――――― 星が奇麗だ ―――――

夜11時を過ぎた河川敷の側道を、一人、自転車を走らせていた渋沢克郎は、空を見上げて立ち止まった。
真夏の夜空は、冬とは違った星座を瞬かせていて、思わず自転車を止めて、見上げてしまったのだ。

――――― 彼はどうしているのだろうか .....

選抜から落ちてしまった、彼は...
三上も同様に落ちてしまったが、三上以上に彼のことが気にかかる.....

さすがに、三上は、武蔵野森の指令塔だ。いつもまでも腐っていなかった。
三上の事も心配だったが、それは先日の大会の結果からして分かる。もう大丈夫だ。
三上は、しっかり自分を見詰め直している。
三上は、もう大丈夫だ。立ち直ったんだ。
あとは...時間が解決してくれる。
三上なら、必ず、また...

だが、彼は...?

見上げた星空に、ふと、彼の横顔が重なって見えた気がした。

ふ−っと、思いっきり、ため息をついて、渋沢は再び、自転車を走らせた。

今日は、受験生の渋沢が、夏季講習の夜ゼミに通う日だった。

しかし、渋沢は、武蔵野森高等部にすんなり進めるので...、つまり、常日頃の成績は決して悪くない、むしろ、かなり良い方なので受験勉強など必要ないし、実際、サッカーがあるので推薦で進学可能なのだが、それでも、周囲の同級生に合わせれば、一人だけ受験勉強しないわけにもいかず、こうして、学校以外のゼミに通っているわけだ。

だが、日中は、引退したとはいえ、後輩の指導にあたらなければならないので、ゼミに向かうのは、夜8時を回ってしまい、帰寮は夜11時をとっくに過ぎてしまうのだった。

思わず立ち止まった、満天の星空に....

――――― 彼に逢いたい

他校の生徒である彼に逢えるなど、まず無い。
無理矢理、機会を作らなければ、絶対ムリだ。

それでも、彼に...逢いたい

自転車を走らせ、ふと、いつも違う道順を走りたくなって、河川敷に向かっていた。
少し遠回りだが、どうせ10分くらい遅くなっても...渋沢は何故か、真っ直ぐ帰る事をためらった。

さすがに人通りが少なく、いささか心細いものも感じられてきたが、それでも、自転車で走ればわずかな距離だ。
渋沢は少し速度を速めながら、自転車を走らせていると...。

どこからか、聞き覚えのある『音』が聞こえてきた。
自転車を進ませていく方向から、その『音』は聞こえてくる。
この『音』は...それに『声』も聞こえてくる。

はっとして、渋沢は、聞こえてくる方向に思いっきりペダルを踏んで走る。
多分、これは...

聞こえてきたその『音』と『声』。
聞き覚えがあるはずだ。
サッカーボールを蹴る音。
ボールが壁にあたる音。
懸命に走る足音。
そして...掛け合うその声は...

「風祭、踏み込みが甘い!!まだだ!!」

不破くん!?それに...あの小さな背中は...風祭くん?

二人は橋の下、PKの練習をしているようだった。壁にゴールに見立てたラインが引かれ、その前に工事現場などで使われている三角のポールが幾つか置かれている。その障害物を抜きながら、風祭がシュートする。不破がセーブする。

「風祭?」

風祭の小さな肩が大きく波打っている。
すると...

「不破くん...少し休もうか...」

ペタンと地面に座りこむ。はぁーと大きく深呼吸すると、今度はパッタリと後ろに倒れ込んだ。

「風祭??」

不破が寝転んでしまった風祭の近くに歩み寄る。

「どうした?もう、疲れたのか?おまえにしては珍しいな」
「う〜ん...今日は何だか疲れちゃった」
「そうか...」

風祭の横に、不破も座り込む。空を見上げると、夏の星座の瞬きが視界に入ってくる。

「キレイだね」
「あぁ」

会話が途切れる。風祭の荒い呼吸だけが聞こえてくる。

しばしの沈黙。
いつもなら、何かと話してくる風祭が、黙り込んでる。
静かな夜。
遠くの国道から車の走る音が微かに聞こえてくる。

「...選抜の練習はキツイか?」

沈黙を破ったのは不破だった。
だが、風祭は何も答えない。

「風祭?」

ふと見下ろすと、風祭の目が潤んでいる。

「どうした??」

泣いている??何故??
不破が慌てふためく。
風祭は、右手の甲でぐっと少し子零れた涙を拭うと、むっくり起き上がった。

「...ヘンだね。ちゃんと割り切ったのに...」
「風祭?」

「試合にも出られない。控えにもなれない。けど、頑張ろうって...ちゃんと割り切ったのに。サッカー好きだから頑張ろうって決めたのに...」
「...」
「何だか急に苦しくなって...」

大きく息を吐くと、風祭は背伸びをした。涙はもう出ていないようだ。

「何故苦しくなった?」
「ん?」
「苦しいのは当たり前だ。おまえは、選抜に残ったのだから」
「不破くん?」
「松下が言っていたのだろう?今のおまえは、かろうじて先頭集団に引っかかっている状態なのだと」
「...」
「今のおまえでは、先頭集団を追い越すどころか、脱落しかねない」

夏の夜風が微かに吹いてきた。汗が引いてきたせいか、少し肌寒さを感じる。

「...だから、頑張るのだろう?こうして...」

――――― オレと一緒に...

