「『すのぼ』とやらを、やってみたいのだ!」
「なにっ?」

週末の金曜日、突然、京弥から電話がかかってきた。何に影響されたのか(某CMか??)、『スノボ』をやりたいから付き合え!、といった内容の電話であった。大地は、軽い目眩を感じた。

「おい」
「あしたのあさ、ろくじに、むかえのくるまを、きょうすけがよういしてくれたから、それにのるのだぞ!」
「おい!、オレの話を聞けっ!」
「ではな、だいち!、たのしみだ!!」
「こらっ...!」

がっちゃん...大地に言い返すヒマを与えず、京弥は無造作に電話を切った。ツーツーと聞こえてくる音に、苛立つ気力も失せて、大地は盛大な溜息を吐きながら、受話器を置いた。またしても、お子ちゃまの我が侭に付き合わされるのかと。

「どうしたの、大ちゃん?」

乙女がキッチンから、大地の背中に話しかけてきた。

「あぁ、また京弥の我が侭だ」
「えっ?、今度は何?」

くるりと乙女の方に振り返り、大地はまた溜息を漏らした。

「明日、スノボに付き合えと言うのだ」
「あらら、スノボって...大ちゃん、やったことないじゃない?」

スキーならば、学校のスキー教室で経験はあるが、スノボは全くの素人だ。しかし、運動神経抜群の大地である。スキーも初めてだったが、あっという間に滑れるようになって、スキー教室が終わる頃には、ゲレンデの最上級コースを滑走してきたほどだった。上達のスピードが異常に早い、さすが、クラッシャーと異名をとるはずである。

しかし。

「人の都合も聞かずに、京弥のヤツ」
「いいじゃない。たまには、『白銀のゲレンデ』...も悪くはないんじゃない?」

乙女はにこにこ笑いながら、「けど、せっかく行くなら『彼女』と一緒の方がいいわよねぇ」と付け加えた。その台詞に、大地がぎろりと睨むと、乙女は首をひっこめて、くすくす笑った。愛息に『彼女』がいないことを知っていて、わざと言ったのである。要するに、ちょっと意地悪を言ってみただけだ。だが、乙女としては、出来れば、否、本当は可愛い彼女を連れてきてほしいと思っている。何故ならば...愛息を我がものにしようとしている、しょーもない連中の存在を知っているからである。人から好かれるのは悪いことではないが、母親としては、大変複雑な心境なのだ、実は。

「でも、ウェアはどうしようかしら?」

乙女は現実に戻って、気がついた。スキー教室は小学校6年生の時だ。あのウェアは、すでに小さくなってしまっているハズ。

「レンタルで十分だ」

愛息は素っ気なく答えた、しかし。

「え〜っ!、それはそうだけど、でも、レンタルのウェアって格好悪いのが多いのよねぇ」
「別に、京弥の付き合いで行くのだから、何でも良い」
「う〜ん...あっ、そうだ!、これからお店に行きましょ!」
「ん?」
「まだ、お店開いてるから、ねっ?」
「わざわざ...」
「そーんなこと言わないのっ!、せっかくスキー...ううん、スノボに行くんだから!!」

乙女は、ぐいぐいと大地の腕を引っぱって、店に連れていこうとする。やはり母親、可愛い息子には、それなりの支度をさせたいのである。これが愛娘ならば、母親として気合いがより一層入ったであろう。

ということで、大地は滅多に着たこともないブランドものとやらのウェアを買ってもらった。但し、さすがにシンプルなものにした。黒のジャケットに白っぽいベージュのボーダーパンツ。手袋と帽子も、黒で統一した。試着した時、乙女が「我が子ながら、似合ってるわぁ!」と喜んでいたのが、嬉しいような気恥ずかしさが大地自身にもあった。

こうして、翌日、その支度をして家の玄関前で待っていれば、時間通りに迎えの車が来た。京介が用意したと聞いて、あのバカでかいリムジンを予想していたが、意外にも...牽引タイプのキャンピングカーであった。しかし、やはりバカでかい。中に乗り込めば、ベットですやすやと京弥は眠っていた。

(この...っ)

と、思わず拳を握りしめたが、まだ幼い子供である。京弥の付き人に勧められて、仕方なくソファーに腰掛ける。車内は暖かく、まるでリビングごと運ばれているような感覚だった。すると目の前に、香りの良い紅茶と焼きたてのワッフルをテーブルの上に並べられた。大地は早朝の寒さで強張っていた身体が、少しだけ緩んでくるのがわかった。そして気がつけば、自分もいつしか、ソファーにもたれかかって眠り込んでいた。

