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日中の蒸し暑さがまだ残る河川敷を、いつものように自転車を走らせていると、いきなり交通規制のような看板に遮られて立ち止まる。どうやら今夜は、この先で花火大会があるらしい。車両規制が行われているようだ。車やバイクの乗り入れは禁止だが、自転車は特に注意がない。こちらを通った方が近いのだが...人混みを考えれば、回り道をした方が賢明だろう。 渋沢哲朗は、もと来た道を少し引き返すと、今度は右へ大きく迂回して、住宅地へと自転車を走らせる。この方角は、桜上水中学がある地区だ。渋沢の心を捕らえて離さない彼の通う中学。ならば、彼の家もこの近くかもしれない。それとも、今夜の花火大会に彼も出かけているのだろうか。 サッカー部の仲間と?それとも家族と?....そこまで考えて、ふと気がつく。 自分は彼のことをほとんど知らない。かろうじて、自宅の電話番号を聞いたが、それ以外はほとんど知らない。彼の住む家も、その家族も。 その時。 轟音とともに、一発目の花火が夜空に舞い上がった。 はっとして空を見上げる。赤や緑の菊の花びらが、ゆっくりと音を立てて広がりながら消えていく。 彼はどうしているのだろう? 渋沢は軽く溜息を吐いた。そして、軽く首を左右に振ると、また自転車を走らせる。 二発目の花火が上がる。渋沢は気にせずに自転車を走らせる。寮の門限が近い。だが、受験生で夜ゼミに通う渋沢には、寮の門限は寛大だ。多少の遅れは多めに見てもらえる。それでも渋沢はひたすら自転車を走らせる。河川敷へと向かう人達とは、反対方向へ向かって。その時だった。 急に目の前に人影が横切った。少し慌てて、ブレーキをかけて止まる。軋んだブレーキの音で、走り去ろうとしていた人影が振り返る。薄暗い街頭の下で、互いの視線がぶつかった。 「渋沢?」 「不破くん?」 それ以上の言葉が出てこない。渋沢にとって、今一番会いたかった彼だから。彼のことを思いだしている矢先に、こうして偶然にも出会った。渋沢は驚いて、言葉が上手く繋げない。 三発目の花火が上がった。 はっとする不破。黙って走り去ろうとする。思わず、渋沢は自転車から飛び降りると、不破の腕を捕まえた。 「渋沢!?」 驚いて振り返る不破。主から放り出された自転車は道路に横たわり、乾いた車輪の回る音が聞こえてくる。 「?????」 不破はただ首を傾げるばかりだ。それもそのはず。不破の腕を掴んで離さない渋沢自身も、どうすれば良いのかわからなかった。 せっかく会えたのに...こんなチャンスは滅多にない。だけど、何を言えばいいのかわからずに、何をどうすれば良いのかわからずに...立ち去ろうとした彼の腕を咄嗟に捕まえてしまった。捕まえて...それでも渋沢はどうすれば良いのか困っていた。だが、このまま彼を離す気は毛頭なかった。 四発目の花火があがった。 不破がまた、はっとして花火の上がる方向を振り返る。 「何をそんなに急いでいるの?」 渋沢はようやく口を開いた。だが、例え理由を言われても、すぐには不破の腕を離す気はない。渋沢が軽く不破の腕を引く。簡単に不破の身体は、渋沢の腕の中にすっぽりと入ってしまう。 渋沢の腕の中、不破は何か言いたげに顔をあげて渋沢を見上げてくる。 「ん?本当にどうしたんだい?」 開き直ったということか... いつしか、焦りと動揺は奇妙な自信に変わり、渋沢の態度は余裕を見せ始めた。 何の理由を言われようと、せっかく捕まえた愛しい人を離す気などない。 このまま、彼をどこかへ隠してしまいたい衝動に駆られる。 自分しか見えないように。誰からも邪魔されない世界へ...閉じこめてしまいたい。 「渋沢、離してくれないだろうか?」 不破が小さな声で哀願する。 五発目の花火があがる。 「...風祭を待たせているのだ...」 じりじりと夜空に砕け散る花火の燃え滓の音が、耳に残る。まるで、渋沢の心が燻る音にも聞こえるようだ。 不破にとって風祭がどれほど特別な存在なのか...渋沢は知っている。 だからこそ、彼を誰の目にも触れないところへ閉じこめたかった。 不可能だと思っていても、渋沢は自分の心を抑えることは出来なかった。 けれど、現実という世界に抵抗することは出来なくて。 せめて自分という存在を意識して欲しくて、こうして彼の腕を離せずにいる情けない自分に気がつく。 「渋沢?」 見上げてくる彼の弱々しい瞳。いつもの彼特有の鋭い瞳ではない。「目つきが悪い」などと心ない連中は罵詈雑言を平気で言うが、それは彼のことを表面しか知らないからだ。彼ほど純粋で無垢で傷つきやすい人はいない、というのに。 