ナキ・ムシ





――――― ん?

何が起こったのだろうか?
此処は何処だろうか?

ぼんやりと視界に入ってくる緑の木々と微かなか木漏れ日。
自分の部屋ではないことは確かである。
だとしたら...

身体を動かそうとして、全身を包み込むような気怠さに少し驚く。
それでも顔だけ動かすと、見覚えある公園の風景に気がついた。
そして、どうやら自分は芝生の上に寝転んでいるらしい。
すぐ横には植え込みがあって、その影にいるようだった。

「ふむ?」

不破大地は寝転んだまま、どうして自分が此処にいるのか思い出そうとした。
確か...記憶が次第に蘇ってくる。
部活の帰り道だった。
そうだ、昨夜は何故か眠れなくて、ぐだぐだしていたら、父親が睡眠薬をくれた。
それを呑んだが、結局眠れなくて朝を迎え、仕方なく寝不足のまま部活の練習に行ったのだ。
そのせいか、身体がだるくて、そのうち部活が終わってしまった。
風祭に河川敷での練習を誘われたが、とても行く気力はなく、断ってとぼとぼ自宅に帰ろうとした時だった。
...そう、突然眠くなったのだ。
眠くなって....あぁ、そうか、この茂みに雪崩れ込んだのだ。

ようやく、ここまで思い出して、不破は溜息を吐いた。
まったく...効かないクスリだ。
父親に悪態を吐くながらも、結局、自分が眠れなかったことにが原因だから、仕方ない。
不破は重い身体を起こそうとした、その時。

「ん?」

容易に起きあがらぬ自分の身体に、何か異質なものを感じた。
おかしい?何が...?
不破は必死に身体を起こそうとして、何かが身体に巻き付いているのに気がついた。

「???」

よく見れば、それは自分の制服だった。しかし...
何故か、制服は自分の身体には異常に大きかった。ぶかぶかだった。
それでも、どうにか起きあがった。

「な...に!?」

不破は驚いた。とにかく驚いた。自分が寝惚けているのではないかと思った。
何故驚いたかというと、不破は辛うじて制服のシャツだけ身に着けるような格好になっていた。
他の衣服は全て脱げてしまった。脱げてしまったというよりは、自分の身体がするりとそこから抜けてしまったのだ。
つまり...身体が小さくなっている!?

「ふむ?」

得意の考察ポーズをとるが、シャツがぶかぶかなので腕組みがしづらい。
ふと、不破はカバンの中に手鏡が入っていることを思い出して、それを取り出す。
手鏡は、つい先日、右目にボールが当たって出血したため、目薬をさすために持ち歩いているものだった。
身体が小さいせいか、カバンの中から手鏡を探し当てるのにも時間がかかった。
それでもようやく取り出すと、自分の顔をよく見つめた。

確かに、小さい。幼い。小学生...いや幼稚園児くらいか?
写真で見覚えのある自分の幼い頃の姿が、鏡の中に映っていた。

「う〜む...」

どうして、こんなことになったのか?
不破はますます首を捻る。唸り続けて...ようやく、一つの結論に達した。

「あのクスリか...」

昨夜、睡眠薬と言って父親から手渡されたクスリ。
あれしか思いつかない。いや、多分...絶対、そうだ。
父親は、某薬品会社に勤務している。間違い。これは、父親が作った新種のクスリのせいだ!

「しかし!」

原因は把握できたが、これからどうすれば良いのか?
この公園は、家からそれほど遠くないが、この格好でうろつくのは...
シャツ1枚しか羽織っていない。他の衣服は全て、身体から抜け落ちてしまった。
不破は溜息を一つ吐くと、芝生の上に散乱している衣服をカバンの中に詰め込んだ。
身体が小さいと何かと不便である。
よく、小さな子供が片づけができないと母親に叱られるが、本人にしてみれば、それなりに一生懸命なのだ。
つまり、大人なら何て事はなくても、小さな身体にとっては、これは大変な大仕事である。
ようやく、自分の衣服をカバンに詰め込むと、ふっーと大きな息を吐いた。
疲れた。しかし、これくらいで疲れては、この大荷物(小さな身体にとっては)を運んで 家まで帰り着けるだろうか?
またしても、腕組みをして考える。
何か良い知恵はないか?
とにかく、自宅に戻って、あのロクでもない父親に元の身体に戻すように言わなければ!

