選抜合宿1日目終了。

今日のランチタイムに、自分の横の席に座ってきた彼。
嬉しくて...嬉しくて...

なのに、だ。

藤代が風祭に余計なことするから、せっかく彼との「親睦」を深める機会を潰されてしまった。おまけに、彼がサッカーを始めてから6キロも痩せてしまったことを、彼と風祭との会話で知って、横目で見てしまった彼の、黒いシャツから覗かせている鎖骨にくらりと目眩を起こしかけ、危うく失い欠けた理性をようやく保ったのだ。

藤代は好敵手。

そんなことは、かなり前から気付いていたが、今回は藤代もかなり牽制しているようだ。そりゃそうだ。合宿となれば、日頃見れない場面に出くわす事は多いはず。ましてや、他校生である彼とは、こんな機会は滅多にない。彼との「親睦」を深めるには絶好の機会なのだ。それだからこそ、藤代が露骨に牽制してくるのも分かる。

だが...

渋沢克郎も退く気など毛頭ない。受けて立とうじゃないか。今回は、彼...不破大地の傍に何かと出没し、渋沢に「負けへんで」宣言した、金髪の桜上水FW、佐藤茂樹がいないのだ。いつも邪魔されてばかりの渋沢だったから、最強の好敵手と思われる佐藤がいないことに人知れずガッツポーズを取ってしまった。

そう、佐藤さえいなければ、残るは藤代一人。こう言っては何だが、お子様の藤代に負ける訳にはいかない。というよりは負ける気が全然しなかったのだ。藤代が聞いたら、怒り出すだろうけど。

しかし。

藤代とて、あなどれない。ここは気を引き締めて、彼との「友好」を深めなければ。

選抜第一日目の夕食時間。藤代が風呂に行った事を確認すると、渋沢は食堂に向かった。練習が終わって引き上げてくるとき、ふと、風祭と彼の会話が聞こえたからだ。

「...やっぱ疲れたね」
「おまえが疲れたのか、風祭?」
「そりゃ僕だって疲れるよ。いつもの練習とは違うこといっぱいやらされたし」
「そうだな。オレの場合もゴールを二人で守ったり、GK以外のポジションについたり...」
「でしょ?先にお風呂に入る?」
「いや。夕食を先に取っておいた方が良いだろう。空腹で風呂に入るのは良くない」
「そーだね。じゃあそうしよう!」

よし。

渋沢は彼の次の行動を知ると、藤代にそれとなく風呂に行く事を勧め、自分は食堂に向かったのだ。

これで、邪魔者はいないわけで...あ、風祭がいるか...

まぁ、風祭は彼とかなり親しいが、風祭こそ彼にとって数少ない「親友」の一人ではないか。
藤代と違って、心配することはない。

足取りも軽く、渋沢は食堂に入ると、目で彼を探す。あまりきょろきょろしては、武蔵野森の渋沢が何をしているんだ?と周囲の視線が集中してしまう。目立った行動は渋沢にとって、せっかくの機会を潰しかねないから。慎重に食堂を見渡すと、ようやく彼の後ろ姿が見えた。すでにテーブルについて食事を始めようとしているところだった。

だが...何故か一人だ。風祭は?

ちょっと気になったが、不破が一人でいるのは、滅多に無い機会だ。渋沢は、セルフサービスの夕食を大急ぎでトレーに取ると、しっかり不破の横の席に座り込んだ。

「ここいいかな?」

ちゃかり座っているのに、不破に尋ねてみる。だが不破は、あぁ、と素っ気無く一言返しただけで、何かに熱中していた。

「??」

よく見れば、不破は焼き魚の骨を神経質そうに取っていた。そのせいで隣に座ったのが、渋沢だとは全く気が付いていないようだった。

「.....」

せっかく意中の彼の隣に座れたのに、これでは...。ちょっとがっかり気味の渋沢は、ふと食堂内がざわついているのに気が付いた。皆の視線はあるところに集中している。そちらを振り返ってみると...

