「どうしたの?、顔色悪そうだけど」
「ふむ、どうやら熱があるようだ」
「ええっ?」

部活へ向かう途中の、廊下での会話。風祭が大地の様子がおかしいような気がして声をかけたのだが、意外にもあっさりと大地は体調の悪さを口にした。

「どうするの!?」
「そうだな、とりあえず、今日の部活は休ませてもらう。水野にそう伝えてもらえないだろうか?」
「そ、それはいいけど...一人で帰れる?、大丈夫??」
「あぁ、今なら、まだそれほどではないから、大事ない」
「そ、そう?、でも...」

心配そうに見上げる風祭の視線を気づかないのか、大地はスタスタと歩いて昇降口へと向かった。風祭もその後を追いかけていくと、大地は靴を履き替えて、

「では、な」

軽く手をあげて、結局そのまま一人で帰ってしまった。

「どうしよう」

とりあえず、水野に大地が部活を休むことを伝えたら、そのまま自分も大地の後を追いかけよう。平気な顔をしていたが、やはり心配だ。それに、大地の家族は留守がちだ。家に誰もいなくて、そのまま容態が悪化したら...。風祭も靴を履き替えると、すぐにサッカー部の部室へと走っていった。


「41.2...」

体温計を取り出して、その数値をぽつりと呟いた。予想以上に高い熱だ。自分でも驚いてしまった。

(まずいな、このままでは)

風邪薬を探そうとしたが、どうにも身体が動かない。自宅に戻ってから、一気に容態が悪くなったようだ。

(ふむ、今日は乙女は帰りが遅くなると言っていたし、親父は出張中だったな)

リビングのソファーにぐったりと身体を預けていると、ますます動けなくなってきてしまった。このままでは、自室のベットにもたどり着けないのではないか、そう危惧していると、

「なんじゃ、大地。早かったな」

家の奥座敷から、ひょこっと、じぃさんが顔を覗かせた。家に誰もいないと思っていたので、目をぱちくりさせていると、じぃさんは部屋から出てきて、

「なんじゃ?、どこか具合でも悪いのか?」

さすがに息苦しそうな呼吸に、潤んだ瞳をみれば、じぃさんにも、大地の様子がおかしいことが分かったようだった。

「あぁ、熱がかなり高い。身体もだるくて言うことをきかない。すまないが、医者に連れて行ってもらえないだろうか?」
「医者ぁ!?、そんなに具合が悪いのか!?」

じぃさんは大地の額に手を当てて、確かに平熱にはほど遠い熱さに、目を剥いて驚いた。

「こりあ、如何!、すぐに行かないと!!」

じぃさんは上着をひっかけると、大地の腕を取ってその場に立たせた。大地の身体が少しぐらついた。

「おいおい!、こりゃ、救急車の方がええか?」
「否、そこまでは必要ないだろう。とりあえず、医者に連れて行ってくれ」
「わ、わかった。歩けるか?」
「あぁ、どうにかな」

じぃさんに付き添われて、やっとの思いで医者に行くと、待合室には患者が溢れていた。仕方なく根気よく待っていると、ようやく大地の順番がまわってきた。診察室へ入り、症状を伝える。医者は聴診器などで軽く大地の身体を調べて、そして、

「インフルエンザですね」

と、簡単にそう言った。

「ただの風邪ではありませんよ。これはインフルエンザ用の薬でなければ、症状はおさまりません。今、クスリを処方しますので、少しお待ち下さい」

医者はカルテに処方箋を書き込んで、看護婦に渡した。

「個人差がありますが、当分、この高熱は続くと思いますので、解熱剤で抑えてください。それから食べられるようであれば、できるだけ食事は取ってください。それと、水分補給は忘れずに。安静第一です。あと...熱が下がっても二日間程度は様子をみますので、その間は学校を休むように。登校するには、診断証明書が必要ですから、その書類も学校側から取り寄せておいて下さい。まぁ、多分、同級生か担任の先生が届けてくれると思いますので、あまり心配しないように」

医者は一気に喋り捲ると、最後に一言、「とにかく安静にしていてください」と付け加えた。大地は頷いて、ゆっくりと診察室から出て行った。すると、じぃさんが近づいてきて、大地にイスをすすめてくれた。それに腰掛けて、ふぅっと息を漏らした。

「どうじゃった?」
「あぁ、インフルエンザだそうだ」
「やっぱりそうか、今流行っているからのぅ」
「当分、学校は休まなければならない」
「当たり前じゃ、医者が良いと言うまでは行けないんじゃろ?」
「あぁ、診断証明書を書いてもらわねば、行けないらしい」
「当分、ゆっくりと休むといい。そうじゃ、乙女にさっき電話したら、早々に帰ってくると言っていたわい」
「乙女...仕事があるのでは?」
「大切な一人息子が苦しんでいるのに、仕事もできなかろうが」
「そうか...悪いことをしたな」

