ヴォイス
〜 ACT2 : SHIGE SIDE 〜




「う〜、今晩はめちゃ、寒くなってきた..」

暖房器具はこたつとストーブ。
今時、珍しい綿入れ半天を羽織って丸まっているシゲに、ノリックがくすりと笑った。

「そんなに寒いんやったら、藤村の家にでも行けばええやんか?」
「...」
「あそこなら、金持ちやさかいに、こないな思いせんでもええはずやでぇ?」

ノリックとて、着てきたコートを脱がずに、そのままシゲと一緒にこたつに座っている。
けれども、シゲと違って、彼は受験生らしく、こつこつと問題集を解いていく。
途中、シゲに質問されながらも、彼は着実に自分の課題をこなしているようだ。

「京都がこないに寒いトコだとは、忘れとったわ...」

シゲのぼやきに、ノリックがまた笑った。

「そう思うんやったら、此処にいないで、藤村の家に入るなり...東京に戻るなりすれば?」
「...」

京都の戻ってきたシゲ。そのまま、藤村の家に入るのかと思えば、母親の家に住み込んでしまった。
やはり、敷居は高かったようである。シゲの性格からして、すんなり藤村の家に入れると思っていたのは、
ごく一部の人間だけ。
実際のところは、格式やら何やらで、藤村の姓は名乗ることが出来ても、他に様々な問題が生じていた。
とりあえず、ほとぼりがさめるまで...など考えていたのが、甘かった。
気がつけば、もう今年も終わりを告げる季節だ。
シゲは、今でも、藤村茂樹でありながらも、母親が経営する小料理屋の二階に居候しているのだ。

此処は、子供の頃から使っている部屋である。
住み慣れた、とはいえ、やはり、寒いものは寒い。
こうして、受験勉強をノリックとしながらでも、シゲは愚痴らずにはいられない。
もっとも、愚痴ったところで、暖かくはなりはしないのだが...

「おい、藤村。この問題、分かるか?」
「へっ?」

ノリックの指さされた問題に、咄嗟にシゲは、目眩を起こしかける。

「おまえ...受験する気、あんのかよ...っ?」
「...いちおー、あるんですけどぉ...」
「はぁ〜、こんなんじゃ、まじヤバイぜ、おまえ。高校浪人なぁんて、みっともないぜ、藤村茂樹くん!!」
「...」
「まぁ、おまえは結構、要領いいから、最後にはどーにかしちまうんだろうけどさ...」

ノリックがぶつぶつ言う声を聞きながら、シゲはこたつの中に手を突っ込んだまま、ぼーっとしている。
シゲの態度は、とても受験勉強しようという意気込みは感じられない。
また、ノリックが笑った。

「近頃、ぼんやりしてるやないの? 何かあったの?」
「...べつにぃ...」

シゲはとうとう、顎をこたつのテーブルの上に乗せて、丸まってしまった。
完全に、受験勉強放棄状態である。そんなシゲを横目で見ながら、ノリックはこつこつと問題を解いていく。
しばらくの間、シャーペンが走る音と規則正しくページが捲られていく音を、シゲは黙って聞いていると、ふとノリックが囁いた。

「...東京、帰りたいんか?」
「!?」

シゲが顔を上げると、ノリックがにやりと笑った。

「連絡くらいしてるんやろ?」
「...」
「藤村?」
「...たまにはな...」

シゲが盛大な溜息を吐くので、ノリックが怪訝そうな顔をする。

「不破大地くん、やったな?」
「!?」
「エラク無愛想かと思えば、まぁ、藤村が惚れてしまうのも分かるような顔する時もあったなぁ...」
「...」
「一人、東京に置いてきてしもうたのが、心残りちゅーことかいな?」
「...」
「おい、藤村? 何も言わなんと...」
「...彼女が出来てしもうたんや...」
「へっ?」

ノリックが顔を上げると、そこには、シゲの暗くなった表情があった。

「オレが京都に来てから、すぐに付き合い始めたんやと。教えてくれへんから、全然気付かないで、電話して話しっとった。 最近になって、不破の様子がヘンやから、カザに聞いたら、同じサッカー部の小島っつーヤツと付き合うてるって教えてくれた。 それを、この間、電話で訊いたら、そうだって、平気な声でぬかしおった。」
「...」
「あいつにとって、オレは何なんやろ...」
「...単なる友達だろ?」
「!?」
「何を、今更焦ってんのや? 男同士やもん、とーぜんやないか!?」

