「すまん、先に行っててくれないか?」
「えっ!?なんで?」

急に、不破にそう言われて、風祭は驚いた。岩工との試合が終わって、皆でバス停の向かって歩いている時である。突然、不破が一緒に帰らない、と言い出したように思えて、風祭は何があったのかと驚いてしまったのだ。これから、皆でマックに寄ろうか、なんて話していて、結構いいカンジに和やかな雰囲気だったのに...。

「...タオルを忘れてきた。取りに行ってくる」
「はぁっ!?」

そうか...帰り支度をしている時、顔や手を洗ってきたから、不破は、そこにタオルを忘れてきたらしい。不破にしては珍しい。忘れ物をしてくるなんて...

「じゃぁな...」
「あっ!待って!不破くん!!」

戻ろうとする不破の腕を、風祭が引っ張って止めた。

「...なんだ?風祭...」
「カバン!持っててあげる。だから、早く取ってきなよ!」
「...いや...別に大丈夫だが...」

ユニホームやらシューズやら、何かと荷物が入ったカバンだから、結構大きいし重い。けれども、風祭はにこにこしながら、不破に手を差し出している。不破はそんな風祭の顔を見ながら、ほんの少しだけ笑って、

「...では、頼む」

そう言うと、風祭に自分のカバンを手渡して、岩工のグランドに走っていった。重たい不破のカバンを抱えて、風祭がヨロヨロと他のメンバー達に追いつこうと、振り返った時、

「ポチ!俺も忘れもん!これ、預かっといてや!」

突然、風祭はもう一つのカバンを投げつけられて、今度は完全に体制を崩して、倒れてしまった。

「シッ!シゲさん!?」
「おう!悪いな!ポチ! 先に、それ持っていっててや!」

シゲが猛ダッシュで、不破のあとを追いかけていった。一人残された風祭は...ふぅとため息を吐いて、仕方なく、自分と不破とシゲのカバンを抱えて、またしてもヨロヨロしながら、バス停へと向かって歩き出した。

その頃、不破は...

忘れてきたタオルを水飲み場で見つけて手に取ると、急いで引き返していた。見た目以上に重たいカバンを、自分より小柄な風祭に預けてきてしまって、ほんの少しだけ、後ろめたい気持ちになっていたから、大急ぎで走って、風祭のもとに戻ろうとしていたのだ。

岩工のグランドから出た時...風祭が向かっているバス停とは反対の方向に、見覚えのある後ろ姿が目に入った。思わず振り返って、それが誰のものか確認してしまった。確認して...不破は、自分でも信じられないくらい大きな声で叫んでいた。

「渋沢!!」

その人は、静かに...でも驚きながら、振り返った。

「...不破くん...」

信じられない...それはお互いの率直な気持ちだった。

渋沢は、試合が終わってから、すぐに不破に声をかけたかったが、仲間と少しずつ打ち解けている不破の様子を見て、結局、声がかけられなくて、仕方なく帰ろうとしていたところだった。

不破は...試合が終わって、野呂に笑いかけてやるとき、渋沢の笑顔を思い出していた。出来るだけ、渋沢っぽく...と思って、頑張って笑ったつもりだったが、野呂は怖がって泣いていた。試合中、DFと初めて連携が上手くいった時にも、不破は渋沢のこと思い出していた。渋沢が言ったことを...あの笑顔を...

だから...

――――― どうして、ここに?

それが、二人の驚きの表情だった。渋沢は、不破が自分に気づかずに、仲間と帰ってしまったと思っていたし、不破は、渋沢がどうしてここにいるのか、不思議で仕方なかった。

しばらく...ほんの数秒だったかもしれないが、二人は見詰め合ったまま、身動きが取れなかった。

だが、その均衡を破ったのは、年上の渋沢だった。

「...不破くん...帰ったのかと思ってた...」

無敵のキャプテンスマイルを浮かべて、渋沢は不破に近づいた。不破は、驚いた表情を少しだけ、元に戻しながら、忘れ物を取りに戻ってきただけだ、と簡略に言うと、

「何故、ここにいる?」

そう問い掛けてきた。

クスッ...と渋沢が笑った。不破はムッとしながら、何故?と、もう一度問い掛けてきた。

「...試合を見にきたんだよ...君のことが...とても気になったから...」

渋沢は正直に答えた。間違っていない。確かに、気になったから、こうして、わざわざやってきたのだ。
その下心は、決して言えないが...