その時。
すぐ近くから、自転車らしいブレーキの音が聞こえてきた。

「じゃあ、三上、また。」
「あぁ、サンキュ!」

どちらも聞き覚えのある声。もしかして...。

茂みからこっそり覗いてみると、そこにいたのは、自転車に乗った渋沢。
三上は自転車の後部席から飛び降りたところだった。

「三上、帰りは遅くなるのか?」
「んー?かもな?そん時はよろしく頼むわ。」
「ほどほどに、な。」
「まぁな、向こうの次第だけどな。」
「おい」

苦笑いする渋沢。三上は、にやにや笑いながら、「そう言うおまえは?」と聞き返してきた。

「おれは図書館だから、大して時間はかからないよ。」
「あっそ?つまんねーの!じゃあ、な!!」
「あぁ、また!」

自転車を勢い良くこぎ出す渋沢。
渋沢が行ってしまう!?
不破は咄嗟に茂みから飛び出した。
だが、小さな身体には、小さな小石さえも邪魔になる。

――――― どったん!!

案の定、躓いた。それも顔面から入ってしまった。
痛さのあまり声もでない。身動きも出来ない。

「何やってんだ?このガキ?」

ふわりと身体が宙に浮いた。三上に抱き起こされたようだ。
すると、三上が目をぱちくりさせながら顔を見つめてくる。

「おまえ...」

不破とじっと見つめ合う。不破は、痛さ故か目に涙を浮かべている。

「まさか...不破?」

三上が指さしてくるので、不破は涙目ながら微かな笑みをこぼす。

「よく分かったな、三上。」
「なっ!?」

どたばた慌て始める三上。だが、すぐにはっとして、「ん、なワケねーだろうがぁ!」と怒 りだした。
不破は、そんな三上を見て、(確かに...)と自分でも心中頷くが...これは紛れもない事 実だ。

「落ち着け、三上。」
「なんだと!ふざけんなぁ!このクソガキがぁ!!」

三上はかなり興奮気味だったが、急に静かになると、「あー、あほらし」と言って、この場 を立ち去ろうとした。
だが、

「お、おい!何すんだ!このガキ!!」
「三上!頼みがあるのだ!!」
「へっ?」

不破に飛びつかれて、三上が焦る。
振り払いたいが、小さな子供だ。三上も、何となく乱暴なことが出来ない。

「何なんだよ!」
「...ウチまで送ってもらえないだろうか?」
「なに?」

唖然とする三上に、不破も必死にしがみついてくる。
その顔が何とも可愛いらしくて、三上でさえもくらっとする。

「この身体では、ウチまで辿り着くのに時間と体力が必要だ。三上、送ってもらえないだ ろうか?」
「...」

言葉使いは不破そのものなのだが、何せ小さな子供だ。
声が、幼児期特有のややカン高い声になっている。
不破には違いないだろうが、それにしても...三上は先程から考えている疑問を口に出す。

「おまえ、ホントに不破か?なんで、そんなに小さいんだ?オレをからかっているんじゃ ねえのか?」

不破だと思いながらも、目の前にいるこの小さな子供が不破だとは信じられない。
三上の疑問は尤もだった。不破は微かに頷くと「信じられんかもしれないが...」と話し始 めた。

「昨夜、父親に飲まされたクスリが原因だ。父親は、某製薬会社の研究所員だ。多分、ま たとんでもない実験をしたのだろう。」
「実験って...」
「てっとり早く、親族で試してみたのだろう。やられた。」
「おい...」
「夜勤明けで父親は今日は家にいるハズだ。一刻も早く、取り押さえて元に戻させない と...」

不破がじーっと三上を見上げてくる。
その目つきは確かに不破のものだったが、いつもと違って鋭さがない。
小さな子供らしく、どことなく可愛いらしくもある。

三上がくすりと笑った。

「三上?」

不破が見あげている。

「そのシャツ、でかすぎるんじゃねーの?」
「!?いきなり、身体が小さくなったのだ!これくらいしか身体につけることが出来な い!」
「へっ?」

よく見れば、不破は白い半袖のシャツしか羽織っていない。
それも辛うじて、左肩にひっかっているだけだ。
右肩はずり落ちていて、華奢な身体が少しだけ見えている。
そして、シャツの裾から見えている白くて細い足。

「つまり、その下は何んも着てねーのかよ?」
「仕方ないだろう!?」

不破が真っ赤になって、咄嗟に右手でシャツの裾を下に引っ張る。
シャツの裾から覗いている白い足、そこから上に続いている部分を隠すような仕草だった。
その、なんつーか...すっごく艶っぽいんですけど...。

