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「おかえりなさい」 出迎えられた玄関は、満面の笑顔で立つ母親と奇麗に飾られた花で、華やかだった。 足元には、愛犬ホームズが、嬉しそうにじゃれてくる。 「おい! これじゃ、家に入れないだろう!?」 ホームズを叱りながらも、水野竜也は嬉しさを隠しきれない。 久しぶりの我が家は、やはり良いものだ。 どうにか、家の中に入り込むと、外からの寒さとはうってかわって暖かい。 まるで温室のようだった。 羽織っていたコートを脱ぐと、そのまま祖母の部屋だった和室へと足を踏み入れる。 据え付けられた仏壇の前に座ると、ろうそくをつけ、線香の火をともす。 しばし、手を合わせて、振り替えると、ホームズが遊んでほしそうに、こちらを見ているのに気がついた。 くすりと笑って、頭を撫でてやると、嬉しそうに吠えた。 「竜っちゃん、紅茶煎れたわよ。」 リビングで、母がテーブルの上に、暖かく湯気の立つティーカップを並べていた。 その前に座ると、母も水野の前に腰掛けた。 「早いものね、もう一年になるんだから...」 「うん、そうだね...あれっ? おばさん達は?」 うっかり『おばさん』と言ってしまったから、水野は慌てて口を塞ぐ。 『おねえさん』扱いしないと、怒り出す叔母達である。 母がにこにこ笑いながら、 「今日は二人とも仕事なのよ。でも、もうじき、帰ってくるから、お夕飯を一緒に食べましょうね?」 「う、うん。」 「久しぶりよね...あなたとこうしているのは。今日は和食で頑張ったわよ。」 「えっ?」 「だって、むこうじゃ、日本の食事なんて、なかなか食べられないでしょうから...」 母はティーカップに口をつけながら、優しく微笑んだ。 今時は、よほどの辺境の国でなければ、日本食のレストランくらいある。 だが、水野としては、日本食がどうのこうのと言う前に、母の手料理が食べることの方が嬉しいかった。 母の気遣いにも感謝しながら、水野も母が入れてくれた紅茶を飲んだ。 「今日は、XXX予備校の模試だったそうよ。」 「えっ?」 母が急に話題を変えたので、水野は一瞬、何を言われたのか分からなくてとまどった顔をした。 驚く息子の表情を見て、母はくすくす笑いながら、また喋り出した。 「実はね、あなたが帰ってくることを、風祭くんに電話したのよ。」 「...」 「風祭くんも、サッカー頑張ってるけど、やっぱり受験生よね。 風祭くんだけじゃなくて、桜上水の皆も結構、予備校に通ってたりしてるみたいよ。 けど、今日の模試は、風祭くんは試合で受けられないんですって。」 「ふぅん。」 「どこの高校に行こうか、まだ迷ってるんですって。竜っちゃんは、このままむこうだから...関係ないわねぇ。」 母が少し寂しそうに笑った。 「不破くんは、武蔵野森を受けないみたいよ。」 「えっ!?」 「風祭くんから聞いたんだけど、不破くん...サッカー辞めちゃうみたいなカンジらしいって。」 「そんな...」 「もったいないわよね、あれだけ実力があるんだから。けど、本人もまだ迷っているみたいだから、風祭くん、一生懸命引き止めてるみたい。」 「...」 「あなたがいなくなって、皆、変わったわよね。変わらないのは...お母さんだけかしら?」 「母さん...」 その時、ホームズが吠えた。 急に外に向かって吠えて出したので、水野は驚いてホームズのそばに近づいた。 「どうした? ホームズ? 何が...」 窓の外に向かって吠えるホームズを静めようと、水野が頭を撫でようとして...気が付いた。 雪が降っている。 真っ白い粉雪が空から舞い降りている。 「あらっ? 雪? とうとう降ってきちゃったわね。」 母も窓まで近づいてくると、ガラスについた水滴を、そっと手で拭いた。 「どうりで今日は冷えると思ったのよね...今晩はお鍋なのよ。良かったわぁ。」 「...」 「竜っちゃん?」 「えっ...あぁ、そう...そうなんだ...」 「???」 窓の外をじっと見つめる息子の横顔に、母は軽く溜め息を吐いた。 一体、何を考えているのか...誰のことを思い出しているのか... 母はそっと、その場を離れた。水野はそれに気が付かない。 ただひたすら、窓の外、こぼれおちてくる粉雪を見ていた。 あいつは今、どうしているのだろう? 誰かと...小島と一緒にいるんだろうか? それとも...この空を彼も見上げているだろうか? 足元で、ホームズが「くぅーん」と甘えた声を上げた。 水野はホームズの頭を撫でてやりながらも、窓の外から目を離せない。 声が聞きたい。 そう思った。 出来れば、会いたいとも思う。 けれど、それは無理かもしれない。 多分、彼の横には...自分の居場所が与えられていないから。 だから。 せめて、声が聞きたい。 彼の声が聞きたい。 彼が自分の名を呼ぶ、その声が聞きたい。 水野は、窓から離れると、部屋の隅にある電話の受話器を手に取った。 指が勝手に番号を押していく。指が覚えてしまうほど、彼に連絡をしていたのだ。 彼と話しをしていたのだ。 軽快な着信音が耳に響いてくる。 目を瞑って、その音を数えていると、...音が途絶えた。 彼が電話を受け取った瞬間。 水野の心臓が一気に跳ね上がる。 「もしもし、不破ですが....」 声が聞こえる。 彼の声だ。 「もしもし、不破? 水野だけど...」 「水野か?」 彼の名を呼んだ。 彼の声が、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。 君のそばに、いさせてくれないだろうか? 君と一緒に歩くことは出来ないのだろうか? 望みは無いのだろうか... いや、きっと...出来るはずだ。 僕はそれを..信じたい... 高鳴る心臓。 この想い、この鼓動... 左胸の叫ぶ声よ、君に届け... ☆ ―――――――――― ☆ |