duet




白亜の館、その正門を回った小さな出入り口。
その青年はもう一度服を正し、楽譜の入った鞄を持ち直すと意を決したようにその戸を開けた。

(早く来すぎただろうか)

思うまでもなく、日はまだ沈まずこの洋館―――鹿鳴館には人の影はない。
呼ばれた時間よりも早く、まして舞踏会の始まる夜までは何時間とあるのだ。

絨毯の敷かれた廊下を革靴で歩く、その感触も未だ慣れない。
明治維新、文明開化の証だと騒がれた建設当初。
只欧州の勢力に押されている―――そうとれなくもない。

彼は名を渋沢克郎と言う。位は中ほどの華族の息子で、父親の趣味のついででピアノを嗜んでいる。
それを嫌だと思ったことはないから、どうやら馬が合ったらしい。そうしてかれこれ十年を数える。
そんな彼は今日、初めて鹿鳴館に足を踏み入れた。

「夜会で音楽を担当する楽団のピアニストが急病になったので、代理として来て欲しい」

そう雨宮と言う男(鹿鳴館の楽団を統括していると聞いた)に呼ばれたのだ。

鹿鳴館は広い。おまけに彼の家とは違うまさに、といった洋風作りだ。
まさかこんな時間に誰か上流の御人に出くわすこともないだろう。

「・・・・少し、歩いてみるか」

夜会で迷ったら大変だから。
理屈と、そして少しの好奇心とを持って渋沢は歩き始めた。

好奇心が、彼と渋沢を引き合わせた。

一階の階段を上り、二階の大広間への扉を探す。

――――と、

「・・・・ヴァイオリン?」

弦楽器の細い音、高い声部。
壁を隔てて流れてくる。

「こんな時間に誰が・・・」

見回しても、当然ながら(廊下で奏でるものはいるまい)姿はなく。
舞踏室の扉(夜会には開放されるのであろうが今は閉ざされている)が幾つかあるばかり。
音はそのもっと向こうから聞こえてくる。

「一番奥から、か?」

引きつけられるように、向かった。

一番奥の扉、おそらく此処が大広間だろう。
この向こうから聞こえてくる、音。
渋沢はピアノ以外の楽器はよくわからなかったが、それでもわかる綺麗な音だ。

音自体が澄んでいる―――

迷う事無く(正確には無意識、誘われるままに)扉を開けた。



さあっと穏やかな風が舞い、

薄暗い廊下の空気を、

入れさせまいとするかのように

吹き抜け、

只一つ、

開け放たれた窓からの光が、

彼を彼の音を、

包み込んで愛しむように



ふと途切れる、音

「・・・・誰だ」

奏でる音のように、玲瓏と

「・・・・・・あ」

光に埋もれた相手を、すぐには正視出来ずに。
光の中から射す、更に強い二つの光
自分を見る彼を、呆然と見つめて

彼が再び口を開く。

「雨宮が言っていた、代理のピアニストか?」
「あ・・・・・ああ」

やっと、言語中枢が機能を取り戻す。
彼は弓を下ろし、肩からヴァイオリンを下ろすとこちらへ歩み寄り、軽く(本当に軽く)頭を下げた。

「此処の夜会でヴァイオリンを弾いている、不破大地だ」
「あ、渋沢克郎です。よろしく」

敬語を使う渋沢に、不破は不思議そうに首を傾げ。

「・・・・笠井より年長だと聞いているが?」

笠井とは渋沢が呼ばれるきっかけになった、現在療養中のピアニストだ。

「確かに」
「俺と笠井は同い年。よって、お前は俺よりも年長だろう。敬語は不要だ」

無表情で言って不破は渋沢の鞄を見やる。

「楽譜を」
「え?」
「楽譜を持ってきているのか?」
「ああ・・・そうだよ。独奏のだけど」
「弾いてみてはくれないだろうか」
「・・・」
「夜会の前に、お前の音を知りたい」