「...試合中、おまえのことを考えていた...」

突然の不破の言葉に、渋沢は目を丸くした。

「...風祭の言ったことも思い出していたが、それでも...あの時、渋沢が言ったことを思い出した」

――――― 仲間がいるから楽しいのさ...

「ほんの少しだが...渋沢の言ったことが分かったような気がした。だから、おまえに逢いたかった...逢って...」

――――― 礼を言いたかった....

そう言いかけた不破言葉を待たずに、渋沢は...

「渋沢?」

何が起きたのか、不破自身、気が付くのに時間がかかった。暖かいぬくもりと蒼い空。最初に分かったのが、目に見えるものとその感覚だけ。その次に分かったことは...

自分の身体が渋沢に抱きしめられていること。

暖かいぬくもりは渋沢に抱かれているからであり、蒼い空は渋沢の肩越しに見えるものだった。

「渋沢?」

もう一度、声をかけてみる。背中にまわされた渋沢の腕が、より強くなったような気がした。

「...あっ...」

微かに漏れた不破の声に、今度は、渋沢の腕が少しだけ緩んだ。

「...渋沢...」

声をかけながら...不破は思わず渋沢の肩を抱きしめていた。離れようとすぬくもりを、まるで離したくないかのように。

「あの時は...迷惑をかけたな...すまなかった。」
「不破くん...」
「ほんの少しだが、おまえの言ったことがわかった...だが...」

不意に不破の声が小さくなる。

「不破くん?何?聞こえない...」
「....」
「不破くん?」

不破がぎゅっと渋沢の肩を掴んだ。顔をみせまいとしているかのように...

「...おまえの笑顔を思い出して、おまえのように笑ってみようと思ったんだが、失敗した。」
「はぁっ?」

思わず間抜けな声を渋沢が出したので、今まで、渋沢の肩口に顔を埋めていた不破が、突然、がばっと離れた。、

「何故、俺はおまえのように笑えないのか?いや、笑う必要があるのか...笑えるおまえが...疑問だ...」
「...不破くん...」
「疑問といえば、この状況も疑問だな。何故、おまえは、俺を抱きかかえたのか?」
「☆x△!?」

率直で、当然な質問に、渋沢は答えに詰まった。不破はじっと渋沢を見詰めている。渋沢がどんな答えを出すのか、待っているようだった。

抱きかかえる、というよりは、抱きしめたのだが...

その理由は?と聞かれれば、素直に答えて良いはずがない。あまりにも考え無しの行動だった。反省しても、もう遅い。だが、渋沢が何か言い出さなければ、不破の方からは何も言わないだろう。困った...

渋沢は、少しだけ深呼吸すると、重たい口を開いた。

「...ごめん、驚かせて...とても、嬉しかったから...」
「嬉しい?」
「俺の言ったこと、覚えててくれて」

不破はきょとんとしたような顔になったが、すぐに元に戻すと、

「それだけか?」

納得いかない表情だ。渋沢は、苦笑いをして、もう一度、深呼吸すると、仕方なくぽつりぽつりと、言葉を切り出した。

「良かったね、勝てて...」
「...?」
「ホントに良かったね、...もう大丈夫だね」
「何が、だ?」
「あんなに悩んでいたのに...あんなに早く連携が上手く出来るようになるなんて、ちょっと驚いたけど、本当に良かった。試合に勝てて、良かった。」

――――― ほんの少しだけど、君の笑顔が見れたから...

「...わからん...」
「えっ?」
「この状況は、やはりよくわからん。だが、試合に勝てて良かったと思ったから、おまえは俺を抱きかかえたのか?何故、試合に関係ないおまえが良かったと思うのか、俺には理解できないが....それでも、こうして、おまえに逢えたのは、俺にとっては...」

不破が急に黙ってしまったので、今度は、渋沢の方がきょとんとしてしまった。

「...何故だ...」
「不破くん?」
「何故....俺は、おまえに逢えて『良かった』と思うのか...?」
「....それって...」

渋沢が不破に何か言いかけようとした時、不破は、いきなり、ポンっと手を叩いた。

「そうか...俺はおまえに礼が言いたかったのだ。」
「えっ?」
「おまえの言う事が少しだけだが、分かって良かったと思えた。だから、おまえに礼が言いたかったのだ。」


――――― ありがとう、感謝している...


