youthful days



「あれっ? もう止んでしもうたか? なぁんや、にわか雨かいな?」

シャワーを浴びた後の髪を拭きながら、シゲが窓の外を見て呟いた。

「あぁ、今日は天気が変わりやすいから傘を持って出掛けた方が良い、と朝の天気予報で言っていたはずだが?」
「へっ? それならそうと教えてぇなぁ!」
「おまえと一緒に、TVを見ていたのだぞ? それくらい、自分で考えろ...オレはおまえの『保護者』ではないのだから。」
「...」

シゲのぼやきに、大地は小さな溜息を吐く。
帰宅途中、突然振られた雨に、ずぶぬれになりながら家に飛び込んできたシゲ。
玄関から風呂場まで直行させたが、シゲが歩いたとおりに廊下がびしょ濡れになってしまった。
濡れた廊下を綺麗に拭いて、シゲのシャワーが終わる頃には、彼のコーラまで用意してやって...。
いつから、こうなったのだろう?
大地はミネラルウォーターを飲みながら、軽く首を傾げて考えた。
気がつけば二人は、一緒に、同じ部屋で暮らしていた。
大地は高校を卒業すると、サッカーからすっぱりと縁を切って、K医大生として忙しい日々を送っている。
シゲはというと、高校を何とか卒業して、プロのサッカー選手になった。同じチームには、風祭や渋沢も一緒にいる。
彼とて、毎日忙しい日々を送っているのだが、あまりにも生活リズムが違いすぎて、すれ違うことも近頃は多くなった。
それでも、互いに時間が合えば、こうして一緒に時間を過ごす。出来る限り、許された時間を共有しようとする。

いつまで、オレ達はこうしていられる?

「雨が止んだのであれば...」
「ん?」
「夕飯の買い物に行かねばならない。」
「夕飯?」
「結論から言えば、おまえの分を用意していない。」
「あらまっ? 随分と冷たいんやなぁ...」
「...公私ともに忙しいおまえの予定まで、オレは管理していない...オレはおまえの『保護者』ではないのだゾ。」
「へいへい...って、けど、『保護者』はちぃっと堅苦しい言い方やなぁ...?」
「ん?」
「まぁ、オレもおまえも忙しいのは事実やけど、なんや事務的なカンジがしていややわぁ。」
「...」
「公私の『公』がサッカーなのは分かるけど、『私』は何や? それって、つまり...妬いてるんか?」
「!?」
「何やぁ! それならそうと言いなはれ! めちゃ可愛い...ぐっ!!」

プロになれば、それだけ人目にさらされる。特に、シゲは目立つ存在だ。その...金色の、髪の色だけではない。
デビュー早々に自分の絶対的存在をアピールしたシゲは、多くのサッカーファンを魅了してしまった。
同時に、女性ファンやマスコミにまで騒がれて、シゲを取り巻く環境はとにかく賑やかだ。
大地としては、シゲの私生活については、まさに事務的に取り扱わなければ、自分の生活リズムまで影響がでる。
だから...別にヤキモチを妬いているワメではない!!
そう叫ぶかわりに、シゲの脇腹にグーパンチをお見舞いしたのだ。
痛がるシゲを後にして、大地はくるりと踵を返すと、玄関まで無言で歩いていった。

「!?」

スニーカを履こうとして、突然、背中が押し潰されるような感覚に、大地は驚いて振り返る。
大地の肩口にシゲが顔を埋めている。シゲに後ろから抱きしめられていたのだ。
ふわりと金色の髪が大地の頬を撫でるから、ついその髪に手を伸ばしてしまうと、指先からしなやかな手触りを感じ取れる。

「大地って..柔らかいんやなぁ...」
「ん?」
「温かくて、ええ匂いがしてる...ほっとするわ...」
「...」

シゲの囁く声に、大地はふと目を細める。心地よいのは、大地の方だ。シゲの腕の中は、安心する。
日々の歪んだ他人との付き合いに取り囲まれて苦労しても、此処に戻れば安心できる。
まるで睡魔に襲われるかのように、大地の意識が遠くなった、その時。
シゲの掌が大地の脇腹を撫で上げて、さらにシャツの中へと侵入してきた。
そこで、ようやく大地は現実に引き戻される。
まったく、この男は...どこでも良いのだな...
大地は一度だけ微かに笑うと、すぐにぐっと唇を引き締めた。

