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「じゃあねぇ〜! また、明日!」 「ねぇねぇ、問3の(2)って、分かった?」 「せっかくだから、これからどっか寄ってかない?」 ビルの外に出ると、様々な声が飛び交う。 その中を、不破大地はゆっくりと歩き出した。 「不破! お疲れ!」 「小島?」 急に後ろから腕を掴まれて、不破は驚いて振り返る。 同じ学校で、同じクラスの小島有希だった。 「どうだった? 不破のことだから、模試くらい完璧?」 「あぁ、そうだな、多分。」 不破は答えながら、掴まれた腕をじっと見る。その視線に、慌てて有希が手を離す。 寒さだけではないだろう、頬を赤らめながら、有希が俯き加減で喋り出す。 「さっすが、余裕ね! あたしなんか、英語がいまいち...」 「英語が出来なければ、留学どころではなかろう?」 「うっ...あんたって、どうして、人が気にしてること平気で言うのよ...」 「本当の事だろう?」 「...」 二人、並んで、駅までの道のりを歩き出す。 とある予備校が主催した高校受験の模試を終えて、一斉に生徒達が道路に出たものだから、週末の繁華街は、より一層混雑した。 終日、カンヅメ状態だったから、模試を受けた生徒達は、解放感ゆえに道端で、大声で今日の出来具合を言い合っている。 「水野は...留学前には、かなり頑張っていたゾ。」 「えっ?」 大地の呟く声に、有希が驚いて大地の横顔を見上げる。 12月に入ったばかりとはいえ、日は暮れるのは滅茶苦茶早いし、寒さも一段と増してくる。 不破の横顔が、白く煙っているように見える。吐かれる吐息が、本格的な冬到来を告げているようだ。 そう...中学3年の冬は、高校受験一色になって、サッカーも一時中断しなければならない。 不破も有希も、桜上水サッカー部を引退して、本格的な受験生になったのだ。 「水野か...やっぱ、あいつスゴイよね。」 有希が、ふと思い出す。今年の3月の出来事を。 3年生に進級する時、水野がサッカー部員達に告げた言葉。 「オレは、4月からイタリアに留学する。」 都選抜の韓国戦で『見初められた』水野は、留学を決意した。 桜上水では、彼の実力は発揮出来ない。このままでは、彼は駄目になるだろう。 今まで一緒に戦ってきた仲間の元を離れて、彼は一人、旅立っていった。 これは、彼の実力からすれば、当然の結果だったろう。 「あっ! そうそう!! 水野、今週末、帰ってくるんだよね!」 「えっ?」 「昨日の夜、水野のお母さんから風祭に連絡があったらしくて...あたしのトコに風祭が電話くれたんだけど...不破には電話あった?」 「...いや、無い。」 昨日は、第二土曜日の週末で、学校が休みだった。風祭には逢ってないし...電話も無かった。 「そう...去年亡くなったおばあさんの一周忌だから、一時帰国だって!」 「そうか、もう一年になるのか...」 「うん、年末には帰国するつもりだったけど、ちょっと早まったんだって...」 「...」 「風祭から連絡無かったんだ...」 不破が黙ってしまうので、有希も喋るのを止めた。 駅に近づくにつれて、賑やかさが増してくる。 会話が途切れてしまって、有希が息苦しさからら、ぽつりと呟いた。 「色んな事があったよね...」 「あ? あぁ...」 「水野が留学して、シゲが京都の学校に転校して...風祭がクラブユースに入っちゃってさ...」 「...」 「この一年...気がついたら、あたしと不破だけが...残っちゃったよね。」 「小島?」 有希はふふっと、微かに笑った。 「それも、来年の3月までかな?」 「...」 有希は留学を決意している。大好きなサッカーをしたいから、日本ではなく海外に目を向けている。 「こうして、一緒にいられるのも...来年までかな?」 有希が不破の腕に、自分の腕を絡ませてくる。有希の仕草を不破はゆっくりと目で追いながらも、くすりと笑った。 二人が付き合い始めたのは、夏を迎えるほんの少し前の出来事だった。 水野が留学して、シゲが転校して、風祭と一緒にいられる時間が無くなって...。 そうして、気が付けば、不破は有希と一緒にいた。 奇妙な組み合わせだと周囲から言われたが、不破自身が不思議と有希との付き合いをすんなりと受け止めていた。 二人は、ごく自然と付き合い始めたのだ。どちらが告げたワケでもなくて、まるで当然の結果であるかのように。 絡ませてくる有希の腕が温かさに、不破が珍しくまた笑った。 「...留学できればの話だがな?」 「言ったわねぇ〜!!」 絡ませてない、もう一方の手を、有希が不破に振り上げると、やんわりと不破はそれを止めた。 そして、腕の中に引き寄せた、有希の身体ごと。 不破の胸の中に、抱き寄せられるような形になって、有希が真っ赤になる。 いくら辺りが冬の夕暮れとはいえ、駅の近くで、大勢の人が行き交っている。 有希が離れようと藻掻くと、不破が優しく有希の肩を抱いた。 「...頑張れよ...」 耳元で囁かれた不破の言葉。多分、それにウソはない。 自分を応援してくれているのだと、自分を励ましてくれているのだと...有希は信じている。 けれど...