選抜合宿第一日目の夜。

渋沢克郎は一人、宿泊所の風呂場へと向かって歩いていた。特大の溜息を吐きながら。

(何てことだ...)

風呂場に着いて、一通り身体を奇麗に洗い終わると、大きな浴槽に身体を浸してぼんやりと考える。

最大にして最強な好敵手...いや恋敵は...最も安全パイだと確信していた風祭将だったとは。

渋沢は、また深い溜息を吐く。もう何度目か分からない溜息は、止まることが無いようだった。この様子を遠巻きに見ているヤツが一人。あまりにもデカイ溜息が続くものだから、とうとう...キレタ。

「なっ...!?」

突然の、後頭部への圧迫感。ハタと気がつけば...湯の中に頭を押え込まれていた。息が出来ない!?、苦しさのあまり、ジタバタと渋沢は暴れ出して、ようやく解放された時に見たものは...

「三上!?」

げほっと咽返りながら、渋沢は三上のことを見上げる。三上はというと...かなり怒っている。

「うざってぇんだよ...このゾウアザラシが!!」

(『象』の次は『ゾウアザラシ』か?、いろんな呼び方されているのだな、オレは?)

などと勝手に考えている渋沢に、またしても三上のゲンコツが飛ぶ。

「痛い!何をする!?」
「おめぇなぁ...」

フルフルと握り拳を震わせている三上。その様子に、何を怒っているのだ?と全く動じない渋沢。

三上の怒声が風呂場に響き渡る。

「おめぇはさっきから何、馬鹿デカイ溜息ばっか吐いてんだよ!うざってぇったらありゃしねぇ!!、第一!!ここに何しに来たと思ってんだよ!!選抜だろーがぁ!!、何考えてんだ、てめぇはぁ!!」
「何って...その...」
「てめぇが何考えてんだか...分かっちまうオレの方がイヤだ...」
「あっ...はははははは...」

思わず渇いた笑い声を渋沢が出すものだから、三上は近くにあった風呂桶で渋沢の頭を殴る。

「だから、三上、痛いって!殴らなくてもいいだろう!?」
「ちったぁ目ぇ覚ませよ!おらぁ!!」


――――― クスッ...


微かな笑い声に、渋沢と三上が気がつく。笑い声というよりは笑ったような息遣い。そして視線。

「?????」

誰だ?、そう思って顔を上げると....

「あっ....」

ウソだろ?、渋沢の視界に入ってきたのは...

「不破か?」

三上も唖然としている。

そこにいるのは紛れも無い不破大地。渋沢と三上から少し離れたところで、同じく湯に浸かっている。そこから覗かせている肩は、意外なほど華奢だった。いつもはクセ毛のような髪が、濡れて真っ直ぐになっている。目を覆うかのように長めにかかっている髪の隙間から、見え隠れする双眸には、いつもの鋭さはなかった。微かに開かれた口元は笑っているかのようで...

あのぉ....凄く艶っぽいんですけど...

そこまで考えついて、三上ははっとする。

しまった!、慌てて渋沢を振り返るが、もう遅い。すでに渋沢は意識を半分以上、手放しつつある。

「おい!渋沢!?」

三上は、湯の中に沈み込みそうになっている渋沢を慌てて引き上げる。鼻血は...出してないな、よし。それだけは救いか?、三上がほっとしつつ、渋沢を引き上げてると、

「どうした?湯あたりでもしたのか?」

目の前で起きてる出来事に無関心のような声。

こうなった原因は、おまえが風呂に入ってくるからだろう!?、別に不破が悪い訳ではないが、やはり原因は不破だから。つい、悪態を吐きたくなるが...言える訳無い。あまりにも恥ずかしすぎる....。

「大丈夫ですか?渋沢先輩?」

心配そうな声がした。風祭だ。不破のすぐそばで一緒に風呂に入っている。

「あの...手伝いましょうか?」

風祭は立ち上がろうとするが、三上はそれを断る。こんな恥ずかしいところ、これ以上、こいつらに見せられない。どうにか渋沢を風呂から出して、脱衣所にイスに座らせる。意識は全部無くしているわけじゃないから、まぁまだマシか?、渋沢の肩にバスタオルをかけてやると、ようやく渋沢が反応した。

「三上...」
「なぁんだよ?」
「オレ...幸せかも...」


――――― げしっ!!