もう一度、大きく息を漏らした。すると、大地の名前が呼び出された。クスリの用意ができたらしい。じぃさんが、そそくさと取りに行って、会計もすませてくれた。

「さて、帰るか...歩けるか?」
「あぁ、どうにか、な」

じぃさんは大地の腕を掴もうとしたが、「大丈夫だ」と断って、大地はゆっくりと立ち上がった。多少、足元がおぼつかない感覚はあるが、まだどうにか歩ける。じぃさんに付き添われながら、病院と後にすると、

「不破くん!」

後ろから声をかけられた。振り向こうとしたが、先に声の主が、大地の正面に回りこんできた。

「やっぱり、相当具合が悪いんだね!、大丈夫??」

風祭だった。心配して追いかけてきたようだ。

「風祭、部活は?」
「えっ?、それなら、ちゃんと水野くんに断ってきたから、大丈夫だよ!、けど、お医者さんに行くほど悪いなんて...」

大地のそばにいる、じぃさんに気がついて、風祭はぺこりと頭を下げた。じぃさんは、相変わらずむすっとしていたが、地顔がそうなので仕方ない。じぃさんも、顎をしゃくって挨拶した。大地はふと思い出したように口を開いた。

「そうだ、オレにしばらく近づかないほうが良い」
「へっ!?、何でぇ!?」

大地はゆっくりと深呼吸した。

「インフルエンザだそうだ」
「ええっ!、そうなの!」

風祭も咄嗟に口元を押さえる。

「当分、学校には行けない」
「そ、そうだね。安静にしていないといけないよね」

風祭は大地の腕に手を回して、「早く帰らないと」と言った。大地を家まで送るつもりらしい。

「そうだな、しかし、風祭、今日は幸い、じぃさんが家にいたから大丈夫だ。風祭こそ、もう帰ったほうが良い」
「けど...」
「うつると厄介だぞ」
「そりゃそうだけど、でも今、学校でも流行ってるから、不破くんのそばにいてもいなくても、一緒だよ、きっと」
「しかし...」
「それより早く帰ろ、ねっ?」
「ふむ」

風祭に引っ張られるまま、大地は家へと向かった。その後ろを、じぃさんが怪訝そうな顔をしてついて来る。乙女も帰ってくるのだから心配ないのだが...じぃさんも風祭にそう言いたかったが、風祭の心から心配している様子を見ては、無下にも断れない。仕方なく、三人は連れ立って、大地の家へと帰っていった。


家に帰ると、乙女がぱたぱたと出てきた。たった今、帰宅したばかりの様子だったが、それでも、大地のための寝床を準備してくれていた。自室のベットではなく、客間に布団が敷かれていた。。

「此処なら、一階だし、私の隣の部屋だから、様子がよくみれるわ」

乙女はそういって、大地をパジャマ代わりのスウェットスーツに着替えさせて、布団へと寝かせた。すでに、枕元には、水枕に氷嚢、水分補給用のペットボトルなどが用意されていた。

「おクスリは?」
「あぁ、これじゃい」

乙女はそれを受け取ると、熱さましだけ取り出して、大地にそれを飲むように言った。

「熱は何度あるの?」
「医者に行く前に計ったら、41.2度あった」
「えっ!、そんなに高いのぉ!?、大変、早く冷やさなきゃ!」

起き上がった大地がクスリを飲み終わるや否や、乙女は再び大地に布団をかぶせて、額に氷嚢をあてた。その瞬間、ほてった大地の身体が、其処から冷やされていくようで、とても心地よかった。

「風祭くん、どうもありがとうね」

風祭は、手際の良い乙女に気圧されて、呆然と突っ立っていたが、はっと気がついて、顔を少し赤らめた。

「いえ、別に何もしてないです...」

日頃、おっとりとしている乙女だが、さすがに母親らしいものだと、風祭は驚いていたのだ。おまけに自分ときたら、何も出来ずに、それを傍観していただけだったから、ますます気後れしてしまった。自分の出番など、まるで無かったのだから。

「大ちゃんなら、私が見るから大丈夫よ。今日はおじいさんもいることだし。心配しないでね。それより、風祭くんにうつったら大変だから、早く帰った方がいいわ、ねっ?」

乙女ににっこり微笑まれて、風祭は「はい、じゃあこれで失礼します、お大事にね、不破くん」と、それだけやっとの思いで言うと、不破の家を後にした。風祭が出て行ってから、乙女は大地に何か食べたいものがあるか聞いてきた。しかし、大地は熱がまたあがったのか、ぼんやりしている。そして、「特に何もない」と一言呟いて、静かに瞼を閉じた。しばらくすると、大地の口唇からすやすやと寝息が聞こえてきた。

「眠ったようじゃの」

じぃさんんがぽつりと呟いた。

「ええ、こういう時は眠るのが一番いいでしょうから。今日はおじいさんが家にいてくださって、本当に良かったです」
「実はワシも、少し風邪気味での、今日は出かけるのを控えておっただけじゃ」
「あら、そうだったんですか、じゃあ、おじいさんも気をつけないと」
「否、ワシは予防接種をしているから、それほどでもなかろう」
「あっ、そうでしたわね、おじいさんの場合はお年寄りですから、無料で予防接種できましたわね」
「...年寄りは余計じゃ」
「クスクス...すみません」

