」
「はっ?」

思わず首を傾げる水野に、不破はクスリと笑った。


どきっ...


窓から差し込む月明かりの下、不破の笑顔が、とても綺麗だったので、水野は内心、ドキマギした。しかし、それを悟られまいと、水野は軽く咳払いをして、「昨晩のデータって、何のことが?、何かあったのか?」と聞き返した。すると、不破は何も答えずに、踵を返して、すたすたと歩き出した。皆のいる部屋へ戻るようだ。水野も資料を片手に持ち替えながら、慌てて追いかけようとした瞬間、昨晩、不破がシゲと一緒に戻ってきたことを思い出した。

あの時、「牛乳を買ってきただけだ」と、不破はそう言って風祭に其れを渡していたが、その横には、こそこそと着替えているシゲがいた。確か...びしょ濡れだった。そこまで思い出していた、その時だった。


ざぁ....


水の流れる音がした。さらに、カチャカチャと金属音が聞こえてくる。何処から...水野が音のする方向に顔を向けた。同じく、不破も気がついたらしく、音のする方向へと目を向けた。

曲がった廊下の奥、微かに光が漏れている。あの奥には、水道がある。手洗い、うがい、等で使用する場所だ。


しかし。


次の瞬間、水野は、ぎょっとした。女性の声が聞こえたからだ。何を喋っているのか聞き取りにくいが、複数ではないことは確かだ。まるで独り言のような...否、恨みがましい声だった。

「自殺した場所だな、彼処は」
「ええっ!?」

不破が水野の耳元で囁いたので、大きな声を上げてしまった。

「やはり、怖いのか?」
「あのなぁっ!、不破、おまえ、何かヘンだぞっ!、昨夜、一体...」

「ちょっと、あんた達、消灯時間、過ぎてるんじゃないのっ!!」

いきなり、懐中電灯を向けられて、水野と不破は、その眩しさに、顔を顰めた。

「水野、不破と何してんのよ、其処で!?」
「こ、小島ぁ!!、小島なのかっ!?」
「そうよ、あたしよっ!...って、あぁ、コレ?」

懐中電灯を消して、水野と不破の前に、月明かりに照らし出された小島有希が姿を現した。だが、彼女の髪は...。

「まぁったく、夕子ちゃんにやらせると、ロクなことしてくれないんだからっ!」

短くなった自分の髪を撫でながら、彼女はスタスタと歩き出した。そして、廊下を曲がって、ほの暗い灯りが見える水道場所へと向かっていった。水野と不破は条件反射というか...彼女のあとを黙ってついていった。

其処には水道だけではなく、鏡も据え付けられている。電灯の下、小島は、鏡脇に置いてあったハサミとクシを持つと、前髪をしゃきしゃきと手際よく綺麗に切っていった。そして、ハサミとクシに付着した髪を、ざぁっと水で洗い流すと、排水溝にたまった自分の髪の毛を拾い集めて、ビニール袋へと詰め込んだ。

「前と横は自分でも出来るんだけどさぁ」

小島は、鏡を見ながら、ふぅっと息を吐いた。

「自分なりに『けじめ』をつけたいからって、夕子ちゃんに頼んで、髪を切ってもらったのよね、そしたら...」

小島はくるりと後ろを向いた。その後ろ姿には、水野も不破も目をぱちくりさせた。

「ただ、切ればいいってもんじゃないのよねっ!」
「そ、そうだな...」

答えようがなく、水野が相槌をとりあえず打った。

確かにこれは、ヒドイ。小島は一つに髪を束ねていたが、その束ねた髪を根本からジャキっと切っただけである。従って、切り口はバサバサ、しかも、右斜めにかなり傾斜している。