渋沢がいなくて良かった。いたら、大変な騒ぎになっていただろう。
子供とはいえ、相手は不破である。渋沢なら...やりかねない。

三上は一人、冷や汗をたらしながら、とりあえず『チビ不破』の言う事をきいてやること にした。
茂みの後ろに置かれていたカバンとクツを引きずり出す。
小さな身体には、このクツさえも合わないらしい。見れば、不破は裸足だった。
右肩に不破のカバン。右手には不破のクツ。そして、左腕に小さな不破の身体を抱え上げ た。
不破は一瞬きょとんとしていたが、三上は「どっちに行けばいいんだ、あん?」と聞いて きた。
三上の言い方はぶっきらぼうだったが、照れくさいのを隠しているようにも思えて、不破 は思わず、笑った。
小さな右腕を三上の首に回し、左掌を三上の頬にあてながら、不破は小さな声だったがは っきり言った。

「ありがとう、三上。」
「へっ?」

不破の笑顔。小さな子供らしい、純粋で可愛いらしい笑顔に、三上は心臓を射抜かれたよ うな気がした。
心臓がばくばく鳴り始めている。

(おい、何だって...)

動揺する三上に、不破は気付かないのか、自宅への進路をテキパキと言い示した。
三上は、そんな不破の横顔を見ながら、不破に言われたとおり歩き始めた。
不破に言われた通りに進んだ先には、宇宙基地のような家があった。

「ここだ。」

不破に言われるまま、玄関を開ける。内部も宇宙基地そのものだ。
三上がしばらく言葉を無くしていると、不破が玄関先に飛び降りて、ととっと家の中へ駆 け込んでいった。
呆然としている三上の耳に聞こえてきたのは、地響きするような絶叫の声。

「だ、だいち〜!!」
「うわっ!!やめろ!離せぇ!!」

不破の叫び声も聞こえてきたので、何事かと、三上が家の中へ入り込む。
すると、そこには...

「おい!何やってんだよ!!」

咄嗟に三上は大声をだして、不破の小さな身体を下敷きにしている男を引き剥がす。
そいつは、小さな不破の身体を床の上に押し倒して...つまり抱きついたその体勢は...

厭がる小さな子供にわいせつ行為をしているスケベ男の図。

「痛い...何をする!」

だが、そいつは悪びれもせずに、強引に引っ張った三上をぎろりと睨んでくる。
この目つき...まさか...

――――― ぱっこーん!!

小気味よい音が、部屋の中に響いた。
この男の後頭部を、『チビ不破』が、床に散らばっていた雑誌を丸めて叩いたのだった。

「だいち?何故、叩く?」
「何故だと?こんな身体にされた上に、いきなり飛びつかれて、おまえこそ、一体、何を 考えている!?」
「何とは...」

口籠もる男。腕組みをして『チビ不破』をじっと見つめる。
『チビ不破』は、身長が届かなかったのか、叩くためにテーブルの上によじ登っていた。
ようやくこの高さで、相手とほぼ同じくらいの視線の位置に立っている。
すると、男が頬をぽっと赤らめる。

「だいち!可愛いぞ!お父さんはウレシイ!!」

またしても抱きつく男に、「いい加減にしろ!」と『チビ不破』は反撃するが、小さな身体 ではさほどの威力はない。
じたばたしている『チビ不破』。よく見ると、半泣き状態だ。

(なるほどねぇ...)

どうやら、この男は『チビ不破』の父親らしい。つまり、不破の身体を小さくした張本人。
それにしても...何やってんだ、この親父は!

「いい加減にしろよ!おい!!」

仕方なく、三上がまた引き離す。
すると、『チビ不破』が三上に抱きついてくる。
三上はちょっと驚きながらも、『チビ不破』の身体を抱きかかえてやる。

「だいち...この男は何者だ?」

父親が震える指で、三上を指さす。
『チビ不破』は、三上の首に両腕を回した状態で、父親へ顔だけ向けると、

「武蔵野森の三上。小さくなったオレをここまで連れてきてくれたのだ。」

『チビ不破』の紹介(?)に、父親は「う〜む...」と唸りながら、三上を睨み付けてくる。
そして「今度もヤツのなかなか男前だな。手強そうだ。」とぶつぶつ独り言を言い始めた。

(なんか、すっげぇ誤解してねぇか?)