あっさりとノリックに言われて、シゲががっくり肩を落とすと、ノリックがシゲの肩をポンと叩く。

「...電話してみたら?」
「...」
「電話して、彼女がそばにいたら諦める。そやなかったら...」
「そやなかったら?」
「ソッコーで、東京に行く。」
「!?」
「今なら、ぎりぎり間に合うはずや。夜行バスなら、明日の朝には着くやろから...」
「...」
「どないする?」

ノリックが意地悪そうに笑うが、それは決して悪意のあるものではない。
彼としても、親友の恋心が成就してほしいのだが、何しろ、相手は同性である。
障害が...大きすぎる。

溜息を一つ吐くと、ノリックはシゲの携帯電話を部屋の片隅から拾い上げて、それをシゲに放り投げた。

「んっ!?」
「かけてみろよ。」
「...」
「ぐずぐずしてるなんて、おまえらしゅうなくて、気色わるいわ。」

目の前に放り出された携帯電話を、シゲはじっと見詰める。
なかなか手に取らないシゲに、ノリックは軽く舌打ちすると、放置された携帯電話を無造作に掴んだ。

「じゃあ、オレがかけてやる。」
「へっ!?」
「インローってやつを渡してやるってんだ!」
「なっ、何やそれっ!?」
「諦めきれへんのやろ? けど、諦めなアカンのやろ? せやったら、ここでケジメつけさせたる。」
「...」
「どや?」
「...諦める気なんて、毛頭あらへん...」
「ん?」
「彼女がおるからって、オレの気持ちに変わりはないねん。」
「...あっそ...ホンマ、諦め悪い性格になったんやね...」
「...」
「まぁ、それもええんやないの? けど、いつまで黙ってるつもりなんや?」
「...」
「そろそろ、ケジメつけること、考えたほうがええとちゃうんか?」

つけられるものなら、とっくにつけとるわ!
シゲはそう答えたかったが、声が出なかった。

ノリックの言うように、ぐずぐすしている自分は、らしくない。
そんなこと、自分でもよく分かっている。

けれど、遠く離れて、そばにいることが出来なくなって、すれ違いが多くなって...

「遠距離恋愛って難しいなぁ...」
「何が、恋愛やねん? 相手はそう思うてないんやろ?」
「うっ...」

ますます、ノリックに責められるシゲ。
なんで、おまえにここまで言われなあかんねん!?
盛大に溜め息を吐く。

「あっ...」

シゲが微かな驚きの声を出したので、ノリックはノートから顔をあげて、シゲのことを観た。
窓の外。シゲが何かに気がついたようだ。

「何? どないしたん?」

ノリックが立ち上がって、窓に付いた露滴を手で軽く拭くと、

「あっ...雪だ..」

ノリックも驚いた声を出した。

今年初めての雪だ。
白い粉雪が静かに舞い下りている。

「どうりで、寒いワケや...」

シゲがこたつからずるずる這い出してきて、窓を少し開けてみる。
けれど、冷たい風が吹き込んできたので、すぐに閉めてしまった。
仕方なく窓に付いた水滴を手でごしごし拭きながら、シゲはぼんやりと空からこぼれおちてくる粉雪を見上げた。

この雪は東京にも降っているのだろうか?

去年の冬は一緒にいた。
けれど、本当のことが喋れなくて、ただそばにいただけだった。
でも...それでも、嬉しかった。黙っていても一緒にいられるだけ...幸せだった。

粉雪は、次第に、窓から見える町並みを白く覆い始めている。

「ほいっ」

ノリックがもう一度、シゲに携帯電話を渡す。シゲも、今度はそれを受け取った。
すると、ノリックは部屋から出ていくので、シゲがきょとんとしていると、「トイレだよ。」と素っ気無く答えられた。
気をきかせてくれたらしい。部屋の襖が閉められるのを確認すると、シゲは再び窓の外を見上げる。

この空は...東京にも続いている。

ゆっくりとボタンを操作して電話をかけると、軽快な着信音が聞こえた。
目を瞑って、その音を数えていると、...音が途絶えた。

彼が電話を受け取った瞬間。

シゲの心臓が一気に跳ね上がる。


「もしもし、不破ですが....」


声が聞こえる。

彼の声だ。


「もしもし、不破? オレやけど...」
「シゲか?」

彼の名を呼んだ。
彼がオレの名を呼ぶ声が聞こえた。



君は確かにいる...感じる...



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