不破の微かな笑顔。
仲間にしか向けられていなかった、彼の笑顔。
それが、今、自分に向けられている。


不破を見つめて、渋沢は、もう何も言えなくなった。
渋沢は、不破がとんでもなく純粋な心を持っているのだと、気が付いたからだ。


何でも疑問に思うこと、探求心が強いのは、純粋に知りたい、と思うからで、彼にはそれ以上の、卑しい気持ちがないのだ。そして、知りたいことが分かれば、素直を礼が言える。 彼は、本当に純粋...無垢なんだ。

それに比べて自分は...

「だが、おまえの言う事は少し分かったが、おまえの笑顔は、まだよく分からん」
「笑顔...?」

こくりと不破が肯く。

「おまえの笑顔...もっとよく知りたいと思う」

もし、ここに三上が居たら、渋沢は背中を思いっきり蹴飛ばされていただろう。それくらい、渋沢の表情は、花が一斉にぱぁっと開くように、歓喜に満ちた笑顔だったから。

「?????」

何故、渋沢がそんな顔をするのか、またしても分からない、といった不破だったが、理由を聞いても、結局は、よく分からないだろうと判断し、今回はあえて疑問を言葉に出さなかった。

「...じゃぁ、また、逢おうか?」
「ん?」
「もっとよく...知って欲しいから」

渋沢の提案に、不破はちょっとだけ首を傾げたが、すぐにまたこくりと肯いた。

「そうだな、GKのことも、もっと知りたいからな...また、会いにいってもいいか?」
「もちろんだよ! いつでもいいとは言えないけど、練習がない時ならOKだよ。それとも、これから、どこかに...」


「残念!タイムリミットや!!」


不意に、不破の後ろから大きな声がした。声の主。それは...

「佐藤?」

シゲこと佐藤茂樹だった。

いつの間にか、シゲは、不破のすぐ後ろにある、岩工の正門に腕組をしながら寄りかかっていた。シゲは、渋沢をじっと見ていたが、すぐに、にっと笑った。そんなシゲの様子に、一瞬、渋沢がぎょっとする。まさか...見られた?

「まぁたく、渋いだんなには、油断もスキもあったもんやない。」

渋沢が、今度こそ硬直した。

見られていた。一体、どこら辺から見ていたのか分からないが、それでも、見られていたことにかわりない。焦り捲くる渋沢のことを気にも止めずに、不破は、何故ここに?と渋沢と同じ事を、シゲに聞いた。

「オレも忘れもんがあったさかい、取りに戻ってきたんや」
「ふむ」
「ところで、不破。そろそろ、行かんと、こりゃ100m8秒台で走らんと、バスに間にあわんでぇ」
「ん!?」

シゲに言われて、不破は腕時計を見た。確かに...

「8秒ではすまなそうだな...この場合確率的に言って、間に合うには...」
「あ〜!もうええから、はよ、行こう!」

ぶつぶつ言う不破の背中を押すと、シゲはくるりと渋沢に顔だけ向けて、こっそり呟いた。

「...負けへんで」

(えっ?)

渋沢は、一瞬、何を言われたのか理解できずにいると、不破も顔だけ渋沢の方に振り返った。

「また...会おう」
「あ、あぁ、待ってる...!」

そんな二人のやりとり聞いたシゲは、盛大に舌打ちすると、

「走るでぇ!!」

不破の腕を抱えて、猛然とダッシュした。

そんな彼らの背中を見送りながら、一人残された渋沢は、ため息をひとつ吐くと、空を見上げた。
彼に声をかけられず、帰ろうとして見上げた時と同じ青空だったが、今は、あの感覚はない。


あの切なさは...


「よし」

渋沢は、何を思ったのか、一人で納得すると、不破達と反対の方向に踵を返した。



――――― これからだ。これから始まるんだ。
どうなるか分からないが、とにかく、ここから始まる。
彼と自分の...



ふと、昨夜みた夢を思い出した。今まで、漠然としか思い出せなかったのに。そうあれは...

「予知夢....? いや、正夢か??」

そんな独り言に、自分でクスリと笑いながら、渋沢は武蔵野森に帰っていった。






☆ ―――――――――― ☆

あとがき

すみません...異常に長いです。
こんなに長くなる予定ではなかったのですが、文才の無さに憤死してしまいました。
とうとう、ちょっかいを出してしまった渋沢キャプと、それに鋭く気が付いたシゲちゃんを書きたかっただけでして....
タイトルの「SPECIAL THANKS」は、GLAYの曲です。
タイトルどおり、不破くんから渋沢さんに礼を言わせたかったのですが、何だかキチンと伝わっていませんね。
とうことで(何がだ?)、またしても、出直してきます!!


☆ ―――――――――― ☆

戻る