なに??

一瞬、目をぱちくりさせてしまった。

「風祭...?」

そこには風祭がいた。夕食のトレーを持って歩いていた。しかし、ただ歩いているだけではなかった。風祭の足元には、サッカーボールが転がっている。いや、転がっているんじゃない。転がしているんだ。

風祭は、サッカーボールを転がしながら、歩いているのだ。

「はぁ?」
「何やってんだ?あいつ」
「マジ?」
「今さら基礎の基礎やってんのか?」

確かに...素足でボールを触るのは、足にボールの感触を覚えさせるためのものだ。つまり、これも立派な練習の一つだが、確かに今さら、なのだ。基礎中の基礎といってもいいようなことを、風祭は恥ずかしくもなくやっているのだ。

食堂内に冷ややかな笑い声や悪態雑言が聞こえてくる。風祭はそんな周囲の声に耳も貸さずに、ただひたすら前を見て、手に持つトレーを落とさないように気を付けながら、不破と渋沢のいるテーブルに向かって歩いてきた。

ぽかんとしている渋沢と対照的に、不破は、風祭りの様子に気が付いているのかいないのか、全く風祭の方を見ないで、黙々と食事をしている。否、正確に言えば、焼き魚の骨を取り除くことに集中しているようだが...。

がっしゃん!!

大きな音がしたので、渋沢が顔をあげると、今度は風祭がトレーをひっくり返しているのが目に入った。しかも、トレーの上に載せていた食事を全て、そこにたまたま座っていた真田一馬の頭の上にぶちまけて。

「ごめんなさい!ホントにごめんなさい!!」

必死に謝る風祭だが、真田は許そうとしない。真田は、風祭をヘタクソよばわりした挙句、「帰れ!」と大声で叫んでいる。この「帰れ!」の一言に、風祭も反論する。

「帰りません!! おぼんひっくり返したのは謝ります。でも、ぼくを送り出してくれたチームの気持ちに応えるためにも、中途半端では帰れません!」

「この!!!」

真田は完全にぶち切れたらしく、風祭に拳を振り上げた。

咄嗟に、風祭のそばにいた水野が、止めようと立ち上がるのが見えた、その時。

ゴツン

鈍い音がして、はっと気が付くと、いつのまにか風祭と真田の、二人の間に食堂のおばさんが立っていた。

「はい!そこまで!」

鈍い音はおばさんが風祭の頭にげんこつした音で、おばさんは握り締めた真田の拳を、自分の片手でしっかり止めていた。

「謝っている者をそれ以上けなすのはカッコ悪いよ」

さすが、年の功。たったの一撃で、おばさんは、その場を諌めてしまった。真田はくやしそうだが、おばさんからタオルを受け取ると退いた。風祭はおばさんにも謝りながら、一緒に床にぶちまけてしまったものを片付けている。

ようやく食堂内が静かになる頃、

「何かあったのか?」

不破が顔をあげた。今頃気が付いたのか?
ちょっと驚いた渋沢だったが、不破が反応してくれたのが少し嬉しくて

「いや、もう終わったよ」

そう答えると、不破も、そうか、と軽く答えた。だが、

「風祭?」

不破の視界に、風祭の姿が入ったらしい。風祭は片付け終わったあとで、おばさんに一礼をして、食堂を出て行くところだった。

「....何があったんだ?」
「あ、あぁ、風祭くんが、真田くんの頭の上に夕食のトレーをひっくり返してしまってね。さっきまでもめてたんだけど、ようやくおさまったところだよ」
「??風祭は何故夕食をとらずに出ていったのだ?」
「食べ物を粗末にしたってことで、おばさんから夕食抜きって言われてたよ」
「ふむ」

不破は腕組みすると、何か考え込んでしまった。そんな仕種も可愛らしいものだが、一体何を考え込んでいるのか...