促されるまま、ピアノの前に座る。

「どんな曲を?」
「何でもいい」

じゃあ、と言って取り出す、古びた楽譜。

「『無言歌』を」

「無言歌」とは読んで字の如し、
歌詞の無いピアノ曲。
手をあげキイを叩き始める、自分の指に
かつて無いほどの緊張が走る

数ある無言歌の中から選んだのは「二重奏」。

不破がそれまで奏でていた空間に、違和感無く入り込める曲は―――
これしか無い、そう思った。

漣の様なアルペジオに、重なる二つの声部

後ろから楽譜と渋沢の指を交互に見つめていた不破が、ついと動いた。
ぷつり、途切れる音。

「どうした?続けてくれ」

手元を見ず、驚いて振り返った渋沢を上目遣いに見ながら。

「君は・・・」

言葉は飲み込んで、再び鍵盤に向かう。
柔らかに重なる二つの楽器
歌詞があったのなら女性が歌うのであろう右手で紡ぐ高い声部を。
ヴァイオリンがなぞっていく。

弓と弦の幾つかの交わり方から生み出される、音
その音に違いは無い、はずなのに。
彼の音は―――

「・・・・驚いたよ」
「何がだ」
「君はこの曲を見たことがあるのかい?」
「いや」

初めてだ、そう事も無げに言う不破を信じられないと言った風に見る。

「一度見ればまあ大体の曲は弾くことができる」
「それにしたって・・・・」

言い募る渋沢に不破はふ、と息をつき。

「俺には、これしか無い、からな」

一瞬だけ、それまで全くの無表情だった不破の顔に

・・・それは

「ああ、此処に居ましたか」
「雨宮」

渋沢の入ってきたドアを開け、彼を呼び出した張本人が入ってきた。
いつの間にか約束の時間になっていたらしい。

「こんにちは渋沢君。雨宮です」
「渋沢です」

それまでの余韻あってか、どことなく他人事のような気持ちで挨拶をかわす。

「もう練習ですか?不破君、彼に自己紹介は?」
「・・・・名前は言った。楽器を持っていたし必要ないと思ったのだが」

やっぱり、と雨宮は軽く笑った。

「駄目ですよ、これから組んで演奏していくんですから。渋沢君、彼は不破君。ウチの花形ですよ。
外国の使節の方々にも彼のヴァイオリンを好きな方は多い」

まるで自分の事のように誇る。
不破は相変わらずに無表情だが。

「外国語にも堪能です。そうだ渋沢君、君も何か外国の言葉、話せますよね?」

これは質問ではなく、確認。
日本の近代化・欧風化を各国の要人に広めるための鹿鳴館。
そこに居る人間が日本語しか話せないのは始末が悪い、ということらしい。

「ええ、多少」
「よろしい。では・・・・」
「雨宮」

痺れを切らしたように不破が声を掛けた。

「良いのか?皆もう集まっているだろう」
「ああ・・・・そうだ。それでは行こうか」

かつりと靴が音を鳴らしたのに気づき、やはり舞踏室に絨毯は敷かないんだな、と。
今更のように思った。






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※麻生様からのコメント※


私は大嘘つきです。
鹿鳴館で弦楽が演奏されたという記録は全くなく。
主にブラスバンドの類だったそうです。
おまけにそれを演奏していたのは、宮内庁の方々や軍隊の楽隊だった。
しかも笠井君病気だしキャプテンピアノ弾いてるし!!なぜか雨宮先生が出てるし!!
でも。でもでもでもっ!!(何だ・・・)
気の向くまま、書いてしまいました「時代渋不破イン鹿鳴館」。
ごめんなさい・・・・・・。



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遂にお1人様ご案内です!時代渋不破祭り!わっしょい。
鹿鳴館DE渋不破!
この雰囲気、めっちゃめちゃ好きですー♪何て言うか…セピア色?みたいな雰囲気♪
不謹慎ながら怪我をしたピアノ伴奏者の笠井君にお礼を言いたい気分です。
ありがとう、笠井君…自分の出番を削ってまで彼らを引き合わせてくれて!

―始まりは偶然…そしてここからはじまる、二人のラブストーリー…
企画へのご参加ありがとうございましたー☆>


ぷちぷち一号より。



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ぷちぷち様主催の企画にて、GETさせて頂きました、麻生さまの作品でございますっ!
麗しい二人の情景が、まるで一枚の名画のように描写されていて...すんばらしいっす!!
本当に、本当にありがとうございました。

date:2002.09.02(Mon)


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