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立志式とは... 武士社会において行われていた元服であり、人生の通過儀礼として行われていた。数え14歳の立春の日が元服式で、ここを境に、髪型、衣服もそれにふさわしいものに替えて、社会から一人前の大人として認められ、大人の仲間入りをすることになる。人生の大きな節目とした。 戦後、日本児童文学家協会の会長だった浜田広介の提唱で始まる。14歳という心身の発達の節目と多感な年齢を踏まえ、自覚・立志・健康の三つの目標を掲げて実践していくよう、儀式として行われるようになった。 また、橋本左内の啓発録にある、去稚心・振起・立志・勉学・択交友という左内の14歳の自戒の言葉が、まさに元服にあたってのものであり、この年齢で行われる立志式の意義をより鮮明にさせている。 現在では14歳から少年法が適用されていることから、非行等については社会的責任は一層重くなり、それだけに、社会的責任が負わされることとなり、節度と自覚のある生活が求められている。 「けど、オレ、もう15歳なんやけど」 大地の部屋の窓辺にもたれかかりながら、シゲがぼそっと呟いた。確かに、シゲは皆より一つ年上である。だからといって、この式典に参加しないわけにはいかないだろう。学校行事である。シゲのことを気にかける教員もいたが、香取先生の「この式典の趣旨を考えれば、一番に出なければいけない生徒」と言われ、教師一同、納得して、シゲは参加せざるをえなくなった。 「面倒やなぁ...」 シゲはまだ、ぶつぶつと文句を言っている。大地はそれに答えない。実は、大地自身もこの式典の意味が理解できないからである。否、理解は出来ている、出来ているのだが...。 「これ、おかんも出席せにゃあかんのやろ?、それ、めちゃ困るんやけど」 「...」 「京都から、こんだけのために呼び寄せるの、なんちゅーか...」 「ならば、教師にそう言えば良いではないのか」 「言うたら、あきらめてくれるかなぁ」 「では、欠席すれば良い」 「えっ?、それってサボれちゅーこと?」 「...去年の2年生に、風邪のために欠席した生徒が数名いたそうだ。当然、親も欠席している」 「さよか!、その手があったかいな...って、不破センセーにしては、随分、協力的な意見やね」 ベットサイドで本を読んでいる大地のそばに、シゲはこっそりと忍び寄った。大地の肩に腕を回そうとしたが、しっかり大地に手のひらで叩き落とされた。シゲの行動など、大地にはすでにお見通しである。叩かれた手をさするシゲを、ぎろり一瞥してから、大地は深い溜息を吐いた。 「どないしたん」 「オレも出来れば、パスしたいのだ」 「あれっ?、センセー、珍しい」 「む?」 「たつぼんの真面目さとは、ちょっと違うけど、不破センセーも真面目っていえば、真面目やないの。それが、オレみたいにさぼりたいなんて」 「...」 「あっ!、オレ、分かってしもうたわ!」 「何が、だ?」 「不破センセー、写真、見られるのイヤなんやろ?」 「!?」 「それに、親子で手紙交換なぁんてこともするから...」 「おまえだって、嫌なのであろう」 「オレの場合、イヤっちゅーよりか、おかんに今更詫びいれてもなぁってトコや」 「...」 「オレ、サボるけど、物陰からこっそり見てよーかなぁ」 「何?」 シゲはにやにや笑った。 「だって、不破センセーの小さい頃の写真、見ったいもん!」 「!?」 式次第には、「幼き頃、そして夢」と題された項目がある。ここで、生徒一人一人の子供頃の写真をプロジェクターでスクリーンに映し出して、親からの一言、主に名前の由来やエピソードなどが、写真とともに披露されてしまうのだ。 「どないな写真、選んだや?」 「...」 「まぁ、京弥のこと見てれば、おおまかに想像できてしもうけど」 「...