ヴォイス
〜 ACT5 : SHIBUSAWA SIDE 〜




「渋沢!?」
「小堤?」

夕闇の繁華街を、アパートに向かって歩いている途中、突然、まえから歩いてきた一人の少年に声をかけられた。
都選抜で一緒だった、小堤だった。渋沢は、にこやかに笑いながら、「久しぶりだね?」と挨拶した。

「どうしたんだ? こんな所で?」

小堤の質問に、渋沢は手にしたビニール袋を見せると、「夕飯の買い出しだよ。」と笑った。
渋沢は中学を卒業すると、アパートで一人暮らしを始めた。
高校には寮があったが、自炊が趣味(?)の彼は、学校近くにアパートを借りて暮らしている。
今夜も一人で、腕を奮うワケだが、本当は自分が作るものを食べてもらいたい相手はいる。
けれども、彼を呼び寄せるには...適当な理由がない。
おまけに、近頃、受験生の彼は何かと忙しい。
それに...彼と付き合っている彼女の存在もあるから、むやみに声をかけられない。

「小堤は? こんな時間に...」
「模試だったんだ。」
「えっ?」
「予備校の全国模試ってやつだよ。かなり大がかりだから、本番っぽいカンジの模試でさ、 それを受けてきた帰りなんだ。」
「そうか...小堤も、受験生だったな。」

小堤は鼻の下を擦り上げると、「そうだよ、オレ『も』だよ。」と笑った。
渋沢がちょっと驚いて身体を退くと、どうやら小堤は気付いているらしい。
意地悪そうに笑うと、わざと思い出したように言った。

「そーいや、今日の模試で、同じ会場だったな...不破と。」
「えっ?」

渋沢の反応に、小堤がにやりと笑った。

「女の子と一緒だったな。同じ学校みたいだったけど。」
「...」
「オレの友達は、受験生のクセにちゃらちゃらしてらっ!て言ってたけど、不破ぐらい頭が良ければ別にいーんじゃないの?
って、オレは思ったけどよね。」
「...」
「不破、サッカーやめるのか?」
「えっ?」
「ちょっと前に、風祭から聞いたからさ...」
「あ、あぁ、オレも風祭くんから相談を受けたよ。オレとしても、不破くんにサッカーを続けて欲しいと思っているから、
時折、彼に連絡して話をしてはいるんだけどね。」
「渋沢に目をかけられてるなんて...シアワセなやつだよな。」
「えっ?」

小堤の言う言葉の意味が分からなくて、渋沢は聞き返したが、小堤はさらに笑って誤魔化した。

「じゃあ、オレ、急ぐから!」

小堤が駅へと走って行く。その後ろ姿を見送りながら、渋沢は彼のことを思い浮かべた。
無表情だけど、微かに笑う時があって...その笑顔が見れた日は、しばらくシアワセな気分になれたものだ。

それだけで、十分シアワセだった。
それ以上は望んではいけなかったのだ。

望みすぎた自分。

気がつけば、彼のそばには、彼に相応しい少女の姿があった。
寄り添う彼女は、とても可愛いらしくて、活発で、ある意味流されやすい彼をしっかり保護しているようで...
そう、彼女は不破に相応しい。

だから許したのだ。彼女だから許したのだ。彼女なら不破を任せられると。
けれども、それはとても苦しいことで...不破を想う心を抑えることは出来なかった。

渋沢が溜息を一つ吐く。小堤の姿はとっくに見えなくなっていた。
くるりと踵を返すと、渋沢はまた歩き出した。

途中、スーパーや商店の広告に、ふと目が止まる。

頑張れ!受験生!!

そう大きく書かれた広告は、主に夜食の宣伝に使われているようだ。
渋沢は、ふと去年のことを思い出す。

中学3年生の冬は、正念場だった。
けれども渋沢は、武蔵野森の高等部へすんなり進学できたから、特にあたふたした記憶がない。
韓国戦やトレセンへも赴いても、大きな問題はなかった。
むしろ、進学してからの方が、あたふたと日々が過ぎていって、気がつけば今年ももうすぐ終わりを告げる。
これから受験生は、本当に大変な時期になる。

「けど、不破くんの場合、全然問題なさそうだよね?」

渋沢は空を見上げて、独り言を呟く。
不破は...自分と同じ武蔵野森に来てくれるだろうか?

「ん?」

見上げていた空から、何かがこぼれおちれくるのに気がついた。
よく見れば、それは...粉雪。

渋沢の近くを歩いていた人達も、それに気がついたようだ。
口々に雪のことを話しながら、家路を急いでいる。

彼も、この雪を見ているだろうか? 気がついてくれているだろうか?

渋沢は空に向かって手を差しのばす。
粉雪は止むことなく、渋沢の手に、肩に、頬に、舞い降りてくる。


声が聞きたい。

彼に...逢いたい。

今、どうしているだろうか?

自分と同じように、この空を見上げているだろうか?

君は...今、一人かい?


渋沢はポケットから携帯電話を取りだした。
慣れた手付きで、彼の携帯へと電話をかける。
軽快な着信音が耳朶をうつ。

目を閉じそっと、それを数える。1回、2回、3回.......音が途絶えた。

彼が電話を受け取った瞬間。

渋沢の心臓が一気に跳ね上がる。


「もしもし、不破ですが....」


声が聞こえる。

彼の声だ。


「もしもし、不破くん? 渋沢だけど...」
「渋沢か?」

彼の名を呼んだ。
彼の声が、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。



そうさ、君に逢いたくて、逢いたくて逢いたくて...ボクは此処にいるんだ。

僕は君を待っている。君は...誰を待っている?

それは僕であって欲しいと思う。
君は僕にとって、出会うべき大切な人だと思う。
君にとっても、僕はそうありたいんだ。
僕はそう信じたい。信じさせてほしい。

君がずっと探しているのは、僕であってほしいんだ。

君が近くいる。この想いはいつかきっと...届くと信じているよ。

ねぇ、そうだろ?

君の声は...僕を明日へと導くヴォイスなのだから。



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