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ただ歩いていただけなのに、突然襲ってきた激しい痛み。 今までに経験した事のない痛みに 意識は薄れていって ・・・気が付いたのは病院の白いベッドの上だった ホタル 「行ってくる。」 午前七時前、部活の朝練の為 家を出ようとする。家の者から返ってくる小さな言葉は、もう聞き慣れたものである。鋭い目線と 微かに開けられた口。そんな表情で見送られる毎日。 最初に倒れたのは幼稚園の時。走っていたわけでもなければ 遊んでいたわけでもなく、ただ歩いていただけ急に心臓に激痛が走り、病院に担ぎ込まれた。 精密検査の結果、俺の心臓には欠陥があることが解った。 それ以来、両親の過保護ぶりには言葉では言い尽くせないほどだった。小学校に入学した時から人とあまり接せず、いつもはとこの京介と室内で過ごしていた。両親が仕事の方が忙しく、一番世話をかけたのは京介だったと思う。 人とあまり接しなかったせいか、人間らしい感情も薄く、不安や寂しさというものも特には感じなかった。それでも、京介が傍に居てくれたから、この病気に負けず親の言う通りにおとなしく生きてこれた。小学四年生くらいからは京介に医学も教わっていった。そんな中で、俺は何度か発作を起こし病院に担ぎ込まれた。そして、小学六年生の卒業を間近にした冬に、大きな発作を起こしてしばらく意識が戻らなかった。 告げられた無情な宣告。 『次に大きな発作が起きたら、もう助からないと思ってください。』 泣き崩れる両親と、その横で静かに涙を流していた京介の顔を今でも鮮明に覚えている。聞かされていない言葉の予想がついた。そんな無表情の俺の前に跪いて京介は言った。 『俺が医者になって治してやる』 悲しいと思うべきなのだろうか...嬉しいと思うべきなのだろうか どんな感情を持っていいか解らない俺は、ただしがみついてくる京介の髪に手を添えていた。 その時に覚えた一つの感情。 『京介に泣いて欲しくない』 だから、少し持ちかけていた欲望も全て捨てた。 しかし、中学二年の初夏。俺は初めて京介に我侭を言った。 「サッカー部に入りたい。」 理由を述べれば両親と京介に更に猛反対された。河川敷で見た初めての笑顔に惹かれ、風祭に、他人に、初めて興味を持った。説得されても諦めようとしない俺に、京介は医者の言葉を聞かせてくれた。それでも俺はサッカー部に入ると言い続けた。自分がこんなに強欲だったとは思いもしなかった。 そこで俺は二度目の京介の涙を目にした。そこで京介が発した言葉は「諦めろ」の言葉ではなかった。 『頼む・・俺の前から居なくならないでくれ・・・』 京介の笑顔の為にサッカー部を諦めようとする俺の心と、いつ終わりが来るかわからないのなら、尚更自分の思うようにしたいと願う俺の心。二つの平行線が交わる筈なんて無い。結局、「大地の人生なのだから」と泣きじゃくる両親の言葉に、俺はサッカー部に入部した。 それでも、合宿や試合等の話と彼の痩せて細くなってしまった腰や筋肉のついた手足を見て、心配を抑えきれなくなった京介は、キャプテンである同級生に話をした。その状態を知った水野は驚き、そして責任を感じて不破に話しかけた。何か良いたそうな態度の彼に、不破は水野が知って欲しくない事実を知ってしまったことを感じ取る。 「別に構わんぞ。俺はお前に迷惑をかけるつもりは無い。」 グローブをキュッと絞めてフィールドに戻ろうとする不破のか細い手を水野の手が掴んだ。 「・・・やめる気は、ない、んだな?」 一言一言を区切るように、念を押すような水野の言葉に、深く頷く。 「わかった。但し、俺が言う事はちゃんと聞け。個人メニューも作るから、それ以外はやるな。」 彼は自分の主治医と会い、何に気をつければいいか等という事を相談して、メニューを組んでくれた。今まで黙って彼の世話になっていたが、知らずにいて自分の死に関与してしまった場合と、知っていて関与してしまった場合では、後者の方が罪悪感が強いのではないだろうか? 「水野・・・、もういいぞ。」 「何故だ?」 「もしもの時、お前に嫌な思いをさせてしまうだろう・・・?」 ふぅっと一つ溜息をついてから、彼は言った。 「前にも確認したが、お前はサッカーを止める気はないんだろう?」 「あぁ。」 「なら。俺がお前から手を引いた後に何も考えずに無茶をしてお前が死んでしまったら、きっと後悔する。『何でちゃんと面倒を見てやらなかったんだ』てな。」 瞳を伏せる不破。風がしっとりした黒髪を揺らす。 「俺が面倒を見ている時にお前が発作を起こしてしまっても、俺は後悔しない。誓うよ。」 その言葉を信じたわけではないけれど。責任を感じないわけがないと解っているけれど。 そう言って貰い、不破は肩の力が抜けるのを感じた。 そうして水野に精神的に依存するようになって一週間も経たない頃に。 本当に心臓が止まるかと思うほどの衝撃が彼を襲った。 「不破が好きやねん。」 部室でいきなり告げられたその言葉に、耳を疑った俺だけれども。 