『チビ不破』に抱きつかれたまま三上が顔をしかめていると、

「いつもこんな状態だ。あまり気にするな。」

『チビ不破』が三上の耳元で囁いた。
三上の首に両腕を回しているので、『チビ不破』の口唇が三上の顔にかなり接近している。
ちょっとどきっとする三上。だが、相変わらず『チビ不破』は、そんなことは気にしていない。

「おい!大陸!!早く、オレの身体を元にもどせ!!」

父親を名指しで怒る『チビ不破』。だが、小さいので迫力は全くない。
思いっきり睨み付けているのだろうが、なんとも可愛いらしい。
そんな『チビ不破』の様子に、父親は一瞬でれっとするが、ふと何か思いだしたのか、ポ ンと手を叩いた。

「元に戻すクスリを作っておかなかった。」

「な..んだと?」

父親の爆弾回答(?)に、『チビ不破』と三上は呆気にとられた。
では、不破の身体は小さいまま?

「おい!タチの悪い冗談はやめろ!早く、元に戻せ!!」
「う〜む、元に戻すクスリについてはまだ研究中だ。」
「おい...」
「まぁ、そのうち時間がたてば元に戻ると思うが?」
「時間?どれくらいだ!」
「さぁな、人体で実験したことはないので正確なデータはない。」
「...人体以外の実験データは?」
「モルモットしかないのだが、使用したクスリの量からすると、おそらく一ヶ月程度だろう。」

「なにぃ!一ヶ月だと!!」

『チビ不破』と三上が同時に大声を張り上げた。

「冗談じゃない!この身体で一ヶ月間も過ごせというのか!?」
「仕方あるまい。元に戻すクスリがないのだから。」
「...作れないのか?」
「いや、研究段階だがほぼ完成している。まだ試作はしていないのだが。」
「では、早く作れ!早く元に戻せ!!」
「ふむ、やってみよう。だが、その前に...」
「ん?」

父親は三上からひょいっと『チビ不破』を抱きあげると、そのままテーブルの上に運んだ。
きょとんとして父を見つめる『チビ不破』。父親はまたでれっとしながらも、キラリと眼鏡の奥が光った。

「どこまで子供の身体に戻ったか調べてみたい。実験データを取らせてくれ。」

そう言うと父親は、『チビ不破』が唯一着ているシャツを脱がしにかかった。

「!!何をする!!この...!!」

『チビ不破』が必死に抵抗する。だが、小さな身体は父親に簡単に取り押さえられてしまった。

「い、いやだ!!いやぁ!!たすけて!三上!!」

三上に向かって、必死に手を伸ばしてくる『チビ不破』。完璧に泣いている。

――――― どかっ!

ついに三上がぶち切れた。
父親の背中に得意のケリを食らわすと、泣きじゃくる『チビ不破』を抱きかかえた。

「てめぇ!それでも親父かよ!?」

さすがに今度のは堪えたのか、父親は蹲ったまま動かない。

「んな事はどーでもいいから、さっさと元に戻してやれよ!」

三上はそう言い捨てると、左腕に『チビ不破』、右腕に床に放り投げたカバンを抱えて、部屋を出た。
『チビ不破』は泣きじゃくりながらも、自分の部屋の場所を指さした。
どうやら二階らしい。階段、というよりはロケットに乗り込むようなタラップに近いような階段らしきものを 上がっていくと、今度は廊下というよりは、潜水艦の狭い通路みたいなところを通り抜けて、ようやく黒いドアに 突き当たった。ここが不破の部屋らしい。
ドアを開けて中に入ると、ここは辛うじて普通の部屋だった。
ただ、あまり物がないせいか、がらんとしている。しかし、壁は全て本棚でぎっしり詰まっている。
机にイス。ベットにクローゼット。そして。

「おまえ、パソコン持っているのか?」

カバンを床に放り投げて、不破の身体をベットの上に乗せてやる。
三上は興味深そうに、不破のパソコンに近づく。

「じいさんの『お古』だ。」
「じいさん?」
「あぁ、よくわからん発明をしている。これは何処かの大学の研究室から、じいさんが貰ってきたものだ。」
「あ、そ」

それほど性能が良さそうなものでないことを確認すると、三上が振り返る。
『チビ不破』は、ベットの上にちょこんと座って、三上をじっと見ている。
もう、泣いていない。

「んだよ?」
「....」

不破が黙っているので、三上は近づくと、不破の横にどかりと腰掛けた。
ベットのスプリングが揺れて、不破の小さな身体が一緒に揺れた。
奇妙な沈黙が部屋に流れた。会話が途切れて、息苦しい。
三上がちらりと不破の顔を覗き込むと、不破の瞳は泣いた後なので少しだけ赤くなっている。
父親に脱がしかけられたシャツが少しはだけて、かぼそい両肩と鎖骨が見えている。

(なんか...オレがやばいことしたみてーじゃねぇかよ...)