あれよりは、マシだ」 「あらら、そんなら、尚更、見てみたいわぁ」 「煩い」 「えっ、もしかして恥ずかしいの?」 大地は盛大に溜息を吐いた。 「乙女が勝手に選んだのだ。おまけに、オレにそれを見せずに、勝手に担任に渡してしまったのだ。写真もエピソードも、手紙もだ」 「あらま」 「それ故、当日が恐ろしくてかなわん、乙女のやることだ、とても...」 青ざめた表情で、顎に手を当てて考え込む大地に、シゲはけらけらと笑い出した。 「何が可笑しい?」 「だって、乙女さんらしいんやもん!、不破に見せたら、絶対怒るような内容やろな、きっと♪」 「だから、パスしたいのだ」 「なぁるほどね、けど、乙女さんやったら、不破がおらんでも、一人で出席してそう」 「...それも有り得るので、尚更イヤなのだ」 「くっくっくっ、当日、ものすっごく楽しみやなぁ!」 笑いが止まらないシゲを、ぎろりと横目で睨みつけるが、大地は再び盛大な溜息を漏らした。当日、一体、何が起こるのであろうか...考えただけでも冷や汗が出てきそうだった。 そして、ついに当日を迎えた。 シゲは、母親の都合がつかなかったからと上手く言い逃れをして、式典を最後尾で眺めていた。ついに、開式が宣言されて、あとは国家斉唱、校歌斉唱と、お決まりのコースで進められていく。そして、ついに「幼き頃、そして夢」のコーナー(?)に突入した。パソコンに取り込まれた、生徒達の子供の頃の写真が、プロジェクターによって、スクリーン画面に大きく映し出される。映し出された瞬間には、誰の写真かわからないように、名前が表示されない。しかし、その数秒後、写真の左端に、生徒の名前が表示されるようにプログラムされていた。さらに、順番はランダムなので、写真が映し出された瞬間から名前が表示されるまでの数秒間、「これは誰だろう?」と皆の注目がより一層集まる。そして、名前が出た瞬間、どよめきや笑いが起きるのだった。 水野の場合は、幼い頃からビジュアルな美少年であったため、黄色い歓声に似た声があがった。風祭は子供の頃から少しも変わりないので、これまた大きな笑い声があがった。 そして... 「誰?、これ?」 皆が一斉に首を傾げた。最後尾でこっそり大地を観察していたシゲは、噴出して笑いそうになった。そう、あれは間違いなく...。 写真は、2,3歳ぐらいの男の子が写っている。自分と同じ大きさのクマのぬいぐるみに抱きついて。そして、その笑顔は、とても愛らしいのだ。見ているこちらまでもが、微笑んでしまうような写真だった。 しかし。 あの髪型...もしかして! 「ふ、不破くん!?」 真っ先に声をあげたのは、風祭だった。皆一斉に、風祭を見るが、次の瞬間、スクーリンに名前が表示された。 ――――― 不破大地くん ――――― 「ええっ!?」 場内が一斉にどよめいた。不破はがっくしと肩を落とし、そして自分の後ろに座っている乙女に、がばっと振り返った。 式場は、学校の多目的ホールで行われていた。教室よりやや広めの空間である。そこに、イスが並べられて交互に親子が腰掛けていた。つまり、前列には子供が、その真後ろに実の親が座っていたのである。 「よりにもよってっ!」 大地が思わず大きな声を出すが、乙女はにっこりと微笑んで、 「だって、あれが一番、私のお気に入りの写真なんでもの♪」 と、愛息の怒りなど全く気にしていない。 「えっと...大地という名前は...ぶっはははは!」 エピソードを読み上げるナレータ代わりの教師が、写真の見ながら噴出してしまった。場内もそれに負けないくらい笑い声が高らかに響き渡っている。 誰が呼んだか「クラッシャー」の異名をとる不破大地。 彼の幼い頃の彼にも、あのような可愛らしい時代があったとはっ!? もはや式典は進行を中断せざるをえないほど、場内は騒然としていた。それほど、衝撃的(?)な写真であった。 だから、イヤだったのだ... 大地は一人、顔を俯けたまま、嵐が去るのを待つような体勢をとったが、当分、この騒ぎは収まる気配をみせない。