「ねぇ、あんた達、手伝ってくれない?」
「えっ?、オレ達がぁ?」

水野の声に、不破はむっとした表情になった。おそらく、『オレ達』という言葉が気に入らなかったのだろう。

「オレは戻る」

不破はそう言うと、この場を立ち去ろうとした。

「もしかして、怖いとか?」
「何のことだ?」

立ち去ろうとする不破の背中に、小島が意地悪く声をかけた。

「此処って、4,5年前、女子生徒が自殺した場所なのよねぇ」
「...」

黙って振り向いた不破。じっと、小島を見つめる。

「おまえ、よく怖くないな」

黙り込んだ不破を代弁するかのように、水野が口を開いた。

「あらっ?、水野もこういった話、怖がるタイプ?、意外ねぇ〜、風祭も苦手みたいだし」
「幽霊話ならば、怖いとか、恐ろしいとは思わない」

不破が小島へ向き直った。

「只、事実として、この場所で、一人の人間が自らの命を断ったのだけは事実だ」
「その事実に、面白がって話を付け加えただけじゃない」

小島は、くるりと鏡に向かって、自分の髪をとかした。

「ねぇ、やっぱ、後ろ側、切りそろえてくれない?」

小島が水野と不破の顔をじっと見つめる。

「これじゃぁ、ちょっとカッコ悪いわよねぇ」

溜息混じりの彼女の声に、水野が仕方なさそうに、ハサミを手にした。

「切りそろえる程度なら出来ると思うけど、ちゃんとした美容院なり、技術をもった人間に、仕上げてもらうのが一番いいと思うけど、な」
「さんきゅっ!! 水野!!、じゃぁ、不破は、この手鏡持って、後ろに立っててよ」
「むっ?、何故?」
「水野一人じゃ、大変でしょ?」
「う〜っむ」

こうして、水野と不破は、小島の髪を切る作業に手を貸すことになった。小島の髪は、元々綺麗で真っ直ぐな髪質だったから、切りそろえてやるのに、それほど時間はかからなかった。

「二人とも、アリガトねっ!」

小島は後片づけをしながら、水野と不破に礼を言った。そして、不破が持っていた手鏡を手にして、自分の後頭部を映し出す。さらに、その姿を、壁に取り付けてある鏡に映し出して...

「なかなか、キレイに切れてるじゃないっ! 水野、あんた、意外な才能、あるかもね」

自分の後ろ姿を、手鏡の角度を変えて見ながら、小島は満足そうに言った。すると、水野が、

「ホームズの毛並み、時々、切りそろえてやったりしてるからな」

と、くすっと笑いながら嫌味を言った。小島は、すぐに「私の髪は、犬と同じってワケ?」と、眉を吊り上げたが、

「でも、サッカー選手で食えなくなったら、第二の人生に、『トリマー』やるのもいいかもね」

と、小島も負けじと嫌味を言い返す。小島の台詞に、むっとする水野だが、これ以上、言い争っても時間の無駄と思ったのか、

「じゃあ、そろそろ引き上げようぜ」

と、水野が言った。その意見に小島も、「そうね、就寝時間はとっくに過ぎてるんだしね」と同意した。

だが、その時。


ぴっちゃん...


「きゃっ」
「どうした、小島?」
「水...」
「えっ?」

小島は、首筋を押さえて、天井を見上げた。

「天井から水が落ちてきたのよ」
「天井から?」

オウム返しに、水野が口を開く。そして、二人は天井を見上げるが、特に変わった様子はない。水がこぼれ落ちてくる気配はない。それらしい、滲みもない。

「ヘンだなぁ〜、確かに水が当たったようなカンジだったんだけど」
「水道管、天井を通っているんじゃないのか?」
「えっ?、じゃあ、もしかして、水漏れ?」
「かもな...けど、それらしいカンジはないぜ」
「でも、確かに、水が落ちてきたわよ」

ラチがあかない、水野と小島の会話を、不破は黙って聞いていた。しかし、小島が喋りながら、手にしていた手鏡をカバンの中にしまいこまれると、ふぅっと息を漏らした。

「何?、不破、どうかしたの?」
「...水野の言うとおり、水道管は天井を通っている」
「えっ?」

目をぱちくりする水野と小島。不破は、一体、何を言い出すのか...二人は、きょとんとしていた。

「この場所で、自殺した女子生徒は、当時、天井から剥き出しにされていた水道管を使って、首吊り自殺をしたそうだ」

「げっ!?」
「うっそ....」

驚く二人に、さらに、不破は言葉を付け足した。

「元々、此処は、生徒数が増えたため、後から作られた水飲み場だ。当時、かなり安易な作りだったらしい」
「「...」」
「だが、自殺騒ぎがあってから、天井を作り、忌まわしい場所を封じ込めた」
「ちょっとぉ、何が言いたいワケ?」

小島が顔を引きつらせながら、腕組みをして、不破を見上げる。水野は、口をへの字にしたまま黙り込んでいる。
その二人の様子を交互に見ながら、不破が、ふふっと笑った。

「今晩も、面白いデータがとれた」

満足げな不破の表情に、水野と小島は、顔を見合わせた。データ?何、それ?....二人は目で会話した。すると、

「こらっ! あなた達、此処で何をしてるのっ!!」

大きな女性の声が聞こえたので、水野や小島だけではなく、不破もびくりと身体を震わせた。三人が声のする方を振り返ると、其処には、懐中電灯を持った香取先生と松下コーチ、さらには風祭とシゲの姿もあった。

「ちょっと、夕子ちゃん!、びっくりさせないでよぉ!」
「はぁっ!?、びっくりしたのは、こっちの方よっ!」
「えっ?」
「だって、就寝時間はとっくに過ぎているのに、有希ちゃん、部屋に戻ってこないしぃ!、そしたら、水野くんや不破くんまで、部屋に戻ってこないって、風祭くんが心配して、松下さんと一緒に、私の部屋に来るしぃっ!」