「...ありがとう、三上。」
「ん?」

ようやく、不破が口を開いた。

「三上がいなかったら、大変なことになっていた。どうもありがとう、だ。」
「...」

素直に不破に感謝されて、三上は返事に困った。
人からけむたがられることはよくあるが、感謝されることはどちらかといえば少ないほうだ。
三上が返事をしないので、今度は不破が三上の顔を覗き込んできた。

白い肌。艶やかな口唇。まだ赤く潤んでいる瞳。

そこまで観察して、はっとして三上は後ろに退く。
これじゃあ...不破の親父と変わらない!?

「三上?」

ますます顔を近づけてくる。三上の頬が少しだけ上気してくる。
その時。

部屋の外からどたばたと足音が近づいてきた。
不破がその音に反応する。

「しまった!!もう一人いた!!」
「へっ?」

部屋のドアが勢い良く開いた。

「だいち!?」

部屋に入ってきたのは...その風体からして、多分『じいさん』らしい。
じいさんはベットの上にちょこんと座っている『チビ不破』を見つけると、歓声をあげた。
そして、「大陸の言ったとおりじゃ!」と叫ぶと、『チビ不破』に飛びついた。
正確に言えば、抱きついてそのままベットに『チビ不破』を押し倒したのだ。

「なんと可愛いらしい!!でかしたぞ!大陸!!」
「離せ!!じじぃ!!」

今度はじいさんに組み敷かれて『チビ不破』が大声で叫ぶ。また...泣き出した。

「おい!じいさん!!厭がってるじゃねーかよ!!」

じいさんを『チビ不破』から引き剥がすと、じいさんは「誰じゃ?」と怪訝そうに三上を睨み付けた。
この目つき...完璧、遺伝だな。
『チビ不破』は三上の背中にぴたりと張り付いて、三上の背後からじいさんのことを伺っている。
じいさんは「う〜む、確かに。大陸の言うとおり手強そうじゃな。」とぶつぶつ独り言を言い始めた。

(いー加減にしてくれ...)

三上が盛大に溜息を吐く。不破はそんな三上に気付かないらしい。
三上の背後から首に両腕を回して、抱きついてきた。ぎょっとする三上。

「でていけ、じいさん。」
「なんでじゃ?」
「大陸といい、じいさんといい、おまえ達と一緒だと落ち着かない。でていけ。」

じいさんは首を傾げ、可愛い孫が抱きついている男をじっと睨み付ける。
そして「この男は良いのか?」と聞いてきた。『チビ不破』はすかさず答える。

「三上は問題ない!おまえ達とは違う!!」

きっぱり言い切られて、三上は少しだけちくりと胸が痛んだ。

(違わねーかも...実は、違わねーかもよ?どうする?)

三上が眉間に皺をよせる。
なんでこんなことになったのか?
思い起こせば、渋沢がこいつのことを騒ぎ立てるから。
自然と自分も、不破のことを気にするようになった。
それでも、まだ何処か否定していた自分。
だが...観念した。白旗を振る三上。

(まいったね、こりゃどーも。)

ぼりぼりと頭を掻く三上。
三上の様子に、後ろから抱きついていた『チビ不破』が不思議そうな顔している。
じいさんは何か言いたそうにしていたが、『チビ不破』に睨まれて、むっとしながらも重たい足取りで部屋を出ていった。
足音が遠ざかると、『チビ不破』は、ひょいっとベットから飛び降りて、ドアの鍵を背伸びをしながらかけた。
ドアが開かなくなって安心したのか、『チビ不破』は戻ってくると、ベットの中に潜り込んできた。

「おい?」

三上が『チビ不破』に話しかける。
頭まですっぽりと被っていたタオルケットから、ひょっこり顔を覗かせると、『チビ不破』 は「眠くなった。」とぽつりと呟く。
そして、何を思ったのか、急に三上の右手を握ってきた。

「不破?」
「ほんの少しだけ...そばにいてくれないか?」

『チビ不破』はそれだけ言うと、あっさりと眠りについた。
不破の寝息が聞こえてくる。三上と自分の手を繋いだままで。
三上は腰掛けていたベットからずり落ちて床に座ると、右手を繋いだ状態で、頬杖をついた。
不破の寝顔は本当に気持ちよさそうだった。

――――― まいったねぇ...