「ところで、今日の練習はどうだった?」
「??あぁ、いろいろと面白い事を経験できて、なかなか有意義だった」
「面白いって?」
「渋沢と二人でゴールを守ったり、ミニゲームでGK以外のポジションをやったり...なかなか面白かった」

渋沢は、話題を変えようと、今日の練習について話し出したが、不破の方はどこか上の空のように見えた。

何を気にしているのか?
多分...風祭くんのことだね?

ちょっと苦笑いをしながら渋沢は、それでも誰からも邪魔されずに、不破と夕食の一時を過ごした。だが、結局は当たり障りの無い会話で終わってしまった。進展らしい進展は無く、夕食を終えて食堂から出ようとした時。

「ちょっとあんた」

後ろから声をかけられて、渋沢と不破は振り返った。そこには、先程の食堂のおばさんが立っていた。

「あぁ、ごめんごめん。そっちの黒いTシャツ着ている子に用があんだよ」

渋沢にそう言うと、おばさんは不破のことを手招きした。不破は、思いっきり??マークを頭から飛ばしながら、おばさんの後に付いて厨房の中に消えていった。渋沢はちょっと困りながらも不破が出てくるのを待とうとしていると、すぐに不破は厨房から出てきた。不破の手には、ビニール袋が下げられていた。

「どうしたんだい?」

そう言えば、昼食の時、おばさんに気に入られてプリンを貰っていたっけ。また、何かおばさんから貰ったのだろうか?、渋沢の問いかけに、不破は何も言わずにスタスタと歩いていく。

「えっ?不破くん??」

思わず不破を呼び止めると、不破は渋沢の方に振り返り、じっと顔を見つめてきた。何か言いたそうな表情だったが、不破は何も言わずに、またくるりと渋沢に背を向けると歩いていった。

「?????」

何だろう?ちょっと気になる...。渋沢は不破の後ろ姿を見送っていたが、こっそり後をつけてみることにした。

不破はスタスタを歩いてきたが、突然、自販機の前に立つと何かを買ったようだ。渋沢が物陰からこっそり見ていると、不破が手にしたものは「牛乳」だった。

「?????」

不破は、牛乳とおばさんから受け取ったビニール袋を手に持って、きょろきょろしながら廊下を歩いていく。誰かを探しているようだった。

しばらくして、グランドへ繋がっている出口までくると、不破は急に走り出した。渋沢もあとを追い駆けると、不破は出口を通り抜けて外へ走っていく。走っていくそこには...

「風祭!」

不破が呼びかける。そこには風祭がいた。風祭は、サッカーボールを熱心に足で転がしていた。

「不破くん?」

風祭は驚きながら顔を上げた。

「どうしたの??」

近付いてきた不破にそう問い掛けると、

「これを預かってきた」

不破は手に持っていたビニール袋を風祭に渡す。

「何、これ?」
「食堂のおばさんからだ」
「えっ?」
「育ち盛りが夕食抜きではさすがに可哀相だから、これを渡してくれと頼まれた」

風祭がビニール袋を開けると、

「あっ!おにぎりだ」
「おまえだけ贔屓にするのはよくないから、誰にも内緒で、おまえに渡してほしいと言われた」
「そっか...食べ物粗末にしちゃったのは僕の方なのに...けど、お腹空いてたからちょっとウレシイな...」

風祭が少しだけ俯いていると、不破は右手に持っていた牛乳を、風祭の鼻先にぬっと差し出した。

「???」

風祭がちょっと後ろに退くと、

「これはオレからだ」

不破はそう言って、風祭に牛乳を手渡した。

「えっ?」
「おにぎりだけでは栄養が足りない。これで少しは不足分を補えるだろう」
「あ...あはは、どうもありがとう」
「早く食べてしまった方が良い。誰かに見つかったら厄介だからな」
「うん!」

風祭は座り込んで、おにぎりをぱくつき始めた。サッカーボールを足で軽く転がしながら。不破も隣に座り込んで、ぼんやりと夜空を見上げている。風祭の足元にあるサッカーボールを、一緒に転がしながら。

無言の二人の間に転がるサッカーボール。
黙っていても気持ちが通じ合っているようで。
それはそれは、とてもイイ雰囲気で。


(...何、解説してんだ、オレは...)