「シゲ...」
「ん? 何や?」
「離せ。」
「へっ?」
「これでは動けない。」
「動けないって...」
「買い物に行けないだろう。」
「はいっ?」
「食いっぱぐれたいのか?」
「それはイヤ!」
「では、離せ。」
「けどなぁ...」
「では、夕飯抜きで良いのだな?」
「う〜ん、やっぱり、それはイヤ。」
「では、行くぞ。」
「はいな!」

シゲは未練たらしく大地を抱きしめた腕を離したくなかったようだが、それでも食いっぱぐれるのはイヤらしい。
仕方なくその腕を離して、シゲもスニーカーを足に引っかけた。
ようやく、部屋の外へ出れた二人。大地が玄関の鍵を閉めながら、ぽつりと呟く。

「大メシ喰らいなら、渋沢の方が良いだろうな?」
「はい?」
「いや、何でもない。」
「???」

渋沢の趣味は、料理やお菓子作りである。大地の場合、それこそ義務で処理している仕事だった。
渋沢が相手なら、シゲも毎日退屈しないであろうに...などと、渋沢とシゲが聞いたら、サブイボを立てまくるような
恐ろしい想像をしているとは、大地は気がついていないようだ。

階段を下りて、大地が目的地まで歩いて行こうとすると、シゲがその腕をしっかり掴んできた。

「自転車!」
「ん?」
「自転車、乗ってこ!!」

シゲがにかっと笑う。

「久しぶりやもん! 自転車で行こ!!」
「...一台しかないのだぞ?」
「せやから、二人乗りしてこ!」
「二人乗りは禁止されているのでは?」
「そりゃ、中学の時の話やないか!?」
「ふむ、そうだったな。」
「せやからぁ...っ!」
「...仕方ない、分かった。」

駄々っ子のような仕草をして甘えてくるシゲを、大地は横目でうっとしそうに見ながら自転車置き場まで行く。
自転車のロックをかしゃりと外して置き場から引きずり出すと、その後部席にしっかりシゲが跨った。

「大地、運転してな!」
「...」

ちゃっかりしているシゲだ。極力、疲れることはしない主義だ。つまり、要領が良い。
大地はむっとしながらも、自分も自転車に跨って、勢い良くペダルを漕ぎだした。

にわか雨がとおり過ぎて、雲の切れ間から蒼い空が覗いている。
道のあちらこちらに水溜まりが出来ていて、自転車はそれをよけながら走っていく。
二人乗りではそれほどスピードは出ないが、それでも髪や頬を撫でていく風は、初夏らしく心地よい。

「んーっ!! やっぱ気持ちええわぁ!!」
「そうか? オレはかなりキツイぞ。」
「へっ? もう疲れたんか? そりゃ、運動不足やでぇ!?」
「それなりに身体は動かしている...おまえが重くなったのではないのか?」
「しっつれいな! けど、もし重うなっているんやとしたら、そりゃシアワセ太りってやつかもな?」
「なんだ、それは...」

ペダルを漕ぐ力が少しづつ弱くなってくる。
ハンドルも少し取られるようになって、数回、小さな水溜まりに自転車の車輪が入り小さなハネを上げた。

「濡れたか?」
「ん?」
「せっかくシャワーを浴びて着替えてきたのだから、また濡れては身体に悪いだろう。」
「そな、濡れるほどやないねん。ちょっとハネが上がっただけや。大地の方がちと濡れてしもうたな。」
「あ、あぁ、オレは帰ってから着替えるから、大事ない。」
「ふ〜ん、それなら、着替える前に...」

シゲが悪戯っぽく、大地の耳元で囁いた。

「オレがもっと...濡らしてやるわ。」
「!?」

夕方近いとはいえ、まだ初夏の太陽は暮れ落ちていない。
夕暮れの眩しい日差しの中、こいつときたら...それしかないのか!?

大地がペダルを力一杯漕いだ途端、二つの車輪は、蒼い空を映し出した水溜まりに勢い良く飛び込んだ。
羽のように広がって、水しぶきがあがると、シゲが大声で叫んだ。

「おわっぁ!! 何すんねん、大地ぁ!?」
「どーせ濡れるなら、これくらい濡れても問題無かろう!?」

大地も大声で言い返してきた。
立ち止まって振り返って見れば、自転車が通り抜けた水溜まりには、まだ小さなさざ波が立っている。
大地もシゲもすっかりびしょ濡れになってしまった。