空いている左手で、また頭をがしがしを掻く。

(そんなに安心してていいのかよ?自分で鍵までかけて...これじゃあ、何されても、合意の上とか、和姦ってことになるぜ?おい?)

三上の動揺など全く知らない不破は、可愛いらしい寝顔を三上に向けて、すやすや寝ている。
目のやり場に困りながらも、こんな小さな子供にどうこうする神経は持ち合わせていない 自分に、三上は内心ほっとする。
よかった、理性があって...渋沢だったら絶対忍耐できねーぞ?と苦笑いする三上。
オレは大丈夫だ、まだ...



心地よい風に頬を撫でられて、三上がはっとする。
窓が開いていたらしい。カーテンが微かに揺れている。

(眠ってたのか?此処は...あぁ、そうか、不破の部屋に...)

そこまで思い出して、ふと繋がれた右手に目を移す。

(...ん??)

『チビ不破』の手が...でかい?...いや、これは??
がばっと顔をあげると、見覚えのある瞳とかち合う。
いつもの、目つきの悪い不破。
言葉を無くした三上に、不破はベットに横たわりながら三上を見つめている。
そして、微かに笑った。

「夢ではなかったようだ。その証拠におまえが此処にいる。迷惑をかけたな、三上。」
「.....」

ぽかんとしている三上の頬を、不破の左手がそっと触れてくる。すると、

「いってぇ...」

不破が三上の頬を抓った。軽く抓っただけだが、三上が声をあげた。

「不破、おまえ...」
「お互い、眠っていたようだ。体の中が熱くなってきたので、目を覚ましたら、元に戻っ ていた。」
「.....」
「元に戻るクスリは必要なかったようだ。実質、2時間、というところだろうか?  クスリの量にもよるだろうが、元に戻るのに...ん?どうした?三上?」

三上が黙り込んでじーっと見ているので、不破が不思議そうな顔をした。
繋がったままの互いの右手が熱くなる。
不破は、その手をゆっくりとはずすと、ベットの上に起きあがった。
軽く背伸びをすると、首を左右に振って疲れをほぐす。

「三上?」

まだ、黙ったままの三上に、不破が今度は怪訝そうな顔になる。
「何を黙って...」言いかけたその時、不破はベットに押さえつけられた。

「三上!?」

三上に上から押さえつけられて、不破の身体は自由がきかない。
ぱちくりと目を開く不破の耳元に、ややドスの効いた声が聞こえてきた。

「てめぇ...余計なことに人を巻き込みやがって...」
「三上...」
「てめぇのせいで、今日の予定は全部パァになっちまったろーが!!」
「...すまん...」
「どーしてくれんだよ!!」
「.....」

今度は、不破の方が黙り込んでしまった。
今更どうしようもないが、しかし、三上の怒り(?)は収まるように思えない。
どうしたものか?不破が考え込んでいると...

「責任とってもらおーかぁ?」
「ん?」

責任とは...不破が考察モードに入ろうとした瞬間、視界から三上の姿が消えた。

「えっ?」

消えたような気がしただけで、実際に三上は消えていない。
消えていないが...不破は首筋に何かが押し当てられていることに気がついた。

「な...に?」

押し当てられているものが、ゆっくりと首筋から鎖骨へと移動していく。
この感覚...まさか!?

「いやだ!三上!何をする!?」

押し当てられているものが三上の口唇であることが分かると、不破は身を捩って抵抗を始 めた。
だが、三上に押さえつけられた身体は、元の大きさに戻ったはずなのに、三上を跳ね返す ことが出来ない。
それほど、三上の力は不破よりも強いのだ。悔しくなって涙が滲んできた。

「でかくなっても泣き虫は変わってねーんだな。」

耳元でクスリと笑い声がした。三上が顔をあげた。
見下ろしてくる三上の顔を、ぎりっと睨む。だが、潤んだ瞳では全く効果がない。
三上はまた笑うと、不破の身体を解放してやった。
押さえつけられていた圧迫感がふい消えて、不破の身体はかえって脱力した。
三上は立ち上がると、くるりと背中を向けて、頭をがしがし掻いた。