物陰から二人の様子をじっと見ていた渋沢は、一人、盛大な溜息を吐いた。途中まで、不破の後を追いかけてきた渋沢だったが、彼の目標物(人?)が風祭だと分かると、咄嗟に物陰に隠れてしまった。

別に隠れなくても良かったのだが、何故、不破の後を追いかけてきたのか、そう問われれば何とも答えにくかったからだ。

(これじゃあ、まるでストーカーじゃないか!)

もし、これを第三者が見ていれば、ストーカー行為に思われても仕方のない状況だった。三上が居合わせたら、確実に張り倒されていただろう。

(何やってんだ、オレは)

先程、不破が渋沢をじっと見てきたのは、預かったいきさつについて、話して良いものか否か、考えてしまったからだ。結局、おばさんから口止めされていたから、渋沢に話す事ができずに、黙って立ち去ったのだ。単純にそれだけの理由だったのだ、あの瞳は。

そう、不破の瞳に見つめられて、正直に言えば、渋沢はどきっとしたのだ。一瞬にして、のぼせあがったのだ。だから、何も言わずに立ち去った不破のことが気になって、後を追いかけてしまったのだ。そうして、見つけた不破は...


何てことだ。最大にして最強な好敵手は、佐藤でも藤代でもない。
誰あろう、最も「安全パイ」だと確信していた、風祭将だったとは。
思わずへこみそうになる渋沢だったが、それでもどうにか体制を立て直し始めた。

そうだ。この際、好敵手が一人増えても変わりない。だったら...戦おう!この手に勝利を掴むまで!!

渋沢は、自分で自分のしぶとさに呆れながらも、頼もしさも感じていた。
なんて自分は、打たれ強いヤツなんだと。そう、これぐらいで負けてなるものか。

それにしても...なんて好敵手が多いんだ、不破くんは!!

この分だと、まだまだ予期せぬ敵が現れそうで心配で仕方ない。
気が付いたら、不破くんを誰かに寝取られているなんてことも!?

ハタとあらぬ妄想に走っている自分に気が付く。
あぁ、なんてことだ!天下の武蔵野森GK渋沢克郎が!

今度こそ頭を抱えて座り込んでしまった渋沢の耳に、二人の会話が聞こえてきた。

「ごちそうさま!美味しかったぁ!!」
「そうか、良かったな」
「うん!ありがとう、不破くん!」
「オレは届けただけだが」
「うん、そうだけど...でも、やっぱりありがとう!」
「...どういたしまして」

くすりと笑う風祭。
同じく微かな笑顔で返す不破。

「そうだ!お風呂入りに行こうか?」
「あぁ、そうだな」

二人は立ち上がると、合宿所に向かって歩き出した。
二人の頭上には明るく輝く月と星。

「キレイだね。」

風祭がそう言うと、不破も

「あぁ、そうだな。」

と、軽く答える。

渋沢は、そんな二人を物陰から見送りながら、ますます複雑な心境になる。


どうして気が付いてしまったのだろう
きみが いつも送る視線の行き先
そう 彼は ダ・イ・ジ・ナ ともだち
心が痛み出す様で...苦しい...


選抜合宿第一日目の夜はこうして更けていった。





☆ ―――――――――― ☆

あとがき


渋沢×不破のハズが何故か??不破×将になってしまった!?
何故!?やっぱ、まだまだ渋沢には苦労してもらわないと。
そうカンタンにお姫様は手に入らないってことで...。

実は、この話には、まだ続きがあります。(続かなくってもいいって?)

佐藤には珍しい女性アーティストの曲でした。
Misia FANの方、ごめんなさい。m(_ _)m

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