青い空を白い雲がかけていった




「かずいっ〜!かずいってばぁ!!」

コヤタが元気よく走ってきた。

「はい、はい、何ですか?」

日陰のベンチで、本を読んでいた奥森かずいは、顔をあげた。

「ねぇ〜、ノド乾いた。ジュース買ってぇ〜!」
「さっき、お店でLLサイズのジュースを飲んだばかりではありませんか。ジュースの飲み過ぎはお腹を壊してしまいますよ。」
「だって、今日はすっごく暑いんだもの。お日様にあたってると、ひからびちゃうよ。」

まったく、この子は...、かずいは、コヤタの口調に苦笑いをした。
しかし、コヤタの言うとおり、今日は6月にしては、珍しく天気が良い。
天気予報で梅雨入り宣言されたというのに、今日はよく晴れ上がったさわやかな天気である。
真っ青な空に、ぽっかりと白い雲が浮かんでいて、心地よい風が、時折吹いてくる。公園で遊ぶには、絶好の日和である。

「ねぇ〜ジュースゥ!!」
「はいはい、仕方ないですね。」

ジュースを買うのに、適当な小銭が無かったので、かずいは、紙幣を一枚渡した。

「おつりを忘れずに持ってくるのですよ。」
「はぁ〜い!」

コヤタはまた元気よく、ジュースの自動販売機まで走っていった。

「え〜っと、あっ、これにしよ♪」

コヤタは、ジュースとおつりを持って、かずいのところに戻ろうとしたが...、派手に転んでしまった。

「う〜ぇぇん!いたいよぅ!!」

あ〜あ、やってしまった。コヤタの泣き声に、かずいは、やれやれといった表情で、立ち上がった。
かずいがコヤタに近づく前に、通りすがりの若い男が、コヤタに手を貸そうとした。

「大丈夫?きみ??一人で立てる?」

コヤタがびっくりして、男を見上げた。コヤタの泣き顔が可笑しかったのか、男は苦笑しながら、あたり一面、派手にちらばったジュースや小銭を拾い集めてくれた。コヤタもよろよろしながら、自力で立ち上がった。

「はい、これで全部かな?」
「あの...どうも、すみません。」

コヤタでなく、かずいが受け取りながら、男に礼を言った。しっかり、コヤタはかずいのうしろに隠れてしまったからだ。受け取るとき初めて、正面から男の顔を見た。

(...あっ...)

『彼』だ。雰囲気があまりにも違っていたので、かずいはすぐに気が付かなかった。だが、確かにあの『彼』だった。
『彼』の方も、びっくりしたようにかずいを見つめた。

(...まさか...思い出した?)

一瞬、かずいもドキリとしたが、その時、少し離れたところから

「奥森!奥森じゃないか!?」
「門田先輩!」

呼びかけてきたのは、かずいと医大学時代から付き合いのある、門田だった。門田の、いつもの印象は、やり手で優秀な医者といったイメージがあったが、今日の門田は、ラフなスタイルで、和やかなイメージだった。

「偶然ですね...あっ...」

かずいは、志郎に方に振り返った。志郎は、ますます驚いた顔をして、今度は、志郎が門田に問い掛けた。

「門田先輩のお知り合いですか?」
「あっ...ああ、大学の後輩だよ。」
「じゃあ、医学部?...だからかぁ...」

志郎はかずいをみると、かずいの方が照れてしまうほど、奇麗な笑顔を見せてくれた。

「あんまり背が高いので、びっくりしちゃいました。でもどこかで見たことあるような気がしたので...僕も門田先輩とは学科が違いますけど、同じ大学出身ですので、きっとどこかでお会いしているのでしょうね。」

やはり、志郎はかずいのことを覚えていない。もしや、記憶を取り戻したのでは、と一瞬危惧したが、取り越し苦労だった。門田も内心ホっとしているようだった。門田も、かずいとの再会が、志郎にあの悪夢を思い出させるのでは、と思ったからだ。

「奥森さん...ですか?どちらの病院にいられるのですか?」

志郎は、かずいや門田の心配に全く気が付いていない。以前の彼からは信じられないような、とてもいい表情をしている。かずいは、立ち直ったあとの志郎とは会っていなかったので、志郎の笑顔や何気ない仕種がとても新鮮に感じられた。

「いえ、私は個人の病院ですので...」
「ご自分の...ですか?」

志郎は、また少し驚いた表情をした。

「ご自分の病院をお持ちだなんて、何だかスゴイような気がします。」
「こいつは、昔から一人の患者に時間をかけるタイプの医者でね、俺には到底マネできない凄いヤツだよ。」

門田が口を挟んできた。志郎がかずいに興味を示したのが、心配になってきたらしい。志郎を促すように、

「じゃあ、またな奥森。」

この場を早々に立ち去ろうとした。しかし、志郎は、じっと、かずいの顔を見詰めていた。

「...奥森かずい...先生?奥森医院の...」

門田は、志郎が何か思い出しそうな気配に、ギクリとした。

「あれっ?ヘンだな...どこかで...」

バラバラになったジクソーパズルのピースが、2、3個つながれたようだった。このままで、かずいが消した忌まわしい彼の記憶が、戻るかもしれない。

「さっ、志郎、行こう。またな、奥森。」

門田は、志郎を引っ張るように促して歩き出した。

「あっ...では、また...失礼します。」

門田に引っ張られながらも、志郎は、かずいとコヤタに、これまた奇麗としかいいようのない笑顔で挨拶をし、立ち去っていった。かずいも軽く会釈をしながら、内心ホっとしたような顔した。かずいが消した記憶は、そう簡単には戻らない。しかし、同じ経験や、強烈に残っている何か...出来事や人物に接触したとき、戻る可能性は大きいのだ。

二人の後ろ姿を見送っていたかずいに、コヤタがこっそり話し掛けてきた。

「あの人の記憶、消してあげたでしょ?」

かずいは、コヤタに志郎から受け取ったジュースを渡しながら、

「どうして分かるのです?」

と、反対に聞き返した。コヤタは、にっこりしながら、

「だってねぇ、かずいが記憶消してあげた人は、みんな幸せそうな顔してるもの。」

コヤタの暖かい言葉に、かずいの目がふと緩んだ。




―――――真っ青な空に白い雲がかけていく、清々しい6月の景色の中の...出来事だった。






date:2001.02.13

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