目の前に立つ佐藤成樹の見た事もない表情に、聞き間違いではなかったことを悟る。 「・・・佐藤、・・・・悪い・・!」 スマン、と荷物を掴み取ると走ってその場を逃げるように去った。いや、逃げた。 入部したのは風祭の笑顔に惹かれてだったが、今は別のものに惹かれている。 彼のGKのセンスだけではない。彼の寛大な心に、全てに惹かれていた。 そして、いつしかアイツを追いかけるために努力してきた。 告白が嬉しくないわけじゃない。 けれど 心臓がドキドキする。どんなハードな練習をした後より、どんな緊張する大切な試合の前より。動悸が激しい。 本当に心臓が止まってしまいそうなほどに。だから。嬉しいけれど、応えられない。悲しいけれど、傍には居られない。 不破とシゲの間にそんな微妙な空気が流れていることなど知るはずもなく。水野は保護者のように常に不破に寄り添っていた。部活中も部活以外の自主練の時間も。 「前まで水野ってさ、不破の事苦手とか言ってたけど、最近はスゲー仲良いよなぁ。」 「不破先輩も水野先輩に頼ってる感じですもんね。」 部室の隅でこんな会話が繰り広げられる。 「でも、不破君にとっても水野君にとっても良い事なんじゃないかな。」 そんな高井と野呂に笑顔で答える風祭の言葉が、シゲの脳を刺激する。不破に拒まれて以来、水野と不破の距離が縮まるのを歯痒い思いで見ていた。そもそもずっと秘めていた想いを打ち明けたのも、親しそうに振舞う不破と水野の関係に焦りを感じたからだ。抑えようとしても、どうしても水野への態度が冷たくなり、試合中のパスも荒くなる。 「タツボン。お前一体どういうつもりや。」 「唐突になんだ?シゲ。」 部活中の休憩時間。ずっと傍にいた不破が水飲み場に消えて一人になった水野に、シゲが絡む。 「お前はいつからマネージャーになりよってん。キャプテンのお前が己の練習もせんと他様の世話ばっか焼いて。」 シゲが何にそんなにイラついているのかが、水野には理解できない。 「マネージャーね。そう言われているのは知っているが、シゲから言われるとは思わなかったな。」 微笑で受け流そうとする水野に、更に絡むシゲ。 「他人かまけとう暇あるんやったら、チームワーク深める為にどないかしたらどうや。」 今チームワークを乱しているのは自分と知っているけれど。その表情に。シゲが何かに苦しんでいるのはわかる。でも、それが何なのかは水野にはまだわからない。シゲの背中を見つめながら不破の事を考える。 「水野君。今の水野君、シゲさんにちょっと酷いんじゃないかな。」 「風祭。」 酷いと言われても原因らしい原因がわからない。ましてやそれが自分にあるとは思いもしなかった。 「シゲ・・何かあったのか?」 その一言に風祭は驚いて水野の顔を見上げた。 「水野君、知らないの?」 「何をだ・・・?」 「・・・実は、シゲさん振られたんだ。不破君に。」 「・・・振られたってことは、前提として告白したってことか?」 「うん・・。」 この際同性愛等というものにツッコミはない。寧ろ意外だったのは、そのシゲを不破が拒んだことである。不破はシゲに憧れているはずだ。それだけではない、シゲと同じ様な感情も持っていたように思える。 「おかしいよね?不破君、シゲさんの事好きだと思うのに・・。」 自分の意見に相槌を打つ風祭の姿と、ゴールポストに寄りかかっている不破を交互に見た。 「聞きたいことがあるんだが、いいか?」 「あぁ。」 何だ?という返事を無視して言葉を続ける。 「シゲに告白されたんだって?」 「 ! ・・・・・・・・・・・。」 「何故、拒絶したんだ?」 あの後、考察少年の不破を観察して出した結論。不破のシゲへの思いは変わっていない。むしろ、強くなっているようにも思える。シゲにとって死角になる場所から彼を見つめる不破の瞳は、見ているこちらが切なくなるほどで。不破はシゲを想っている。シゲも変わらず不破を想っている。 なのに何故だ? 「迷惑を・・かけたくない・・・。」 「好きなのか、シゲのこと。」 「・・・・・・・。」 「だから拒んだのか?」 「欠陥品だってわかってるのに、売りつけるわけにはいかないだろう。」 「不破。」 苦笑いする彼を、名前を呼んで落ち着かせる。 「佐藤と居ると、心臓が高鳴るんだ。」 「あぁ。」 「傍にいるだけでこうなるのに、もっと近付いたら、きっともっとドキドキする。」 「あぁ。」 「もし、アイツと一緒にいる時に・・・発作が起きてしまえば、きっとアイツは責任を感じてしまう。」 「・・・まぁな、」 それまで俯いていた不破が真っ直ぐに水野を見詰める。吸い込まれそうだ・・・。水野は目を逸らさずに、いや、逸らせずにその瞳を見返した。 「お前は・・・本当に後悔しないのか?」 思い詰めている彼。一人で考え込むのが癖だから。責任感が強いから。この気持ちに気付かれてはいけない。 「しないよ。約束しただろ?」 そう言って肩に手を置いてやると、彼は安心したように息を吐いた。 ☆ ―――――――――― ☆ NEXT |