「ついたのだぁ〜!」

だが、その安らかな微睡みも、京弥の大声で、一瞬にして破られてしまったが。

「だいちっ!ゆきだ!!すごいぞ!!」
「...スキー場に雪があるのは当然であろう」

目をごしごし擦りながら、大地は軽く背伸びをした。車外に出てみれば、予想以上に寒い。否、車内があまりにも暖かく居心地が良かったので、そう感じるのだろう。しかし、京弥には、この寒さは関係ないらしい。さっさと、付き人に命じて、スノボを取り出させた。大地の分もだ。

「では、行きましょうか」

付き人の一人が、京弥と大地を、ゲレンデへと連れていった。朝早く着いたおかげで、まだ人が少ない。もっとも、スキー場の駐車場には、次から次へと車が入ってきているのがみえた。これから混み合うのであろう。そんな光景をぼんやりと眺めていると、

「まず、身体をほぐしてから、基本をお教え致します」

どうやら、この付き人は、インストラクターも兼ねているらしい。彼は、早速準備にかかった。軽いストレッチ運動、それから、スノボの取り扱い方など説明している。珍しく大人しく言うことを聞いている京弥だと大地は思っていたが、自分の近くを、小学3,4年生くらいの子供がスノボで滑りながら、リフトへと向かっていく姿を見た京弥は、いきなり

「きょうやも、あれにのるぞ!」

と叫んだ。(やはり...)、大地はむっと顔を顰めた。インストラクターの彼も「いえ、まだ...」と京弥を引き止めようとするが、自由奔放に育てられている京弥である。素直に言うことなど、絶対聞きはしない。

「いやだ!、はやくのりたいのだ!」

遊園地の乗り物と勘違いしているようにも思える。大地は盛大に溜息を吐き、そして...


ごっつん。


とうとう、京弥の頭にげんこつを振り下ろした。

「いたい〜っ!」

京弥は頭を抱えて、しゃがみこんだ。付き人達は、おろおろする。だが、大地は毅然として、京弥の襟元を掴んで立たせた。

「いい加減にしろっ!」

涙目の京弥は、びっくりしたような表情をして、大地を見上げた。

「何でも、自分の思い通りになると思ったら大間違いだ!」
「...」
「おまえは、我が侭に育ちすぎている!、これではおまえの為にならん!」
「...」
「少しは周囲の人達の気持ちを考えたらどうだ!、おまえの我が侭に振り回されている人達のことを!!」

京弥に一喝しながら、大地は、以前、似たような言葉を自分も言われたことを思い出す。

あぁ、そうだ。自分も昔はそうだった。京弥のような贅沢な我が侭ではなかったが、相手の気持ちを考えてやれない人間だった。それが、今では、どうだ。こうやって、京弥に説教できる自分。否、まだまだ...自分に教えてくれた人間からみれば、未熟ではあるが。

「帰るぞ」
「えっ!、なんでだ!、だいち!!」
「おまえにはまだ『スノボ』はムリだ」
「いやだ!、やりたいのだ!、まだかえりたくないのだ!」
「ならば!!、大人しく言うことを聞くか...」

そこまで大地は喋ると、くいっと、とある場所を指差した。

「あれで、我慢しておけ。否、おまえならば、あれで十分であろう」

大地が指差したのは、『キッズゲレンデ』と掲げられた看板。そこには、小さな子供を連れた親子が、意外にも大勢いた。

「なんだ?、あれは??」
「...来い」

京弥を連れて近くまで行ってみると、そこには、京弥と同じくらいの子供達が、ソリ遊びをして楽しんでいた。父親と子供が一緒にソリにのって滑り降りてくる。その光景を、母親らしい女性がビデオカメラを回して笑っていた。他にも似たような親子連れが沢山いた。京弥は黙って、その親子達をじっと見つめていた。

確かに我が侭な京弥であるが、それは彼の境遇のせいでもある。まだ赤ん坊の頃に両親を失っている京弥。親しい身寄りはなく、だが幸いにも黒須財団と縁故であったが故に、京介の元に引き取られた。そのせいで、経済的には全く問題ない環境に育っている京弥。京弥には専属の教育係&守り役がいるとはいえ、彼らは雇われた者達。英才教育、徹底した帝王学とやらを、京弥に教えているのだが、おそらく、それだけだ。肝心のことが抜けているのだ。そう...京介もそうだった。彼自身も、心の奥底から『親友』と呼べる存在に出会うまでは。

