ヴォイス
〜 ACT3 : MIZUNO SIDE 〜




「おかえりなさい」

出迎えられた玄関は、満面の笑顔で立つ母親と奇麗に飾られた花で、華やかだった。
足元には、愛犬ホームズが、嬉しそうにじゃれてくる。

「おい! これじゃ、家に入れないだろう!?」

ホームズを叱りながらも、水野竜也は嬉しさを隠しきれない。
久しぶりの我が家は、やはり良いものだ。
どうにか、家の中に入り込むと、外からの寒さとはうってかわって暖かい。
まるで温室のようだった。

羽織っていたコートを脱ぐと、そのまま祖母の部屋だった和室へと足を踏み入れる。
据え付けられた仏壇の前に座ると、ろうそくをつけ、線香の火をともす。
しばし、手を合わせて、振り替えると、ホームズが遊んでほしそうに、こちらを見ているのに気がついた。
くすりと笑って、頭を撫でてやると、嬉しそうに吠えた。

「竜っちゃん、紅茶煎れたわよ。」

リビングで、母がテーブルの上に、暖かく湯気の立つティーカップを並べていた。
その前に座ると、母も水野の前に腰掛けた。

「早いものね、もう一年になるんだから...」
「うん、そうだね...あれっ? おばさん達は?」

うっかり『おばさん』と言ってしまったから、水野は慌てて口を塞ぐ。
『おねえさん』扱いしないと、怒り出す叔母達である。
母がにこにこ笑いながら、

「今日は二人とも仕事なのよ。でも、もうじき、帰ってくるから、お夕飯を一緒に食べましょうね?」
「う、うん。」
「久しぶりよね...あなたとこうしているのは。今日は和食で頑張ったわよ。」
「えっ?」
「だって、むこうじゃ、日本の食事なんて、なかなか食べられないでしょうから...」

母はティーカップに口をつけながら、優しく微笑んだ。
今時は、よほどの辺境の国でなければ、日本食のレストランくらいある。
だが、水野としては、日本食がどうのこうのと言う前に、母の手料理が食べることの方が嬉しいかった。
母の気遣いにも感謝しながら、水野も母が入れてくれた紅茶を飲んだ。

「今日は、XXX予備校の模試だったそうよ。」
「えっ?」

母が急に話題を変えたので、水野は一瞬、何を言われたのか分からなくてとまどった顔をした。
驚く息子の表情を見て、母はくすくす笑いながら、また喋り出した。

「実はね、あなたが帰ってくることを、風祭くんに電話したのよ。」
「...」
「風祭くんも、サッカー頑張ってるけど、やっぱり受験生よね。 風祭くんだけじゃなくて、桜上水の皆も結構、予備校に通ってたりしてるみたいよ。 けど、今日の模試は、風祭くんは試合で受けられないんですって。」
「ふぅん。」
「どこの高校に行こうか、まだ迷ってるんですって。竜っちゃんは、このままむこうだから...関係ないわねぇ。」

母が少し寂しそうに笑った。

「不破くんは、武蔵野森を受けないみたいよ。」
「えっ!?」
「風祭くんから聞いたんだけど、不破くん...サッカー辞めちゃうみたいなカンジらしいって。」
「そんな...」
「もったいないわよね、あれだけ実力があるんだから。けど、本人もまだ迷っているみたいだから、風祭くん、一生懸命引き止めてるみたい。」
「...」
「あなたがいなくなって、皆、変わったわよね。変わらないのは...お母さんだけかしら?」
「母さん...」

その時、ホームズが吠えた。
急に外に向かって吠えて出したので、水野は驚いてホームズのそばに近づいた。

「どうした? ホームズ? 何が...」

窓の外に向かって吠えるホームズを静めようと、水野が頭を撫でようとして...気が付いた。

雪が降っている。
真っ白い粉雪が空から舞い降りている。

「あらっ? 雪? とうとう降ってきちゃったわね。」

母も窓まで近づいてくると、ガラスについた水滴を、そっと手で拭いた。

「どうりで今日は冷えると思ったのよね...今晩はお鍋なのよ。良かったわぁ。」
「...」
「竜っちゃん?」
「えっ...あぁ、そう...そうなんだ...」
「???」

窓の外をじっと見つめる息子の横顔に、母は軽く溜め息を吐いた。
一体、何を考えているのか...誰のことを思い出しているのか...

母はそっと、その場を離れた。水野はそれに気が付かない。
ただひたすら、窓の外、こぼれおちてくる粉雪を見ていた。

あいつは今、どうしているのだろう?
誰かと...小島と一緒にいるんだろうか?
それとも...この空を彼も見上げているだろうか?

足元で、ホームズが「くぅーん」と甘えた声を上げた。
水野はホームズの頭を撫でてやりながらも、窓の外から目を離せない。


声が聞きたい。


そう思った。
出来れば、会いたいとも思う。
けれど、それは無理かもしれない。
多分、彼の横には...自分の居場所が与えられていないから。

だから。

せめて、声が聞きたい。

彼の声が聞きたい。

彼が自分の名を呼ぶ、その声が聞きたい。


水野は、窓から離れると、部屋の隅にある電話の受話器を手に取った。
指が勝手に番号を押していく。指が覚えてしまうほど、彼に連絡をしていたのだ。

彼と話しをしていたのだ。

軽快な着信音が耳に響いてくる。
目を瞑って、その音を数えていると、...音が途絶えた。

彼が電話を受け取った瞬間。

水野の心臓が一気に跳ね上がる。


「もしもし、不破ですが....」


声が聞こえる。

彼の声だ。


「もしもし、不破? 水野だけど...」
「水野か?」

彼の名を呼んだ。
彼の声が、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。




君のそばに、いさせてくれないだろうか?
君と一緒に歩くことは出来ないのだろうか?

望みは無いのだろうか...

いや、きっと...出来るはずだ。

僕はそれを..信じたい...

高鳴る心臓。
この想い、この鼓動...
左胸の叫ぶ声よ、君に届け...



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