|
「渋沢!?」 「小堤?」 夕闇の繁華街を、アパートに向かって歩いている途中、突然、まえから歩いてきた一人の少年に声をかけられた。 都選抜で一緒だった、小堤だった。渋沢は、にこやかに笑いながら、「久しぶりだね?」と挨拶した。 「どうしたんだ? こんな所で?」 小堤の質問に、渋沢は手にしたビニール袋を見せると、「夕飯の買い出しだよ。」と笑った。 渋沢は中学を卒業すると、アパートで一人暮らしを始めた。 高校には寮があったが、自炊が趣味(?)の彼は、学校近くにアパートを借りて暮らしている。 今夜も一人で、腕を奮うワケだが、本当は自分が作るものを食べてもらいたい相手はいる。 けれども、彼を呼び寄せるには...適当な理由がない。 おまけに、近頃、受験生の彼は何かと忙しい。 それに...彼と付き合っている彼女の存在もあるから、むやみに声をかけられない。 「小堤は? こんな時間に...」 「模試だったんだ。」 「えっ?」 「予備校の全国模試ってやつだよ。かなり大がかりだから、本番っぽいカンジの模試でさ、 それを受けてきた帰りなんだ。」 「そうか...小堤も、受験生だったな。」 小堤は鼻の下を擦り上げると、「そうだよ、オレ『も』だよ。」と笑った。 渋沢がちょっと驚いて身体を退くと、どうやら小堤は気付いているらしい。 意地悪そうに笑うと、わざと思い出したように言った。 「そーいや、今日の模試で、同じ会場だったな...不破と。」 「えっ?」 渋沢の反応に、小堤がにやりと笑った。 「女の子と一緒だったな。同じ学校みたいだったけど。」 「...」 「オレの友達は、受験生のクセにちゃらちゃらしてらっ!て言ってたけど、不破ぐらい頭が良ければ別にいーんじゃないの? って、オレは思ったけどよね。」 「...」 「不破、サッカーやめるのか?」 「えっ?」 「ちょっと前に、風祭から聞いたからさ...」 「あ、あぁ、オレも風祭くんから相談を受けたよ。オレとしても、不破くんにサッカーを続けて欲しいと思っているから、 時折、彼に連絡して話をしてはいるんだけどね。」 「渋沢に目をかけられてるなんて...シアワセなやつだよな。」 「えっ?」 小堤の言う言葉の意味が分からなくて、渋沢は聞き返したが、小堤はさらに笑って誤魔化した。 「じゃあ、オレ、急ぐから!」 小堤が駅へと走って行く。その後ろ姿を見送りながら、渋沢は彼のことを思い浮かべた。 無表情だけど、微かに笑う時があって...その笑顔が見れた日は、しばらくシアワセな気分になれたものだ。 それだけで、十分シアワセだった。 それ以上は望んではいけなかったのだ。 望みすぎた自分。 気がつけば、彼のそばには、彼に相応しい少女の姿があった。 寄り添う彼女は、とても可愛いらしくて、活発で、ある意味流されやすい彼をしっかり保護しているようで... そう、彼女は不破に相応しい。 だから許したのだ。彼女だから許したのだ。彼女なら不破を任せられると。 けれども、それはとても苦しいことで...不破を想う心を抑えることは出来なかった。 渋沢が溜息を一つ吐く。小堤の姿はとっくに見えなくなっていた。 くるりと踵を返すと、渋沢はまた歩き出した。 途中、スーパーや商店の広告に、ふと目が止まる。 頑張れ!受験生!! そう大きく書かれた広告は、主に夜食の宣伝に使われているようだ。 渋沢は、ふと去年のことを思い出す。 中学3年生の冬は、正念場だった。 けれども渋沢は、武蔵野森の高等部へすんなり進学できたから、特にあたふたした記憶がない。 韓国戦やトレセンへも赴いても、大きな問題はなかった。 むしろ、進学してからの方が、あたふたと日々が過ぎていって、気がつけば今年ももうすぐ終わりを告げる。 これから受験生は、本当に大変な時期になる。 「けど、不破くんの場合、全然問題なさそうだよね?」 渋沢は空を見上げて、独り言を呟く。 不破は...自分と同じ武蔵野森に来てくれるだろうか? 「ん?」 見上げていた空から、何かがこぼれおちれくるのに気がついた。 よく見れば、それは...粉雪。 渋沢の近くを歩いていた人達も、それに気がついたようだ。 口々に雪のことを話しながら、家路を急いでいる。 彼も、この雪を見ているだろうか? 気がついてくれているだろうか? 渋沢は空に向かって手を差しのばす。 粉雪は止むことなく、渋沢の手に、肩に、頬に、舞い降りてくる。 声が聞きたい。 彼に...逢いたい。 今、どうしているだろうか? 自分と同じように、この空を見上げているだろうか? 君は...今、一人かい? 渋沢はポケットから携帯電話を取りだした。 慣れた手付きで、彼の携帯へと電話をかける。 軽快な着信音が耳朶をうつ。 目を閉じそっと、それを数える。1回、2回、3回.......音が途絶えた。 彼が電話を受け取った瞬間。 渋沢の心臓が一気に跳ね上がる。 「もしもし、不破ですが....」 声が聞こえる。 彼の声だ。 「もしもし、不破くん? 渋沢だけど...」 「渋沢か?」 彼の名を呼んだ。 彼の声が、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。 そうさ、君に逢いたくて、逢いたくて逢いたくて...ボクは此処にいるんだ。 僕は君を待っている。君は...誰を待っている? それは僕であって欲しいと思う。 君は僕にとって、出会うべき大切な人だと思う。 君にとっても、僕はそうありたいんだ。 僕はそう信じたい。信じさせてほしい。 君がずっと探しているのは、僕であってほしいんだ。 君が近くいる。この想いはいつかきっと...届くと信じているよ。 ねぇ、そうだろ? 君の声は...僕を明日へと導くヴォイスなのだから。 ☆ ―――――――――― ☆ |