親子で楽しそうにしている、この光景を見つめている京弥の背中を、大地はじっと見つめた。

京弥は、何を考えているのだろう。

大地は、ほぅと白い吐息をはくと、付き人たちにソリを手配するよう告げた。そして、

「おい」

京弥の小さな背中に向かって、声をかけた。京弥は、ゆっくりと振り返る。その表情は...とても寂しげであった。大地の胸がちくりと痛んだ。この我が侭小僧も、こんな顔をすることがあるのだと、それほどまだ幼いのだと、改めて認識した。

「これなら、付き合ってやる」

付き人に用意させたソリを、京弥の目の前に差し出してやると、京弥の表情がぱぁっと明るくなった。それを見た大地も、胸の痛みが和らいだ。そして、手を繋いで、斜面を登っていった。

「行くぞ」
「うん!」

スタート地点で、大地は京弥と一緒にソリに乗って、滑り降りた。京弥の口から、喜びの歓声があがった。あっという間に滑り降りてしまうと、京弥はソリから降りて、すぐに大地の手を引っ張って、

「もういちど、すべるのだ!」

と、斜面を駆け上がっていった。大地も、これには付き合ってやった。

どれくらい滑っていたのか回数も数えられないほど、大地は京弥とソリ遊びをしてやった。だが、さすがに京弥はまだ幼い。瞬く間に空腹と睡魔に襲われ、車に戻ってくるや否や、食事もそこそこに、ぐったりとベットに眠り込んでしまった。

その寝顔は、とてもあどけなく、そしてとても満足げに見えた。

大地も、京弥ほどではないが疲れを感じた。すると大地の前にも、暖かい食事が用意された。遠慮なく、大地はそれを平らげると、食後のホットコーヒーを一口飲んだ。

「ありがとうございました」
「ん?」

大地の目の前に、インストラクター役を務めるはずだった付き人の一人が腰掛けた。

「実を申しますと、とても困っておりました」
「あのチビにスノボなど、到底無理であろう」
「はい、ですが京弥様は一度言われたことは必ず実行されますし、それに運動神経は並外れておりますので...」
「だからと言って、甘やかしすぎだ。帰ったら、京介にも注意しておく」
「はい!、宜しくお願い致します!」

付き人とはいえ、大地にとっても年長者である彼に頭を下げられて、大地は腕組をして首を傾げてしまった。大地は、京介や京弥にとって、単なる『はとこ』である。黒須財団とは関係ない。しかし、大地の意見が、京介と京弥を必ず動かすことを、皆知っているのだ。大地にも、その自覚はある。全くもって、手のかかる『はとこ』どもである。

軽く溜息を履いて、窓から外を眺めれば、まだ元気に遊んでいる親子連れの姿や、スキーやスノボでゲレンデを滑走してくる人影が見える。皆、色とりどりのウェアを着て。大地は思わず自分が着てるものを、じっと見つめてしまった。せっかく乙女が買ってくれたものだったが、あまり役には立たなかったので申し訳なく思ってしまったのだ。だが、それでも今日は、京弥にとって楽しい一日になったであろう。あの寝顔が何よりの証だ。それだけで、十分だろう。

「帰った方が良いと思うが」
「はい、そう致します」

大地の意見に、これまた素直に言うことを聞く付き人たち。すぐさま、帰りの支度に取り掛かった。大地はソファーに深く座り直すと、静かに目を閉じた。車のエンジン音が聞こえてきて、ゆっくりと動き出すのが分かった。その揺れに、大地もすぐに眠りに落ちて行った。


まだ当分の間は、このちいさな『はとこ』に振り回されることを覚悟して。
しばしの休息を取らせてもらうことにしたのだった。




おしまい


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我が家の『大ちゃん』は、今年、念願のスノボデビュー致しました!!
小学4年生のくせに生意気な...と思っておりましたが、教える人(?)が良かったのか、瞬く間に上達してしまいました。帰るころには、しっかりリフトに乗って、初級者コースでしたが、見事に滑り降りてきました。
その姿に思わず胸を熱くしてしまいました(エライぞ、大介!!)
で、自分なんですが...スノボはムリだと悟ってしまいました。いえ、スキーだってやっとの思いで滑っているのですから、当然です、はい。
今年は、あともう一回くらい、スノボに連れて行ってあげたいと計画しております(親馬鹿ならぬ...××ばか!?)


date:2004.01.19


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