自分がいなくなったら、不破はどうするのだろう? もっとも、今の二人の関係は、有希が『女の子』だから、不破の隣にいることを許されているだけで... 有希がいなくなれば、不破は... 行きたいとこに行けばよい それは、とても寂しいことだけど、これ以上、不破を自分一人に縛りつけておけない。 もう十分だ。自分には、この一年、沢山の想い出を、不破と一緒に作った。これだけで...もういい...。 有希は、そっと不破の背中に腕を回した。 これだけ人目があっても、有希は気にしない。不破だってそうだ。 しっかり抱き合うと、有希が小さな声で囁いた。 「ありがと、不破...大好きだよ...」 大好き....でも、それは3月までの事。それが過ぎれば、ただの...友達。 そういう約束だった。だから、許してもらえたのだ...彼らから。 不破には内緒の約束。有希が勝手にした...誓い。 けれど、好きな気持ちは、決して揺らぐことはない。 有希だって、不破を...愛してる。 もし不破が、自分を選んでくれたら、留学なんて絶対しない。 不破のそばから、絶対、離れない。有希にだって、それぐらいの覚悟はある。 だけど、有希は気がついている、不破の気持ちに。 不破が...自分を選んでくれないことに。 今だけの、関係。今だけは...どうか、恋人で、いさせて下さい。 有希はそっと、不破の身体から離れた。見上げてくる有希の瞳に、不破の寂しげな笑顔が映っている。 「不破...大好き...っ!」 「小島...」 好きという言葉の代わりに、不破が有希にキスをする。口唇が触れるだけの優しいキス。 たとえ、これが、慰めでもかまわない。不破が有希の事を考えてくれたのだから。 今だけは、有希のことだけを考えてくれているのだから。 離れたくないと思った。こうして二人だけでいたいと思った。 時間が止まってしまえばいいと思った。 でも、それは叶わない事だから... 「...じゃあね...不破、また明日...ねっ!」 「あぁ...また、明日、学校で...なっ?」 有希が自分から身体を離す。不破から離れて、有希が微かに微笑むと、不破が手を上げて挨拶する。 ゆっくりと二人は離れて、有希は改札口へと向かう。歩きながら、有希は、不破の視線を感じている。 不破は黙って、有希の後ろ姿を見送っているのだと。 それは何を意味するのか...有希には分かっているだけに、とても辛い。 でも、有希は振り返らなかった。もし、振り返ったら、多分、泣き出して、不破にしがみついてしまうだろうから。 有希は、不破から見えなくなる場所まで、黙々を歩き続けた。そして、改札を抜けてホームへと上がる階段で、 ようやく振り返った。 此処からは、不破が見えない。不破からは、自分の姿は見えはしないのだ。 有希は...泣いた。蹲って泣いた。声を出さずに泣いた。 不破が好き。でも、不破の心の中には自分はいない。 だから...どうか、神様、不破の想いを...かなえて下さい... 有希を静かに見送っていた不破は、姿が見えなくなるのを確認すると、軽く溜息を吐いた。 有希にキスしたことは...ウソではない。 自分は確かに有希を付き合っているし...彼女が好きだ。 しかし...心の中に蠢く何かが...何かに突き動かされる。 これは一体、何のだ? 不破は、ふと空を見上げる。 イルミネーションが眩しくて、見えるはずの星は隠れてしまっている。 真っ黒い闇が、視界に広がって... 「ん?」 頬に触れた、冷たいものに気がつく。 目を凝らして見れば、それは、空からこぼれ落ちてくる白い...粉雪。 不破の近くを行き交う人達も、口々に騒ぎ出す。 舞い降りる粉雪は綺麗で...でも、天使の羽はこれより白くてもっと綺麗なんだろうか? 小島が言うように、この一年、色んな事があった。 気がつけば、此処に残されていた。 それでも、自分なりに前に向かって進んでいる。 でも、それは何処に向かっているのだろうか? 誰のもとへと向かっているのだろうか? 風祭の笑顔が知りたくて、サッカーを始めた。 渋沢の笑顔を知って、ほんの少しだけサッカーの事が分かったような気がした。 水野の笑顔を見て、ともにプレーする仲間の大切を知った。 シゲの笑顔に気がついて、本気になることの意味を知った。 自分は...笑うことが出来るのだろうか? 心から、笑う事が...誰かと笑い会える日がくるのだろうか? 粉雪は、次第に、辺り一面を白く覆い始めている。 「オレは...」 その時、ポケットに入れておいた携帯電話が微かに鳴った。 誰からの電話だろうか? 誰が...自分を呼んでいるのだろうか? ふと、考える。この電話の相手に、全てを託してしまおうか、と? もし自分が、今、思い浮かべている相手でなければ...このまま、小島を追いかけようか? それでは、小島に失礼か? いや、自分に...自分のぐずぐずした気持ちにケリをつけるだけだ。 自分は、小島が好きだ。その気持ちに、ウソはない。 だけど、踏み出すには...今、抱えているこの気持ちに、けじめをつけなければならない。 不破は、ポケットから携帯を取りだした。 着信の相手を見ないで、ボタンを操作する。 目を瞑って、相手の声を確認する。 「もしもし、不破ですが....」 声が聞こえる。 自分の名を呼ぶ声。 それは.... ☆ ―――――――――― ☆ |