「買い物済ませたら、ソッコーで帰えらんと、風邪引くでぇ?」
「あぁ、もちろんだ。」

むっとしている大地に、急にシゲがげらげら笑い出す。

「ぶはははは....そないにムキにならんといてぇなぁ! もう!!」
「ふん。」

大地は正面に向くと、また自転車を漕ぎ出した。
背中では、シゲがまだ笑っている。
シゲの笑う声を聞きながら...大地も微かに笑った。





サボテンが赤い花を咲かせた。だから、早く帰ってこい。


大地から届いた、たったこれだけのメール。シゲはきょとんとしながら、それを読んだ。
サボテンの花が咲いただけで、なんで早く帰らなければならないのか?
シゲは、大地の真似をするかのように、首を傾げて考えた。

「う〜ん...」

しかし、思いつかない。まるで暗号を解くようではないか?
休憩時間は残り5分。それが終われば、また練習が開始される。
しかし、それもあと残り1セットをこなせば、今日は上がりになるはずだ。
終われば、シャワーを浴びて、着替えて、ソッコーで帰宅するつもりだった。
今日は、大地の午後の授業が無い日だから、1分でも早く帰りたいシゲだった。
それを大地も知っているのに...わざわざこれくらいでメールをよこすなんて...。
シゲがくすりと笑った。

素直やないなぁ、ホンマに。このヤキモチ妬きが...♪

多分、シゲが寄り道しないように釘を刺してきたのだろう。

まぁったく、信用されてないなぁ、オレは。

けれども、シゲは一人で、また、くすくすと笑い転げた。

信用はされているのだろうけど、つまり...オレと同じやろ? 早く逢いたいんやろ?
どんな顔して、このメールを書いていたのだろう? 見てみたい気がした。
まぁ、他人が見れば、どうってこない、いつもの無表情な顔だと思われるだけか?
けれど多分...頬を微かに紅くして、大地なりにこの内容を必死に考えて、送ってきたのだろう。
目の裏に、大地の姿を浮かべて、笑いながらシゲは返事を書いた。



それは目出度い!!ソッコーで帰るから、乾杯の準備しておきなさい!!...と。





思ったより時間がかかってしまって、シゲの帰宅は予想より遅くなってしまった。
大地が待ちくたびれているかもしれない。いや、怒っているかも...。
シゲは、勢い良く階段を上がると、そのまま玄関にも雪崩れ込んだ。

「たっだいまぁ〜!! 思うたより時間がかかってしもうてな...っ!!」

部屋の中に入ってきょろきょろ見渡すと、窓辺に座り込んでいる大地の背中を見つけた。

「大地?」

怒っているのか?
シゲは、ちょっとびくびくしながら、大地に近づいた。

「どないしたん? なぁ...」

大地は返事をしない。
見れば、大地は、指先でそっとサボテンの赤い花びらを撫でている。

「大地?」

かさり...

シゲの踏み出した足が、何かを踏みつけた。
よく見れば、テーブルや床に、写真や、ワープロで書かれた書類とか、手書きのものとか...散乱していた。
一瞬、大地が学校の授業で使っているものではないかと、シゲは思ったが、手にとってよく見れば、それは...

「油断していた。」

大地が小さな声で呟いた。

シゲが手にした写真は、大地とシゲが親しげに写っているものばかり。
広げられた書類は、大地とシゲの行動やら何やら日常の事について書かれているもの。
つまり、これは...

「京介が取り押さえたのだ。」
「えっ?」

大地がゆっくり振り返った。

「おまえの事を調べていたマスコミ連中が、オレの事に気がついたらしい。つまり、ゴシップネタだ。」
「...」
「いつの間に、隠し撮りされていたのか、気がつかなかった...油断してたな。」

大地は立ち上がると、部屋に散らばったものを一つ一つ拾い上げていった。
最後に、シゲが手にした写真を取り上げると、それらを全て分厚い書類袋に詰め込んだ。
それをクローゼットの引き出しにしまうと、大地がくるりとシゲに振り返った。

「夕飯。」
「へっ!?」
「まだ、食べていないのだろう?」
「あ、あぁ。」
「今、用意する。」

大地は台所に立つと、手際よく準備を始める。
その背中をじっと見ながらシゲは、やり切れない怒りにも似た思いが込み上げてくる。

全て読んではないが、あの記事に書かれていた言葉の数々は...


汚いのは、そっちのほうやないか!!


シゲが拳を握りしめる。

踏みにじられた自分たちの想い。

どうしてここまで、罵られなければならないのか!?

オレ達が何をした?
何が悪いというのだ!?

何故、ここまで...踏みつけられなければならない!?