三上の蹴りが、渋沢の背中に見事にはいった。

「痛い...」

唸る渋沢に、三上の怒声がまた響き渡る。

「てめぇはなぁ!!いー加減にしろってぇんだ!!あんなヤツのどこがいいんだぁ!あぁ!!、まぁったく、さっさと服着ろよ!!」

三上はそう言いながらも、自分でも感じた不破の印象を思い出し少しだけ、焦る。だが。

(オレは渋沢とは違う!!)

すでに着替えた三上は、腕組みをしながら、渋沢が服を着るのを待つ。ようやく、身支度を整えた渋沢が三上に振り返る。途端、手荷物を落とす渋沢。

「ん??」

三上が何事だ?と渋沢を見る。渋沢が硬直している視線の先を辿ってみると...

「渋沢、具合は直ったのか?」

(げげっ!不破!!また、おまえかぁ!!)

今度は風呂から上がってきたところだった。だから、当然...腰にしかタオルを巻いてなくて...

(今度こそ鼻血だすな...というよりはコイツの理性が保てるだろうか?)

三上は、もーどうにでもなれ、と開き直った。だが、意外にも渋沢が答えた。

「ああ、大したことないよ。心配させてごめんね?」

(へっ?)

拍子抜けする三上。だが、渋沢の目を見て、唖然とする。

(コイツ...実はもう理性なくしているかも...)

冷や汗ダラダラの三上。こうなると、得意の蹴りも出来やしない。

「渋沢先輩、大丈夫ですか?」

風祭が声をかけてくる。一瞬、渋沢の目元が微かにピクリと動くが、

「ああ、大丈夫だよ」

と、いつものキャプテンスマイル。

(完璧、ぶちきれてんな...コイツは)

三上はもう何も言わない。言うだけの気力が無くなった。

「渋沢も怒られるときがあるのだな?」
「ん?」
「なかなか面白かった」

先程の三上と渋沢のやりとりが面白かったと、不破が言う。渋沢の前に立つ不破は...まだ服を着ていない。

(おい!てめぇ!!さっさと服着ろよ!襲われたいのかぁ!?)

一人焦り捲くる三上だったが、不破の肩にふわりとバスタオルが掛けられるのに気がつく。

「不破くん!早く着替えようよ!!」

風祭だった。風祭は着替え終わっていた。

「ふむ」

不破は風祭に言われて服を着始めた。すると、

「不破くん!、髪の毛、ちゃんと拭かないと!!」

そう言って風祭は、思いっきり背伸びをしながら、不破の頭をくしゃくしゃとバスタオルで拭き始める。世話好きな風祭。しかし、その光景は、ちょっとヘンかも...

「おい、渋沢。帰るゾ」

三上は渋沢に、この場を立ち去る事を提案した。だが、渋沢から返事がない。

(おいおい...頼むから、選抜の間だけでも理性を保ってくれよぉ...)

渋沢を引っ張って行こうとした時、

「あっ!水野くん!!」

風祭が、風呂へ入りに来た水野に声をかけた。水野も軽く返事を返す。そして、理性が切れてしまった渋沢の襟を掴んでいる三上に気が付く。

――――― ばちっ!

一瞬、火花が散ったようなカンジだった。

武蔵野森の10番争いで、お互いにイヤな思いをした。だが、おそらく、水野以上に三上の方が苦しかった。いくら親子とはいえ、監督と水野に振り回されたのだから。それなのに、今回の選抜で顔を合わせるだけではなくて、部屋が同じになってしまったから余計に気分が悪い。

さらに、だ。

三上が、今抱えているのは、理性が切れてしまった渋沢。あぁ...こんなみっとないトコ、こいつらに見られたなんて!!

「こんばんは、水野くん」

(へっ?)