「せっかく、信頼ってぇの?されてるみてーだから、大人しくしてようと思ったんだけど よ...」
「三上?」

三上は不破に背中越しに顔だけをこちらへ向けると、「この家にいるとヘンなビョーキが 移るみたいだぜ」そう言ってまた笑った。
「ヘンなビョーキ?」不破がちょっと考え込む。そして、すぐに気がつく。先程の父親と じいさんの行動。なるほど。そうか。
不破はベットから起きあがると、ポンと手を叩いた。その様子に、三上がまた笑った。

「緊張感のねぇヤツ。」
「それは...やはり三上だからだろう?」
「あん?」
「三上だから...」

不破が俯いた。前髪が顔にかかって不破の表情がよく見えない。僅かに見える首筋と頬が 紅くなっているように思える。
三上は軽く息を吐くと「そろそろ帰る」と口を開きかけた。だが一呼吸、不破の方が三上 より早かった。

「渋沢が...三上のことをよく話すのだ。」
「へっ?」
「三上は、口は悪いが信用に足りるヤツだと。渋沢がよく言うから...」
「...」
「オレは三上のことは渋沢から聞いているだけだったが、それでも、今日、三上に助けら れて、渋沢の言うことは本当なんだと思った。」
「不破?」
「三上は...三上なら信頼できる。」

俯いていた不破が、顔をあげて三上を見つめてくる。
睨み合いではない。不破の瞳は、しっかりと三上を見つめている。


一瞬、部屋の空気が、時間が止まってしまったような感覚に襲われる。
だが、その時、夏の風が窓から吹き込んできた。カーテンを微かに揺らしている。
三上がほっと息を吐く。何か言おうとして、口を開きかけた瞬間だった。

――――― どん!

背中に衝撃があった。それほど強くはないが、何が当たったのか?三上は振り返った。
そこにいたのは...

「不破?」

ベットから抜け出した不破が、三上の背中にしがみついていた。
瞠目する三上の耳に、微かな声が聞こえてきた。

「.....いけ..」
「ん?」

不破は、三上の背中に顔を押しつけている。不破が喋っているのだろうが、どんな表情を しているのか全く見えない。
「何だよ?」聞き返す三上。不破の肩が微かに震えている。その震えが、三上の背中にも 伝わってくる。

「おい?」
「...っていけ...」
「あん?」
「だから...責任をとって行け!!」
「!!」

責任をとって行け、だと?三上はぽかんと口を開いた。何を言っているのか?不破は。
三上が聞き返そうとして、不破の身体を引き離そうとするが、不破は頭を振って三上の背 中から離れない。

「おい!?」
「見るな!!」
「は?」
「顔を見るな...ハズカシイ...」

不破のこの一言で、三上は化石化した。ハズカシイだと?つまり、それは、その...。
不破の震えが次第に強くなってくる。三上にしがみついている指先が白くなってきた。
ようやく、状況を飲み込めた三上は、ふいに...笑った。

「無理すんじゃねーよ。」と三上。
「無理などしていない!」と不破も即答だ。

三上はまた笑うと、しがみついている不破の指をそっと剥がしてやる。
不破は俯いたまま、顔をあげない。多分、その顔は...
三上は不破の方に向き直ると、くいっと不破の顎を右手で持ち上げた。
思ったとおりだった。

「また泣いてんのかよ、おい?」

予想どおりの泣き顔に、三上は満足げな顔をした。
不破は「泣いてなどいない!」と、口唇を噛みしめている。
三上は苦笑すると、不破の口唇に軽く自分の口唇を押し当てる。
不破の見開かれた瞳から、また涙がこぼれ落ちる。

「泣くんじゃねーよ。」
「.....」
「これからもっと泣くんだから、よ。」
「えっ?」
「誘ったのはおまえの方からだぜ?」
「.....」
「もっとも、オレとしちゃあ大歓迎ってところだけどよ?」
「三上?」
「まいったな...このオレ様が...」


――――― 完璧に落とされた


(中略)





「だいちぃ〜!!出来たぞ!!」

けたたましく廊下を走ってきた大陸は、愛息の部屋の前で急ブレーキをかけた。
そして、部屋のドアをあけようとしたが、鍵がかかっていて開かないことに気がつく。

「???」

首を傾げる大陸。まさか...?
大陸の後から、じいさんと母親の乙女も走ってきた。

「お父さん!待って!元に戻す前に私にも可愛い『だいちゃん』を見せて下さいよ!」

息せき切って走ってきた二人は、大陸が何やら険しい表情をしていることに気がつく。

「どうしたんじゃ?」

じいさんも怪訝そうな顔になる。

「部屋に鍵がかかっている。」
「何?」「えっ?」

大陸とじいさんが、顔を見合わせる。確か、あの『三上』という男は帰った気配がない。
だとすれば、愛息の部屋の中にいるはず。ということは...