校長が「静粛に」と声をかけたが、彼自身もまた笑いが止まらない様子であった。 本来は、非常に重要な意味を持つ式典であったが、今年は予想外の事態に翻弄され、ドタバタしている間に、幕を閉じた。 だが、このまま終わらせてはいけないと反省(?)したのか、最後に、校長からの挨拶があった。 皆さんは立志式を契機に少しでも大人への仲間入りを心がけ、今までの幼い自分から早く抜け出して下さい。ともあれ、皆さんにとって14歳の春は再び巡ってはきません。今こそ、幼い心を捨てて心身の成長を励むとともに、将来への志をしっかり立てて、大人への第一歩を踏み出してほしいものです。皆さんの今後の活躍に期待しています。 「だとさ」 「...」 「まぁ、あれくらいの騒ぎで良かったやないの」 「...」 「いつまでも、ふれくされてるっちゅーのは、まだ子供やってことやで?」 「!?」 式典が終わって、乙女に言いたいことが沢山あった大地だが、それをあえて無口で通して、こうして部屋に閉じこもったのである。要するに、拗ねているのだ。それを察したシゲが、大地の部屋に窓から侵入して宥めているのだった。 「14歳の春、大人への第一歩...って、エエこと言うやないの、あの校長も」 シゲは、大地のとなりに座って、天井を見つめた。大地は俯いたまま、むすっとしていた。 「けど、不破センセーはもう子供やないもんね」 「ん?」 今度は大地の肩に、するりと腕を伸ばして身体ごとシゲは引き寄せた。そして、口唇に人差し指を押し付けて、その輪郭をゆっくりとなぞっていった。 「もう、ココはオレのもんやし」 「!?」 「それから...」 その指はゆっくりと大地のシャツの中へと滑り込んできた。 「ココかて、そうやし、それから...」 さらに、シゲの指先が不破の中心へと動いて、咄嗟に大地はシゲの顔面にパンチを食らわした。これには、シゲも避ける間もなく、呆気なく撃墜された。 「もう...っ!、素直やないなぁ!、最後までやってしもうたんやから!」 「う、煩い!、おまえこそ、黙っていろっ!!」 大地は顔を真っ赤にしている。 立春の前日。14歳の春は、もうそこまで来ている夜だった。 そして。 暫くの間、不破の周囲で校内が煩かったのは、言うまでもない。 おしまい ☆ ―――――――――― ☆ 姪っ子が、今年、立志式を迎えまして、それに代理出席してまいりました。これは、その時の光景を描いたものです。 静まり返っていた場内が、この「幼き頃、そして夢」のコーナーで、和やかな雰囲気になりました。 小さな頃から全く変化のみれらない子供や、ええっ!全然違う!と驚かされる子供...様々でした。 写真を選択しているとき、姪っ子が「セーラームーン」のコスプレをしている写真があったので、「これにしたら?」と言ったら、「絶対イヤ!」と凄まじく拒絶。なんでだろう?と思って、無難な写真を持っていった彼女でしたが、式典に出席して、(なるほど、こういったことに使ったのか。これでは、コスプレ写真はイヤだろうなぁ)と物凄く納得できました。エピソードについては、彼女の実父が書いたので、相当、うそ臭い内容でしたが、これも無難にまとめてあったので、読み上げられても、それほど恥ずかしいものではありませんでした。 でも中には、相当ユニークな内容のものもありました。特に、散々、子供を褒めちぎっておいて、「けれど、今ではどうかな?」と締めくくったものには、場内大爆笑でした。 手紙交換では、子供が回れ右をして手渡しあうのですが、此方の方が照れくさかったですね、子供より。 ところで、立志式を、全く行ってない地方もありますよね。ちなみに、私は経験ありません。 これをご存知の方って、意外と少ないのでは? date:2004.0202 ☆ ―――――――――― ☆
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