「す、すみませんっ!、ご心配かけて、その...」

水野がキャプテンらしく、松下や香取先生に謝ると、二人の後ろに控えていたシゲが、にやにや笑い出した。

「たつぼんと小島が、夜中の校舎で二人っきりってぇのは、とぉ〜っても、ヤバイやて。なっ?、香取センセー?」
「そっ!、サッカー部の合宿に、女子が寝泊まりするって教頭先生に言った時、ものすんごく、モメたんだからねっ!」
「そんなっ!、あたしと水野は...」
「けど、頭のカタイ先生達は、そう思わないのっ!!」

香取先生は、懐中電灯を消して、両手を腰にあてると、いかにも(?)教師らしく、

「何もないですっ!て言ったって、信じてもらえないのが、当たり前なのよ、くやしーけど、こればっかりは、仕方ないことなのよ。だから...」

そこまで一息に喋った香取先生は、盛大な溜息を吐いた。

「せっかく、今晩まで、もめごとなしできたんだから、このまま、真面目にサッカー部は合宿をしました!、その成果が、明日の練習試合の結果ですっ!て、胸張って、学校側に報告できれば、それなりに信用されるのよ、それでも、それなりなのよっ!」
「...」
「とにかく、有希ちゃんと水野くんに、何事もなくって良かったわぁ〜」

ほっと胸を撫で下ろす香取先生。その横で、松下が苦笑いをしている。そんな二人の横を、するりと小さな影がすり抜けていった。一瞬、ぎょっとする香取先生と松下だったが、それが風祭であると、ややホッとした表情になった。

「不破くん、大丈夫だった?」
「ん?、大丈夫とは?」
「その...」

風祭は横目で、水野のことをちらりと見た。風祭にとって、小島が行方不明も心配だったが、不破と水野が二人して姿をくらましていた方が、よっぽど心配のようだった。風祭の言葉に、ようやく香取先生が気がついた。

「有希ちゃんと水野くんだけじゃなかったのね、不破くんもいたのね」
「あぁ、いては悪いか?」
「いえいえ、そんな...でも、やっぱ、就寝時間はとっくに過ぎてるし...」

不破のことが苦手な香取先生。腰にあてた両手を、慌ててブンブンと左右に振り回す。

「では、行くか?」
「えっ?」

不破は、風祭の手をとると、就寝場所とは反対方向に向かって歩き出した。

「ちょ...ちょっと、不破くんっ!?」
「なんだ?」
「行き先が違くない?」
「...『美術室の鏡』」
「へっ?」
「一人で、データを取りに行っても構わないが、やはり、オレ以外の証言というものも必要かと...」
「そ、それって、この間、高井くんたちが話していた...」
「あぁ、そうだ」
「な、なんで急にっ!?、不破くんは科学的に実証できないことがキライなんでしょっ!?」
「あぁ、そうだが...二晩続いて、面白いデータが取れたので」
「データ?」
「あぁ、そうだ」

不破は、廊下の窓から差し込む月明かりの下で、ゆっくりと喋りだした。

「最初の夜、高井たちが話していた怪談話が、まんざらウソではないことに気がついたからだ」
「怪談話って...不破くんは科学で実証てきないことがキライなんでしょっ!?」
「あぁ、キライだが...自分の目で見たことについては、実証見聞してみたいという欲求がある」
「へっ?」
「まず、昨晩の佐藤をプールに引きずり込んだ『手』」
「えっ!?」

シゲが、ちっと口を鳴らす。

「佐藤は、誰かいるのかと思ってプールの中を覗き込んだ。そこに一人の少年の姿があったようだ。しかし、外から見ていたオレには、佐藤の背後には誰もいなかったと記憶している。そして、佐藤に声をかけた瞬間、プールの中から『手』がのびてきて、佐藤の身体をプールの中に引きずりこんだ」
「...」
「慌てて佐藤の身体を、プールから引き出したが、とても重かった。この現象は、実に面白い。オレは確かに、佐藤を引っ張り込んだ『手』を見たのだから。実に興味深い現象だった」
「あのさ、不破くん...」
「さらにっ!、先程、小島が手にしていた鏡に...小島や水野は気がつかなかったようだが、三つ編みをした女子生徒の後ろ姿が映っていた」