「だいちぃ〜!!」

大陸が部屋のドアに体当たりをする。だが、頑丈な鉄製(らしい?)ドアはそう簡単に開 かない。
今度はじいさんが、何処から持ち出してきたのか、金属バットでドアをガンガン叩き出す。
しかし、全く歯が立たない。

「ちょっと何しているんですか?」

その二人の様子に、乙女が呆れたように言う。

「だいちゃんの部屋の鍵ならここにありますわ。」
「おおっ!どうして、それを!?だいちの部屋の鍵は誰も持っていないはずだが!?」
「お父さん達には渡せませんから。」
「なに?」
「大切なだいちゃんをお父さん達に傷つけられたら大変ですから。私がこっそり預かって たんです。」
「う〜む。」
「さ、どいて下さい。」

乙女は難無く部屋のドアを開ける。
三人が部屋の中に入ると、そこにはベットにぐっすり眠る愛息の姿があった。

「あら?いつもどおりじゃありませんか?」
「いや、そんなはずは...」

愛息を小さな身体にした聞いていた乙女は、「夢でもみたんですか?」と信じてくれない。
首を捻る大陸とじいさん。

「おかしい...」
「え?」
「あの『三上』という男もいない。」
「だいちゃんのお友達ですか?そうですね、帰ったのかしら?」

ふと、乙女は部屋の片隅置かれたカゴに気がつく。
いつも洗濯物がはいっているカゴだ。
愛息は留守がちな母親をあてにせず、いつも自分で洗濯をしている。
あーでもないこーでもないと言っている大陸とじいさんに気づかれないように、そっと乙 女はカゴの中を覗き込んでみる。
部活の練習着にしわくちゃになった制服。その下に隠すように、キチンと畳まれたシーツ。
乙女の眉がぴくりとする。
まだごちゃごちゃ言っている二人の横をすり抜けて、乙女は愛息の寝顔を覗き込む。
可愛らしい寝顔だった。
乙女が行動に気がついた二人も、同じように愛息の寝顔を覗き込んでくる。
でれっとする二人に、乙女は交互に肘鉄を食らわして、部屋をでるように二人を促す。
渋々、部屋を出ていく二人を見送って、乙女はもう一度、愛息の寝顔を見つめる。
そして、軽く溜息を吐いた。

乙女は思い出していた。
先程、家の近くですれ違った少年のことを。
そう、多分、彼ね。
大人びた雰囲気のある少年だった。
けれども、どこかしら嬉しそうに歩いていた。
すれ違った時、彼のことをふと振り返ってしまったのは...愛息の匂いがしたから。
なるほど。そういうことね。
乙女が一人納得していると、大陸とじいさんがまた部屋を覗き込んできた。
仕方なく乙女も部屋からでると、部屋に鍵をかけた。
お疲れであろう愛息をぐっすり眠らせてあげるために。

「さぁてっと!今夜はお赤飯ね!」

乙女はふふっと一人で笑った。
その様子に、大陸とじいさんはまたしても首を捻る。
そんな二人の背中を押して、部屋から離れるように仕向ける。

ゆっくり眠らせてあげましょう。
何しろ、可愛い息子が『大人』になったのだから。
でも...泣かせたら承知しないわよ。
心の中で拳を握りしめる乙女。

意外とナキムシだから、ね。


Fin(力尽きた...)




あとがき

うわ!ついに書いてしまいました!三不破です!!
三上が落とされるところまでは一気に書いたのですが、後半エラク時間がかかりました。
乙女さん出るところは、全部書き直したし!
最初では、乙女さん、いきなりバズーカ砲もどきで部屋のドア壊しちゃったりして、収拾 がつかなくなったので、全て書き直しました。
偽不破と偽三上で、読み返すとなんだか、もう...(滝汗)
こんな拙い作品を最後まで読んで下さって、どうもありがとうごさいました


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