またしても拍子抜けする三上。キャプテンスマイルの渋沢に、水野も礼儀正しく挨拶する。だが、水野は三上には一瞥しただけで、顔を背ける。そんな水野に忌々しさを感じながらも、とにかく早々にこの場を立ち去らないと、マジに渋沢がヤバイかも...。三上がさらに渋沢を引っ張って出て行こうとしている時だった。

「ねぇ、不破くん。不破くんは『上』でいいの?」

風祭の声に、渋沢がぴくりと反応する。

「あぁ、オレは構わないが...風祭は『下』ではイヤなのか?」
「ううん!ボクは『下』でもいいけど、不破くんが『下』の方がいいなら変るよ」
「別に、オレはどっちでも構わないのだが...」
「ボクもどっちでもいいんだけど、不破くん『上』で大丈夫?」
「???別に構わないが...体重はオレの方が重いから、オレが『下』の方がいいのか?」
「う〜ん、潰されないよね?」
「何故?」
「何となく...」
「では、オレが『下』になるか?」
「う〜ん、そうだね...でも、不破くんが『上』の方がいいかな?」

おい?何の会話だ?、話が見えないが、とにかくこの場を離れないと!、三上が硬直してしまった渋沢を動かそうと試みた時、突然、渋沢が叫んだ。


「不破くんはゼッタイ『下』だ!!」


一瞬にして、部屋の空気が凍りつく。何が起きたのか、渋沢が何を叫んだのか、理解できなかったから。だが、さすがに三上は強かった。

無言で渋沢の背中に蹴りを入れる。倒れ込んだ渋沢を引きずるように出て行く。

それはあっと言う間の出来事だった。

「???????」

取り残された連中は、ただ呆然とするだけで...

「何なんだ??あいつらは??」

水野がようやく口を開いた。

「さぁ??」

風祭も首を傾げる。

「ところで、『上』とか『下』って何の話だよ?」
「えっ?ああ、それ?ベットのことだよ」
「はぁ!?」

思わず顔を赤くしてしまう水野に、風祭は「???」マーク飛ばしながら、

「だから、部屋のベットって二段ベットでしょ?、同じ部屋の小岩くんに、不破くんは『上』で、ボクは『下』だって勝手に決められちゃったから不破くんはそれでいいのかな?って思って聞いてたんだ。あっ!ぼくはどっちでもいいんだけどね!」

なるほど...とっても納得した、この状況に。水野は額を押さえて、絶句した。
つまりは、ウチのシゲだけじゃなくて、武蔵野森の渋沢も...何てことだ...

水野の様子に、風祭と不破が不思議そうな顔をしている。

「...風呂、入ってくる」

水野がそう言うので、風祭も「じゃぁ、またね!」そう言って、不破と二人でその場を立ち去っていった。深い、深い溜息を吐く水野。すると、水野の耳元で、怪しい声が聞こえた。

「...おまえはいいのか?」
「うわぁっ!!!」

びくっとする水野。耳元で囁いたその声は...武蔵野森の間宮だった。さらに驚いて、後ろに退く水野に、にたりと間宮が笑った。

「おまえ...出遅れたようだな?」

ううっ...唸る水野。間宮の不気味な笑顔に、水野は、蛇に睨まれた蛙のように動けない。さらに、間宮は言い続ける。

「だが、おまえは、どうやら小さい方がいいらしい...」
「なっ!?」
「それとも、今は渋沢と同じか?」

にやりと笑い続ける間宮のドアップに耐え切れなくなった水野は、ダッシュで風呂場へと逃げ込む。大きな浴槽へ身体を沈めながら間宮の追撃が無い事を確認して、ほっとする。

だが...よく考えてみれば、あの間宮と同じ部屋で、そしてベットは...オレが『下』だぁ!?

そこまで考えついて、水野は真っ赤になる。

――――― ジョーダンだろぉ!!それだけは、止めてくれぃ!!

声に出せない水野の叫びは、夜の闇に消えていく。


選抜合宿第一日目の夜が、ようやく終わった。
だが明日も...波乱が待ちうけているのだった。







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あとがき

渋沢×不破「小さな恋」の続編として書いたのですが...渋沢が壊れちゃったですね。
でもって、三上は物凄く良い人みたいで...偽者ですね、相変わらず...(^^;

最後には間宮も登場させちゃいました。
もう収集がつかない!?

すんません!武蔵野森のメンバー書くと、壊れてしまうんですぅ!
でも、まだ、藤代が出てこなくて良かった...これで藤代が出てきてたら...(冷や汗)

ミスチルの歌はやっぱりイイっす!!(あっ...壊れてる...)

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