「風祭君と花火を見る約束をしていたの?」 不破はこくりと頷く。 「風祭だけではない。.サッカー部の連中も...風祭の兄も一緒だ。」 「そう?」 「...生徒だけではないぞ」 「ん?」 「風祭の兄が『保護者』になっている」 「えっ?」 何を言い出すのか?、渋沢は少し驚くと、彼は...いつもの彼に戻っていた。 「ついさっき、ウチの学校の教師に呼び止められたのだ。一人でこんな時間に出歩くな、と警告された。つまりは『補導』らしいが、これから河川敷でサッカー部の連中と合流することと、風祭の兄が保護者として一緒にいることを説明したら、とりあえず解放してくれた。」 「.....」 「いい加減、腕を離してくれないだろうか?」 渋沢は思わず吹き出してしまった。 「?????」 きょとんとする不破。何故、急に渋沢が笑い出すのか?、不破は不思議そうな顔をしている。 「くっくっくっ...キミはあいかわらず面白いね」 「?????」 「ボクが『補導』するとでも思ったの?」 「.....」 「あのね、不破くん。ボクもキミと同じ中学生なんだけど...」 「!?」 瞠目する不破。そうだ...すっかり忘れていた... 「おまえ、三年生だったな」 「そうだよ」 「ということは、一応受験生なのだな?」 「そう、『一応』ね」 「何故、こんなところにいるのだ?」 「それは...」 「そうか!思い出した!おまえは、受験勉強のためにゼミに通っていたのだったな」 「くっくっ...そうそう、こう見えても、ボクはキミとは一つしか年が違わないんだよ」 「そうだったな、おまえも明星中の鳴海と同様『年相応』には見えないな。」 「不破くん...」 苦笑いする渋沢。不破は、そんな渋沢のことを首を傾げながら見上げてくる。そして、小さな声で呟いた。 「一つ年上だったな...」 アイツも...アイツもそうだ。 自分より一つ年上だったのだ。 いつも傍にいるから意識したことがなかった。 だが、目の前にいるコイツとは、同じ年でも随分と印象が違うものだな... 「不破くん?」 今度は渋沢が不破の顔をのぞき込んだ。自分に腕を掴まれながら、彼の意識がどこか遠くへ行ったことに気がついたからだ。 何処に?誰のところへ? 渋沢の脳裏に、ふと横切る金色の髪。自分の前に立ちはだかり「負けへんでぇ」宣言したアイツ。藤代から聞いたが、アイツは事情があって一年遅れているのだと。つまり、アイツは自分と同じ年なのだと思い出した。 その時、夜空に舞い上がる花火に気がつく。 不破が、後ろを振り返る。その横顔がどこか寂しげで苦しそうに見えた。 風祭を待たせていることが心配なのだろうか? それとも... 「...そろそろ行かないと終わってしまうね?」 渋沢は名残り惜しそうに、不破の腕を離した。ずっと捕まえていたかったが、彼の心がここにないのであれば強要はできない。まだ『理性』というものがあるから。 「引きとめてごめんね、久しぶりに会ったからつい...今度はゆっくりと会いたいね」 年上の余裕を見せたくて、つい強がって言ってみる。それでも、しっかりと次に会う機会を作ろうと試みる。 「そうだな...そう、おまえに聞いたら分かるだろうか?」 「ん?何?また、何かあったの?」 「いや...おまえに聞くことではないな...」 不破は軽く渋沢に手をあげて挨拶すると、くるりと踵を返し風祭達を待たせている河川敷へと走り出した。だが、すぐに立ち止まり、渋沢の方へ振り返った。 「...おまえはオレのことを...どう思う?」 ――――― アイツはオレのことをどう思っている? 「えっ?」 ふいをつかれた渋沢は驚いた。 彼は急に何を言い出すのか? 「いや...何でもない、今のは忘れてくれ」 不破が走り出す。 今度は振り返らない。 見送る不破の背中が小さくなる。 ...見えなくなる。 花火がまた上がった。もうどれくらいあがったのかわからない。 キミのことをどう思う...って? そんなことが聞きたいの?キミは? そんなことが気になり出すなんて... 不破が何かに気づきはじめた。 何かが変化しつつあるようだ。 「今度話してあげるよ。でも、そうしたら...」 ――――― もう戻れないよ、キミもボクも...ね? 花火は...消えない ☆ ―――――――――― ☆ あとがき シゲ不破「夏祭り」の続編です。 ようやくアップ出来ました! でもって、なんだかよくわからないんですよね、これが。 不破がまだまだ成長途中なので(?)これからどうなっていくのか... 自分でもわからないっす!?(だったら書くなって!?そのとおりです...(^^;) ☆ ―――――――――― ☆ |