「シゲ?」

大地が振り返る。シゲが口唇を噛んでじっと立っているのに気がつくと、そっとシゲのそばに近づいてきた。
優しくシゲの頬や髪を撫でてくる大地の指先は、微かに震えていた。

「すまなかった。おまえまで傷つけてしまった。」
「大地?」
「オレは、おまえの立場を知っていながら、注意を怠ってしまった。京介にも怒られてしまった。」
「...」
「しばらく京介の家に行こうと思う。」
「なっ!?」
「今回はこれで終わったが、連中はしつこいからな。また新手が来るだろう。その度に京介の手を煩わすのは心苦しい。
しばらく、オレ達は離れていた方が良いと思う。どうだ?」
「...嫌だ。絶対に嫌だ!!」
「シゲ?」

大地の申し出を即座にシゲが否定した。大地が目をぱちくりさせていると、シゲは大地の両肩を力一杯掴んできた。

「オレは嫌だ!!」
「シゲ! しかし!!」
「こないなもんが怖くて...ホ○なんかやってられるかぁ!!」
「うっ...」

シゲの剣幕に、さすがに大地も退いてしまった。
だが、シゲの怒りは納まらない。

「こーなったら、カ○○グア○トでも、何でもしたろーやないの!!」
「シ、シゲ...」
「オレは覚悟決めたぞ! 受けて立とうやないか!! おい、大地!!」
「な、なんだ!?」
「おまえも覚悟せぇや!!」
「えっ?」
「おまえも覚悟してオレについてこいや! オレら、絶対、離れへん!! こないなもんに負けへん!! 
ええか!? 分かったか!?」
「は、はい...」

シゲに迫力負けして、大地が思わず頷いて返事をしてしまう。
暫く睨み合いのような沈黙が続いて...ふっと、シゲが笑った。

「オレの方こそ、おまえのこと守ってやらんで、悪かったな...」
「シゲ...」
「おまえのこと、大好きや。めちゃ愛してる。」
「...」
「これから先、ホンマ大変やろうけど、二人で頑張れば、絶対大丈夫や、そうやろ?」
「...」
「せやから、オレについてきてほしいねん。オレと、ずっと一緒にいてほしいねん。一生、一緒にいてほしいねん。」
「シゲ...」
「これって、プロポーズやな。」
「なっ!?」

真っ赤になる大地の口唇に、そっとシゲが優しく口づける。

「誓いや、これは男の誓いってやつやな?」
「シゲ?」
「ん?」
「オレも男なのだが...」
「へっ? それはそーやけど、まぁ、この場合は...」

すると、大地がシゲの胸倉をいきなり掴んだ。

「大地?」
「オレも誓う。」
「へっ?」
「オレもおまえから絶対離れない。おまえの手を離さない。これで良いな?」
「...」

見つめてくる大地の瞳は真摯で、とても澄んで綺麗だった。
シゲは、嬉しくて嬉しくて、思わず笑ってしまった。
それを見た、大地も笑った。


二人は声を出して笑った。

これくらいで負けていられない。
へこんでなんかいられない。
これから先、まだまだ長い人生なのだから。

どんなに苦しくても二人で乗り越えていこう。
二人なら、きっと出来るはずだ。

二人で...生きていこう。


「笑ったら、ハラ減ってること思い出したわ。」
「やはり、シゲだな。では、食事にしよう。ところで、大メシ食らいのシゲなら、渋沢が相手でも悪くはなかろうと、
実は考えたことがあるのだ。」
「なっ、何で! 何で、そこで渋沢が出てくるねん! じょーだんキツイんやけど!?」
「ふむ? そうだな? 互いの好みではないな?」
「そう! オレの好みは...」
「渋沢の好みと、同じだったな?」
「!?」

大地がくすりと笑った。

「おまえ、オレのこと挑発してんのか?」
「さぁな?」

そうだった。数多い恋敵達を退けて、ようやく愛しい彼を手に入れたのだから。
これくらいで、負けてなんか、くじけてなんか、いられないのだ。


この先、何があっても離れない。離さない。
どんな障害も乗り越えてみせる。


若き日の過ちなどと言われたくない。
自分達はいつだって真剣だ。
後悔などしない。絶対しない。



どうか、ずっと二人でいられますように。
どうか、いつも二人でいられますように。




Fin



☆ ―――――――――― ☆

あとがき...デス(汗)

一晩で書き上げたのが敗因ですね。
でもって、朝の3:30だよ、おい...会社どーすんだよ!?...って情けない独り言だな(うるうる)
作品自体はパクっているだけで、なんとも...すみません!(脱兎!)



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