「「ええっ!?」」

思わず、小島と水野が声をあげた。そして、一旦、カバンにしまいこんだ手鏡をだしてみるが、そこには、そのような女子生徒の姿は映し出されていない。

「小島が、天井から水が落ちてきたと言った瞬間、手鏡から、その姿は消えた」
「...」
「これも実に、興味深いデータだ」

「ねぇ、不破くん」
「なんだ?」

風祭は睨みつけるように、不破を見あげる。

「科学で実証できてないことは、大っきらいなんだよね?」
「あぁ、そうだが、自分の目で見てしまったことについては、検証したいのだ」

「今日はダメよ!!」

すかさず、香取先生が金切り声をあげる。

「不破くんも気持ちも分かるけど、今回の合宿の目的は、桜上水の七不思議解明じゃあないハズよっ!!」
「...確かに」
「とにかくっ!、明日の練習試合が、不破くん自身のデビュー戦になるんだんだから、そこんトコ、ちゃんと考えてくれないかしらぁ!?」

香取先生にしては、まともなコトを言うものだと、水野やシゲが感心していると、松下がくくっと笑った。

「不破」
「むっ?」
「香取先生の言うコトが、理解できたか?」

不破はむすっとしながらも、頷いてみせた。

「では、就寝時間も過ぎている。このまま、大人しく明日の試合に備えて貰いたいが、皆、いいか?」

松下の一言で、一同、大きく頷くと、香取先生と小島は、女性専用の部屋へ、松下と水野、さらにシゲと不破、風祭も、自分たちの寝床へと戻って行く。

「不破」
「なんだ?」

松下が声をかけてきたので、不破はポケットに手を突っ込んだまま返事をした。

「この世には科学では実証できないコトが多いんだろ?」
「ん? あぁ、そういうコトも、時々はある」
「だったら」

松下は、月明かりの下、顔を上げて、遙か遠くの空を見上げるように視線を動かした。

「近いウチに、おまえさんにも、それが分かるだろうなぁ」
「ん?」

ククッと、松下は喉を鳴らした。

「サッカーってヤツは、科学では実証できないってコトだよ」
「...」
「下手な怪談話より、難解だぞ」
「そうだな」

不破は立ち止まり、窓の外を見上げた。夏の気配を漂わせた濁った月が、その光を地上へと送り出している。

「そうだ」
「ん?」

ポンと両手を鳴らす不破に、一同、振り返ると、

「部屋の戻ってからで良いのだが...オレの前髪の切ってくれないだろうか?」

不破は伸びた自分の前髪をいじりながら、「これでは、目に入って試合どころではないからな」と呟いた。

「じゃぁ、オレが切ってやる」

シゲがすかさず申し出たが、不破はちらっと水野をみて、

「先程の小島の髪を切っているのを見て、出来れば水野に頼みたいと思ったのだが」
「ええっ! ホント! オレでいいのっ!?」

自分の指差しながら、水野がシゲの横に立つ。シゲが苦々しい表情で、むすっとするが、不破はシゲの様子を無視した。

「あぁ、水野はハサミの使い方が上手いと...」

「ナントカとハサミは使いようって言うからなぁっ!」

シゲの嫌味に、咄嗟に風祭がエルボーで黙らせた。

「じゃぁ、就寝時間過ぎてるけど、まだ、みんな起きているみたいだから、其処で切ろうかぁ!」

腹を抑えて痛がるシゲを尻目に、風祭がにこやかに言うと、不破も「あぁ、どうだな」と、カンタンに同意した。スタスタを歩いて戻る不破と風祭に遅れをとるまいと追いかける水野、そして、腹を押さえながらシゲも、皆の後についていく。

この光景を、一歩下がった場所で、松下は見ていた。


不破は気がついていないかも知れないが、すでに、その難解な世界に足を踏み入れていることに。


『女三人寄ればかしましい』と、よく言われるが、近頃の男子どもも、そうかわらないな...松下は、風祭やシゲ達の騒ぎ声に、くくっと喉を鳴らして、また笑った。

そして、その松下の笑い声に、誰かの忍び笑いの声も聞こえたような気がしたが...。



全ては、真夏の夜の出来事。

月だけが全てを知っている。

真夏の夜の夢。



強化合宿第三日目の夜が、静かに過ぎていこうとしていた。






おしまい


☆ ―――――――――― ☆


ようやく書けました...それにしても、近頃、ペースダウンが激しいです。実生活の仕事が忙しいのもありますが、其れ以上に、自分自身の、不破への愛情が薄れてきたような...いえいえ!!断じて、そのようなコトはありませんっ!!、但し、連載が終わってしまって、コミックも最終巻が発売されて...ちょっと、がっくりしているトコロはありますが、不破への、そして『ホイッスル!』への愛は途絶えることは、決してないと信じてます!!

『ホイッスル!』という素晴らしい作品に出会えて、そして、それを後生に伝えていけたら...本望でっす!!

最後まで読んで下さって有り難うございました。感想等々ありましたら、是非、お聞かせ下さいませっ!


date:2003.05.15


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