乙女は微笑みながら、愛息の寝顔を覗き込んだ。高熱ゆえか頬が上気して紅いが、寝息は健やかであった。

「おクスリも効いてきたのでしょう、ゆっくり休ませてあげましょう」

乙女は立ち上がった。じぃさんも「よっこらせ」と小さな掛け声をかけて立ち上がり、乙女とともに部屋を出た。


こうして、大地はゆっくりと休めるハズだったが...それは束の間であった。


「こんばんは!」

玄関先で声が聞こえた。聞き覚えのある声、それも一人二人ではない...。

「あら、みんな...」

対応に出た乙女の声が、驚いていた。

「不破くんの具合、どうですか?」
「これ、担任の先生から預かってきました。診断証明書だそうです」
「医者がエエと言うまで学校来れへんて...ええなぁ、オレも休みたいわぁ」
「おい、シゲ。不謹慎だよ」
「けどさ、不破がかかるってことは、すげぇ強力だよな」
「うんうん、鬼のカクラン...って、ほんとにあるんだなぁ」
「なら、小島は?」
「ちょっと、あんた達!、ひとんちの前でウルサイわよっ!」
「...小島の声が一番デカイと思うけど」
「高井の顔よりは小さいわよ」
「何だと!」
「おい!、真面目にウルサイぞ!」

あぁ、まったく、あの連中はぁ...っ!

大地はゆっくりと身体を起こした。額にのせられた氷嚢が、ほとんど水になっていて、それがぶらんと垂れ下がった。それほどの高熱にもかかわらず、大地はどうにか部屋の引き戸を開けて廊下にでた。すると、

「あっ!、不破!」

皆一斉に、大地を見た。大地は、廊下の壁に身体をもたれかけながらも、腕組をして睨みをきかせたつもりだったが、それがかえって、皆を驚かせた。

「マジに具合悪そうだね」

そう、睨むどころか、瞳は高熱で潤んでいて、弱々しいこと、この上ない。もっとも、大地に邪まな想いを抱いている数名の輩には、かなり艶っぽく感じられたようであるが...。

「大ちゃん、起きて大丈夫?」
「...煩くて寝てられるか」

「ご、ごめんね!、先生から預かってきたもの渡しに来ただけなのに...ごめん!」

真っ先に、風祭が謝った。他の連中もバツが悪そうな顔をしている。

「じゃあ、これで失礼します。不破、お大事に」

水野が礼儀正しく、そう言うと、他の連中も一斉に「失礼しましたぁ!」と言って、ようやく引き上げてくれた。家の中が静かになった。大地はそれを見届けると、部屋に戻ろうと踵を返したが、ぐらりと床が歪んだ様な気がして、咄嗟に近くにあった手すりにつかまった。

「大丈夫!、大ちゃん!」
「あぁ、ちょっと眩暈がしただけだ」
「大ちゃん、せっかくだから、お夕飯食べない?」
「ん?」
「おクスリ飲むのに、何か食べておいた方がいいと思うのよね」
「...そうだな」
「おかゆ、煮てあるから!」

乙女はそう言うと、大地の腕を抱えて、ゆっくりとキッチンへと向かった。大地も大人しくそれに従った。テーブルに座らせてもらって、目の前に暖かいお茶と粥が出された。それを静かに口へと運んだ。乙女は、大地の斜め前に座り込んで、その様子をじっと見つめていた。そして、ぽつりと呟いた。

「早く良くなるといいわねぇ」

大地はこくりと頷いた。

「じきに良くなる」
「そうよね、でも、それまで安静にしてましょうね。私も会社、休むから」
「否、その必要は...」
「我が子の看病するのに、仕事も会社も関係ないわよ」
「...すまない」

早く良くならなければ....これ以上、乙女に心配や迷惑をかけたくなかった。すると、

「でも、こういう時間も、結構ウレシイものよね」
「むっ?」

乙女は何を言い出すのかと、大地が顔をあげると、彼女はにっこりと微笑んだ。

「大ちゃんだけをみていられるのって、今ぐらいしかないもんね」
「...」
「そのうち、可愛いオヨメサンもしくは...誰かにとられちゃうかもしれないから」
「おい」

乙女は首をすくめて、ふふっと笑った。



静かに夜は更けていった。



たまに、風邪をひくのも悪くはないのかもしれないと。




おしまい


☆ ―――――――――― ☆

我が家のアイドル、大介くんが、インフルエンザにかかってしまいましたぁ!
お初なだけに、家族全員が心配しましたが、意外にも早く治ってくれたので、一安心。
来年は、家族全員で予防接種をしなければ!と思っていたら、ウチの地方では年寄りはタダで予防接種が受けられるとか。
いつの間にか、ウチの年寄り達はしっかりと受けていたようです。タダかぁ...子供はダメなのかなぁ。


date:2004.01.26


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