「...不破くん...」

吹いてくる風よりも、微かな微かな不破の笑顔に...。
ようやく風祭が、笑った。
笑い返してきた。
そして、風祭は、また泣きそうなる。

「帰ろう」

不破が立ち上がる。風祭もゆっくりと立ち上がろうとして、ふと、誰かの視線を感じた。

「あっ...渋沢先輩?」

風祭が見上げる方向を、同じように不破を見上げる。そこには、自転車に乗ったまま、立ち止まっている渋沢がいた。

一瞬の沈黙は、すぐに破られた。

「...随分遅くまで練習しているんだね」

声を出したのは、渋沢。
だが。

「そういうおまえこそ、こんな夜遅くに何をしている?」

先程の笑顔はどこに消えたのか...。いつもの無表情に戻った不破の問いかけに、苦笑しながら渋沢が答える。

「ゼミの帰りなんだよ。これでも、一応受験生だからね」

ふむ、なるほど。腕組をして肯く不破に、風祭がくすりと笑う。

「もうそろそろ帰らないと、明日になってしまうよ」

時計は、何時の間にか11時半に差し掛かろうとしている。

「あぁ、片づけるか」
「うん!」

ゴール前の障害物を片づけると、二人は渋沢のところへ近づいてきた。

「帰らないのか?」

不破の機械的な言い方に、渋沢は、また苦笑しながら、

「近くまで一緒に帰ろう」

そう言った。君にせっかく会えたのだから...だけど...。

風祭を間に挟んで、他愛無い会話をしながら、三人は河川敷を後にした。
河川敷から一番近かったのは、風祭の家。

「渋沢先輩、送ってくれて有り難うございました」

風祭はぺこっと渋沢に頭をさげると、

「じゃぁね!不破くん、また明日!」

今度は元気良く、不破に手を振って、風祭はマンションの中に消えていった。
不破も少し手をあげて答えたが、彼の横顔がいつも無表情と違って見えた。
何か言いたそうな...苦しそうな...

「不破くん?」

不破の様子に少し疑問を持った渋沢が声をかける。不破は何も答えない。手を下ろすとそのままポケットに突っ込んで、自分の家へと歩き出した。渋沢もその後をついていく。

会話がないまま、しばらく二人は歩いていった。

(せっかく、二人きりになったのに...)

だが、渋沢も何も話し掛けられなかった。先程の二人の様子を見てしまって、渋沢は何かが崩れていくような感覚にとらわれていた。黙々と歩き続けて、とうとう不破の家に辿り着いた。ようやく不破が、くるりと渋沢の方に向き直った。渋沢も挨拶しようと言いかけた、その時。

「風祭の事、頼めないだろうか?」

思いもかけない言葉が、不破の口から漏れてきた。渋沢は、何を言っているのか分からず、驚いてしまった。不破は、無表情に話を続ける。

「選抜はかなりキツイようだな。あの風祭が珍しく弱っている。一緒に選抜に残っていれば、支えてやる事も、愚痴を聞いてやることもできるが、今のオレには出来ない。だから...」

――――― あいつのことを頼めないだろうか??

つまり、それは...。

渋沢は一瞬、何と答えれば良いか迷った。渋沢とて選抜で、もまれている身だ。選抜に残ったメンバーは、たとえ優秀であって、いつ落とされるか分からない。これは遊びじゃない。部活で仲良くプレーしているんじゃない。そう、誰もがしのぎを削って戦っているのだ。他人の事どころではないのだ。

だが...。

多分、不破はそれを知っていて、あえて風祭の事を頼んでいるのだ。渋沢なら頼めると...それは彼の信頼。そして、彼にとって、風祭の存在は...。

「選抜は遊びじゃない」

すこし冷たく言うと、不破は、

「分かっている」

そう肯く。

「助けろとは言わない。それでは、水野と同じ過保護なだけだ。ただ、あいつのことを見守ってやってほしい。あいつがくじけそうになった時、あいつに思い出させてほしい。」

――――― 自分はサッカーが好きなんだ、と...

「それだけだ」

不破の表情が少しだけ歪んだ気がした。今夜のように近くにいれば、そう思い出させてやれるのに...。不破は無表情だと言われるが、彼ほど自分の気持ちを伝えてくる人間はいないかもしれない。

不破の言葉に、その微かに読み取れる表情に...渋沢は今度こそ打ち砕かれるような感覚を覚えた。
だが、それでも...。

「彼一人特別扱いは出来ない。だが...選抜の様子を君に伝える事ぐらいは出来る。その方が良いだろう。君が...」

――――― 見守ってやる方が良いだろう?

そう答えた渋沢に不破は少し首を傾げて考えていたが、しばらくして、徐に口を開いた。

「分かった。つまらん事を頼んで済まなかった」

――――― つまらない事ではないだろう?君にとっては...?

そう言いたかったが、渋沢は黙っていた。そして...。

「時々...会わないか?風祭くんのことだけじゃなくても、君とは...話をしたい」

渋沢の申し出に、不破はこくりと肯いた。

「ああ、いいだろう」

じゃあな...そう言って、不破は家の中に入っていった。不破の後ろ姿を見送ると、一人取り残された渋沢は小さな溜息を吐いて、自転車をこぎ始めた。

(オレはかなり諦めが悪いな...)

渋沢の頬を、夏の夜風が撫でていく。

―――― まだ、始まったばかりだ...





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あとがき

12巻のタイトルから、今回のタイトルを強引に引っ張ってきました。
THE ALFEE の名曲です。ご存知の方...同世代ですね。(^^;

タイトルに関係なく話を書いてしまいましたが、不破くんの将への気持ちを知りながら、さり気に渋沢キャプがちょっかいだすってところでしょうか?今後、どうなるか...考察中です。

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